人は毎日のように仕事をせっせとこなす。
それを止めると生きていけないからね。
毎日バタバタと忙しい毎日を送っているのに、そこで失敗しないわけがない。
まず、聞いてくれ。
人は失敗しないわけがないのだ。
おお。
絶対に失敗する。
言い切ろう。
私は数々の失敗の上に立って今も呑気に生きている。
仕事での失敗。
あるよ!
個人的に150万くらいを失う事もやった。
自己責任だったから仕事上とは言え、ガッツリ賠償だ。
凹んだよ。
当時は絶望的だった。
せっせと働いて、我慢して貯めたお金が、たった一度の失敗で消えたんだから。
人によっては数億円の損害を出すパターンもあると思う。
絶望的だよね。
…。
それでも私はその失敗の上に立てると思っている。
むしろ立たなきゃダメ。
人生なんて諦めたらクソつまんねーのだ。
つまんねー人生なんてクソくらえだ。
だから諦めない。
仕事での大きな失敗。
そこから立ち直り、自分の道を歩いていく為に必要な決意をまとめたい。
失敗を取り戻そうとする決意は活力になる。
ほとんどの人が失敗すれば反省する。
たまに「失敗なんか気にしない!」ってのをポジティブだと感じて無理矢理気にしないようにする人もいるけど、あれってネガティブだからね。
ちゃんと反省して、それを次に活かしたりする方がポジティブだから。
「失敗なんか気にしない!」ってのは失敗の重圧から逃げようとしているだけだし、失敗してない事にしようとしてるだけ。
せっかくの失敗なんだからクソ程悔しい気持ちになって、それを取り戻そうと努力したり、改善したりする方がよっぽどポジティブ。
「考える事」を放棄してはいけない。
結果的に「何もなかったかのような日常」になるのは、「気にしない」とか「忘れた」って事にするんじゃなくて、失敗をちゃんと受け止めて、傷ついて、反省して、それでも「取り戻そう!」って思って、その為の努力を怠らなかったから。
だから失敗に対して謙虚にならなくてはいけない。
反省しなくちゃいけない。
「絶対に取り戻してやる!」って思ってる方がポジティブだし、将来的にもお得なんです。
見栄を張って、強がって、恥ずかしいからって、「失敗を無いもの」にしてしまったらもったいない。
あんなに活力になるものは他に無いぞ。
反省して、失敗を取り戻そうとする努力は必ず今後の自分を支えてくれる。
その先で掴み取った数々の功績は、「あの時、失敗したおかげ」と言えるかもしれない。
そのセリフが言えるのは自分の失敗と真っ直ぐに向き合った奴だけなんよ。
世界では多くの人が失敗の上に立って結果を出している。
悔しい想いは未来で晴らせ。
失敗を無いモノになんてするな。
「失敗しない」がカッコいいか?
「一度は失敗したけど、それを覆すような結果を出した」って方が更にカッコいいじゃないか。
倍返しだ。
失敗は切っ掛けよ。
ドラマで言えば第一話なんよ。
オープニングなんよ。
誓おうぜ。
この失敗を活力にしてやる。
で、予想を遥かに上回る結果を出してやる。
やってやれ!
