鍋料理には「美味しい」に勝る奇跡のストーリーがある

生活

鍋には味以外にも様々な要素が詰め込まれている。

冬になると街中が「鍋やろうよ!」という空気感になる。

最近では春だって夏だって秋だって鍋はそれなりに人気。

季節の野菜をふんだんに使えば一年中美味しく鍋を食べられる。

バリエーション豊富な味のおかげで最後の「〆(しめ)」まで美味しく食べられる。

野菜好きのお腹もお肉好きのお腹も〆を含めりゃ大満足。

 

栄養バランスに気を使うような人でも鍋なら頭を悩ませない。

 

卓上コンロがあれば冬は部屋も温まる。

グツグツに煮える鍋のおかげで湿度も上がる。

乾燥までも予防。

 

辛いものが好きなら辛い鍋がある。

肉が好きなら肉がメインの鍋がある。

野菜が好きなら野菜が中心の鍋がある。

ご飯や麺が好きなら〆でそれらが使える相性バッチリの鍋にすればいい。

 

鍋の素と呼ばれるスープの種類はもはや全てを把握出来ないくらいに増えた。

 

「今日は何鍋にする?」

 

なんていう会話だけで少し考えてしまう程の種類の多さ。

季節によってスーパーの陳列やテレビのCMにも力が入る。

それだけ人気なのだと思う。

 

それだけじゃない。

まだまだ魅力に溢れている。

 

我が家は今夜も鍋。

 

鍋を食べながら鍋について語る。

 

こりゃ粋だ。

 

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鍋の魅力

味を変えれば別の料理になる。

じゃぶじゃぶもすき焼きも「鍋」の部類に入る。

と我が家ではもっぱらの常識。

独立して料理名がついているが、我が家では長年「鍋」の部類に含まれている。

スープの種類が変われば入れる野菜や肉の種類も変わる。

当然。

トマト、鶏がら、塩、醤油、キムチに担々風に豚骨に味噌にトムヤム風。

「〇風」なんて名の付くスープにするなら世界には食べたこともない鍋がまだまだあると思わせられること間違いなし。

そしてどれもが別の料理になったような味の違い。

それに伴って〆に何を入れるのかも変わったりする。

 

ご飯を入れるのか中華麺か、ちゃんぽん麺か、パスタか、そうめんか。

更にチーズか。

 

バリエーションが豊富過ぎて毎回別の料理を食べているような感じ。

使っている鍋は全く同じかもしれないが、別料理。

フライパンと同じように、鍋料理の「鍋」は万能。

 

「鍋」という料理名を1種類の料理と考えるてしまうのはもったいない。

 

卓上コンロにいつも鍋が乗っかっているなら毎日でもOK。

スープを入れて野菜を入れて、肉を入れて、グツグツしたら、出来上がり。

後は好きに食べて〆で満腹。

足りなきゃ足せばいい。

 

鍋、簡単、美味しい、味、豊富、世界は広い。

 

万能料理。

どんな鍋でもお酒が飲める。

おかずになりそうな味を選べば、ご飯もすすむ。

 

スキがあまりない。

 

かゆい所に手が届く。

選ぶ楽しみ、食べる楽しみ。

居酒屋でも鍋を専門に出すところがある。

色んな食材を楽しめる。

シンプルにしたきゃ肉とネギだけの鍋でいい。

 

風邪気味でも、

 

「鍋なら…。」

 

部分的にでも食べられるかもしれない。

 

お腹がペコペコでも、

 

「鍋なら!」

 

お腹を満たせるかもしれない。

 

どんな状況でもそれなりの対応力を見せてくれる。

実に万能。

「食べたい!」も「食べられる…」も一緒に詰まった料理。

常に「全部のせ」でも構わない、そこから出る様々なダシがさらに鍋のスープを旨くする。

中には口に合わない食材があるかもしれないが、これだけ万能な料理は他にあるだろうか。

あるかもしれないが、

 

とりあえず鍋でしょ。

やっぱり鍋でしょ。

 

と、思える瞬間があるなら。

とにかく万能。

 

コミュニケーション。

共働きで忙しい家族でも、週に一度は鍋にしよう。

鍋を食べる際の基本スタイルは鍋を「囲って」座る。

それぞれが鍋と対面出来るように座る。

机の形なんてこの際関係ない。

三角だろうが四角だろうが丸かろうが鍋を前にしたいのだ。

とにかく鍋が目の前に来るように座る。

だから、おのずと家族のメンツは顔を合わせて座ることになる。

グツグツして来たら、

 

「出来ましたかねー」

 

なんて言ってコミュニケーションを取り始める。

どんなに忙しくてもその瞬間は会話をする。

小皿に鍋を盛りながら、

 

「そういえばこの間さー」

 

なんて言って相談しそびれた事を話したり。

忙しい毎日を過ごしているから相談するのを忘れてしまったりする。

それを吐き出さずに時間が過ぎていくと、知らない間にストレスとして体に残っていたりする。

そのストレスから家族のすれ違いを招いてしまったりする。

普段は忙しくて会話が無い家族。

だからこそ鍋。

そういう習慣にすればいい。

その時に子供も含めて反省会だったり相談だったり、会話をする時間にすると良い。

 

家族会議!

