いつも我が家の生活を支えてくれている保育士様へ

小言

自分には突出した才能なんてない。

だから自分の子供に何か特別な才能を授けてあげることも出来ない。

毎日のようになんとなく仕事に行って、子供を保育園に預けて、

帰ってきて、ご飯を一緒に食べて、共働きで。

 

誰かに自慢出来るような生活をしているわけでもなく。

 

それなりにバタバタしながら毎日を過ごしている。

突発的にイライラしたり、子供にそれをぶつけたりもする。

ものすごく一般的で、子供にイライラするポイントも大体世間のアンケート通り。

それじゃ面白くもない。

 

だけどその通りなんだから仕方がない。

 

どんなに特別な事をしようとしても自分には向いていなくて、

結局一日で飽きるか、めんどくさくなって終える。

 

休みの日もどこかに連れていかなくちゃとは思うけどめんどくさくて、妻にお願いするばかり。

結局自分の思い通りに何かを進めたいだけなのにどうしてかそれがうまくいかない。

 

私は子供に何かを教えられるだけの経験がないのかもしれない。

 

自信が無い。

 

子供が次第に大人になっていくにつれて、どんな事を想い、どんな困難を乗り越えるのか。

 

自分が子供の頃の事であればわかる。

ミニ四駆にマウンテンバイクにゲーム。

でも私が子供の頃は携帯なんて持ってなかったしSNSなんていう考え方も無かった。

そんなサービス自体が皆無。

今の子供達は違う。

我が家には3歳になる娘と、1歳になる息子がいる。

 

最近やっと保育園に通えるようにはなったが、まだまだ何かを教えたりするような年齢ではないと思っている。

 

ところが保育園に行けば同じ年齢の仲間がいて、先生もいる。

正直、家に私といるよりも良い刺激を受けているんじゃないかと思っている。

 

…。

 

親になるとわかる。

保育士っていうのはすごい仕事。

 

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保育士様と呼ばせて欲しい。

小さな子供を持つ親。

子供はわがまま。

自分が今、やりたいことを真っ先に主張する。

言葉を覚えていなくても泣く。

訴える。

 

「これじゃない!」

って。

 

親は家にいてもそれなりにやることがある。

家事だけじゃなくて、それ以外の準備や用意。

出かけるだけでも準備する物が山ほどある。

子供が大きくなって、自分の事は自分で出来るようになればこんな気持ちも変わるのだと思う。

でもそれに満たない子供を持つ親は間違いなくバタバタする生活を送ることになる。

 

我が家にはその年齢に満たない子供が二人いる。

 

更に流行りの共働き。

家事を分担したとしてもイレギュラーがある。

子供の泣き声がやむ時間なんてほとんどない。

必ずお昼寝はするものの、二人同時に寝てくれることもなく。

休みの日の方が心身共に疲れ果てたりする。

 

私達が住む街は待機児童が多い。

だから生活を維持する為に保育園に通わせたくてもなかなか入ることが出来ない。

入れることが奇跡のようで、

我が家もしばらくして、やっと通えるようになった。

 

平日は仕事が終わるまで預かってくれる。

 

これは家族の考え方だけど、我が家は保育園に通っている方が子供にとって良いと思っている。

 

子供には子供の社会がある。

保育園に行くことで、世の中には自分以外の子供が他にもいると知る。

その中で周囲の反応を見ながら自分の行動や言動を選択していく。

休みの日に家にいても、親は親でやることがあったりするから、ずっと遊んであげることが出来ない。

それは仕方がないと思っている。

子供もさすがに全ては叶えられないとわかってはいるはず。

 

でも保育園では保育士方が子供の目線で多くを選択してくれる。

 

外に遊びに行ったり、お友達と遊んだり。

お昼ご飯やおやつを食べたり。

先生と遊んだり。

 

子供だけじゃなくて大人とも地域とも触れ合って、社会を知る切っ掛けを作ってくれる。

我が家ではその社会を知ることが重要だと考えている。

 

もちろん保育士も人間だからイライラすることも、仕事以外でのトラブルも、悩みも抱えたりするんだと思う。

 

