「ダメな恋愛」なんて言わないで

恋愛

男なんて簡単に手玉に取れる。

難しいことなんて何もない。

絶妙な距離感を掴んでしまえば相手の男は私のモノになる。

私の事をいつも考えるようになる。

告白なんてしなくていい。

相手の男にしてもらえばいい。

私がそういう存在になればいい。

 

あいつは私の事が好きでしょうがないはずだ。

 

お高く留まったままの女がいる。

自分はいつまでもキレイで、いつまでもモテて、いつまでも魅力があると思っている。

年齢と反比例した薄着の衣装を身にまとい、夜な夜な街に繰り出しては理想の男性を探している。

男は男で都合の良い女を夜な夜な探している。

 

何かを成し遂げたわけでもないのに随分偉そうな男。

初めて会った人でも偉そうに「ああしろこうしろ」と指示を出したがる。

 

かっこつけて、武闘派をアピールして、自分は誰よりもイケイケで、女性を「女」と呼び、どこに行っても自分が最高だと思っている。

本当にそうなのかもしれない。

実際にモテるのかもしれない。

イケてるのかもしれない。

 

私にはわからない。

 

そういう女性も男性も。

わからない。

 

ただ、そういう女性と男性がくっついたりする。

求めている部分が一致すればいい。

恋愛なんてそんなもん。

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世の中の人は自分の恋愛が世界の中心。

だから理想の相手を追いかけている時は最強に自分勝手になる。

 

あの人と一緒にいれるなら世界が滅んでもいい。

 

夢中だ。

完全に自分の恋に夢中になっている。

 

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理想の恋愛ってなんだ。

恋する条件。

理想なんて誰にでもあって、そういう人を誰もが探していて、心の中にある何項目もの条件にチェックを付けながら運命の人を探す。

いくつのチェックをクリアすれば理想の相手になりえるか。

どこまで求めるのか。

他人の恋愛観に興味があるなら心の内のチェック項目を聞き出せばいい。

その中にはきっと自分には理解出来ないものがあるはず。

共感出来ない部分があるはず。

人によってはその部分を自分の価値観に沿うものに修正したいと感じるかもしれない。

価値観がかけ離れていれば距離を置くかもしれない。

 

自分の全てのチェック項目に一致する相手が本当にいるのだろうか。

 

自分のチェック項目を全て埋める相手がいるのなら一体どこにいるのだろうか。

 

理想の相手がいそうな場所に行く。

理想の相手が興味を持ってくれそうな格好をする。

理想の相手が好きになってくれそうな話し方をする。

 

恋はあれもこれも忙しいのだ。

恋する経緯。

休みの日は家でネットゲームしかしない。

最低限の食事と飲み物。

後はゲーム。

家の中にいれば外見なんて気にしなくていい。

ネット上で会話が文字で成立すれば感情も表情も人前に出さなくて済む。

匿名世界。

その方が話しやすい。

休みの日は好きなゲームに没頭している。

それ以外の趣味もない。

 

私にはさっぱりわからない。

そこまでネットゲームにハマった経験はない。

魅力も感じていない。

 

それを当の本人に話せば否定されるだろう。

ゲームの魅力を全力で説明してくるかもしれない。

または「つまらない」と言って帰るかもしれない。

自分の価値観には沿わないから。

話もしない、接点も持たない。

帰ってさっさとゲームの続きだ。

無駄足だったな。

 

好きな事をしているだけで恋とはかけ離れている。

 

でも理想の相手はいる。

チェック項目だってしっかり心の内に持っている。

それが誰にも共感されないってわかっている。

これまでの経験上、誰にも共感してもらえないと知って隠し持っている。

髪の毛もボサボサのまま、寝間着のまま、ネットゲームをする。

ネット上で攻略法などの情報交換をする。

興味がある者同士でなければわからないような会話。

私が見てもチンプンカンプンな文字列。

 

でも気が合う相手を見つける。

ほとんどの会話が文字。

文字から人の感情を読み取る。

そうしている内に恋をした。

 

会った事もない人に恋をした。

 

チェック項目が埋まった。

会った事もないのにチェック項目が埋まる。

 

人によっては「そういう恋もある」と言うかもしれない。

まるで自分が「普通の人」と言わんばかりにその価値感を追加で受け入れるような感覚で。

当人にとっては迷惑でしかない。

「そういう恋もある」ではない。

「それが恋」なのである。

 

恋の始まりなんて誰も予想できないような場所にあったりする。

ただ好きなことをしているだけ。

それでも似た価値観を持った人が集まったりする。

そこに恋があったのだ。

相手を好きになったのなら「それが恋」であって、その経緯は「恋」ではない。

「そういう恋」なんて偉そうな言い方をするな。

イレギュラーでもなんでもなく、紛れもなく「恋」である。

 

