世界で一番美味しい「コーヒー」を飲む

小言

たった一杯のコーヒーで救われる時がある。

決してコーヒーが大好きなわけではない。

味にうるさいわけでもない。

コーヒー豆のことを言われてもほとんどわからない。

たいして詳しくもない。

正直どのコーヒーを飲んでもそれなりに楽しめる。

 

重要なのはコーヒーを「飲む」って事。

 

それだけ。

それだけで気持ちが落ち着いたりする。

どんなに忙しい時でもどんなに落ち込んでいる時でも、

ホッと一息つける飲み物。

 

私はコーヒーに救われている人。

 

水で割ろうが、ミルクで割ろうが、一息つける。

味的に言えばきっと「どれも美味しい」というわけではない。

極めし者であれば納得するコーヒーを選ぶのかもしれない。

でも私は違う。

 

アイスコーヒーと呼ばれる飲み物。

 

これが一杯あればそれでいい。

冬でもアイスがいい。

コーヒー本来の味などわからない。

わかった方が楽しめるのかもしれないけど。

わからなくても困ったことはない。

 

味じゃない。

 

コーヒーに救われたのは舌でも喉でもなく、

気持ち。

 

だから今日もコーヒーを飲む。

 

スポンサーリンク

私がコーヒーを飲む理由。

一口目の安らぎ。

恐らく私は、どのお店でアイスコーヒーを頼んでも、

一口目で「美味しい」と感じる機会が多い。

 

この美味しいの意味は、

気持ちの安らぎ。

ホッと一息つける意味の美味しさ。

 

一口飲んで、深呼吸してみる。

 

イライラしている時も、ソワソワしている時も、

一口目くらいはホッとさせてほしい。

 

味の感想はその後。

むしろ一口目の為にアイスコーヒーを頼んでいると言ってもいい。

 

一口飲んで、考えてみる。

 

今抱えている問題。

目の前にある困難。

めんどくさい人間関係。

 

鼻から「フシュー」と息を吐く。

 

「さて、どうしたものか。」

 

一息ついた頭の中はさっきより少しフレッシュになっている。

冷静に判断出来る程かどうかはわからないが、それなりに落ち着いているのを感じる。

今後の展望を予想しながら、

もう一口。

 

「苦いな。」

 

初めて味に気が付く。

 

舌が鈍感なわけではない。

そもそもコーヒーに求めているのが「味」ではない証拠。

 

少し冷静になって初めて気が付く味に驚きながらも悩みを解決する方法を模索してみる。

 

コーヒーにしかない「一口目の安らぎ」得て、再び困難に立ち向かう時間を演出する。

 

人生は大変な事ばかり。

 

そのくらいの演出は自分の為にも必要だと思っている。

 

「コーヒー」というイメージ。

コーヒーはこれまでのCMなどの効果もあり、そもそも「一息つく」イメージを持っている。

だからホッと一息つくには真っ先に思い浮かぶ飲み物。

ココアという選択肢もある。

煎茶や抹茶という選択肢もある。

 

それでもなぜかコーヒーを選んでしまう。

 

まるで意図的にそうされているかのように喫茶店ではコーヒーをメインで出す。

 

当たり前感。

すでに「コーヒーで一息つく文化」は広く知れ渡っていて、世界的に「ホッとする時間を演出する」イメージがある。

 

私はこのイメージに乗っかっているだけかもしれない。

 

それでも実際に気持ちが安らぐのだから抜群の効果と言える。

少しの時間。

コーヒーに寄りかかり、体を休める。

 

果たして誰が作ったのか。

「コーヒー」が持つイメージ。

それで救われる人がここに一人いる。

きっと他にも大勢いる。

全世界にいると信じている。

 

ホッとするのが当たり前だと思われているコーヒー。

 

それでいい。

そのイメージのままでいてほしい。

これからもずっと、辛かったり、疲れたり、イライラしたり、忙しかったりした時に、

少しだけ寄りかからせてほしい。

 

イメージ通り、今日も一杯。

 

少しだけ、「頑張ろう。」って思える。

 

いつもより苦い。

コーヒーの味は「豆」が全てだと思っている。

詳しい人は豆の種類も把握しながら飲むのだと思う。

そうでなければ味の決め手がわからない。

ただ、私の場合は、

 

持ち合わせている「今の気持ち」で味が変わったりする。

 

有名なバリスタを前にこんな事を言ったら怒られてしまうかもしれない。

コーヒーの味が気分で変わってしまえば、バリスタの存在そのものを否定してしまうようなもの。

だから恐々、あくまで私の場合。

 

同じコーヒーを飲んでも味が変わったりする。

 

