平気で嘘をつく子供に親が教えてやれる事

小言

私は子供の頃、嘘つきでした。

しょうもない嘘をつくわけじゃなくて、友達に対して強がる意味での嘘。

「バカにされたくない!」とか「自分の方が凄いんだぞ!」って意味の嘘。

誰かがそれを信じる度になんだか強くなった気がして、嘘をつきまくった。

やった事がなくても「出来る」と言う。

知らない事も「わかる」と言う。

未経験の多くの事をまるで経験済みのように誰かに話す。

見栄に近い嘘だったのかもしれない。

誰にどんな嘘をついたかも忘れて、「前にこんな事言ってたよね?」と言われれば自分の都合を優先してその場で決めてた。

言ってようが、言ってなかろうが、自分にとって都合の良い方を選ぶ。

子供の頃はそれがどんなネガティブを呼び込むのかわからなかった。

その後、親になって、家族が出来て、ある日子供が私に嘘をついた。

大人になると、「嘘なんてつかない方が良い」って素直に思える。

問題はそれをどうやって伝えるか。

今回は、親になった私が嘘をついた我が子に「嘘なんてつかない方が良い理由」をどうやって伝えるかを残しておきたい。

これは私が嘘つきだったからこそ伝えられる事だと思う。

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嘘のツケを払う時が来る。

嘘をつくってのは、その場凌ぎであっても、本来なかったはずの出来事を自分に植え付ける行為。

実際に起きた話を大袈裟にする事はあっても、無かった事を上塗りすれば嘘になる。

嘘で自分に植え付けられた出来事は、偽りの評価として残る。

誰かについた嘘で評価されても、それは本当の価値じゃなくて、中身はスッカラカン。

嘘をつけば一度は誰かを納得させられて、自分は楽になる。

「悪戯をしても嘘をつけばいいや。」

「バレても嘘をつけばいいや。」

嘘に嘘を重ねるようになる。

本当の事から逃げ続けて、自分を嘘で擁護しながら生きていく。

スッカラカンの嘘をいくつも背負っていく。

中身が空のケースばっかり背負うと、どうなるか。

私は知ってる。

「何にも出来ない人」になる。

いざ引き出しを開けても空っぽだから。

例えば「英語が話せる」と嘘をついて、一時的に誰かの評価を獲得する。

「実は話せない。嘘をつきました。ごめんなさい。」

と言えなければ、ずっと「英語が話せる」って嘘を重ねて生きていく事になる。

その後に必死になって勉強して話せるようになって、やっとその嘘のツケを払った程度。

「英語が話せる」って一つの嘘を回収したところ。

でもね。

一回でも嘘をついてそれが通れば、その後も重ねて嘘をつくんよ。

人ってそうなんです。

一度ある事は三度あるんです。

平気な顔して嘘をつけるような奴は間違いなく嘘をつき慣れている。

普段からピンチを嘘で逃れてきたと言っていい。

だから払わなくちゃいけないツケが多くなる。

そのツケを払えなきゃ大人になってもずっと嘘つきだ。

多くの人に嘘つきと認定されれば、今後誰にも信用されない。

本当に助けて欲しい時の「助けて!」すら嘘になる。

自分で背負った嘘のせいで、大切なものが守れなくなったりする。

そうなった時にはもう遅いんよ。

達成出来ない嘘なんてついても良い事はない。

嘘が常習化してるなら、これまでついてきた嘘がどれだけあるのか自分でもわからない。

でもね。

嘘をつかなければそんなツケを払う必要は無かったんだよ。

「嘘つき!」と言われる事も、信用を失う事も、無理してツケを精算する必要もなかった。

嘘をつく事で無駄に背負うものが増えれば、自分の足を引っ張る結果になる。

たった一つでも、嘘をつけばその分のネガティブを背負う事になる。

一時の自由や評価を得る為に嘘をついたところでネガティブを背負ってるだけ。

その後にツケを払うのは自分だ。

嘘つきに自由なんて訪れない。

嘘をついた分、自由が奪われていく。

それでもいいならどうぞご自由に嘘をついてくれ。

倍の威力になって返ってくる。

さっきの英語の話の続きなんだけど、その後に勉強せず、「英語が話せる」って嘘のツケを払えなければ、どこかでその嘘が倍の威力になって返ってくる。

それは嘘がバレた時。

嘘をついた時点で「バレるリスク」を背負い続ける事になる。

「バレなきゃいいじゃん」って考える奴がほとんどだけど、バレたらどうなると思う?

「英語なんて話せないんじゃん!」

「嘘じゃん!」

「最低!」

「カッコ悪い!」

「恥ずかしい!」

「もう信用しない!」

と言われるだろうな。

たった一つ、「英語が話せる」って嘘をついただけなのに。

その場の評価が欲しかっただけなのに。

いくつもの痛い言葉になって返ってくる。

嘘をついておいてそのリスクを無くす事なんて出来ないんだよ。

嘘をついた時点で必ずバレるリスクが発生するわけ。

嘘をつけばつくほどそのリスクは増大する。

今までいくつ嘘をついた?

本当は意識しなくてもいいリスクにどれだけ縛られた?

ハッキリ言ってその時間は無駄だ。

嘘をつかなきゃバレた時の言い訳を考える時間もいらない。

今後の発言を縛られる事もない。

嘘をつくのがそんなにお得か?

