今はダメな父親で構わない

生活

かっこいい父親っていうのになりたい。

誰から見てもかっこいい父親でいるのは難しい。

それはわかるけど。

せめて自分の家族の中では「うちのパパは最高にかっこいい!」って思われたい。

 

きっとこれから子供たちは、

テレビや街中、学校や仕事の中で多くの「父親」を目にするのだと思う。

 

たぶんその時その時の感想は口に出す事は無くても、どこかで自分の父親と比べたりする瞬間もあるはず。

比べられて、「うちのパパはないなぁ。」なんて思われたくない。

世界で一番にならなくていいけど、総合的に見て、知り合いの父親の中ではナンバーワンでいたい。

 

「どうしてうちのパパは○○ちゃんのパパよりカッコ悪いの?」

 

なんて言われた日はその場凌ぎで「あははー。」と笑うかもしれない。

でも心の中では当分引きずる。

少し眠れない夜を過ごすかもしれない。

ただ、

 

一日で「最高の父親」になれるわけがない。

 

年齢を重ねていけば「理想の父親像」は間違いなく変わる。

時代と共に父親に求められるものも変わる。

 

数年は最高の父親になれたとしても、その後はダメな父親になるかもしれない。

 

子供たちの「最高の父親像」に全て合わせるわけではないけど、

今はダメな父親だと思われているかもしれないけど、

「私の父は最高だった。」って最後には言われたい。

 

それが自分に出来るのか、私の人生を使って証明したい。

 

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理想の父親。

ターゲット。

強いメンタルが必要かと言われればそうではない気がする。

筋肉が必要かと言われればそうではない気がする。

莫大な収入が必要かと言われればそうではない気がする。

 

何が必要なのか結局のところわからない。

 

理想の父親がどんなものなのかわからない。

 

ダメな父親でも幸せな家庭はあると思う。

メンタルが弱くても、力が弱くても、莫大な収入が無くても、

幸せな家族はいると思ってる。

 

結局のところ、理想の父親っていうのは「それでも私の家族は幸せである」に行きつく人なんじゃないかと考えている。

 

多くの困難を家族みんなで乗り越えたり、時には大きく失敗してしまったり、新しい事にチャレンジしてみたり。

家族として過ごす時間をどれだけ幸せに感じられるか。

 

「うちのパパはそれでも最高さ!」

 

って言ってもらえる状況がどんな感じなのか想像してみる。

私の中では強いメンタルも持っていて、「一般的にかっこいい」とされる体系で、それなりの収入があるのが理想の父親だったりする。

 

でも、

家族が幸せを感じていない生活を送っていれば「理想の父親」ではない気がする。

 

周囲の人が憧れを抱く存在になっても、肝心の自分の家庭が幸せでなければその「憧れ」の価値は低い。

最優先するのは家庭の幸せであって、自分が感じている「理想の父親像」ではなかったりする。

 

誰にとって理想の父親になりたいのか。

 

ターゲットは自分の家族。

きっと全ての人に「あなたは理想の父親です。」なんて言われるのは無理。

私には絶対に出来ない。

だから、せめて、家族だけには「理想の父親」として見てもらいたい。

 

それが出来て、初めて周囲の人の事も考えられるかもしれない。

 

単純に家族が幸せじゃなかったら自分も「幸せだなぁ」なんて思えない。

理想の父親は「独りよがり」では絶対に成り立たない。

 

主張。

家族でいると、「そこに家族がある」のが当たり前になる。

当たり前になると「めんどくさい」が増えたりする。

当たり前以外を排除しようとする。

 

家族には知らない間に生活のペースが出来る。

 

そのペースが崩れると異様にめんどくさくなったり、険悪なムードが漂ったりする。

家族は一人ではない。

だから絶対にペースは乱れる。

そういう時が必ず訪れる。

その時に必要なのは「我慢」でも「距離を保つ」でも「気を使う」でもないと私は思っている。

 

主張。

 

