コンプレックスを解消したいならそれを超える魅力が必要だ

生活

自分を嫌いでいるならまだまだ好きになる可能性を秘めている。

コンプレックスは嫌い以上の好きで打ち消せる。

自分の嫌いな部分を好きになるのは難しい。

それにほとんどの人がそういったコンプレックスを抱えている。

自分の全てが好きでいられる人はそんなにいないのだ。

むしろ自分の全てが好きと考えている人は他の人の評価を全くと言って気にしていないと言ってもいい。

コンプレックスという考えすら持っていないのかもしれない。

空気が読めないに等しい。

それならコンプレックスを持っている方が自分の表現の幅を限定することが出来る。

その限定的な魅力は時に他人の目にも「魅力的だ」と感じさせる場合もある。

コンプレックスを持ちながら生きる中で自分らしさを見つける。

コンプレックスがあるからこそ自分らしさに気が付ける。

自分らしさとはコンプレックスとは違う部分にある。

それをどれだけ他人に評価され、好きになっていけるかでコンプレックスを超えられる。

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コンプレックスが作る自分らしさ。

コンプレックスが作る自分らしさとはコンプレックスを持ち、それを隠そうとする仕草やそれにともなった発言。

コンプレックス自体は自分らしさではない。

コンプレックスがあるからこそ生まれる自分だけの取り柄のこと。

人に隠したいからこそ他の部分が魅力的に感じられることもある。

もちろん隠す行動や発言によってはマイナスの効果を生じることもあるだろう。

そのバランスは他人の反応を見て常に整えていかなければならない。

コンプレックスを上手にコントロールすることで自分を魅力的に演出することが出来る。

他人から高い評価をされた自分の一部分を好きになる。

それは間違いなくコンプレックスがあるからこそ生まれる評価なのだ。

コンプレックスの事ばかりに気を取られているようで他の部分の魅力がUPしているかもしれない。

コンプレックスを利用する。

そして今後それが自分らしさになる。

自分らしさと思えた時、コンプレックスは自分が嫌いな部分のままだが、それを上回る好きな部分が見えてくるかもしれない。

自分の事が嫌いなのはわかる。

そしてそれを今すぐに好きになるなんて出来ない。

むしろ嫌いな部分は嫌いなままでいい。

嫌いなだけ魅力的な部分が多くなる可能性がある。

コンプレックスは持っていていい。

コンプレックスを無くすことが根本的な解決法だと考えるのが自然。

しかしコンプレックスによる自分らしさは無くなってしまう。

個性が無くなるようなものだ。

個性のない「ただ素敵な人」になってしまう。

ただ素敵な人になったところで大きな評価を受ける事はないだろう。

当たり障りのない人が本当に魅力的に見えるだろうか。

素敵だが魅力はない。

コンプレックスがある事で個性が豊かになる。

コンプレックスがあるから努力するのだ。

その努力する方向をコンプレックスを無くすことではなく、コンプレックスを活かす方向に考える。

そしてどんどん個性が豊かになるのだ。

コンプレックスを隠そうと努力していく内に違う部分の魅力が増していく。

コンプレックスを無くそうと努力をしていく内に違う部分の魅力が増していく。

コンプレックスは持っていていい。

無くなったら何も努力しない。

自分が完璧だと勘違いしてしまう。

自分が完璧だと思っている人ほど「イタイ人」だと考える。

人間に完成などない。

未完であるが故に輝こうと自分を磨くのだ。

好きな部分がコンプレックスを追い越す。

毎日毎日コンプレックスと向き合っていると気持ちが落ち込む。

そしてどうすればコンプレックスを取り除けるのか考える。

そして努力をする。

毎日その努力を続けていく中で周りの評価が変化してくる。

見た目も考え方も性格も相手に対する思いやりも。

コンプレックスとは違った部分を高く評価されるようになる。

それはコンプレックスに立ち向かう努力から溢れ出したあなた自身の魅力。

コンプレックスを無くさなくてもあなたは変わったのだ。

コンプレックスと感じる部分以上に高い評価を得られるようになったのだ。

そうなれば高い評価を受けている部分を自分の取り柄だと感じる。

その取り柄を良い部分だと考えるようになる。

そしてコンプレックスを持っていたとしても自分の事が好きになる。

コンプレックス以上の価値を自分に見出したからだ。

コンプレックスはコンプレックスとしてまだ持っている。

それでも自分の事が好きになる。

コンプレックスを持っているからこそ手に入れた魅力。

コンプレックスを抱えていても自分の価値を高めることが出来るのだ。

それを証明する瞬間が「コンプレックスを追い越した」と感じる時。

コンプレックスの存在が次第に薄くなっていく。

新たな魅力に気が付いた自分の中でコンプレックスが目立たなくなっていく。

周囲の人々もそう感じていく。

コンプレックスの存在感が次第に薄くなっていくのだ。

全てを含めたあなたの評価がみるみる上昇していく。

かと言って悩みの種が無くなるわけではない。

