失恋は辛いが何も失ってない。得たものが多い。

恋愛

失恋しても元気な人なんていない。

どんなに隠しても、明るく振る舞っても辛い。

そうじゃなきゃ失恋ではない。

失恋したと感じた時の喪失感は計り知れない。

外ではすごく明るく振る舞った。

まるでなにもなかったように過ごした。

一人になったらしっかり自分を褒めてほしい。

忘れない。

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これが失恋。

今までたくさんの恋をしてきたとしても。

今世紀最大の恋だったとしても。

始めての恋だったとしても。

今味わっている悲しみや喪失感は紛れもなく失恋である。

でもそんな悲しみに暮れる時間がない程に毎日の生活が通り過ぎていく。

置いてけぼりにされたよう。

一人だけ突然孤独になった。

まるで全てを失ったような感覚。

その感覚全てが紛れもなく失恋である。

忘れられるわけがないのだ。

引きずらないわけがないのだ。

それほど突然の孤独。

頭の整理が追い付かないのだ。

ゆっくり整理していくといい。

今日は何とか1日を乗り越えられた。

明日はいつも通りに過ごせるのかわからない。

頭の中や感情の整理が出来ていない今は1日を乗り越えられたことを褒めるといい。

悲しみや喪失感を持ったまま休もう。

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少しずつ失恋をしたことを認めていかなくてはいけない。

ざっくり「失恋した。」という感覚だけが残る。

眠れない夜を過ごした。

まだ何も整理出来ていない。

それでも明日という日は必ずやって来てしまう。

どんな状況であれ「失恋をした」事実は変えられない。

今抱えている悲しみや喪失感は紛れもなく「失恋」が原因。

失恋を新しい恋で埋めようとする人がいるが、そんなものは無視しよう。

失恋で失ったものはそもそも形の無いものだ。

ぽっかり穴が空いたよう。

そんな事はない。

今も穴なんて空いてない。

失恋したからそう感じるだけだ。

この世の終わりでもない。

失恋した以外世界は何も変わっていない。

今日も地球は回っている。

今は失恋をして辛い。

だから当たり前の事が当たり前で無くなったような感覚になる。

当たり前は当たり前のまま残っている。

無くならないものばかり。

周りを見渡してみてほしい。

失恋する前と何か変わってるか。

変わってない。

何も変わってない。

失ってもいない。

失恋をしたのだ。

失恋をした相手だっていなくなったわけではない。

周りにいる人々もしっかり存在している。

孤独ではない。

失恋をしたのだ。

これから先その相手と寄りを戻そうが戻すまいが今持っている喪失感は消えない。

悲しみも消えない。

でも何も失っていない。

失恋をしたのだ。

それは紛れもない事実。

認めるしかない。

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思い出に浸るのも当たり前。

今考えている思い出は失恋する前の出来事だろう。

急に楽しかった思い出ばかりになる事がある。

言い争ったのであればそれすらいい思い出になる。

だが思い出に浸るのは何も「失恋」をした場合に限る事ではない。

思い出は自分が経験をした全て。

記憶に残っている全て。

その一部分が「失恋」によって大きく取り上げられている。

本当に自分にとって恋が全てだったのか。

今はまるで夢でも見ているかのように相手を思い出すだろう。

チャンネルはたくさんある。

今は失恋という番組をただひたすら見てしまうかもしれない。

それでも他のチャンネルは今でも存在している。

ちゃんと放送されている。

思い出に浸るのは当たり前。

今はチャンネルを変えられないだけ。

それすら普通。

チャンネルが変えたくなったら変えればいい。

思い出に浸ろう。

失恋をしたなら一度エンドロールが流れる。

そしてそれは何度でも見る事が出来る。

それが思い出。

ただ、今はそれが見たい気分なのだ。

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突然だろうがゆっくりだろうが失恋は失恋。

突然別れを告げられた方が悲しみはショックと共に大きくなるかもしれない。

でも「なんとなく失恋する予感」があったならその時点ですでに失恋しているような状態。

失恋をした事実は同じ。

失恋の仕方など誰かに告げるようなものでもない。

どちらにしてもショックも悲しみも喪失感も全てを与えられる。

突然別れを告げられても、予感が的中したとしても、失恋する順序などどうでもいい。

