「会社をクビになったらどうしよう」と解雇に怯える日々を送っている人へ

メンタル

私は誰かに自慢出来るような資格を持っているわけではないし、決して優秀な学歴を持っているわけではない。

だからどんな会社に就職したとしても、常に「いつ職を失うかわからない不安」を抱えていた。

だからと言って何か資格を取るような余裕はなく、いつも時間と日々の生活を送る為のお金に追われている。

私は思う。

やりたい事を仕事に出来ている人。

好きな事を仕事に出来ている人。

そしてその延長線上に「資格」がある人。

その資格を持って、心から望んだ仕事が出来る人。

とても羨ましい。

それらに若い頃から気付き、目指し、結果を出してきた人は本当に凄いと思う。

社会に出ると「凄い人」ってのはたくさんいて、社会人になりたての頃は「そんなの関係ねー!」とがむしゃらに頑張ってみたけど…。

どうやら自分よりも凄い人はたくさんいるらしい。

圧倒的な出来の違いを感じるのです。

リアルな才能の格差を感じる。

「今仕事が無くなったら…」

「今クビになったら…」

「今解雇されたら…」

「今給料が下がったら…」

そんな不安を抱えるようになる。

その不安、何とか解消したい。

だから、私が思う仕事に対しての考え方をここに残します。

クビや解雇に怯えていても、仕事は楽しくないだろうに。

仕事が楽しくないまま生きていくのは辛いだろうに。

今、その意識を変えましょう。

才能がなかろうが、格差があろうが、資格があろうが、なかろうが、楽しく生きたいと思ってもよかろうが。

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仕事ってそんなに少ないですか?

仕事と言えば、正社員ですか?

正社員じゃなきゃ仕事とは呼べませんか?

レジ打ちの仕事ってダメな仕事ですか?

派遣の仕事って誰かにバカにされなきゃならない仕事ですか?

警備員の仕事って「あれはやりたくないな」って思うような仕事ですか?

タクシーやトラックの仕事って「運転が出来れば誰でも出来る」って思う仕事ですか?

なんで。

差別じゃん。

圧倒的な差別。

多くの人が「自分は特別だ」って考えているかもしれない。

それは別に悪い事じゃない。

「自分は特別だ」と思ってもらって結構。

むしろその方が自分の未来を想像しながら日々を生きる活力になる。

でも世の中は「自分が認めている仕事」が全てじゃない。

いくらバカにしたってあなたが「やりたくない!」と感じている仕事をしながら「あなたよりも」幸せを感じながら毎日を生きている人がいる。

いるんだよ。

大きな問題は「仕事」じゃなく、自分の「幸せ」にあるんじゃないだろうか。

仕事への差別を抱かない。

それだけであなたが「幸せだぜ」と感じられる瞬間は圧倒的に増える。

だって、「自分が幸せになれればそれでいい!」って思える瞬間を探す旅になるんだから。

世間体よりも自分の幸せに向かって生きられるのなら、いつも笑っていられるだろうに。

仕事の種類で人の幸不幸を決めてはいけない。

幸せを感じている奴の勝ち。

圧勝だ。

どんなに自分が求めている仕事に就いているとしても、そこに幸せがなきゃ意味は無い。

仕事へ対する差別を無くせ。

それだけで仕事が自分にとって何の為に存在するのかを平らな目で見る事が出来る。

「就職難が続いている」と言われているけど、本当にそうだろうか?

「仕事」ってカテゴリーはそんなに小さいのか?

アルバイトは仕事じゃないの?

なんで?

契約社員は仕事じゃないの?

なんで?

フリーランスは?

投資家は?

自分が幸せならなんでもいいでしょ。

私達の人生なんてほぼ仕事で作られているのにそこに差別があると選択肢も考え方も視野も狭くなる。

もっと自由なはずなのに自分で不自由にしている。

超、矛盾だな。

もう一度考えてみてほしい。

世の中の「仕事」と呼ばれているものはそんなに少ないか?

…。

いや、めちゃめちゃ多いでしょ。

多過ぎて選べないくらいあるはずでしょ。

仕事はたくさんある。

あなたが幸せになれる仕事もきっとたくさんある。

でも仕事への差別のせいで、それが見えないだけ。

それが選択肢に入らないだけ。

自分が認めない仕事をバカにしてはいけない。

「お前はそんなに偉いのか?」って話だ。

どっかの国の大統領がどっかの誰かの仕事をバカにしたりするか?

