逆上がりが出来なくても生きていけるから心配するな

メンタル

私は子供の頃、逆上がりが出来ませんでした。

そして大人になって、今でもやっぱり出来ません。

ダサいと思いますか?

ダサいかもしれないですね。

でもね。

今はそれなりに幸せです。

大丈夫だ。

逆上がりなんか出来なくても人生に支障は無い。

出来ないくらいの方が癖があって面白いかもしれない。

今逆上がりが出来なくて本気で悩んでいる子供と、それを気にしている親へ。

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出来るか出来ないかは問題じゃない。

どんなに練習してもなかなか逆上がりが出来るようにならない。

周りの子達はすぐに上達。

気が付けば出来ない子は数える程しかいない。

もしかしたら自分一人だけが出来ないままかもしれない。

私は諦めた。

「逆上がりなんてもう出来なくてもいい!」って投げ出した。

今思えばその選択が間違っていたとも思わない。

別に逆上がりが出来なくても生きていけるから。

多くの子供がきっと「諦めるのはダサい事」だと思っている。

焦点が「逆上がりが出来るか出来ないか」になってるから。

気が付けば「出来なきゃいけない」ってなってる。

うーん。

どうだろう。

出来るか出来ないかはそんなに問題じゃなくない?

自分なりに精一杯やった。

それでも出来なかった。

面白くない。

出来なくても構わない。

そう思ったなら諦めても良いんじゃない?

問題は出来るか出来ないかじゃなく、「やる」か「やらない」かだ。

逆上がりが出来るように何度も頑張ったけど、まだ悔しい想いを抱えてるなら自分が満足するまでやればいい。

その内出来るようになるかもしれない。

諦めたきゃ諦めればいい。

その分違う才能を開花させられるかもしれない。

出来るまで「やる」のかと違う事を「やる」のかは時間の使い方は同じだ。

ただ諦めて腐るようならアホ丸出しでダサいけど、諦めても違う部分で頑張ったりするのは同じ努力だと思うけどなぁ。

そりゃ出来れば嬉しいけど、それは「逆上がりじゃなくても」嬉しいんだよ。

「逆上がりをしよう!」って決めたのは誰?

最初に課題として与えたのは誰?

自分じゃないでしょ。

誰かと競う価値があるか?

それは自分で決める事でしょうが。

出来るまでやるのも凄いし、スパッと諦めて違う挑戦に切り替えるのも凄い。

どっちにしても凄いんよ。

出来るか出来ないかってそんなに問題か?

視野が狭いなぁ。

今出来ることに甘えない。

逆上がりが出来ないからって不貞腐れて、別の事をやるにしても、すでに出来る事を自慢げにやられても「は?」ってなる。

そりゃそうだ。

だってそれは前から出来てるし、そもそも得意な事かもしれないんだから。

最初から出来る事をやってもエキサイティングじゃない。

「出来ない事を努力と継続によって」クリアするのが面白いんだよ。

逆上がりが出来なくても別にいいけど、だからって出来る事ばっかりやっててもダサくない?

ダサいよ。

超ダサい。

生きる面白さってのは、努力と継続によって手に入れられる簡単には手に入らない自分だけのスキルだ。

誰でも出来る事を「これが出来るんだぜー!」と普通にやって何が面白い?

逆上がりが出来ないからってすでに出来る事に逃げるなよ。

挑戦する事から逃げたら何も得られないよ?

どうせ諦めるなら逆上がりよりもっとみんなが仰天するような結果を出してやろうじゃないか。

「逆上がりが出来なくても生きていける」って意味は「楽をしようぜ!」って事じゃないんだよ。

「手を抜こうぜ!」って事じゃないんだよ。

出来る事ばっかり選ぶようなら逆上がりを選べ。

諦めるならもっと難しいチャレンジをしろ。

俺ならカッコいい大逆転を狙うけどな。

鉄棒以外の何かで。

勉強でもマラソンでもサッカーでもテニスでも英語でもそろばんでも。

どうせやるなら1番をぶん取りにいくけどな。

逆上がりが出来ない分は他で取り戻すんだよ。

どこにこだわる?

