「誰かを想う力」が切り札になる

メンタル

人には力の源とも言える芯を支える何かが必要な時がある。

それがあるだけで諦めずにいられる時がある。

それがあるだけでいつもよりも頑張れる瞬間がある。

まるでマンガやドラマや映画のような現象が、自分の中でリアルに起きたりする。

自分がピンチの時、追い込まれた時。

 

頭の中に思い浮かんだのは誰?

 

その人を思い浮かべて、立ち上がれる瞬間があるなら、

それが芯を支えている何か。

 

大好きな人。

大切な家族。

守りたい人。

 

追い込まれた瞬間。

今一番大切に感じている人が突然頭の中に現れる。

 

特別何かをしてもらったわけでもなく。

何かをしたわけでもなく。

 

なんとなく頭の中に浮かぶ。

 

恋をしたことがあるなら、一度はそんな経験をしたことがあるはず。

でもこれは恋に限ったことではない。

 

とても大切に想っている人がいる。

 

それだけで乗り越えられる困難がある。

 

と私はいつも思っている。

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誰かを想う力。

なんだっていい。

ピンチになった時、もうひと踏ん張りが必要な時。

頭の中に思い浮かんだ人。

 

「その人の為に!」

 

と意味のわからない「頑張る理由」を勝手に追加する。

諦めそうになった時、思い浮かんだ人の為にもう一度頑張ろうとする。

 

その人は、

 

ずっと片思いをしている大好きな相手なのかもしれない。

今お付き合いをしている恋人かもしれない。

自分の妻かもしれない。

自分の子供かもしれない。

家族の誰かかもしれない。

 

さらに、

 

昨日テレビで見た「憧れの人」かもしれない。

アニメのキャラクターかもしれない。

雑誌の表紙を飾るあの人かもしれない。

俳優や女優、ハリウッドスターかもしれない。

 

誰かを想う気持ちっていうのは身近な人だけに限られたことではない。

言い方次第な所もあるが、

「誰でもいい。」

 

自分がピンチの時。

追い詰められた時。

もうひと頑張り必要な時。

 

頭の中に思い浮かんだ人全てがその対象。

 

想いが強ければ強い程頑張れたりする。

恥ずかしいくらいに頑張れたりする。

 

もしかしたら人だけに抱く感情ではないかもしれない。

 

なんだって想いを寄せる対象であれば。

 

私は「誰か」を思い浮かべて頑張れたことがある。

今でもピンチになればきっと頭の中で思い浮かべてしまう。

 

そして、

不思議といつもより頑張れてしまう。

 

瞬間的に「ぐっ」と全身に力がみなぎる。

 

今日も、もうちょっと頑張れそう。

 

理由になる。

生まれて間もないわけでもない私は、

社会の中で生活をしていて、

 

「なんでこんなことしなくちゃいけないんだ!」

 

と思うような仕事を与えられることがある。

ただ、それを断る方がめんどくさい世の中だったりもする。

そうなると「やるしかない」を選ばざるを得ない。

 

無理やりやるしかない状況で頑張れるわけがない。

 

頑張る理由がそもそもない。

それをする事で自分の得にはならない。

時間の無駄なんじゃないかと思う程。

やっつけ仕事。

その割にやらなくてはいけない作業量が結構あったりする。

締め切りもあったりする。

 

意味がわからないまま追い込まれたりする。

 

そんな時、

「頭の中に思い浮かんだ人の為に。」

 

と自分の中で勝手に理由を作る。

 

すると頑張れたりする。

理由を見出せなかった仕事に「やる理由」を作り出す。

 

「単なる妄想」

と一蹴されそうな気もするが、

恋の力にも似たような力が働くことがある。

 

「あの人の為に!」

 

恋をしたことがあるなら一度は必ず経験したことがあるはず。

多少無謀だと思われることでも頑張るあの力。

 

それを無理やり作る。

「誰かを想う」っていうのはそういう力を引き出す理由を作れたりする。

 

私の場合はそれを頑張るというよりも、

「大好きな家族の記念日なので今日は残業出来ません。とても大切な記念日なんです!みんな楽しみにしていたんです!」

 

と、「帰る理由」に使ったことがある。

 