しないだろうが。

「みんながみんな、頑張ってる」ってどうして思えないの?

はい。ただの先入観。

選ばなきゃ、仕事は腐る程ある。

人が足りなくて困っている企業はたくさんある。

みんな迷って、みんな不安。

仕事ってのは「誰かからお金を受け取る」って事なんよ。

その誰かをバカにしているような奴に「誰かからお金を受け取る資格」があるだろうか。

私なら、ムカつく奴に1円たりとも渡したくないと思うが、あなたはどう?

仕事の種類や経歴に惑わされていませんか?

例えば私が医者や弁護士だったら…。

それはそれは親戚の中でも「すげー!」と言われ、多くの友人から様々な人生相談をされるだろう。

職業の種類によって尊敬の視線とキラキラ感が違う。

それはしょうがない。

スポーツ選手だったら…。

めっちゃキラキラしてる人生だろうな。

何度も想像しましたよ。

子供の頃からの夢でしたよ。

それを抱いたまま、社会人になり、結婚して、子供がいて…。

キラキラしてるだろうか…。

わからん。

「こんな仕事がしたい!」っていつも願ってきたし、それなりの努力をしてきたつもりだけど、結果的にはそうならなかった。

きっと努力が足りなかったんだと思う。

どんな仕事でも、「自分がこれになりたい!」って職業に就くには、それ相応の努力が必要になる。

だって、子供の頃からの夢の仕事なんてのは多くの人がそれになりたいわけで…。

言ってしまえば競争だ。

勝たなきゃ掴めない席がある。

限られた席に座っている人を見て、多くの人が更に憧れを抱く。

「あんな仕事に就きたいな!」

「あんな人になりたいな!」

そんな感情がいつしか他の仕事に対して「つまらん」と思わせるきっかけになる。

目指してる夢の仕事のキラキラ感によって他の仕事への嫌悪感みたいなものが生まれる。

やったこともないクセに毛嫌いする。

そりゃ自分が食べた事のないフォアグラの味を5段階評価している料理研究家くらいチグハグな状況だ。

自分がやりたい仕事こそがこの世の全ての仕事の基準になってる。

勝手に仕事の格付け開始。

どんな仕事でも「プロフェッショナル」にはなれるのに。

あの日の夢の仕事に必要なのは格付けじゃないのに。

プロフェッショナルになる努力と継続なのに。

本当はわかっているはずなのに。

この世のほぼ全ての仕事にはプロフェッショナルがいる。

経験した事もない仕事を勝手に格付けチェックして、自分は求めている仕事も出来ずにいる人がどれだけいると思う?

めっちゃいるぞ?

どんな仕事でもプロフェッショナルになれない人が。

ここにも一人いるぞ?

私だよん。

仕事の種類や経歴に惑わされて「プロフェッショナル」になる事をやめていませんか?

そんなんじゃどんな仕事をしてもプロになんてなれねーよ。

知ってるかい?

清掃員の仕事にもプロフェッショナルな人がいる。

その人はどんなに頑固な汚れでも落とす。

短時間で、効率よく、誰もが「すげー!」「私には出来ないよ!」って仕事をする。

その人は、今日も誰かの「ありがとう!」でお金を受け取ってる。

すげーよ。

最近心からのありがとうと一緒にお金を受け取ったかい?

仕事よりも「お金を稼ぐ」を意識してみる。

そもそも仕事はお金を稼ぐ為にある。

生活を維持する為にお金が必要だから。

多くの人が仕事によってお金を得られると思っている。

間違いではないけど、根本的な事を忘れているような気がする。

それは「ありがとうの気持ち」です。

お金があるのが当たり前な世の中になってからは、お金が一番重要な価値を持っているけど、商売の始まりは物々交換。

小学校の時に歴史で学んだ。

お金が作られるまでは商品を受け取る代わりに相手が「ありがとう」と感じるモノやサービスでお返しするのが基本だった。

田舎の実家じゃ今だって物々交換をしている。

自分の畑で育てた野菜を近所の人に分けて、別のモノを分けてもらう。

野菜を作っていない漁師にとって、野菜を頂けるのは「ありがとう」です。

で、お金の代わりに新鮮なお魚を。

お金が流通している今でも田舎の実家じゃこんな事をしている。

お金を受け取るよりも気持ちを大事にしている。

気が付けば全てのものがお金で買えるようになり、「なんでも買えるお金」が最強の存在感を醸し出すようになった。

でもさ、基本は「ありがとう」なんだと思うのです。

何かしらの企業で働く人がどうしてお金を受け取れると思う?

