狙い通りに生きれたらいいのに。
偶然や奇跡が重なって今がある。
たまたま今の状況になってる。
いつも何かを狙ってその通りになるなら楽なんだろうけど、大体その通りにはいかない。
それでも毎日の積み重ねが今の状況を作ったのは間違いない。
恩師に良く言われた。
「10年後の自分を想像しながら今日一日を生きろ。」
未だに10年後の自分はぼんやりしか想像出来ない。
でも、ぼんやりだとしてもある程度その通りになっているかもしれないと思う部分もある。
10年後というよりも、「なりたい自分を想像して」毎日を過ごしたから。
そういう訓練をしてこなかったから、10年先だと自分には想像しきれない。
でも1年後なら。
来年の今頃、プロボクサーになっている。
想像しよう。
自分の未来。
今、
その為の毎日を積み重ねているか?
1年後の自分。
ボクシング。
そもそもボクシングが好きなわけではなかった。
体を絞りたいと思って訪れたボクササイズが全ての始まりだった。
プロになりたいと思っていたわけではなく、ミットを叩くあの感覚が好きだった。
全身を余すことなく使い、体の動きを理解して、必要な筋肉を考える。
そこには「健康」や「減量」だけじゃなく、原始的なのに最先端なメカニズムがあった。
相手を目掛けてパンチを繰り出す。
が、
当たらない。
プロの選手とスパーリングをした時に思った。
当たる気がしなかった。
そしてそれがすごく羨ましくて、憧れを抱いた。
同じ人間とは思えない程に俊敏な動きと理想的な体作り。
それと、
強い。
自分もそうなりたい!と強く思うようになった。
「プロテストの合格を目標にするといい。」
恩師にそう言われた。
実際にプロテストを受けるかどうかではなく、それを目標にする。
プロになりたいわけではなかった自分へのアドバイスとしてそう伝えてくれたのだろう。
プロを目指す若者にはいつも「10年後どうなっていたいのか想像して」練習するように言っていた。
ボクシングの選手生命は短いと言われている。
10年後になると実際にボクシングをやっていない可能性の方が高いのだ。
ある若者が、
「チャンピオンになって、防衛して、有名になってそのファイトマネーで自分のジムを持ちたい。」
そう言っていた。
私の恩師はその理想に対して、
「チャンピオンになる階級は?何回防衛する?どのくらいのファイトマネーがいる?ジムはどこに出す?」
と掘り下げて質問していた。
たぶん、あれは「明確」にしろという意味だったのだろう。
私はチャンピオンを目指す程若くはない。
ボクシングで生きていこうと考えているわけでもない。
それでも「意味」はなんとなく理解した。
10年後か。
わからないな。
それがボクシングとの出会い。
よ、弱い。
ボクササイズとは言っても音楽に合わせて拳を繰り出しながら踊るわけではない。
シンプルなボクシングの練習。
1日目からビシバシ練習させられた。
次の日から1週間は筋肉痛。
辞めようと思った。
そもそもあまりスポーツの経験が無い自分にはきつかったのだ。
そう思って相談。
すると恩師は、
「辞めるのはいつでも出来るからさ。初めは何をしても筋肉痛になる。ボクサーがサッカーをやったら次の日筋肉痛になったりする。使っている筋肉が違うからね。でも一度なってしまえばその後は体が慣れていく。体が慣れていけばどんどん形も変わっていく。ボクサーはボクサーの体型になる。野球は野球の、サッカーはサッカーの。もし理想の体の形がボクサーなら、必ずそうなる環境がここにはある。私がそうしてやる。」
私の理想の体型はボクサーであった。
筋肉痛が収まる前にビシバシ鍛えろと言われる。
気が付けば筋肉痛は無くなり、みるみる体の形が変わっていった。
ミットを打つ。
それがもっと楽しくなってくる。
腕にも肩にも筋肉が付き、理想的なパンチを繰り出せるようになってきた。
パンチを繰り出す楽しさを覚える。
もちろん調子に乗る。
スパーリングの提案があった。
