言わせてもらおう。
今のお前は雑魚だ。
目の前の様々な事に本気を出せないお前に、私は負ける気がしない。
何をしても負ける気がしない。
才能に甘えているような奴にも負ける気がしない。
本気を出せない奴なんかに私は絶対に負けない。
勉強だろうがスポーツだろうが、本気を出せない奴に最高に満足のいく未来なんて訪れない。
今をどう生きるかで未来が変わる事実は誰でも子供の頃から知ってるはず。
それなのにまだ本気を出せないのか?
雑魚め。
お前の人生はお前自身のモノで、自分が「今」本気にならなくちゃ未来でも本気になんてなれないだろ。
多くの雑魚共が口を揃えて「本気の出し方がわからない」と言う。
本気の出し方なんざあるわけがないだろ。
誰かに求めて答えがわかるはずがないだろ。
なぜ自分の本気の出し方を他人が知っていると思った?
これまで誰かに依存し続けてきたから。
それだけ。
自分の人生をなんとなく生きてきたから。
それだけ。
お前は本気を出す「今」を継続出来ないだけ。
お前は今日一日を無駄にし続けているだけ。
聞け。
お前が本気を出せない理由なんて超シンプルだ。
問題は本気を出せない今が作る未来をリアルに想像出来ているかどうか。
それだけ。
今と変わらない未来がお望みならどうぞこれからも本気を出さずに過ごしてください。
本気を出したいなら、最後まで読んでほしい。
そして本気じゃない今が作り出す未来をリアルに想像してほしい。
「このままじゃダメだ」って本気で思えば、そこから未来は大きく変わる。
未来を変えたいから本気になるんだよ。
これまでの自分の歴史を振り返る。
まず、今の自分がどうして本気を出せないのか。
それは自分の過去にある。
これまでの自分の歴史が今の自分を作っている。
だから、過去に本気を出せていなければ今の自分も本気を出せるはずがない。
自分の歴史を振り返ってみてほしい。
これまで何を頑張ったのか、何を継続してきたのか、今の自分の中には過去に蓄積させた様々な経験が残っているはず。
過去の自分が勉強を頑張ったのであれば、今でもその勉強の証が残っている。
何かスポーツを頑張っていたなら、今でも体に染みついている。
楽器を演奏していたなら今でもその感覚が残っているはず。
人は過去に何をどれだけ頑張ったかを思い出せば、今の自分に残っている努力と継続の証が手に取るようにわかる。
そこで「何も無い」と感じるのなら、「努力を継続してこなかった」って事。
もし楽器が演奏出来るのなら、それだけの練習をしてきた証拠。
体に染みついているものがあればあるほど、それを習得しようと本気を出した過去がある。
積み重ねた努力があればあるほど今になってもその経験が残っている。
今の自分に「大した経験も残っていないな」と感じるのであれば、本気の努力を継続して来なかっただけ。
少しでも身に付いているものがあるなら、それが過去に継続してやってきた努力。
一時的にでも本気を出した結果。
本気を出したきゃまず自分の歴史を振り返ってみると良い。
そして今でも体に染みついている何かがあるかどうかを思い出す。
体に染みつくほど努力した何かが少しでもあるのなら、きっとそこに「本気の出し方」のヒントがある。
必要なのは本気の努力と、それを継続する力じゃないだろうか。
自分の意思で「今」頑張った分だけ理想の未来が作られる。
過去の自分を振り返り、自分の中に残っている過去の努力やそこから得た経験。
それは過去の自分が今の自分を作っている証明になる。
当時頑張った事が結果となって今の自分に身に付いている。
つまりこれからの未来は「今作られている」って事。
今、頑張って、真剣に向き合あって、継続している何かがあるのなら、必ず未来にそれが残る。
何かしらの感覚や結果として残る。
今の頑張りこそが未来の自分を作る。
今頑張った分だけ未来に反映される。
何を頑張ってる?
何を継続してる?