企業側が「力を貸してくれてありがとう」の気持ちとして給料を渡している。

わざわざ言わないけどね。

「ありがとう」を給料に。

お金は何でも買えるツールだから。

労働力を食べ物でお返しするよりもお金にした方が何にでも使えて便利だから。

で、我々もその給料を「ありがたく」受け取る。

お金の価値が最強になり過ぎて「給料が欲しいから働く」や「お金を使って労働力を買う」って考えがちになるけど、基本はお互いの「ありがとう」の気持ち。

そのお返しなんよ。

職業を給料で判断するのは決して悪い事ではない。

ただ、順序として、「どれだけの価値があるか?」ってのは実際に体験しないとわからなかったりする。

給料を知ってから仕事を選ぶ。

給料を出す事を前提に人を集める。

絶対に間違ってないんだけど、本来の順序じゃないような気がしませんか?

「お金を稼ぐ」って、誰かの「ありがとう」を獲得する事なんだよ。

相手の「ありがとう」って気持ちがお金に変わるはずなんだよ。

それなのに「金なら払うから!」と横暴になる連中がいる。

いやいやいや。

待て待て待てぃ!

それは違うでしょ。

「お金を払う」ってのは感謝じゃなきゃいけないはずなのにな…。

感謝の応報。

これが「お金を稼ぐ」に繋がってる。

仕事の前に、まず、「お金を稼ぐってなんだろう」をちゃんと意識していないと、お金の為だけの仕事になる。

お金の為だけになると仕事が窮屈になりそうだ。

仕事が窮屈になって、生活も窮屈になって、気が付けばクビや解雇に怯える日々になりそうだ。

「お金を稼ぐ」の超基本を意識していれば、もしそんな事になっても、もう少し臨機応変な選択肢を選べそうな気がする。

「仕事」と「ありがとう」は凄く密接な関係。

不安を原動力に。

どんなに仕事の事を考え直しても、今すぐにクビや解雇への不安が消えるわけじゃない。

人は簡単に変われない。

でも、徐々になら変えられる。

私は、これまの人生で、恐らく、急には変われなくても、徐々には変わってきた。

学生の頃の価値観と、おっさんになった今の価値観は間違いなく、違う。

つまり、徐々に変わったのだろう。

今すぐに取得出来ない資格でも、勉強して、時間を掛けて、努力を続ければ手に出来る可能性はある。

そうすれば少しは不安が無くなるかもしれない。

特別な技術や知識だって、自分で考えて、時間を掛けて、努力を続けるからこそ手に入れられる。

そうすれば少しは不安が無くなるかもしれない。

「やりたい事がある!」ってのは素直な原動力になる。

子供の頃からの夢とか、目標とか。

憧れから超分かり易い原動力になる。

が、不安はどうだ。

大人になった今でも「不安なのに何をすればいいのかわからない」ってパターンが多い気がする。

圧倒的に「どうすればいいかわからない」から不安がずっと付き纏う。

不安はストーカー並みにうっとおしい。

あまりにうっとおしいから「なんとかせねば」と解決に向かおうと努力する。

入り口は「うっとおしい」というネガティブな要素が多い「不安」だけど、それをポジティブにしようとする力も働く。

条件反射のような感じで、「不安があれば解消したい」と考えるのかもしれない。

ところが、その不安が「仕事」になると急にどうしたらいいのかわからなくなる。

でも、どんな不安だって一緒。

そもそも「どうすればいいのかわからないから不安」なんだし。

少しずつ、自分なりの不安解消へ向け、変えていくしかない。

私の中で、クビや解雇への不安は、世の中や会社を変えようと努力するよりも、自分を変えようと努力する方が改善の可能性が高いような気がしている。

が、今すぐに不安を解消するなんてのは、めっちゃ難しいのだ。

誰もがそう。

いつも何かしらの不安を抱えていたりする。

私が抱えている不安なんか、もう、数えきれない程ある。

その中でも、一際大きいのは、なんと言っても「お金」だ。

「お金の不安」が「仕事の不安」に繋がってる。

とにかく、将来のお金に対しての漠然とした不安が常にある感じ。

ただ、その不安と戦いながら毎日を生きている。

ただなんとなく毎日を過ごしていれば、その不安は無くならないのかもしれないけど、日々考えて、日々未来を想像して、日々目標へ向け努力して、それを継続していく事で抱えているいくつかの不安がいつか無くなってくれるんじゃないかと信じている。

