育児の疲れは家族の問題。それに勝る幸せが必要だ。

生活

育児に疲れて一人になりたくなると妻は言う。

出来るなら家にもいたくないと言う。

やらなければならない事が目についてしまうとどうしても休めない。

家にいることで次々にやらなくてはいけない事や忘れていた家事を更に思い出す。

結局育児の疲れを取ることが出来ない。

毎日毎日追い詰められていく。

その間に育児の疲れはどんどん蓄積されていくのだ。

周りの人が気が付いてやらないといけない。

育児の疲れが溜まっていたとしても一人になる時間を作ることが「いけないこと」だと認識している。

まるで育児を放棄しているように本人は感じているのだ。

だから周りに頼る事が「いけないこと」という認識になる。

そうなると誰かに頼るのがいけないと思ってしまう。

また我が子を誰かに預けるというのも子供が小さいうちは心配になる。

これもまた疲れを溜めてしまう原因になる。

だけどそれを許せる人もいる。

一番身近にいる人達。

その人達が少し手を差し伸べてあげてほしい。

ほんの少しでいいのだ。

一日の中の30分。または1時間。

それだけでも育児中の疲れを少し忘れる事が出来る。

もし睡眠を取りたいというのであれば週に一度だけでも一人で眠らせてあげる環境を整えたい。

育児を担当している責任感からどうしても育児を放棄しているようで言い出しづらい。

言い出しづらいからと言ってそのまま育児の疲れを溜めていけばメンタルにも悪い影響を与えてしまう。

それに気が付いてあげられるのは身近な人しかいない。

言い出しづらくても身近な人から声をかけるべき。

育児を担当しているのが妻であれば夫ないし身近にいる家族が手を差し伸べる。

自由に一人になる時間が全くないのだ。

「今だけ」と心に誓っていても疲れるに決まっている。

体も心も休息が必要。

甘えるところは甘えてほしい。

育児の疲れや不満や不安。

これがどんどん蓄積されていく状態が続けばすべてがうまくいかないような気持ちになる。

うまくいっているはずが「自分はどうしてこんなにダメなんだろう」と感じてしまう。

そして余計に甘えられなくなっていく。

その上にさらに疲れも溜まっていく。

今の自分の状況を正確に伝えられるようにしてほしい。

そしてそれを身近な人に伝えてほしい。

もし伝えられない状況でも住んでいる地域にそういった機関も存在する。

少しでも自分に異変を感じたのであれば積極的に相談するべき。

専用の相談窓口がある。調べてみてほしい。

そういった事を相談することで弱いと判断されるわけではない。

むしろあなたの体や心の体調が崩れればさらに大きな問題になってしまう可能性もある。

自分を保つということは家族のバランスも保っていると自覚してほしい。

だから相談する。だから甘えるところは甘える。

相談する。小さなことでもしっかり家族で話し合う、または専用の機関に相談する。

あなたが崩れてしまえば家族も崩れる。

抱えきれない時は外に助けを求めてほしい。

ほんの少しでいいのだ。

30分。1時間。

あなたが元気でいてくれることが何よりの育児なのだ。

それは無理をすることではない。

体も心も元気でいなくてはいけない。

育児は疲れる。すごく大変。

疲れを充電するなら元気を充電してほしい。

いつまで続くのかという不安。

辛い育児がずっと続くわけではないと自覚しているがその自覚のせいで今は我慢すべきだと感じてしまう。

そうなると「いつまで続くのか」と考えその先の長さに絶望する。

励まされるよりも人手が欲しいと感じる。

そう考えてしまうのは心がすでに健康ではない証拠。

いつも平坦な気持ちでいることは出来ないが、そう思ってしまう時は休息を必要としているのかもしれない。

一人でいられる時間や少しでも休める時間を作れるようにしたい。

また、そういった不安は突然やってくるもの。

わかってはいるが家事や育児や家族の事が交差して急に不安に襲われる。

そうなることを想定しておかなければならない。

急に不安に襲われた時にどうするのか。

それもあらかじめ家族や身近な人に相談しておきたい。

自分の気持ちの問題だから準備は必要ないと感じるかもしれないが、気持ちの準備の方が大切。

気持ちの準備をしておけば様々な緊急事態に対応出来る。