それでも我が子が、迎えに行った時や家に帰ってきた時に、

満足そうに「ただいま!」と言ってくれるとほっとする。

すごく嬉しそうな顔をしていると、こっちも嬉しくなる。

なんだか久しぶりに会ったような気がして、愛おしくなったりする。

 

我が子とは言え、ずっと一緒にいるとさすがに「なんだこいつは!」と思うこともある。

「うっとおしい!」と感じることもある。

 

少し離れて、子供なりの社会を感じて、帰ってくると、少したくましくなったように思えて、

なんだか申し訳なさから胸を締め付けられるような想いを味わう。

それでも嬉しそうな顔を見るといつもと違う感情が芽生えたりする。

 

ずっと一緒にいると忘れがちになる愛情を深く感じる。

 

今日も無事に帰ってきたこと。

親がいなくても勇敢に保育園で過ごせたこと。

自分が仕事で失敗したこと。

それでも帰ってきてやっぱりホッとしたこと。

 

全部合わせて、泣きそうになる。

 

それが我が家なりに感じた社会であって、そうやって生きていると実感する瞬間。

親の考えは多種多様で、保育園に通わせることを良しとしない親もいると思う。

 

子供は知らないところで勝手に成長するのかもしれない。

親の気持ちなんて全然考えていないのかもしれない。

 

でも、私達は私達の考え方で、子供と向き合っていかなくちゃいけない。

良い悪いは結局もう少し大人になった我が子が決めるのだと思う。

 

様々な困難が降りかかっても、それでも一生懸命自分たちで選択しながら生きていく。

 

大した事は出来ないけど、

一緒に頑張って生きていく。

 

何も教えられない分、そういった姿を見せあいながら支え合っていく。

 

子供には子供の社会がある。

それを教えてくれて感謝している。

仕事としてそういった社会を作っている保育士は本当にすごいといつも感心している。

 

保育士様。

親になって初めて気がついたり、感じたりする子供の事。

毎日のように続くイレギュラー。

世の中には多くの価値観があって、それぞれの親がそれぞれの価値観を持っている。

これは社会と全く同じ。

ところが相手は子供、

子供の事なんだけど親も携わる直接なんだか間接的なんだかわからない環境の中で子供を預かり、共に生活をする仕事。

 

その仕事があるおかげで我が家は大きな愛情を子供に向けることが出来る。

 

保育士という仕事をしてくれる人がいるおかげでなんとか子育てをしながら生活出来ている。

感謝しなくてはいけない。

 

世の中には保育園に子供を預ける必要が無い家族もある。

そもそも反対している家族もある。

預けたところで様々な問題を抱えている家族もある。

 

保育園でも様々な問題がある。

 

預かるのは「子供」だけではなく、「命」や子供に対しての「親の気持ち」も。

大変な仕事だと思う。

 

一筋縄でいくわけがない。

 

それでも「おはよう!○○ちゃん!」と多くの子供を預かる。

小さな子供を持つ家庭も支えている。

 

本当に多くのことを支えている。

 

保育園は子供を預かる施設。

 

そんなに単純じゃなくて、

私達の生活を支えてくれるとても大切な場所。

 

これを言ってしまったら申し訳ない気持ちになるけど、

私には出来ない。

 

自分には出来ないことを一生懸命やっている先生方の姿を見ると本当にすごいとつい思ってしまう。

自分の子供を預けているのだから言いたい事は言う。

納得がいかない部分は徹底的に伝えたりもする。

 

それでも次の日は「おはよう○○ちゃん!」と迎え入れる。

 

生活の維持がかかっている現場で、

多くの生活感や価値観が交錯する中で、

保育士も戦っている。

 

これでいいのか。

もっとこうしなくてはいけない。

 

それぞれの子供や親や地域が出す条件に合わせながら、

全てを飲み込めない状態でも、

 

「おはよう○○ちゃん!」

 

と朝は元気に挨拶をする。

 

保育士。

あなた方に支えられている家庭はたくさんある。

感謝している家庭もたくさんある。

 

毎日のように出てくるイレギュラーの中で、プロとしてもっともっと誇りを持って良い存在。

 

親が抱える「無理!」を可能にしてくれていると私は感じている。

 

今日の朝も

「おはよう○○ちゃん!」

と言うのだろう。

 

それが出来るってすごいこと。