そうじゃなきゃ辛い事の方が多い世の中を生きていくのがしんどいのです。

どうせ、不安はこれからもくっついてくるんです。

だったら、そんなネガティブな不安をポジティブに原動力として利用してやる方がまだマシだ。

「何をすればいいのかわからない…」

多くの人が目の前にある不安に押し潰されそうになっている。

だったら!

「何かしてみないとわからない」

に変えてやろう。

ゲームをするでも、映画を観るでも、一人で喫茶店に行くでも、友達と遊ぶでも、本を読んでみるでも、何でもいいから何かする。

いくつかやっている内に何か、決定的なヒントを見つけられるかもしれない。

新しい事にチャレンジするってのも一つの努力だと私は思っている。

「何をすればいいのかわからない」なんてのはみんな一緒だ。

その中でもがいて、やってみて、失敗して、反省して、改善して、努力を継続していく内に何かを掴むんじゃないだろうか。

私はこれまでの人生で、何かを掴みかけた事はあるけど、結局わからなくなった。

それを繰り返して来た。

で、今の生活がある。

後悔ばかりだし、誰もが驚くような大きな結果を出した事もない。

でも、それなりに幸せを感じる事がある。

だとしたら、あの時、掴みかけたつもりでも全然ダメだった多くの事も、無駄じゃなかったような気がするのです。

これまでの人生で「無駄な時間だったな」と思うような事はいくつもある。

が、実は無駄じゃなかった。

そう思いたいじゃん?

だったらそう思えるような努力は常に必要になるわな。

そんな感情と、さっきの「ありがとうの応報」を繋げられたら。

その先に仕事があって、更に先にお金があるのか…。

違うか。

違うのか?

もう少し、不安は続きそうです。

いつも通りだけどね。

常に「ここから」。常に「これから」。

さっき、少し過去を振り返ってみたけど、私には、「これをやっていてよかったなぁ」と思う瞬間はない。

訪れない。

そんな試しがない。

きっと私には「特技」と呼ばれるようなものが無いのだと思う。

確かに、過去を振り返ってみても…。

何を頑張ってきたんだか良くわからない学生時代を過ごしていたような気がする。

学生の時、そんなに頑張っていない結果が「今」だとするのなら、この先の未来で結果を出すにはどうするのか。

超簡単。

アホちんな私にもわかる。

今から頑張るしかあるまい。

それに気が付いたなら、これから頑張るしかあるまい。

クビや解雇の不安を感じている今ここから頑張るしかあるまい。

今の頑張りがきっと未来で結果をもたらしてくれる。

だって、学生の時、頑張ってなかったもん。

ずっと遊んでたもん。

ずっと楽してたもん。

だから、それなりの「今」があるんだもん。

今を頑張り続ける事しか未来で良い結果を手に入れる術はない。

ってずっと誰かに言われてたけど、ようやく気付いたような…。

遅い?

あっそ。

今すぐに変わらなきゃ、ずっと未来は変わらない。

遅いと思って諦めてたら、その先も変わらない。

私は、変えられるなら変えたい。

これからでも、遅くても、変えたい。

だって、不安って、超うっとおしいじゃん。

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心優しきあなたにお願いがあります。

改めまして、執筆者のdaimaruです。

かれこれ数年このブログを続けて来て、思った事があります。

「ひとりで更新し続けるのって寂しいやん」

って事で読んで頂けた方々の感想やら文句やらもブログとして掲載していきたいと考えております。

この下にコメント欄を作ってありますので是非、何か、頂けたら幸いです。

あと、お手数ですが誤字脱字やらも見つけたら報告ついでに一言もらえると私は全力で直します。

数年更新し続けると読み直すのがさすがにおっくうなのです。

どうか、ご協力ください。お願いします。

あれんじ

どうか感想をください。