極端に尖ってないと魅力的なブランディングは難しい

小言

最近テレビやyoutubeを観ていて思うことがある。

それはキャラ設定について。

youtubeの中ではそれをブランディングって言い方をしていたりするけど、つまり「どうやって自分を魅せるか」だと私は受け止めている。

今私が生きている社会の中で自分にブランディングが必要かと言われれば…。

どうだろう。

仕事では必要になるかもしれないけど、プライベートな時間にブランディングは必要ないような気もする。

私は車が好きなので、様々なメーカーの車の評判を調べたり、試乗している動画を観たりする。

そこでも随所に感じるのです。

「どのように魅せたいのか」を。

例えば、メルセデスベンツ。

日本に住んでいるからかもしれないけど、子供の頃から「ベンツ」は高級車ってイメージがある。

成功者が所有する車の代名詞みたいな感じかもしれない。

本気の車好きはもっと別のメーカーに憧れたりするかもしれないけど、一般的に超分かり易い「成功者が乗る車」と言えば、たぶんベンツなんじゃないだろうか。

実際に乗っている人は「メルセデス」って言ったりするけど、「ベンツ!」って言うのは日本ならではの呼び方みたい。

メルセデスベンツは、そもそも「成功者が乗る車」っていうブランディングをしてきたんだろうか。

高級車の代名詞的存在になっている。

キャラ設定なのか。

大衆車ではなく、高級車。

中には成功者ではなくても購入出来るモデルもある。

でもSクラスとなれば、1000万くらいする。

普通に仕事をしていてもまぁ、買えない価格帯。

もちろん乗り心地も優秀らしいし、内装もラグジュアリー。

キャラ設定だけじゃなくて、それに見合った性能を持っている。

まさに憧れ。

どうしてそんな存在になれたのか。

自分の人生にも必要な考え方だと私は思っている。

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ブレないキャラ設定。それを続ける強さ。

もしベンツが高額なのにも関わらず乗り心地が悪かったらどうだろう。

安全性に問題があったらどうだろう。

…。

たぶん売れなくなると思うんです。

誰も欲しくないと思うはずなんです。

お値段以上の価値を提供していなければ、高い地位を確立し、長い間それをキープ出来ない。

「高くて買えないよ!」って言う憧れを作り続けている。

そのおかげで頑張れたりする人もいるし、目標として掲げている人もいる。

私はまさにそれ。

将来、Sクラスを新車で買う。

分かり易く高価な物を手に入れる目標。

そして実際に多くのお金持ちや成功者に愛されるメーカーであり続けてくれること。

ブレない姿勢とキャラ設定によって常に「ベンツ」を魅力的にしているような気がするのです。

ただ、最初の最初。

ベンツの歴史を辿ると、「高級車」を作ろうとしているわけではなかった。

企業のスローガンは 「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」である。

「一番良い車を作ろう!」ってこと。

高級車を作りたいわけじゃない。

一番良いモノを作りたい。

じゃなきゃ作らない。

長い歴史の中にコスト削減の時期もあった。

その時期にメルセデスベンツは一度信頼を失っている。

ブレちゃったわけです。

部品の値段が上がれば車の値段も上がる。

それで売れなくなるのを恐れて部品を安くすれば品質が落ちる。

品質が低い車を作ることで信頼を失う事に。

そこから這い上がる為に様々な車を作っていく。

そしてあの頃のスローガンをもう一度復活させる。

「最善か無か」

最善を選ぶキャラを続けることによりその名前を世界中に広めた。

私がずっと欲しいSクラスの登場は1972年。

歴史を感じる。

そして今でも憧れの存在。

ブレないキャラ設定とそれを続ける強さは「メルセデスベンツ」が証明してくれている。

偏ってる考えだけど、追及して、尖っていって、多くの人を魅了する存在になった。

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尖ってるからこそブランディングしやすい。

私はテレビやyoutubeで活躍している人はいつも偏っているように感じている。

その人の事を全て知っているわけではないけど、画面を通して伝わって来るキャラ設定はいつも偏っているんです。

めちゃくちゃしゃべる人。

めちゃくちゃお金を使う人。

めちゃくちゃ食べる人。

めちゃくちゃ毒舌な人。

とかとか。

とにかく偏っているように映る。

偏っているというか、一部分だけがすごく尖っているような感じ。

だからこそ面白いんです。

画面を通じて観た時に、尖っているからこそ「面白い」って感じる瞬間が多いんです。

なぜか。

私は考えました。

それは「現実離れしている感じ」がするからだと思っている。

私達の生活の中で「普通に言える事」だったり「普通に出来る事」っていうのは画面を通さなくても出会える可能性を持っている。

起こり得る可能性に対してはあんまり魅力を感じないのかも。

パンチ力が足りない。

何でも普通に出来てしまう方が面白くないのかも。

極端に「出来る」「出来ない」の方がテレビ的にもyoutube的にも面白いんだと思う。

キャラ設定っていうのは難しい。

難しいんだけど、決める時に考えるべきなのは「極端かどうか」って事じゃないだろうか。

そしてその後はバランスを重視するわけじゃなくて、「極端な方へ」寄せていくようなイメージ。

それを続ける。

自分の中の尖っている部分を見つけ出して、その部分をカバーする方へ寄せるわけじゃなくて、もっともっと尖らせていく。

それが次第にキャラ設定になって、ブランディングもしやすくなる。

ブランディングを経て、極端だった尖っていた部分がその人やその物の魅力になる。

キャラ設定を決めやすかったりブランディングしやすかったりするものって、基本的に尖ってる感じがする。

そしてその部分を「売り」にする。

分かり易いんです。

バランスが取れていてなんでも器用こなしてしまうオールマイティーな人の方がキャラ設定やブランディングは難しいと思う。

だって、どこを売りにしたらいいのかわからないし。

その「売りたい部分」ってのが分かり易い方がテレビやyoutubeでは重宝されるような気がする。

魅力的に見えたりする。

メルセデスベンツの 「最善か無か」 ってのはめちゃくちゃ極端。

「やる」「やらない」くらい極端。

でもそこで「やる」を選び続けたからどんどん尖っていく。

尖った部分が「売り」であって、それが多くの人を魅了する結果に繋がっている。

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尖りに尖った先で掴める幸せもある。

どうやら人はこだわり続けると尖った部分が出てくるらしい。

それがもし「普通」であっても、「普通普通普通!」と「普通にこだわり続けても」偏っていく。

「普通」ってそもそも意識してない部分が大半なわけだし。

「普通」にこだわっている時点で「普通ではない」のかもしれない。

ただ、こだわり続けると尖っていく。

こだわり続けて尖っていくと、その部分が「魅力的」になったりする。

それがメルセデスベンツだったりする。

最善を作り続けたら世界で最も有名な高級車になった。

それがテレビやyoutubeに出ている売れっ子だったりする。

尖った考えや行動が魅力的に見えてくる。

目立つことや儲けることが正解ではないかもしれない。

実際に尖った人達が活躍している世界で幸せを感じる瞬間があるのかもわからない。

それでも、もし、自分がこだわり続けて、一つの事を追求していって、尖って尖って尖りまくったら、その先には自分にしかわからない幸せがあるような気がするのです。

自分にしかわからない「正解」を見つけられるような気がするんです。

せっかくの人生。

そんな世界を見てみたい。