実際にやってみて、「これはダメだ!向いてない!」って思う事は沢山ある。

そうやって様々な事にチャレンジしながら「これだ!」ってこだわりを持てるものを見つけていくもんなんだよ。

あのイチローだって学生の頃に一度は勉強を頑張ったらしい。

めちゃくちゃ頑張って1番を取りにいった。

結果、1番は取れなかった。

すんげー頑張ったのに1番になれなかったショックよりも「勉強じゃ1番になれないな」って悟る方が早かったみたいで、その後は野球に専念した。

高校では勉強をほとんどしないで「野球で1番になる事」にこだわったらしい。

授業中はずっと寝てたってさ。

本人じゃないからその時の心境がリアルにはわからないけど、「どこにこだわりを待つか」って大事な事だと思うんです。

別に「逆上がりを諦めろ」と言っているわけじゃない。

世の中には他に勝負出来るものが沢山あるって事だよ。

こだわりを持てる何かが絶対あるって事。

逆上がりに魅力を感じてるなら出来るまでやれ。

こだわって、こだわって最高に美しいの逆上がりを目指せ。

気が付けば鉄棒の競技でオリンピックに出れるかもしれない。

きっかけは「こだわれるかどうか」にかかってるかもしれないぞ!

残念だが才能ってのはあるんだよ。

人には向き不向きがある。

残念だがある。

全く同じ勉強をしているのに、成績が人によって違うんだから得意不得意もあるんだよ。

同じようにサッカーを教えてもすぐに出来る奴がいればそうじゃない奴がいるんだよ。

それが才能。

大人になると「どうして俺には才能が無いんだ!」って嘆きたい瞬間がいくつもある。

でも無いんだからしょうがない。

テニスなんて運動神経も反射神経もパワーもいる。

才能は絶対に必要だ。

自分にはどんな才能があるのか知ってる?

知らないでしょ?

今「才能がある」って思っている事でもこれから先もっと才能がある何かに出会うかもしれない。

それに出会う為にはどうすればいい?

チャレンジでしょ。

こだわりを持ってチャレンジする事。

逆上がりにだって新たな才能を開花させる要素は沢山詰まってる。

諦めずに続けても、諦めて他のチャレンジをしても、どっちも沢山の可能性を秘めている。

その先で新たな才能に出会えるチャンスはいつもある。

だからこそこだわりを持って臨むべきなんだよ。

もう一回鉄棒を握ってみ?

握り方、感触、体の使い方、それを繰り返す努力。

何度も何度も考えながらこだわりを持ってやる。

その内見えてくるはず。

「腕の筋肉が足りないな」とか「蹴り上げが足りないな」とか。

自分の体使い方は他人にはわからないんだよ。

専用のトレーナーが側にいるわけでもないんだから。

残念ながら才能ってのはあって、それに気が付ける人ってのは少なからず目の前の困難に対してこだわりを持って接してる。

「ただがむしゃらにやる」なんてのは誰かに与えられた何かか、アホな奴が努力の捉え方を間違えた場合だ。

考えろ、感じろ、こだわれ。

「どうして出来ないの?」って疑問を持たなきゃ先へは進めない。

自分で気付かなきゃ何も変わらない。

結局、子供の頃なんて素直じゃないわけです。

あーしろこーしろ言われても反発したくなる年頃なんです。

大人が「こだわりを持て!」と言ったところで響かない。

自分で気が付かなきゃ変わらないんです。

めんどくさいでしょ?

良かれと思ってアドバイスをしたところで右から左へ聞き流してるんだから。

でもね、私は必要だと思ってる。

そういった無駄な頑固さや子供らしいプライドが。

それが無いといざこだわりを持つ何かに出会っても頑張れない。

頑固さや意味がわからないプライドを持ってないとすぐに諦めてしまって、楽な方を選んでしまったりする。

「くそ!1番になるまで諦めるか!」って気持ちは子供の頃から持ってる頑固さと変なプライドから生まれたりする。

だから自分で経験して、後悔して、反省して、また挑戦する。

自分で気が付いてこそ意味があるんです。

誰かの言われた通りに生きてれば、道に迷ったら動けなくなる。

どんな逆境でも跳ね返せるパワーって意外に根拠が無い自信だったりする。

子供が頑固だとムカつく。

子供が言う事を聞かないとムカつく。

でも自分で気が付いて踏み出す一歩は、誰かに指示された一歩より遥かに力強いんだ。

だから!

逆上がりが出来なくも生きていける。

大丈夫。

問題ない。

いつも無駄に自信だけはあるのなら、逆上がりが出来ない人生を自分で切り開けばいいんだよ。

出来ない自分がどうすれば出来るようになるかは自分で答えを出さなきゃ。

メンタル
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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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