 

なんて気合いを入れて時間を作ったところで家族だから恥ずかしいのだ。

敢えて相談する時間を作るわけでもなく、なんとなく「鍋」にすれば会話が弾むかもしれない。

そんな素敵な時間があるなら悩んでいたこともすっきりするかも。

 

週末も平日も関係ない。

 

鍋を用意して野菜やお肉を切る。

全部入れて煮えるのを待つ。

 

味付けなんて「鍋の素」に任せておけばいい。

 

今日は会話をする日。

家族の時間を大切にする日。

日頃からみんながみんな頑張っているんだ。

その報告をするだけで十分価値がある。

今日何があったのか。

今、何を考えているのか。

お互いがお互いを理解し合う時間。

その時間があるからこそ、これから先も支え合っていけるんじゃないかと思う。

 

鍋は食材も価値観もコミュニケーションも全部グツグツやって「アク」を取る。

 

アクを取った方が美味しい料理になったりする。

たくさんある。

 

鍋の「アク」と一緒に家族の「アク」も取ってやろう。

 

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こだわる楽しみ。

食器にこだわる。

たかが「鍋」と考える人もいれば、されど「鍋」と考える人もいる。

実は鍋料理には専用の「鍋」がある。

たかが鍋。

でも食器にこだわってみる。

あえて。

グツグツと煮えている鍋が美味しそうに見える食器。

例えば、辛い鍋にする時に一番おいしそうに見えるのは、

 

鉄なべ。

 

なんだかこれが辛さを「うまそう」に変えてくれているような気がする。

完全にビジュアル重視。

材料は自分で調達するけどやっぱり美味しそうに見えた方がテンションは上がる。

ステーキやハンバーグを食べる時に、

 

黒い、あの熱した鉄板を木の上に乗せて運んでくる光景が美味しそうに見えたりする。

 

それ。

 

それを鍋にも導入したい。

あえてそこにこだわる。

もちろん鍋を最大限に楽しむ為に。

 

スープにこだわる。

スーパーなどに売っている鍋のスープでは私の舌は満足しない。

かもしれない。

アレンジを加えたり、ダシから取ったり、独自のレシピで作る。

 

「うちの鍋が一番だな。美味い。」

 

と思えるまで試行錯誤する。

「鍋にそこまでこだわる必要があるのか?」と考えるかもしれない。

買ったスープで十分、「いや、むしろ美味しいじゃん!」と感じるかもしれない。

 

でもあえて使わない。

 

昆布だけのダシで鍋をしても美味しい。

鶏肉を入れるだけでもダシが出る。

こだわればこだわる程「鍋料理」に対して愛着が湧いて来る。

スープの深さはまるで有名店が出す渾身のラーメンのようで、作り込めば作り込む程美味しくなる。

別に将来お店を持ちたいわけではない。

鍋が好き。

ただそれだけで「最高に美味い!」と感じるスープを作りたいと思った。

その美味しいスープを作る過程で、他の料理も断然美味しくなったりする。

ダシの取り方ひとつで料理上手にだってなれる。

 

動機なんていつも「美味しいものが食べたいから」で十分。

 

具材にこだわる。

しつこいと思われるかもしれない。

でも伝えたい。

野菜には切り方がある。

鍋料理に入れる際に最も野菜が美味しく食べれる切り方がある。

素材が良ければグツグツとしている鍋のどれを箸でつかんで口に運んでも「美味しい!」と感じるだろう。

だけど、切り方で歯ごたえや素材の味わいが変わったりする。

 

全ては鍋を最高に楽しみたいから。

 

それだけで野菜や肉などの材料の切り方を学ぶ。

こだわればこだわる程、美味しくなる。

 

それが鍋。

 

美味しいなら笑顔もこぼれる。

鍋への愛情を注げば注ぐほど美味しくなる。

美味しくなれば「鍋」そのもののイメージも変わる。

もし「鍋」という料理が「いつも同じでつまらない」と感じているのなら大間違い。

「鍋」からイメージされる「味」に捉われている。

 

鍋とはこういう味。

 

そんなことはない。

どんな料理でも共通して言えることかもしれないが、まだまだ美味しくなる。

その可能性を十分に秘めている。

 

鍋には色々な具材が入り、さらにおいしくなったりする。

 

「〆の○○が一番おいしい!」

 

と感じた事はないだろうか。

あれはまさに様々な素材のダシがふんだんに含まれているから。

 

まさに最後。

〆が美味しけりゃみんな笑顔になる。

 

ゴールがある。

鍋は最後の最後までわからない。

 

どんなにいつも通りの味でも、

 

〆が究極に美味しければハッピーになる。

 

その〆に向かって、どんな鍋にするのか。

 

そこからのストーリーを逆算する。

 

こんなに楽しい料理も食事も、そんなにない。

 

鍋には具材やスープの「美味しい」だけではなく、ストーリーがある。

 

鍋は〆で奇跡を起こせる。