恋に発展する「経緯」を含めて初めから恋愛をしなくてはいけないのか。

順序が決まっている、少女漫画のような恋だけが胸を苦しくさせる大恋愛と決まっているのだろうか。

 

好きになった相手がいるなら、それだけで「恋」。

 

いちいちそれを否定して「普通じゃない」と言い、自分を「正しい」と認めてほしいのだろうか。

「その方が幸せになれる」というアドバイスのつもりだろうか。

 

参考にならないアドバイスなんて喫茶店のBGM級に聞き流せばいい。

恋のアドバイス。

今、自分の目の前にある恋にアドバイスなんていらない。

うまくいっている。

好きになった人と思いっきり恋をするだけ。

うまくいかなきゃその教訓を次に繋げればいい。

だから、今はアドバイスはいらない。

対照的に、

誰かのアドバイスに共感し、その通りに恋愛をする。

今の自分にとって的確なアドバイスだった。

だからそのアドバイスを取り入れて恋愛の駆け引きをした。

その結果うまくいった。

自分にとっては最高のアドバイスだった。

 

相談して必ず最高の恋が出来るわけではない。

 

誰かの助けを求めて共感を得て、協力も得る。

恋の相談なんてよくある話。

 

夜な夜な理想の相手を探して賑やかな場所に行く。

ネットを使い、一度も会った事がない人に恋をする。

友人にアドバイスをもらいながら理想の相手を攻略する。

 

どれもこれも恋である。

 

そのどれもが忘れられない大恋愛になるかもしれない。

そこから一生大切にするパートナーになるかもしれない。

 

恋の方法や経緯にいちゃもんを付けたい奴はたくさんいる。

街のいたるところにいる。

電車のいたるところにいる。

飲食店のいたるところにいる。

どこにでもいる。

家族の中にもいるかもしれない。

 

どんな恋をしても否定したい人がいる。

 

それもアドバイスだと言う人がいる。

 

その否定やアドバイスに従って得たものが「本物の恋」と言うなら、視聴率の高い恋愛ドラマを見て勉強すればいい。

多くの人が憧れる恋愛をすればいい。

そうじゃないなら自分が好きなように恋をすればいい。

 

恋に縛りなんてない。

 

本当はどれでも好きなのを選べる。

納得の恋。

好きになった相手と恋愛をする。

遠距離であったり性別を超えたり。

 

自分が納得する恋をしよう。

 

真剣に恋をしよう。

 

真剣に恋をすれば深く傷つくこともある。

自分が納得する恋をすれば誰かを傷つけることもある。

相手に嫌われることもある。

相性について深く考えることもある。

一度の恋愛で一生のパートナーになったり、多くの恋を今もしていたり。

誰かに認められたかったり、誰かと比べたり。

調子に乗ったりめちゃくちゃ落ち込んだり。

隠したり隠されたり。

言えなかったり、多くの人に自慢したり。

 

自分が恋をしてしまったんだからしょうがない。

 

私は、

電車でイチャイチャしている恋人同士を見ると本当は凝視したいのに出来ない。

なんなら見ているこっちが恥ずかしくなる。

だから「自分はしない」と決めた。

 

私には、

「家族には絶対に言えない恋をしている」と語る友人がいる。

その恋のどこに魅力を感じているのかわからないが、「自分はしたくない」と思う。

「その恋は危ない。辞めるべき。」と伝えたところであまり意味はなかった。

なんなら推奨された。

「スリルがいいよね。好きになっちゃったんだから。」と言う。

共感を得たいなら私ではなく、他に相談した方がいい。

私は断固否定する。

 

結局自分にはわからない恋だらけ。

知らない恋の世界がまだまだいっぱいあって、それを理解しようものなら自分が経験するしかない。

でも人生はそんなに長くない。

だからきっと全ての恋を経験することはない。

しようと思っても出来ないんじゃないかと思う。

 

恋愛のスペシャリストなんて感覚みたいなもので、自分が得意な分野や自分がしてきた恋の形を「正しい」と言ってるだけ。

きっとそう。

そう思いたい。

 

恋に答えを出してみて、「ほら!そうでしょ?」ってなもんで。

共感を得ようとするのはわかる。

その価値観で多くの共感を得れると「スペシャリスト」と呼ばれるならそれはそれで良い。

 

でもそれ以外の恋を「間違っている」とか言わないでほしい。

 

だって。

今、夢中になっている「恋」が間違っているだなんて思いたくないじゃないか。