失敗と真っ直ぐに向き合って、考えて、凹んで、反省して、でも立て。
泣いても良いじゃん。
それだけ真っ直ぐに失敗と向き合ってる証拠じゃん。
恥ずかしい思いをしたって良いじゃん。
忘れられない失敗が多ければ多い程活力に満ちた毎日が待ってると思え。
悔しいけど、それを力にしよう。
過去は消せないんだから、前を向くしかあるまい。
それでも進め。
未来は誰にもわからない。
自分の今が作っていくもんだ。
「諦める」じゃなくて「切り替える」が正解。
大きな失敗をして、それを活力にして、結果を求めて前を向いて進む内に、ふと気が付く瞬間がある。
「あれ?これ、無理じゃね?」
あるんよ。
私は学生時代からプロのサッカー選手を目指していた。
何度も負けて、ケガをして、自分よりも上手な選手がたくさんいた。
頑張れば頑張る程そういった選手が目の前に現れるのを実感していた。
失敗をバネにして頑張ってきたつもりだけど、どこかで悟った。
いや、ふと思った。
「もう無理、諦めようかな…」
で、これって周りの人から見たら「諦める」って事だと思うんです。
私自身も「諦めた過去」だと思ってた。
ずっと思っておりました。
小さい頃からの夢を諦めた少年になったと思っていた。
でもね。
よく考えたら違うんですよ。
違うのですよ。
諦めたわけじゃない。
「諦めた」ってめっちゃネガティブじゃん。
めっちゃ自信が無くなるじゃん。
これまでの失敗や頑張りが「なんだったんだよ!くそが!」ってなるじゃん。
なるんよ。
まるで「意味の無い時間を過ごした」って思うようになる。
そこからは腐りました。
やりたい事も見つからず、自分は「夢破れたりし者」と思い込んだ。
何もかもが嫌になって、挑戦するのが怖くなった。
…。
「切り替えた」だけだったのに。
…。
これまでの失敗や、それを活力に頑張った毎日は消えない。
さっきも言ったけど、過去は消えないし、消せないわけです。
だから当時経験した失敗も、努力も、消えないわけです。
はい。
「諦めた」ってのは「プロのサッカー選手になる事」であって、これまでの全てではない。
だから無駄じゃない。
この世には無数の将来がある。
無数の仕事がある。
無数の生きがいがある。
無数にね。
マジで無数。
その中のたった一つを諦めただけ。
人生全体で言えば「目標を切り替えただけ」なんよ。
どうせ死ぬまでに無数にある将来を全て経験出来るわけではない。
だったら色々やってみて、それから決めても遅くはない。
たった一つの将来を諦めて、否定しただけで絶望した私。
これも失敗なんです。
あの頃サッカー選手になりたかった道中で得た失敗と同じだ。
一つの大きな括りとして見る「人生」から考えれば、どれもこれも同じ。
ただの失敗。
失敗ってなんだっけ?
そうだ。
活力だよーーー!
諦めてない。
将来のビジョンを切り替えただけ。
新しい目標へ向かって進めるんだからある意味ワクワクするべきなんだと思った。
叩かれて当然。
失敗して、誰かに怒られたり、叱られたりするのって嫌じゃない?
私は嫌です。
超嫌だ。
多くの失敗を重ねて大人になったけど、やっぱり今でも嫌だ。
だから失敗したくない。
いつもそう思ってる。
「今回こそ大丈夫!」「絶対に何とかなる!」
自分を根拠もない理由で丸め込もうとしたりする。
でも失敗して誰かに迷惑をかければそりゃ叩かれる。
叩かれて当然なんよ。
叩かれて当然なのに、それが嫌だから、なんとか「逃げよう」と言い訳を考えたりする。
…。
「叩く」ってぶん殴るって事じゃなくて怒られたり叱られたりする事ね。
メンタル的に追い込まれるような感じ。
それが嫌なのです。
なんか、自分が惨めな感じになるし…。
普段から失敗しても責められないように圧力的な態度で過ごす人もいるよね。
そんな勘違い君は「舐められないように」とか言ったりする。
いやいやいや。
そもそも失敗して誰かに責められるってのは普通の事なんよ。
舐めてるのはお前。
失敗を舐めてはいけないぜ?
むしろ責められている最中に多くのヒントが隠されていたりする。
「どうしてこうしなかったんだ!」とか「どうしてあの時こう考えなかったんだ!」とか。
これって、叩かれている最中だからこっちは「はい。はい。すいみませんでした…」って感じでとにかく怒られたり叱られたりしている今を乗り越えようとするけど、実は多くのヒントを出してくれている。
ようは改善策ね。
自分一人だけの決断や価値観や考え方ではクリア出来ない目標も、失敗して、誰かに叩かれる事で「反省する部分」が明確になったりする。
実はヒント。
実際にバチクソ怒られている時は冷静に判断出来ずに、「これはもうしない方がいいな」って捉えるんだけど、誰かの正直な価値観に触れる瞬間でもあるわけさ。
「自分がどうして失敗してしまったのか」「何を改善すべきなのか」ってのは実は誰かにバチクソに叩かれている時にわかったりするもんです。
次からは「はい。はい。すいません…」と本気で反省しながらも、「なるほど、こう考えているのか」と相手の価値観を吸収する準備をしようと思っている。
叱られるのは嫌だけどね…。
誰にも負けないくらいデカい反省をしろ。
自分がしてしまった失敗と真正面から向き合うと、叩かれる事もあるだろうし、その時にメンタルダメージを軽減する為に多少しらばっくれたりもするかもしれない。
が、本来ならクソ真面目に失敗と向き合って、誰よりも大きな反省をするべきだと私は思っている。
それにはちゃんと理由がある。
失敗の大小に関係なく、誰よりも大きな反省をするってのは、より大きな活力になる可能性を秘めているから。
「二度とこんな失敗はしたくない!」
って本気で考えるようになるからだ。
失敗を恐れているっていうよりも、失敗から得られた大きな反省によって、自分を強化していくような感じ。
もちろん失敗は怖い。
今でも出来るのならしたくない。
でもね、最初にも言ったけど、人は必ず失敗するんよ。
それも、圧倒的に油断している時に失敗する。
気が抜けていたり、こなれた時だったり、調子に乗っている時だったり、失敗はいつも「自分が変わる時」を見計らって起きたりする。
そう思わない?
