子供の人生感覚を養う「積み木」という神ツール

生活

積み木で得られる感覚。もう「全て」と言っていいんじゃないだろうか。

積み木っていうのは一番下から一番上まで、ありったけのものを使う。

手駒をうまく使って下から上に積み上げていく。

様々な大きさや形。

どうやればうまく全てを積むことが出来るのか。

考え、実行。

失敗、修正。

を繰り返す。

まるで自分の人生のようだと思うのです。

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積み木で養える感覚とは。

大袈裟だと感じるかもしれない。

でも想像してみてほしい。

想像力。

積み木を目の前にした子供はどんなことを考えるだろうか。

様々な形をした積み木。

車にしてみたり。

飛行機にしてみたり。

積んでみたり。

想像する。

様々な形をしているからこそ想像する。

この積み木というツールを使ってどんな事が出来るのか想像するのだ。

そして触ってみる。

年齢によってはそれを口に持っていくかもしれない。

でもそれは「どんな味がするのか?」と考えた証拠である。

積み木を「積むもの」と認識する前は様々な事を考える。

目の前のツールを見て「なにが出来るのか」を考えるのは今後間違いなく力になる。

社会で生きていくのにも必要な感覚だと考えている。

そして積み木はその感覚を養ってくれるツールの一つである。

行動力。

積み木を目の前にして「どんなことが出来るだろう」と考えればすぐに行動するだろう。

口に持っていくだけではなく、繋げて見たり、積んでみたり。

とにかく自分が想像していたものに近づける。

その目的を達成するために行動する。

 

「全ての積み木を上に積み上げていくものだよ。」

 

というルールを伝えれば必死になる。

全ての積み木を上に重ねるには相当の集中力とバランス感覚も必要になる。

でも全てを上に積み上げるというルールの中でそれを達成するために行動を起こす。

考え、行動を起こす。

これが行動力を養ってくれる。

失敗。

大人でもあらかじめ計算しながら積み上げていかなければ全ての積み木を重ねることは難しい。

一番下に置くのは面積が広くて平らなものでなくてはならないのは必須だ。

だけど子供にはそれがすぐにはわからない。

そでも無理やり積み重ねようとする。

 

そして失敗する。

 

崩れた積み木にイライラしながらも次も同じように積んでいく。

 

そして失敗する。

 

失敗を重ねていう内に崩れる様をよく見るようになる。

豪快に崩れる姿を見て、「もっと豪快に」と考えるようになる。

だから何度も何度も積み木を重ねる。

重ねては崩れる。

どんどん失敗を重ねていく。

何度も何度も失敗して、やっと一番下に置く積み木がどれであるべきかを考える。

反省と修正。

何度も何度も失敗を繰り返していく内にどのように積めば最後まですべての積み木を上に重ねられるのか考えるようになる。

それが出来なければどうすればよかったのかを考える。

反省と修正を繰り返すのだ。

人生も同じだ。

積み木のように基盤を作り。

その基盤の上に多くの経験を積み重ねていく。

反省と修正を繰り返し行う。

スポーツの世界も一緒。

基礎練習があって初めて技術を身に着けることが出来る。

技術を身に着けることが出来て初めて結果が生まれる。

基礎練習あっての結果である。

そしてその感覚は自分の人生でも必ず役に立つ考え方になる。

反省だけならサルでも出来る。

必要なのは修正である。

上手く修正するためには間違いなく基礎力が必要になる。

それを知るのはまだ先なのかもしれないが、積み木の経験はそれに近い。

努力。

反省と修正を繰り返すことがなんなのか。

それは努力となり自分の身になる。

基礎力を身に着ける為に反省と修正を繰り返す。

そして技術を学び結果を出す。

間違いなく一番繰り返し行わなくてはならないのは基礎の部分なのだが、これが努力であることを意識しなくても積み木が自然に教えてくれるのだ。

何度もバランスを崩し、そのバランスを整えながら重ねていくにはどうすればいいのかを考える。

繰り返し実行していく。

そして積み木が崩れた後にも目がいくようになるだろう。

 