「可能性があること」として考えておく、または家族と共有しておくことで安心を感じられる。

結果的に不安になる現象をあらかじめ防ぐことも出来るのだ。

育児に満点はない。

100点満点の育児をしたいと考えることに問題があるわけではない。

だが客観的に見た時に100点満点など存在しない。

あなたが考えている100点満点が一般的な100点満点ではない。

だからどんなに頑張っても自己満足の域を超えない。

自己満足を他人は何も評価しない。

評価出来ない。

今日はうまくいった。

今日はダメだった。

明日はこうしよう。

そう感じてはいけないということではない。

今日を振り返ることは心の準備にも繋がる。

すごく大切なこと。

ただ、それを評価する基準がない。

基準が無い以上誰も評価出来ない。

各家庭に様々なルールがあるが、それについて全ての家庭で評価することなど出来ないのだ。

もしそういった評価を自分でして余計な不安を抱えてしまっているなら注意が必要。

今日はダメだった。

今日はうまくいった。

と感じるよりも、

「今日はこうだった。明日はどうだろう。」

育児になにが起こるかなんてなかなか想像できない。

初めての毎日の連続。

そこに点数など必要ない、一喜一憂していると余計に疲れてしまうかもしれない。

気持ちよく育児が出来ているかどうかの方が重要だ。

あなたが疲れている時点で「気持ちいい育児」など出来ない。

育児は奇想天外。

予定通りに事が進む方が珍しい。

つまり子供の行動を先読みする方が難しいのだ。

毎日が初めましてと思うくらいに別人になる。

昨日「おいしい」と言って食べてたものは今日は「食べない」のだ。

奇想天外。

でもそういうものなのだ。

子供の行動を先読みしてその通りにならない時にイライラする。

そして疲れを貯める。

昨日とは別人なのに同じではない事に腹を立てているようなもの。

それでは疲れる決まっている。

子供達が見ている景色は毎日違う。

同じ家の中にいても視線は毎日違うのだ。

子供に大人の気持ちを理解してほしいと願い、疲れを貯めてしまうくらいなら「子供の安全は確保する」という一つの目標にした方が良い。

子供に大人の気持ちを理解するのは不可能に近い。

そもそもそれが理解出来たら子供ではないのだから。

全ての奇想天外を楽しむのは無理かもしれないが、迷惑がかからないのであれば「安全」を確保してあげることに専念する。

大人になると子供が何を考えているのかなんてわからない。

それは大人も子供も同じなのだ。

それを想像して思い通りにならない事に腹を立てる。

それもお互い一緒なのだ。

お互い主張があって当たり前。

それが育児なのだから。

サボっているわけではない。

どうしても出来ない事はあるもの。

疲れを貯めてまで家事に追われてしまうのはあまりいいことではない。

家にいれば気になるのはわかる。

目についた家事を「やらなければ」と考えてしまうのもわかる。

でもそれが原因で気持ちも疲れてしまう。

家事を放り投げるのがサボっていると勘違いしている。

無理をして家事に追われている時に「やらない選択」をしているだけ。

むしろ「やらなければならない」と考えてしまうのは自分の気持ちに負荷をかけている。

自分の気持ちを休める事を「サボっている」のだ。

自分の気持ちを平たんに保つことはすごく難しい。

毎日が奇想天外の中でほぼ無理と言っていい。

それならせめて「やらない選択」をしてほしい。

サボるのではない。選択するのだ。

全てを終わらせるのではなく、やる事とやらない事を選択する。

生きていく為に必要な「本当にやらなきゃいけない事」はそんなに多くない。

それをやらなかったら「サボってる」と考えるのはあまりにも疲れる。

うまく選択する。

選択する自由を持っていた方がいい。

迷ったら話し合う。

どんな選択でも「それが本当にいいのか?」という不安が残る。

それを自分一人で決めてしまえば心配も増える。

育児は毎日が初めて。

迷って当然。不安になって当然。

だから話し合う。

身近にある家族とよく話し合う必要がある。

小さな選択を繰り返していく中で生じる迷いを話し合う。

普段子供と一緒にいる中でのコミュニケーションでは解決しない事がほとんど。