ここで一つ重要ながある。
それは、自分の意思。
自分の歴史を振り返った時に今も経験として身に付いているのは、「自分の意思で」努力と継続を望んだ事だけ。
誰かにやらされたり、なんとなくやっていた事は残らない。
それはほぼ経験していないのと一緒。
だから今の私には嫌々やらされ続けていると感じていた勉強は何一つとして身に付いているような感覚が無い。
ところが、今でもギターは弾ける。
何年も弾いていなかったギターだけど、実際に手に取れば今でもある程度は弾けるのだ。
それは自分の意思で「ギターが上手くなりたい」と思って努力を継続した時期があったからだと思う。
本気で向き合う瞬間があったからだと信じている。
さっき「今頑張った分だけ理想の未来が作られる」と言ったが、そこには当然「自分の意思で」が必要になる。
なんとなく、嫌々続けているのは努力でもなんでもない。
ただの我慢だ。
「本気」には必ず「自分の意思」が必要になる。
そして今頑張っている何かに「自分の意思」が無ければ理想の未来は作られない。
仕事だろうが趣味だろうが勉強だろうが「本気」に必要なのは圧倒的な「自分の意思」だ。
今「努力している」と勘違いしている毎日は「我慢」じゃないか?
もしそうなら、そこに「自分の意思」が必要になる。
もっと未来をリアルに想像してみてほしい。
自分の意思で今頑張っているのは何?
それが無けりゃ今も未来も大して変わらないまま過ぎていく。
「自分の意思で努力を続ける何か」に対する気持ちは「我慢」なんかじゃない。
努力だ。
そしてその積み重ねと継続が自分が思い描く理想の未来を作っていく。
結果をすぐに求める奴はバカだと思え。
例えば自分の意思で理想の一軒家を建てるとして、そこに必要な努力は何?
最も効率良くそれを実現する方法はあるか?
全てを「自分で建てる」と決めたなら勉強しなくちゃいけない事が山ほどあるはずだ。
誰かにお願いするのなら必要な業者や情報を集めるはずだ。
今手元にお金が無いのなら、稼ぐのか、借りるのか、考えるはずだ。
どれもこれも今すぐに完成するものじゃない。
毎日継続的に努力を続けるからこそ理想の一軒家が完成する。
だけど私達はすぐに結果を欲しがる。
すぐに結果が出ないとわかるとサボったりする。
努力や、その継続の先に理想がある事がわかっているのに、漠然と「遠い」と感じて諦めてしまう。
楽な方へ行きたがるのは誰だって一緒だ。
でも楽に理想が手に入るわけがない。
立派な一軒家が一日で完成するはずがない。
理想の一軒家が一日で完成するはずがない。
理想とする未来の自分に明日急に変身出来るはずがない。
理想が高ければ高い程時間がかかるのは当然。
だけどほとんどの人がその理想を漠然と遠く感じて努力や継続を辞めてしまう。
未来は今を積み重ねていく事で出来ているのに、サボる。
結果がすぐに出ないから。
結果をすぐに求める奴はバカだ。
テレビや映画や雑誌で紹介される「結果」ばかりに目がいってしまう。
結果までの過程が無かったかのように描かれる世界を目にしてきたせいで努力と継続を忘れてしまう。
少しでも早く理想に近づきたいなら毎日を更なる努力で埋め尽くせ。
少しでも早く理想の自分を手に入れたいなら毎日をMAXで頑張れ。
そしてそれを継続するしかない。
それがわかっているのに出来ないなんてのはバカだ。
それか自分の意思が弱い。
現状に満足してしまっている。
どこかで「理想なんて手に入らない」って思ってる。
全部、今すぐに結果が欲しいと願うからだ。
もっと考えなきゃ。
もっともっと未来をリアルに想像しなきゃ。
今日一日の中でも他に出来る事が必ずある。
まだやれる事がきっとある。
甘えている場合じゃない。
本気を出せない理由はそこにある。
少しでも早く結果を出したいからこそ、今を精一杯頑張るんだよ。
そしてそれは今日一日で完成するものじゃなくて、圧倒的な継続の先にあるんだよ。
ゴールはリアルに想像する未来の自分だ。
それになれるまで努力を続ける。
たったそれだけの事が出来ないのは結果をすぐに求める癖。
ただの癖。
じゃあ直せばいい。
その先に本気で毎日を過ごす自分が必ずいる。
元の自分に戻ったらどうなると思う?