相手にとって自分がなんだったのかなんて考えなくてもいい。

恋の相手として相応しくないと思ったのだ。

どんな理由であっても「恋の相手として相応しくない」と思ったから失恋に至ったのだ。

相手の言う「これ以上傷つけないように」という言葉を間に受け過ぎない方がいい。

恋をする相手としては相応しくないと思ったからそれを実行に移したのだ。

失ったものが大きいと感じている間はその失ったものを元に戻したいという感覚になるかもしれない。

失ったものは恋心。

恋をする対象。

心の支えだろうが肉体的な支えだろうが失ったものは「恋」だけ。

どんな失恋の仕方をしてもそれは変わらない。

失ったのは「恋」。

それ以外のものは全て自分のまま。

失ったものが大きく見えるのはわかる。

何もかもやる気が出ないのもわかる。

どんなにやる気が出なくても過去にそれをやっていたのは自分自身。

恋心が頑張ったからではない。

相手がいたからなんでも出来たわけじゃない。

やっていたのは全て自分。

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心の支えなんて目に見えない。

目に見えていたのは好きな相手。

恋をしている相手。

それを心の支えにしているのは自分自身。

初めから心の支えなんて無い。

手で掴めないもので支えられているわけがない。

自分の事は自分で支えていたはず。

それを恋によって支えていたと思っていただけ。

実際には自分の足で立っていた。

そしてこれからも自分の足で立っている。

失恋をしたショックや喪失感で、まるで支えが無くなってしまったように感じているだけ。

実際には恋をする前からずっと自分の足で立っている。

元々支えなんていらなかった。

それが失恋をしてまだ間もない間は頭と心のバランスが崩れている為にそう思い込んでしまう。

まるで自分の全てを支えてもらっていたように錯覚してしまう。

本当は誰も支えていない。

ちゃんと自分で立っていたからこそ恋が出来た。

恋が出来たから失恋した。

失恋したら支えが無くなったわけじゃない。

失恋したらその先に行かなくてはいけない。

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諦めるも追うも失恋を認める覚悟が必要。

まだ相手に対して好きな気持ちが強いかもしれない。

または忘れたいと思っているかもしれない。

それか確かめたいことがあって悔いが残っているのかもしれない。

どんな理由であっても大前提として、

「恋の相手として相応しくない」と相手が感」じているのは間違いない。

そうでなければ失恋などしない。

それを大前提として、今後どうしていくのかを決断しなくてはいけない。

一番大事なのは、

どんな理由であっても相手にとって自分は恋心を頂く対象ではなくなった事実を認めなくてはいけない。

これから先お互いがどのような感情を頂くのかはわからない。

それでも今自分は間違いなく失恋している状態である事を認めなくてはいけない。

まだ確認出来ていない事があっても、「嫌い」と言われたわけではなくても、はっきりと言われたわけではなくても。

今の自分は恋心を頂く対象ではない。

それをしっかり認めてからでなければ前に進めない。

何度過去を思い出しても、何度連絡を取っても、何度「あの時こうしてれば」と思っても。

間違いなく「今のあなたは恋心を頂く対象ではない」という事実を認めなければいけない。

諦めるも追うも、それを認めない限りは先に進めない。

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失恋を含めて「恋」。

恋をしたから失恋をした。

逆に言えば失恋する可能性を常に持ちながら恋をしていた。

失恋も恋をするからこそ。

失恋も含めて「恋」なのだ。

恋をするなら失恋もする。

失恋などしないものだと思っていたかもしれない。

失う恐怖というのは間違いなく相手を大切にする。

大切にしてきた気持ちがそれを与える対象を失い、行き場に困っている。

失ったわけではない。

エネルギーの注ぎどころが見つからないだけ。

だから自分の中で悲しみとして吐き出す。

どんなに悲しんでもそのエネルギーは溢れ出す。

エネルギーは尽きる事が無い愛情。

その愛情が枯れてしまう事はない。

失恋をしただけであって愛情が枯れてしまったわけではない。

今はその愛情を注ぐところがわからない。

相手に注いでいた愛情は元々どこにあったのだろう。

思い出してみてほしい。

その多くを自分自身に注いでいたはずだ。

恋をする前から愛情は持っていたはず。

その愛情を注ぐ場所が無くなっただけ。

それを自分に戻す。