意義を申し立てるわけでも喧嘩を仕掛けるわけでもない。

主張する。

「自分は○○したいからこういうのはどうだろう?」

「自分はそれに対して○○だと思っている。」

その主張によって乱されたペースを整える。

 

ペースは絶対に乱れる。

 

誰かと生活を共にしていれば必ず乱れる。

めんどくさい事を持ち込まないのは違う。

誰かが我慢してしまうのも違う。

ペースを乱さないように主張しないのも違う。

 

ペースは必ず崩れるのだから整える術を持っておく必要がある。

 

ペースを戻すのではなく、「整える」のが重要だと私は思っている。

それが主張であり、そこから始まる話し合いだったりする。

 

家族にとっての「幸せ」を最優先に考えているからこそ、誰か一人でも「幸せじゃない」のは許せない。

 

例えメンタルが弱くても、力が弱くても、お金持ちではなくても、

話し合いは出来るし、

誰かが少しでも我慢しているような状況は「幸せ」ではないと思う。

 

全てが思い通りにいくわけがない。

きっと「なんでうちはこうなんだ…。」と感じることもある。

その時に必要なのがそれを具体的に伝えることだったり、主張した誰かに対してしっかりと意見を伝えることだと思う。

 

私は家族の誰かに主張されたことに対して、それを無視してしまうような家族が幸せだとは思えない。

 

主張されたことに対して自分なりの意見を伝えたり、相手を尊重したり、応援したり、時には激を飛ばす時間があるからこそ、幸せを感じる瞬間もあるのだと思っている。

主張を絞り出す時間は苦痛かもしれない。

言いたくないこともあると思う。

でもそれを言わなきゃ「自分が幸せ」になれない。

自分が幸せではないのに「家族が幸せ」なはずがない。

自分を含めて「家族」なのだから。

 

外でどんなにストレスを受けても。

社会の荒波の中で苦悩していても。

複雑な人間関係で我慢を強いられていても。

 

家族の中では主張する。

社会に出れば「ひとりの大人」として、

あくまで個人戦になるかもしれない。

でも家族は団体戦。

一致団結するからこそ大きな困難を乗り越えられるのだと思っている。

 

それが出来るのも家族の強み。

私達はひとつのチーム。

だからチームをより強くする為に主張する。

弱い部分をカバーし合う。

支え合う。

 

そのきっかけの全ては、

それが突然だとしても、

気持ちがこもった主張だと私は思っている。

 

ダメな父親で構わない。

私達の家族を誰かが幸せにしてくれるわけではない。

誰かに評価されて、憧れの存在になれて、理想の父親だと言われても、家族が幸せでなくては何の意味もない。

私は誰かに愛されるよりも家族に愛されたい。

欲かくなら、誰かに愛される分だけ家族が幸せになればいいと思っている。

それなら誰かに好かれることにも誰かに「理想の父親だ。」と言われることも素直に嬉しいし、進んで自らそうする。

 

でも現実はそうじゃない。

 

幸せは願っているだけでは絶対に訪れない。

 

これから立ち塞がるであろう数々の壁を家族で乗り越えながら徐々に幸せを作っていく。

「理想の父親」になる第一歩目は「ダメな父親」でいいのだと思っている。

 

初めから理想の父親になんてなれない。

 

時間が経って、子供が大人になって、新たな家族を作って、

「理想の父親だったな」と思ってくれたら嬉しい。

 

それに、幸せを感じる。

 

だからその日が来ることを願って今日一日を生きていく。

初めは絶対にゼロ。

ダメな父親だと思う。

今考えただけでも今後どれだけの困難が待ち受けているのか想像がつかない。

子供が学校に行く、社会に出る。

恋をする、結婚する。

失恋する、人間関係でもめる。

それ以外にもたくさんある。

 

きっと予期せぬ事態で埋め尽くされる瞬間もある。

 

でもその時だって主張して、家族に伝えて、話し合って、みんなで乗り越えていく策を見つけ出したい。

きっとその先に「理想の父親」が待っているんじゃないかと思っている。

 

私はそれになりたい。

ゼロから初めて、「それ」に辿り着きたい。

だから今はダメな父親でも構わない。