多くの人がすぐに結果を求めて、それが「すぐに叶わないから」と努力を中断する。
一度でも努力を中断すれば元の自分に戻る。
元の自分は本気になる事を辞めた自分。
現状に甘えて未来をリアルに想像出来なくなった自分。
そうなれば未来は今と少しも変わらない。
未来を変えるには必ず努力と継続が必要になるんだから。
どんなに努力を続けていても、気が付くと元の自分に戻っているような気持ちになる事もある。
それは努力のキャパが大きくなったから。
人は継続していく中で成長する。
全く同じ努力をしていると、それが当たり前になる。
せっかくの努力も、そこで「何も変わらない」と感じてしまうと、努力のペースを緩めるか、そのままなんとなく続ける方向へシフトする。
決して元の自分に戻ったわけではないのに、自分の未来がリアルに想像出来なくなる。
「理想への距離が縮まっていない」と感じる。
そこで感じるべきなのは「何も変わっていない」っていうネガティブな感情ではない。
「まだまだペースアップ出来る」と、成長している自分を感じるべき。
人は慣れる。
分かり易く説明するなら筋トレだ。
例えば一日10回の腕立て伏せをする努力を継続していれば、いつしか何も考えずにこなせるようになる。
どうしてもなってしまう。
最初は自分の意思で「一日10回」と決めたかもしれない。
ところがそれを続けていく内にいとも簡単に10回をクリアし始める。
その時に、「まだまだ筋肉が付かないな」と感じているのと一緒。
それはネガティブ。
10回がいとも簡単に出来るようになったのなら、その回数をどんどん増やしていかなくてはいけない。
自分が理想とする体に少しでも早く近づく為にそうする。
同じペースで走っていても成長のペースも同じ。
ゴールまでの距離はいつまで経っても想像通りだ。
人が夢を叶える時、何度も成長を繰り返して、後半は一気に夢までの距離を詰めていく。
努力のキャパを広げながら継続していくからこそ、理想までの距離が急に短くなったりする。
それは自分が成長して理想へ進むスピードが増したから。
毎日同じ事を続けるのは凄く重要。
むしろそれが無ければそもそも理想に近づきもしない。
だけどそこに、もう一つ、一歩の幅を大きくする為に、更に負荷をかけていかなくてはいけない。
RPGゲームで例えるなら、ずっとスライムと戦ってレベルを上げるより、自分のレベルに見合った常に強い敵を倒していった方が早くレベルが上がるのと一緒。
経験値が違う。
ずっとスライムと戦っていても理想まで一定のスピードで進むだけ。
終盤はレベルアップに必要な経験値が多くなる分、成長が止まったような気持ちになる。
そりゃ飽きる。
遠く感じる。
だから元の自分に戻ってしまう。
常に自分を限界まで追い込める人が最も早く理想に辿り着く。
そして、気が付けば色んな理想に一瞬で辿り着けるようになる。
もっともっと自分を信じて、ポジティブなサイクルを作れ。
それを継続する。
「とりあえず」な継続のスピードと、「とにかく限界まで」の継続のスピードじゃ将来的大きな差が出るのは明らかだ。
ペースを上げていけ。
あなたが尊敬するほぼ全ての人が継続の力で成り立ってる。
最後に言いたい事がある。
それは「あなたが尊敬するほぼ全ての人が継続の力で成り立ってる」事実。
それがプロのスポーツ選手なのか、経営者なのか、芸能人なのかはわからないが、必ず努力を継続していく中で結果を手にしている。
毎日限界の努力を積み重ねて、最後は圧倒的なスピード感で飛び上がった結果だ。
地味な練習や努力なんて当たり前。
地味な継続なんて当たり前。
そこに成長に合わせた更なる負荷をかけ続けていく内にいつか「トップスピード」になる。
飛行機みたいなもんだ。
加速している間は相当な努力がいる。
相当な力をかけ続けなくちゃいけない。
燃料も多く使う。
でもいざ離陸出来るスピードに達すると、機体は浮き、すんなり上空へ向かう。
飛ぶまでの努力は圧倒的にキツイ。
諦めたくなる。
辞めたくなる。
でも、一度でも飛び立ってしまえば、後は目的地に向かうだけ。
一度離陸した飛行機は少ない燃料でスピードをキープし、飛び続けられる。
でも離陸するまでは圧倒的な燃料を使い、力をスピードに変える。
その時の乗客は背もたれに体が吸い込まれるような感覚になり、圧倒的な違和感を感じる。
でもなぜか、離陸すると、その違和感は無くなり、背もたれに吸い込まれるようなストレスも無くなる。
スピードは速いままなのに、快適になる。
飛ぶまでの勝負なんだよ。
本気を出すのは飛ぶまで。
後は目的地までひとっ飛びだ。
離陸するまでなら本気も継続出来るはず。
誰にだって出来るはずだと私は思っている。
努力と継続は理想を手にするまで続くものじゃない。
一度でも飛んだら、そこからは意外に楽なんだと思っている。
ここまで散々偉そうに書き殴ってきたけど、実はこれ、全部、今の自分に言いたい事。
どうか感想をください。