そもそも自分に注がれていたはず。

今は自分にたくさんの愛情を注いでやるべき。

失恋を含め「恋」を頑張った。

頑張った自分に愛情を注ぐくらい許されるのではないだろうか。

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失恋が辛くなかったら恋じゃない。

思いっきり恋をしたからこそ辛い。

一生懸命恋をしたから辛いのだ。

恋をしたことを責めてはいけない。

恋をした自分を責めてはいけない。

失恋をした相手を責めてもいけない。

恋はそもそも自由なのだ。

失恋をしたという理由で様々な感情や過去の出来事、自分、相手を責めるのであれば恋を責めなくてはいけない。

原因を探しても何も変わらない。

原因を見つけても「もう失恋は覆せない」。

失恋とは恋の一部。

一生懸命になる。

必死になる。

だからこそ辛い。

大恋愛があれば大失恋もある。

今回経験した失恋はどうだっただろうか。

大失恋だったのだろうか。

それなら大恋愛を経験したのだ。

無理に忘れる必要もない。

引きずってもいい。

大失恋も経験したのだ。

恋心を抱いたのは自分。

ひとつの恋を終えた自分としっかり向き合うべき。

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失恋を経て得たものの方が大きい。

愛情を注ぐ対象が見つからないだけで実際に失恋は何も失ってはいない。

失恋を経て得たものは無数にある。

恋をしたからこそ気が付けた部分がたくさんあったはず。

恋をしなければ気が付かない事もたくさんあったはず。

失ったものよりも得たものが多い事に気が付かなくてはいけない。

そのどれもが思い出と混合してしまい悲しみに暮れる日もある。

それでも経験として得たものは多い。

得たものの方が遥かに多いのだ。

失ったものに囚われ過ぎてしまっている。

正確には失ったもの探しだ。

そんな事をしてもいつまでたっても見つかるわけがない。

そもそも失っていないのだ。

全ては愛情を注ぐ為に与えたものであり、失ったわけではない。

何も失っていない。

それが愛情だったのだ。

これ以上失ったものを探すのはやめよう。

得たものが遥かに多い。

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失恋をして恋の味覚は発達する。

恋をしている最中であれば失恋の事など考えない。

失恋の味など気にもとめない。

失恋をする事で初めて恋の味を覚える。

恋が良いものだと知る。

それは初恋を含めたすべての恋愛がそうさせる。

だから初恋なんて叶わないのだ。

初恋は恋する味を知る為にある。

恋の味を求めてまた恋をする。

今はそんな気持ちになれないのもわかる。

ただ今回の失恋によってまた違った恋の味を知った。

それが口に合わない人もいる。

そもそも他人と結ばれるのだ。

口に合わない人がいて当然。

同じ味を求めている人は間違いなくいる。

それが恋の受け皿。

その受け皿がちゃんと作られていないと自分でもわからない内に失恋をする。

恋の味を覚え、恋の受け皿を作ろう。

次の恋に備えるのではない。

お皿が無いのに料理を乗せようとすればこぼれてしまう。

今はそのお皿も割れてしまっているような状態。

誰が作った料理も乗せることが出来ない。

出来て味見程度。

お皿は常に用意しておかないといけない。

今回割れてしまった原因はお皿の形だろうか。

お皿の大きさだろうか。

今はどんなお皿が自分の料理に合うかをもう一度考える時間。

ひびが入っているのにも気が付かないお皿なんて割れた方がよかったのかもしれない。

せっかくの機会だから新調しよう。

自分にはどんなお皿がいいのか。

そこに乗せる料理なんて後で考えるといい。

今は自分の事を大切にしてほしい。

自分の為に料理を作ってあげてほしい。

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下を向いても上を向いても歩けるっちゃ歩ける。

障害物にぶつかるかもしれない。

小石につまづくかもしれない。

それでもかろうじて前には進める。

もしぶつかるのが嫌なら、つまづくのが嫌なら前を向こう。

ケガをしなくていいポイントで自分を傷つける必要はない。

それを望んでいる人もいるはず。

無理をして前を向く必要はないが、無駄にケガをするなら前を向いていた方がいい。

歩けるっちゃ歩けるがお勧めしない。

まだまだ失恋から完全に立ち直ることは出来ないかもしれないが、今日くらいは何かおいしい料理でも食べるといい。

自分を大切に出来ない人に誰かを大切にすることなんて出来ない。