そこには崩れていない基盤の部分がある。

 

下から1番目なのか2番目まで残っているのか。

それが基礎。

基礎の部分がしっかりしていれば全ては崩れない。

しっかり土台を作っていけば崩れても残っていることに気が付く。

次は少し上から始めることが出来るようになるのだ。

努力と共に基礎をしっかりと学び、土台を作る。

応用力。

土台がしっかりと作られていることで応用力を身に着けることが出来る。

例えば毎日走って体力をつけていくとする。

 

走るとは様々なスポーツの基礎とされている部分。

 

足腰を鍛えるだけではなく、体力も付く、走るのが得意になる。

 

走るのが得意になれば様々なスポーツで応用出来るのだ。

だが走る努力を怠っているとしよう。

走り込んでいた人と、走っていなかった人。

2人が生まれて初めてテニスをやるとすればどちらが有利か。

走り込んでいる方は体力がある分多くの練習が出来るだろう。

脚の力がある分多くの返球に対応出来るだろう。

基礎的な練習にどのような意味があるのか気付くだろう。

結果的に走り込んでいない方よりも早くテニスそのものを吸収出来る。

反省を修正を繰り返し行う努力というのは様々な分野で活躍する応用力を身に着ける。

成功。

反省と修正を繰り返し、努力を続け掴んだ成功は経験として大きい。

積み木をゼロから積み上げていき、誰の助けもなく初めて全ての積み木を重ね終える。

完成する喜びを知る。

自分の力で最後までやりきる。

初めは出来なかったことが出来るようになる喜びを知る。

ゼロから掴んだ成功の経験もどのような分野でも役に立つ。

子供も後に家庭を持つ。

一人で生きていかなくてはいけない。

ゼロから初めて成功まで辿り着いた経験を持っていれば粘り強くなる。

 

「成功」と自分で決めたところまでは努力を怠らない人になる。

 

この感覚は努力をしないと養えない。

でも、積み木で初めての成功を経験出来る。

積み木には全てが詰まってる。

生きていく中で必要なものが一通り詰まっている。

成功した時の自分を想像する力。

それに向かって行動する力。

失敗の経験。

失敗から反省し修正していく力。

それを繰り返していく努力。

他の分野で活かす応用力。

そして成功。

 

積み木は神ツールです。

 

こんなにシンプルなツールなのになぜか神ツールなのです。

「最後まで積み上げる」

これに全てが詰まっているのです。

全て積み上げて、最後にお人形さんを座らせる。

応用力です。

詰まりまくってます。

シンプルでありながら全てなのです。

 

ただ崩れた時にうるさいのです。

あんまりうるさいからうるさくないように崩してほしいと伝えました。

そしたら次に倒れる時手で支えてました。

応用力です。

 

なかなか上に積み上げられないから「どうすればいい?」と聞いてきました。

だから「一列に積み上げなくてはいけないっていうルールはない。」と伝えました。

そしたら土台を横に広く作り始めました。

基礎力の向上です。

 

生きていく中でバランスを崩してしまってこれまで積み上げてきたものが音を立てて崩壊していくことがあるかもしれません。

 

その時に積み木のように土台をしっかりと作っておけるのなら大きく崩れたり、振り出しに戻るところまでの崩壊は防げるかもしれません。

 

人生もまた積み木のように積み上げていくものだと考えます。

 

それを楽しみながら身近なツールで養ってくれる積み木。

 

どうせなら超難解な大人でも楽しめる積み木があると最高。

 

なんなら積み木以外のものを積み上げていく遊びも有効。

 

バランスの良いものから順番に積み上げていく術を身に着けていく。

運を積み上げていくことは出来ない。

ふにゃふにゃのものを積み上げていくようなもの。

ふにゃふにゃな土台じゃ不安になる。

倒れてしまう不安から土台を丈夫にしなくてはいけないという感覚も養える。

 

やっぱ積み木は神ツールだわ。