私は思う。
なんでかタイミングが良いのだ。
ノリに乗っている時に限って失敗する。
芸能人の「これは大失敗したな」ってゴシップネタをワイドショーで見る度に思う。
「せっかく売れているのにどうして?」って。
たぶん本人も「今乗ってんなー!仕事がひっきりなしに来るぜー!うひょー!」って思っていたのかもしれない。
でもそんなタイミングで週刊誌にガツンとキツイ一発を食らう。
なんでかそんなタイミングなんだよ。
多くの人が「どうして…」って思うようなタイミング。
そんな時に失敗は起こる。
だからこそ誰よりもデカい反省をしなければならない。
だって、それを反省しないと、また、絶好調のタイミングで失敗するんよ。
何度も何度も絶好調のタイミングで。
だから私は誓った。
失敗の大小に関わらず、最大限の反省をする。
じゃないと単細胞だからまた調子に乗るのです。
調子に乗った自分の姿を何度か客観的に感じた事があるけど、ウザイのです。
そんなウザイ奴が失敗する…。
絵に描いたようにわかりやすい「ざまーみろ」なシナリオ。
そうならないように、常に最大の反省を心掛けたいのです。
反省。
これ、やっぱり大事ね。
大きな獲物は逃さない。
失敗をした後の反省は大事。
確かに大事。
その反省が大きければ大きい程これからの準備や確認に対して念入りになる。
って事を散々ここに、殴りつけるように、書き続けてきました。
あまりにも反省をすると、目の前の事ばかりを気にするようになる。
「これは大丈夫か?」「失敗しないか?」
目の前の事に注視し過ぎるようになる。
それはそれでつまらんのです。
私は知っている。
人は先に大きなゴールがある方がやる気が出る。
例えばダイエット。
今日一日の食事制限だけを考えて生きるって…。
つまんない。
だから、理想の体重になったら「大好きな物を食べる」とか「着たかった服を買う」などの大きな目標を立てる。
それに向かって頑張る。
で、途中で我慢出来ずに食べてしまったら…。
超絶反省する!
とんでもなく反省して、また次の日に向かう。
ダイエット継続。
それを繰り返していくと、毎日が苦痛になる。
そりゃ大きなゴールは毎日の繰り返しだから、一日を頑張って繰り返していくのは圧倒的に重要。
でも「頑張る一日を繰り返すだけ」にシフトすると、「また今日も辛い一日か」「明日も辛いのか」と考えるようになる。
それって、つまり、暗いのよ。
なんかどんよりするのだよ。
気分がさ。
私はね。
だから達成したらどんなに素晴らしい事が起こるかを想像したい。
毎日の積み重ねの中で絶対に失敗する事はあっても、あらかじめ設定した、先にある大きな獲物だけは絶対に逃さない。
そんな気持ちでいるようにしてる。
たまには理不尽な失敗もある。
誰かの失敗に巻き込まれる事だってある。
ふてくされる。
ムカつく。
ブチ切れる。
あるよ。
あるけどさ。
それでも先にいる大きな獲物から目を離したりはしない。
だって、そうじゃないと、面白くないんだもん。
毎日辛いだけじゃ絶対に頑張れないんだもん。
だから、今日も、失敗するかもしれないけど、その失敗から最上級の反省もするけど、先にいる大きな獲物は追い続けようと思うのです。
夢や目標と言われればそうなんだけど、自分でとっ捕まえたいので、「獲物」と表現します。
絶対に捕まえます。
だから今日も、失敗するし、反省するし、努力を続ける。
気が付きゃ失敗が味方になってくれている事を祈ります。
どうか感想をください。