テレビから「お笑い」が消えた日

生活

売れっ子芸人になってやる。

そう決めてお笑いの本場へ足を踏み入れた。

今はまだ本業1年目の駆け出し芸人である。

毎日のように売れっ子の芸人をテレビで見る。

 

「お笑い芸人」

 

先輩方の立ち振る舞いや言動。

多くを学びながらネタを考える。

出来上がったネタを相方に渡す。

一日のほとんどの時間をアルバイトとネタの稽古の時間に費やす。

1年目を迎える今。

自分たちしか出来ない「お笑い」とはどんなものなのか。

最近それがはっきりしてきた。

稽古を積み重ねながら芸に磨きをかけていく。

チャンスがあれば最高の「お笑い」を披露したい。

狙うは世代交代。

1か月後に漫才大会の予選が始まる。

今は予選を突破する為にいくつものネタを磨いている。

勝負出来るネタは5本。

相方と最高に面白いネタを引っさげて、お笑い界に打って出る。

 

数日後。

 

列島を大震災が襲った。

 

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駆け出しのお笑い芸人と大震災。

速報が止まらない。

列島が大きく揺れた瞬間から、テレビをつけても、ラジオをつけても、速報が止まらない。

 

「現在の状況は…」

 

全てが深刻。

津波が来る。

原発が止まる。

家が倒壊する。

避難所の様子。

行方不明者の数。

避難勧告。

ヘリコプターからの映像。

火事。

余震。

 

僕たちはテレビの前で言葉を失っていた。

状況はますます悪化していく。

速報が出る度に深刻になっていく。

それでも速報は止まらない。

一体どうなってしまうのか。

テレビの前の僕たちは、ただ、傍観するしか出来なかった。

 

体も動かない。

数時間後。

電話が鳴った。

 

明日、公演を予定していたインストアライブが中止になった。

 

僕たちは顔を見合わせて、

 

「うん…。」

 

しか言えなかった。

速報はまだ、止まらない。

テレビからお笑いが消えた。

部屋から一歩も出れなかった次の日。

まだ速報は止まらない。

テレビに映るのは震災の状況。

今、最も伝えるべき事。

そして放送されるCMも限られた。

 

今伝えなくてはいけないものの中に、お笑いは無かった。

 

当たり前だ。

誰でもわかる。

だからネットで検索した。

多くの人がどう感じているのか。

 

「出来ることがなにもない。」

 

駆け出しのお笑い芸人である僕たちが出来ること。

それを話し合う為に相方と一緒にいる。

 

朝からずっと一緒に考えた。

 

夕方になっても、夜になっても、次の日になっても、

わからない。

 

全てが後手になる。

お金もない。

結果の出ていない「お笑い」しか持っていない。

自分たちがまるで、

 

「自称、お笑い芸人」

 

のような無力感。

 

予定していたお笑いライブはどんどんキャンセルになっていく。

手帳に書いたスケジュールは、白紙に戻った。

僕たちは、

 

寸分の狂いもなく、「駆け出しのお笑い芸人」で、ほとんど知れ渡っていない、とてつもなく無力な存在であった。

求められる時。

あの日からさらに数日。

テレビでは役者やタレント、売れっ子のお笑い芸人達が被災地へ。

 

「今の自分に出来ること。」

 

を実行する時だと考えたようだ。

被災地へ行き、少しでも、「気持ちに元気と勇気」を。

 

テレビで見てたあの人。

憧れてたあの人。

会いたかったあの人。

 

と、そうではない僕たち。

比べてしまうのです。

 

スケジュールは白紙のまま、時間だけが過ぎていく。

だけど、求められ始めている。

 

僕たちに出来ることは?

 

震災から約1週間。

 

状況は変わり始めている。

深刻な状況を伝える速報は止まった。

僕たちはまだ、白紙のスケジュールを見ながら、立ち止まったまま。

そんな時、相方からの電話が鳴った。

 

辞めます。

 

「話がある。決めたことがあるんだ。」

 

そういって電話は切れた。

数時間後、相方がやってきた。

 

「芸人を辞める。」

「そうか。」

 

少し考えれば理解出来る状況であった。

僕たちがあまりにも無力だったこと。

相方を止める理由が見つからなかったこと。

自信を持って止められないこと。

何も示してやれないこと。

相方として力になれないこと。

希望のある言葉を一つもかけられなかったこと。

「やろうぜ!」って言えなかったこと。

「夢」がなんなのかわからなくなったこと。

出来る事がまだ見つからなかったこと。

 

悔しいのに、悔しがれなかったこと。

 

相方がお笑い芸人を辞める。

それを止めるだけの力が僕にはありません。

 

