共働きの子育て世代が考える「家族の特権」について

生活

家事に育児に仕事の同時プレー。

私達は子育て世代の家族です。

普通に生きているつもりでも社会に納得がいかない事がたくさんある。

待機児童が全く解消されない地域や子供が小さいのに半ばパワハラのように働かせる企業。

それでも、どこかで、今日も、誰かに合わせながら生きていかなくちゃいけない。

ストレスに次ぐストレスの循環で、気が付けばストレスがある生活が普通になっている。

多くの「納得がいかない」がある中で、自分の気持ちを上手にコントロールしながら生きていくのは疲れます。

でもそうしないと生活が成り立たない瞬間がたくさんある。

仕事でも家庭内でも、「納得出来ないけどやらなきゃいけない何か」がいつもあって、イライラしながらもそれをこなす。

こなしてこなしてこなしまくって何とかここまでやってきたけど、もう我慢の限界。

気が付けば「自分がどんな人なのか」わからなくなってしまった。

怒涛のように過ぎていく毎日の中で、いつも誰かに合わせて一生懸命頑張っている今を何とか変えたい。

家事に育児に仕事。

どれも満足に出来ない状況が続いているとおかしくなりそうだ。

どんどん選択肢が少なくなっていく。

楽しみや喜びを得られる瞬間が少なくなっていく。

生きるのってこんなに窮屈だったっけ?