損ばかりじゃん。

バレれば何倍にもなって返ってくる。

それが怖くて嘘を重ねる。

更にリスクは高くなる。

そこでもしバレたらどれだけのダメージがあるんだろうか。

そんな負の無限連鎖から抜け出したいなら、もう嘘なんかつくな。

嘘をつかなきゃならないような事をするな。

自分を救いたいなら「もう2度と嘘はつかない」と誓うしかない。

選択肢が少なくなる。

嘘に嘘を重ねていくと、選択肢が少なくなる。

「英語が話せる」と嘘をついたなら、周りは「少し話してみて?」と言うかもしれない。

更に嘘を重ねるなら「また今度ね!」だ。

後日また「話して!」と言われれば次は「英語で質問されたらね!」となる。

後日英語で質問されたら?

まだ嘘を重ねるのか?

あの時、「少し話してみて?」の段階で「ごめん。実は嘘なんだ。」って言えてれば、そんなに追い詰められる事はなかった。

むしろ誰もお前を追い詰めようだなんて思ってない。

「英語を話している姿が見たいだけ」なんよ。

それなのに嘘を重ねて最後の最後にとんでもない大恥をかく結果になる。

一度でも嘘をつけば自分の選択肢はどんどん少なくなっていくんだよ。

同時に信頼や友達を失うかもしれない。

ほとんどの人が嘘をついた段階で常に「嘘をつき続ける」か、「本当の事を言う」かの選択肢があると思ってるだろう。

そうじゃない。

嘘をついた時点でもう自分が傷つく選択肢しかないんだよ。

逃れる術はない。

後はどっちにしろ傷つくか傷つけるかしか残ってないんだよ。

嘘をついた時点でもう救いの選択肢は消えてる。

後はどんどん狭くなっていくだけ。

それでもまだ嘘をつきたいか?

無駄な傷を作ってなんか良い事あるか?

本当の自分が伝わらないのは辛い。

嘘をつき続けて、今はダメージを回避出来ていても、いつかは疑われる。

「アイツは嘘つきだ」って思われる。

選択肢が少なくなっていく中で多くの人が「嘘っぽいな」と感じるからだ。

そうなれば次に口から出てくる言葉が本当だとしても、相手には伝わらなくなる。

本当の気持ちが伝わらなくなるんだよ。

人は支え合って生きていくもんです。

だからいつか、誰かに「必要だ」「好きだ」「一緒に」って気持ちが必ず芽生える。

家族にも、友達にも、恋人にも、必ずそういった感情を抱く時が来る。

そんな時、嘘をつき続けて疑いを持たれたらどうなる?

伝わらないんだよ。

「必要だ!」って気持ちも、「好きだ!」って気持ちも、「一緒に!」って気持ちも、全部伝わらない。

言ってしまえば孤独になる。

それって寂しいんだよ。

誰にも信じてもらえないってのはすごく悲しい事なんだよ。

自分の気持ちが誰にも伝わらない不自由さを想像した事があるか?

どんなに怒っても、どんなに泣いても、どんなに嬉しくても、全部伝わらないんだよ?

想像出来ないでしょ?

でもね、そのきっかけがほんの些細な嘘だったりするんだよ。

そこから更に嘘を重ねりゃあっと言う間に孤独だ。

誰にも、何も、伝わらない。

本当の自分は誰にも伝わらない。

それが嫌になって、発狂しても伝わらない。

暴れても伝わらない。

そうしたのは自分。

嘘をついたから。

たったそれだけ。

嘘をつくってすごくもったいない事なんだよ。

人として生きるが辛くなるんだよ。

嘘をつかない方が強いんだよ。

正直、大人になっても嘘をつく奴はいる。

たまに芸能人でも嘘を問い詰められる記者会見なんかをテレビで目にする。

あれを見てどう思う?

「嘘をついたからだ」って思わないか?

思うだろ。

子供の頃は平気で嘘をつける。

「俺は仮面ライダーだ!」

そんなのも言ってしまえば嘘の始まりなのかもしれない。

誰かに憧れたり、夢や目標を持っていると、ちょっと背伸びしてそれに近づきたくなる。

そんな時にちょっとした嘘をついてしまう。

誰も咎めないような嘘。

ほとんどの嘘が「うっかり」から始まったりする。

そのうっかりをどれだけ早く修正出来るかがポイントだと思う。

「あっ!しまった!ごめん!今の嘘!見栄張った!」

そんなフォローで一瞬で片付けられる事がほとんどだ。

問題は嘘を重ねてしまう事。

味をしめてしまう事。

それに甘えてしまう事だと私は思っている。

もし初めから嘘を認められていたら、どれだけの悩みを減らせただろう。

嘘なんて誰だって一度はついた事があるはずなんよ。

問題はそこからどうするのが正しいのかを自分で判断する事。

見栄を張りたいのはわかるけど、それを認めて、反省して、不甲斐ない自分を高めていく方がよっぽど強くなれる。

悔しい思いをしなきゃ人は頑張れない。

嘘でそういった想いから逃げれば益々弱くなる。

益々追い込まれていく。

取り返しがつかなくなれば無傷では絶対に引き返せない。

それが嘘なんよ。

だったら初めから嘘をつかない奴が1番強い。

それは、私が子供の頃に嘘をつきまくって、そのまま大人になったからわかる事なんよ。

「嘘をつかない」ってすごく勇敢な事なんだよね。

自分に勇敢に立ち向かった奴が弱いわけがない。

嘘をつけばつくほど人はどんどん弱くなる。

どうしても嘘をつきたいなら、絶対に実現しなきゃダメだ。

自分を上手に追い込む人はわざとハッタリをかましたりするが、それは、大人になってから知った事。

小言
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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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