「そうか。ごめん。俺はまだ。辞めるとか。わからない。」

 

引き留めるわけでもなく、続けたい意志を表すのでもなく、ただ、自分の気持ちはまだ何も整理されていなくて、考えている途中で、いつ答えが出るかもすぐにはわからない。

 

そんな曖昧な自分の状態を伝えるだけで精一杯だった。

 

ネクタイを取る。

ステージに立つ時はスーツと決めている。

相方はもういない。

スーツもネクタイも壁にかかったまま。

あれから相方からの連絡はない。

震災から復興へ。

列島は今、悲しみを乗り越えようとしている。

全てがこれから。

乗り越えようと一歩踏み出そうとしている。

決めた。

 

ネクタイを取ろう。

スーツをしまおう。

 

芸人、辞めます。

 

答えが出たわけじゃない。

辞める選択が正しかったとか、夢を諦めたとか。

そんなのもわからない。

でもあの日から、

 

たくさん考えて、毎日悩んで、わからなくなって、相方が辞めて、さらに無力になって、変わりたくて。

 

「辞める」を選択した。

 

今でもわからない。

あの時「芸人を続ける」を選んでいたら。

そんな事を考える日がまだ、ある。

 

今、工事現場で足場を組み立てる仕事をしながら。

 

あの日、タンスの奥にそっとしまったスーツとネクタイは一度も出していない。

「クリーニングに出さなきゃな」と思ったまま。

ホコリにまみれた作業着を先に洗う。

 

洗濯しながら次の作業着を着て、現場に向かう。

すっかりユニフォームになった。

自分ではスーツよりも似合うと思っている。

 

仕事をしながら、たまに面白いネタを思いつく。

子供の頃からずっとお笑い芸人を夢見てた。

芸人を仕事として活動出来たのは1年弱。

もう癖のようなもので、なにか面白そうなことがあるとネタにする。

 

休憩中、その話を現場の若者に缶コーヒーでも飲みながらする。

汗をタオルで拭いながら笑ってくれる。

自分も楽しくなる。

 

尊敬するあるミュージシャンが言ってた。

 

「ライブで歌うのも楽しいけど風呂場で気ままに好きな歌を歌うのが一番楽しいぜ?」

 

本当の意味はわからない。

でもなんか、少しだけ。

わかる気がした。

 

相方からの提案。

復興も進み、お笑いもテレビで絶好調になった。

相変わらず面白い芸人がいる。

若手も続々進出。

同期もテレビで見かけるようになった。

ちょっと有名になった同期がテレビに出ようものなら次の日の現場で、

 

「あいつら俺の同期だったんだぞ!連絡先だって知ってるぞ!一回も電話したことないけどな!」

 

と話したがる。

そして、

なんとも言えない気持ちになる。

 

ある日の夜、相方から電話がかかって来た。

 

「話したいことがある。」

「おお。わかった。明日な!」

 

次の日、相方がやってきた。

 

「この間テレビで同期だったあいつ!見たか?当時から天才って言われてたもんな!」

「おお。そうだったな!見た見た!」

 

「あの時、何も出来なくて、結局芸人を辞めて、それからお前にも連絡出来なくなって。今不動産屋に勤めてる。下っ端のままだけどな!で、こないだあいつをテレビで見た。そしたら芸人をもう一度目指したくなった。だから話しに来た。」

「そか。まぁな。俺も少し複雑な気持ちになったよ。」

 

「じゃあさ!また一緒にやらないか?」

「…。いや。俺は。」

 

その日は帰ってもらった。

後日、ちゃんと断った。

 

芸人になりたくないわけではない。

今でも未練はタラタラだ。

ネタを作ったりもするくらい。

でもどこかであの日を思い出す。

無力だった自分を思い出す。

 

今日も作業着を羽織って現場へ行く。

 

「今の自分には、ライブ会場で笑いを構えて待つ客じゃなくて、缶コーヒーを飲みながら、汚いタオルで顔を拭いながら、笑ってくれる仲間がいる環境が合っている気がするのです。」

 

震災が起こった日。

あの時何も出来なかった自分。

こんな想像はしたくないけど、

 

次になにかが起こったら、すぐに力になれる自分になりたいと思った。

 

それはお笑い芸人じゃなくても出来て、現場で足場を組み立てる仕事をしてても出来る。

 

テレビの中にある「お笑い」が全てではなくて。

誰かの力になれる「お笑い」は必ずあって。

それが自分を支えていたり、誰かを支えたりしてる。

 

楽しみにしてくれる人がいる。

 

自分に出来る「お笑い」を精いっぱい貫こうと思った。

そこに、「自分だから出来るなにか」が隠されているような気がした。