嘘をつくのは良いことではない。

でも本当に楽しみにしていた日だから嘘ではない。

そして頻繁に使うわけでもない。

記念日なんて一年に一度くらいなもの。

いわば例外。

 

それが正しいのかという判断は個人差があるのでわからない。

 

ただ、

「自信を持って、その理由を誰かに堂々と話せた。」

 

言いたい事が言えた。

 

とても大切にしている想いがある。

それだけで自分でも気が付かない勇気が湧いたりする。

 

切り替えの早さ。

生きているとネガティブな事が頻繁に起こる。

どんなに頑張っていてもくじけそうになる。

 

そんな時にも誰かを想う力が発揮されたりする。

 

普段なら劣勢で、圧倒的にねじ伏せられている場面でも、

誰かを想う力が湧いて来ると、もうひと頑張り、いける。

 

ネガティブな考えを切り替えることが出来る。

 

その想いが強ければ強い程、切り替えが早い。

一瞬でポジティブな思考に切り替えられたりする。

 

たまにテレビを見ていると、

アーティストが、インタビューされている時に、

「ファンが待っているから」

という言葉を聞くことがある。

 

「ファンが待っているから、どんなにハードなスケジュールでもこなしてみせる。」

 

っていう想いを言葉にしたようなものだと感じた。

それがパフォーマンスの一環だとしても、

誰かを想う気持ちを言葉に出して、理由の一つとして挙げる。

 

あくまで客商売だから、

当たり前過ぎてあまり表に出て来ないようなセリフかもしれない。

 

でもこれって誰かを想う力そのものなんじゃないかと思っている。

 

ハードなスケジュールをこなす理由の一つとして必要なものなんじゃないだろうか。

アーティストの底力を引き出す理由が、

 

「ファンが待っているから。」

 

ファンだって同じ。

大好きなアーティストが頑張っているなら「私も頑張る!」と力を引き出せる。

 

誰かを想う力っていうのは双方が良い方向に導かれる時がある。

 

相思相愛。

 

これは先にある多少の困難を一瞬で「乗り越えてやる!」と判断させる要因になる。

 

ポジティブな方への切り替えが早くなる。

 

良い事ばかりではない。

極端な話をすると、「神頼み」も誰かを想う力に似たようなものがある。

期待に近い。

 

自分の力を引き出すだけじゃなくて、

誰かに想いを寄せるがあまり、

「期待」してしまう。

 

「何とかしてくれるはず!」

 

と願うようになる。

 

その時の切り替えも早い。

「あの人がなんとかしてくれる。」

そう考えるようになる。

一時的にはポジティブになるように感じる。

 

ただ、それは自分で作り上げた期待。

 

それが叶わなかった時。

「裏切られた。」

と感じるかもしれない。

 

誰かを想う力は強い。

だからこそ、それがマイナスに働いた時の反動も大きい。

 

人を落胆させる力も持っている。

 

誰かを想う力は心の内で自分の「もうひと踏ん張り」に使うには十分過ぎる力を発揮する。

自分が知らない潜在能力を引き出すきっかけになるかもしれない。

 

ただ、その力に「期待」してはいけない。

 

自分がピンチになったり、窮地に立たされた時。

頭の中に思い浮かべて、「勝手に頑張れるもの」であってほしい。

 

見返りを求めるものでもない。

 

誰かを想う力が次第に方向を変えて、

「あの人がなんとかしてくれるはず!」

「私の気持ちに気が付いているはず!」

 

という期待に変わってしまうと、

そうじゃなかった時の反動は間違いなくネガティブである。

 

そもそも自分で勝手に想って、勝手に力を発揮しただけ。

 

誰かを想う力は間違いなく強い。

 

強いからこそ使い方を間違えてはいけない。

 

誰かを攻撃する力ではなく、

誰かと争う為の力でもない。

 

もっと美しい力であってほしい。

 

キラキラした力であってほしい。

 

そういう使い方を誰もが出来るなら、「誰かを想う」っていうのがもっと美しくなる。

 

私は夢だって叶えてしまうくらいの力があると思っている。

 

その力がいつ発揮されるのかどうかはわからない。

 

ただ、

私は何度も助けられた事がある。

ピンチになると、誰かを想う力が「あと一歩!もう少し!」と背中を押してくれた。

 

その時の自分はいつもよりキラキラしていたと信じている。