気分で。

それはコーヒーが私にとって「安らぎの時間を演出する」方法だから。

 

安らぎたくもない時間にコーヒーを飲めば、

 

いつもより苦い。

 

と感じる。

あり得ないと思うかもしれない。

 

でも本当だから仕方がない。

氷が解けきった薄いコーヒーですら苦い。

深みもない。

単純に苦い。

 

安らぎたくもない時間にコーヒーを飲むと、

いつもより苦くなる。

 

気分。

と言ってしまえばそれまで。

でも、

だからこそ、

とても大切にしている時間。

せっかくなら美味しいと感じるコーヒーを飲みたい。

 

自分の人生には、気持ちで乗り切れる困難だってあると思っている。

 

今までで一番苦かったコーヒー。

私には忘れられないコーヒーの味がある。

とある喫茶店。

チェーン店。

駅前に「いかにも」という店構えで佇む「とりあえず入ってみるか」を思うようなお店。

 

その日、

私は仮病を使って仕事を切り上げた。

 

つまり頑張っていない一日。

サボった一日。

ただ、

せっかく余った時間なのだから優雅に使いたいと思った。

 

だから最寄の駅前でその喫茶店に入った。

 

椅子に腰かけると、まるで一仕事終えたような気持ちになった。

何しろ気持ちの安らぎの為に飲むコーヒー。

時間が余った私に更なる安らぎを与えてくれると期待した。

 

頼んだのはアイスコーヒー。

 

めちゃくちゃ苦かった。

 

「だよな。」と思った。

わかっていたけど、やっぱり苦かった。

 

今を懸命に生きる人々を尻目に私はコーヒーの苦さでおでこにしわを寄せる。

 

圧倒的に苦い。

美味しくない。

 

今まで味わったコーヒーの中で最も苦かった一杯。

 

この味は忘れない。

私はその日、思いっきり「頑張らない」を選択した。

「これでもか!」と言わんばかりにサボった。

 

その時飲んだコーヒーは私の舌に「反省しろ」と訴えかけた。

 

そんな気がした。

 

コーヒーはエールを送ってくれる。

今日のコーヒーは目覚めの一杯だろうか。

それとも一日の終盤、「お疲れ様」の一杯だろうか。

 

私はコーヒーを飲む時間を決めていない。

 

だからいつでも飲める。

だけどいつもは飲まない。

 

タイミングがある。

 

昨日の疲れを残したまま迎えた朝。

少し早く起きたのなら仕事に行く前に一杯飲むかもしれない。

 

その時のコーヒーは私に「今日も頑張っておいで」と背中を押してくれている。

と思っている。

 

飲んでいる時に「今、背中押されてるなぁ。」とか思わない。

 

思わないけど、そんな感じがしている。

ただの感覚。

 

「コーヒーでも飲むかな。」

 

そんな気持ちになった時のコーヒーの味。

苦くない。

なんだか沁みる。

 

「さあ。今日も仕事、頑張ろうか。」

 

と思わせてくれる味がする。

 

朝は時間が無くて飲めなくても、仕事の合間で

 

「コーヒーでも飲もうかな。」

 

と思うことがある。

ちょうど仕事もひと段落ついた頃。

なかなかに沁みる。

自分に「お疲れー。」という意味で飲んだりする。

その時のコーヒーも苦くない。

 

全てはタイミング。

 

気分とタイミングがコーヒーの味を決める。

 

少し寄りかかりたい時。

ちょっと頑張った時。

これから頑張ろうと決心した時。

 

コーヒーはいつも私にエールを送ってくれる。

 

エールを送ってほしい時にこそ、コーヒーが飲みたくなったりする。

 

いつも傍にある。

私の場合、

気分一つで、

家で飲むインスタントコーヒーが最高に美味しいと感じる。

喫茶店で飲むアイスコーヒーが最高に美味しいと感じる。

自販機で買った缶コーヒーが最高に美味しいと感じる。

 

いつだって飲める。

何処にでもある。

 

だけど特別な味がする時がある。

 

最も美味しいコーヒーが飲めた時。

 

気分が良い。

 

最高の気分。

 

頑張った自分。

何かを達成した自分。

何かを乗り越えた自分。

 

それを実感した時。

美味しいと感じる。

 

これからの人生。

たぶん困難だらけ。

まだまだ夢の途中。

 

でもなぜか、コーヒーはいつも傍にある。

 

すぐに飲める。

 

今日はいつもと同じコーヒーに見えるだろうか。

味が違うかもしれない。

最高に美味しいコーヒーの味を更新するのが楽しみでならない。

 

だから今日も頑張ってみようと思う。