自分で決めるしかない事だらけ。

不安になるもの。

必ず話し合いの時間を作るべき。

家族が納得した選択をしていくことでその不安はなくなる。

不安が無くなれば迷いもなくなる。

気持ちのいい育児が出来るようになるのだ。

気持ちの迷いが無くなれば疲れも軽減。

迷う度に、不安になる度に、選択する度に話し合う。

その為の時間を家族で決まり事のように作っておくべき。

もちろんその時に育児の疲れについても話し合うべきだ。

育児の疲れは育児そのものに影響を与える可能性があるのだから。

家族の共通意識。

話し合いを重ねていく中で家族内での共通意識が生まれる。

その共通意識というのは「決められないこともある」ということ。

様子を見ることも選択の一つ。

迷いが生じ、話し合いをしたが、すぐに決断出来るような事ではない時。

様子を見るという共通意識を持っていると家族全体でその様子を注意深く観察するようになる。

そして後日また同じことを話し合う。

そして決断していく。

話し合いを重ねる事でそういった共通意識を持っているとあなたも安心するはずだ。

家族全体が決めかねているという状況、そしてそれを家族全体で観察している状況。

あなた一人が決断する必要がないという安心は普段の生活の中での疲れを和らげるだろう。

あまり話し合いの場を設ける事が出来なかったとしても意識する事で少しずつ変わってくるはずだ。

育児の事になれば家族が衝突してしまうこともある。

譲り合う場面もある。

衝突した結果、様々な意見を織り込んであなた一人で決断することもある。

話し合いをしたからこそ決断出来る。

自分の意志を強く持つためにも話し合いが必要。

その決断がいい結果を得られなくてもまた話し合えばいいという安心は心強い。

それを家族の共通意識として持っていれば尚更安心なのだ。

あなたの疲れも家族の問題。

育児の疲れは様々な原因が折り重なっている。

ただ休めばいいという問題ではない可能性もある。

そもそも育児の向き合い方に問題があるかもしれない。

一時の疲れだと思ってその時は休めるように協力をしてもらう。

だが後にまた疲れが溜まる。

それを繰り返してしまう。

それでは常に疲れを溜めてしまう可能性がある。

疲れを溜める生活を繰り返すのであれば疲れが溜まらないように考えていくべき。

あなたの疲れが溜まらないように家族全員が意識することが大切。

これは協力してもらうわけではない。

そもそも育児の疲れは家族の問題なのだ。

あなたが疲れている状況を家族として放置してはいけない。

あなたが元気でなければ家族の元気がないのと同じ。

疲れが溜まらないように一緒に考え、一緒に解決していかなければならない。

それも含めて育児だと家族全体が認識するべき問題。

寝れば良くなる。

一人の時間が少しあれば良くなる。

と考えているかもしれないが、家族全員が楽しく過ごすことが一番。

妥協して「一時間だけ」という状況。

それを良しとして本当にいいのだろうか。

家族全員が楽しく幸せを感じられる時間の方が大切である。

あなた一人が我慢していればそれでいいのだろうか。

それで本当に家族の時間を楽しく過ごすことが出来るのだろうか。

育児の疲れは間違いなく家族の問題である。

疲れない育児などない。それに勝る幸せが必要。

育児は疲れる。

毎日が奇想天外な子どもを育てるのだ。

常に斜め上の発想を持つ子供が起こす珍事件を追いかけ回す毎日。

それが解決する前にまた違う珍事件が起こる。

まだ会話もしっかり出来るような状態ではない。

どんな事でも正確に伝えられるわけではないのだ。

疲れないわけがない。

疲れるはずだ。

家族で話し合う事も全ての解決に向かうだろう。

上手く選択していくことも全ての解決に向かうだろう。

だが何よりも必要なのは疲れに勝る幸せを感じられているかどうかだ。

家族で話し合うことも、上手に選択していくことも疲れに勝る幸せを感じる為に必要なのだ。

疲れに勝る幸せを感じる事が出来る方法。

あなたが幸せでなければ家族は幸せにはならない。

家族みんなが幸せを感じて初めて家族が幸せと言えるのだ。

どうか感想をください。

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