今回は共働きの子育て世代の仲間達に伝えたい。

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「出来る」に目を向けてほしい。

共働きの子育て世代のあるある話なんてするつもりはないけど、ほとんどの事に対して「出来ない」ばかりです。

何をするにも満足に出来ないのが私達の現状です。

だからネガティブになる。

ため息ばかりになる。

文句や愚痴ばかりになる。

それは私達子育て世代が理想とする生活スタイルがテレビや雑誌の中にあるような世界だからです。

毎日が充実していそうな自分達以外の家庭や、華々しい生活をしているように見える人々と比べるからです。

例えば「せっかくの夏休みなんだから家族で旅行に行きたい」って思う。

でも仕事があるから行けない。

お金がかかるから行けない。

「行けない」って事実に対してストレスを受ける。

「叶えられないことばかりだ」と思ってしまう。

そもそも「夏休みだから家族で旅行に行く価値」って誰が決めたんだろう。

夏休みだからプールに行く。

夏休みだから涼しい所に行く。

ゴールデンウィークだからとか正月だからとか…。

○○だから○○をする。

それってもうイメージの世界だと私は思っている。

そのイメージ通りに物事が進まないから「制限されている」とか「思い通りにならない」って思ってしまう。

良く考えてみれば、「旅行に行く」本当の目的って「リラックス」とか「現実逃避」なんじゃないだろうか。

「旅行」そのものが目的ではない。

怒涛のような毎日を過ごしていると、そういった自分の深層心理に対して考える時間が無くなる。

だからテレビや雑誌に出て来る「リラックスと言えば旅行」とか「現実逃避と言えば旅行」に流されるんだと思っている。

正直、あれは洗脳に近いんじゃないだろうか。

テレビや雑誌で華々しく豪華に「最高のひと時を」みたいな宣伝をされて、それに乗っかっているだけ。

シンプルに「行きたいなぁ」って思ってしまう。

でも仕事が忙しくて、家事に追われていて、休みが取れなくて、お金がかかるから、結局旅行には行けない。

だから更に旅行への熱量が大きくなったりする。

気が付けば本来の目的である「リラックス」や「現実逃避」への欲求が「旅行」への欲求に変わる。

それが出来ない事にイライラしてしまう。

我が家では時間を作って旅行に行くことは出来ないけど、子供の為にベランダに小さなプールを設置した。

夏休みの思い出としては「ショボい」かもしれない。

でも子供達は本気で喜んでいたし、本気で楽しんでいた。

旅行に行っても同じように喜んでくれただろうし、同じように楽しんでくれたと思う。

子供が少しでも笑顔になってくれればそれでいい。

別に旅行じゃなくてもいいじゃん。

私達夫婦の「現実逃避」や「リラックス」は一日何も気にせずに好きな事をするっていう時間を作った。

もちろん交代で。

好きなだけ寝て良いし、どこかに出かけても良い

とにかく好きな事を好きなだけやって構わない。

食事も作らなくて良いし洗濯も掃除もしなくて良い。

そういう一日を設けた。

目的は「リラックス」や「現実逃避」だったから。

凄く満足した。

旅行に行かなくてもそれなりに満足出来たんです。

ただ、一人で出かけてもやっぱり家族の事が気になったりはするけど…。

「出来ない」を探してもずっと出来ない。

だから「出来る」に目を向けて考えるべきだと私は思っている。

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家族と話をする時間はどんなに忙しくても作ってほしい。

怒涛の毎日を送っていると、家族の中でも価値観がバラバラになったりすることがある。

そもそも個人なんだから価値観が違うのは仕方がないんだけど、家族でいるのなら相手の価値観は理解しておいた方が良いはずなんです。

実はこの価値観って忙しい毎日の中でも徐々に変わったりします。

それぞれが仕事をしているのなら、それぞれが社会と別の繋がりを持っているってことです。

家族とは違う繋がりを持てば、自分が知らない様々な価値観に触れます。

様々な価値観に触れ続けている内に少しずつ自分の価値観も変わっていきます。

家族で定期的に社会に触れて変化していく価値観を話し合わないと、心の内で「どうしてわからないの?」とか「なんでわかってくれないんだろう」と思う瞬間も出てくる。

でもお互いに「忙しいから」っていう理由で話し合う時間を作らなければ心の内側にモヤモヤとして残るだけ。

この価値観の差を放っておくと、「もう話す必要も無い」とか「話してもわからない」といったネガティブに変わる。

どんどん家族で話し合う時間が減って、気が付けば家族なのに「本当は何を考えているのかわからない」って事態になる。

いくら個別で社会と繋がりを持っているからと言っても、その相手は他人です。

いつも一番近くにいるのは家族です。

本来一番理解していなくちゃいけないのは家族なはずなんです。

一緒に生活をしているんだから一番深く理解してくれるはずなんです。

それなのに自ら「話してもわからない」って決めつけて、家族以外の繋がりばかりに力を注ぐようになれば、「それって家族でいる意味があるのか?」ってなってしまう。

それは凄く悲しいこと。

私は子供にはいつも家族が最高の理解者だと思っていて欲しい。

外でどんなに嫌な事があっても家に帰りたいって思っていて欲しい。

いつも一番近くにいてくれる存在の家族にこそ自分を理解しておいてもらいたい。

だからこそ私達は話し合う時間を作ります。

話し合うことでお互いの価値観に触れて、理解して、これから家族としてどうやって成長していくべきかを一緒に決めていきたい。

どんなに家事に追われていても、どんなに仕事で忙しくても、どんなに育児で忙しくても、日々変わっていく価値観を家族みんなで理解し合いたいなと思っています。

共働きの子育て世代って本当に大変なんです。

ストレスも溜まります。

仕事で多くのネガティブを受けたりもします。

だからこそ、家族でそれを話し合う時間が必要なんです。

だって、自分の「大変なんだよ!」を心から理解してくれるのはその時間を一緒に過ごしている家族なんだから。

一人じゃ出来ない事も相談したり話し合ったり、本音でぶつかり合うようにした方が良い。

その内「あの頃は大変だったねぇ」って笑って過ごす日が来る。

その時の喜びって家族じゃないと味わえないんです。

今を共に一生懸命生きる家族だからこそ力を合わせるべきなんです。

せっかく家族でいるんだからそんな「家族の特権」を存分に使うべきだと思う。