相手はプロの選手。
善戦出来ると思っていた。
結果はパンチを一度も当てることが出来ず、終了。
相手選手はパンチに当たらないようにする練習。
たぶんパンチを繰り出されていたらボコボコにされていただろう。
調子に乗っていた私はとんでもなく弱かった。
むしろプロボクサーはマジで強い。
目の前で、それを証明された。
だから、憧れた。
強い男になりたいと思った。
ただ、走る。
「強くなりたいならミットを打ってるだけじゃダメだよ。」
そうなのですか。
知りませんでした。
もし、強くなりたいなら、
基本は走る。
ジョギング。
プロを目指すなら強くならないといけない。
強くなる為には基本的にはジョギング。
ロードワークと言うらしい。
自分はミット打ちが好きである。
でも俊敏な動きを可能にするのはジョギング、それと縄跳び。
「強くなりたいです。」
トレーニングメニューが大きく変わる。
体の形を変えるトレーニングだけではなく、「強くなる」トレーニングをしていく。
「じゃあ。朝も夜も走ろう。」
マジでイヤだった。
でも強くなりたかった。
だからイヤイヤ走った。
毎日、毎日、毎日、毎日、イヤイヤ走った。
毎日毎日毎日毎日走っている内に走るのがイヤじゃなくなった。
毎日毎日毎日毎日走らないと眠れないくらいに走るのが好きになった。
このままマラソン選手になってやろうかと思った。
それでもミット打ちはやっぱり好きなままだった。
走る走る走る走る。
縄跳び縄跳び縄跳び。
ミット。
スパーリング。
半年が経つ頃、体型はボクサーの「それ」らしくなる。
そして、
パンチが、
当たった。
興奮した。
プロになります。
パンチを当ててから「プロを目指したい」気持ちが日に日に強くなっていった。
強くなりたい気持ちが満たされ始めると次はさらに上のステージへ行きたくなる。
人は貪欲だ。
そしてボクシングにはそれが用意されていた。
「プロテストを受けたいです。」
ダイエットと健康のつもりで始めたボクシングに、ここまで熱中するとは思わなかった。
人生とは思ってもいないことが起きる。
出会いもある。
狙い通りに進むことなんてほとんどない。
それでも「10年後まで明確にしろ」と恩師は言う。
イレギュラーが起きたとしても明確な目標へ近づいていく力が必要らしい。
今でも、自分が10年後にどうなっているかわからない。
プロテストを受けるのはちょうど1年後。
もちろん受かると思っている。
そう思って毎日練習している。
走って走って、飛んで飛んで、ミット打ち。
今も繰り返しやっている。
それはすべて1年後のプロテストの為。
恩師にその先の事を聞かれたから答える。
「1年後のプロテストが受かるように、今はとにかくそれを目標にします。たぶんプロになったら色々と考えるとは思います。でも今はその先の事は考えられない。たぶんチャンピオンは目指さないと思う。プロになれたらそれで燃え尽きてしまうかもしれない。わからないんです。でも10年後。今思うのは、ボクシングでプロになれたことを誇りとして生きていたい。あの時、ボクシングがあったおかげで今があると思いたい。その為に1年後のプロテストに合格する。必ず合格します。10年後の自分の為にそうしたいと思っています。」
「プロテストの前までにはもっと明確になるかもな。」
「はい!」
10年後からすれば今は10年前になる。
10年前の今、プロテストに合格することを目標にして頑張っている毎日。
じゃあ今から10年前は何をしていた?
10年後の今を想像出来ていたか?
たぶん全てが思い通りになることなんて無い。
この先も思い通りに進められるかなんてわからない。
でも、
次の10年後は思い通りに進めたい。
だから私はプロテストに合格する必要がある。
すでに10年後の目標に「ボクシングでプロになる」が入っているのだから。
自分との約束だ。
10年前のこの約束があって良かった。
って10年後に思いたい。
どうか感想をください。