コンプレックスは決して消える事がないのだ。

だからこそまだまだ自分を磨く事が出来る。

まだまだ自分を成長させることが出来る。

更に新たな魅力を醸し出す。

自分の魅力に気が付いた瞬間からどんどん磨かれていくのだ。

初めて自分が好きになれた瞬間からもっと魅力的になっていく。

その一番初めの経験。

そこまでの道のりが長く感じるのは当たり前だ。

まだ経験したことのない感覚なのだから。

それでも磨き続ければ必ずその瞬間は訪れる。

一度だけでいいのだ。

一度だけ周囲の評価も上がるような魅力を見つける。

それをきっかけにあなたが抱えているコンプレックスの存在感が日に日に薄くなっていく。

評価が高くなるにつれてコンプレックスが気になる。

周りの評価がどんどん高くなってくるとあなたを魅力的だと感じる人が増えてくる。

そうなるとあまりに評価が高くなった為に、「コンプレックスがなければもっと」と感じるようになる。

だがコンプレックスがなければあなたの評価は低いままだったはず。

それを跳ねのけようと努力をした結果高い評価を得るような魅力を身に着けることが出来たのだ。

次第に魅力的になり、高評価を得るようになったあなたは「もっともっと」と感じる時が来る。

その時に考えなくてはいけないのはコンプレックスのおかげで今の魅力があるという事実。

コンプレックスは無くならない。

だけど今はそれが気にならないくらいに自分の事が好きになり始めている。

コンプレックスごと自分を好きになり始めているのだ。

その状態でまた「これさえ改善出来れば」と頭を悩ませる必要はない。

引き続きマイナスの要素ごとプラスに変えていこう。

あなたの総合評価は今だに高いままなのだから。

コンプレックスのせいにし始めてしまえばまた自分の事が嫌いになってしまう。

そうなればこれまで得た評価も軒並み下がり始めるだろう。

マイナスだと考えていた要素に立ち向かうポジティブさが魅力的にさせたきっかけ。

それをネガティブに考えてしまえば逆戻り。

磨き続けるからずっと輝く。

自分を磨き続ければずっと魅力的なままでいられる。

そういった気持ちでいる事が大切なのだ。

金属と同じように磨くのをやめれば輝きを失い始める。

毎日のように磨くのは大変な作業。

しかし磨かなかった分だけ輝きを取り戻すのに時間がかかるようになる。

結果的に毎日毎日自分を磨き続けている方が楽なのだ。

毎日自分のコンプレックスと向き合い、それ以上の魅力を身に着けようとする努力を続ける。

それをサボってしまう方が後々気持ちの整理が大変になる。

気持ちの整理がつかなくなってしまうとまた自分を磨き始めるのに時間がかかってしまう。

もう一度ポジティブな気持ちにするのに時間がかかってしまうのだ。

それなら常にポジティブにコンプレックスと向かい合っている方が気持ちも楽になる。

どうせ自分の中の「好きになれない部分」なのだ。

忘れている時にふと思い出した時のショックの方が大きい。

落胆する。

それなら「今日も嫌いだ!」と確認しておいて方がまだいい。

時間を空ければ空けるだけ再確認した時のショックは大きい。

それなら毎日「嫌いだなー!」と言いながら自分の中の他の部分を磨く努力をした方があなたは魅力的になる。

毎日コンプレックスを認める。

自分の嫌いな部分を毎日毎日認める作業をする。

嫌いな部分を突然好きになんてならない。

毎日認めても「やっぱり嫌い」で構わない。

毎日自分の嫌いなところを自分で確認するのだ。

それをすることで他人にそれを指摘されたところ「わかっている」となる。

自覚しているところを指摘されたところで「そうなんですよ」で終わる。

嫌になる程自覚した方がいい。

その方が気持ちが楽だ。

むしろ認め切ることで違う部分を磨く必要があると強く思うだろう。

他の魅力を醸し出そうと感じるだろう。

毎日毎日自分のコンプレックスを認めてあげてほしい。

コンプレックスを含めた自分を魅力的に磨いていく為には何度も何度も自分の嫌いな部分を認めなくてはいけない。

その部分を修正するのではなく、それ以外の部分を輝かせる為にも。

結局のところ他の魅力でコンプレックスを超えるだけ。

例えば足が短くても芥川賞を取れば誰でも高い評価を得られる。

足が短くても芥川賞を取れるのだ。

足が長くしても芥川賞は取れない。

執筆の問題。作品の質の問題。

コンプレックスがあっても、本人がいかに気にしていても、自分の足が短いところがどんなに嫌いでも。

芥川賞を受賞した功績は間違いなく評価される。

そしてこれからもその実績は残る。

魅力的に感じる人から大きな評価を受け続ける。

作品を描き続ける限り。

そして「足が短いですよね。」と言われたところで「作品に活かせないか考えています。」と言っておけばユーモアに捉えてもらえる。

自分のコンプレックスについてしっかり理解しているからこそ言えるユーモアもある。

それは高い評価と共に深みを増す。

偉大な賞も取れてユーモアもある。

更に高い評価を得る。

そして次回作はさらに人気になる。

偉大な賞も取れて、ユーモアもあり、お金もある。

人々の目にはさらに魅力的に映るだろう。

結局のところコンプレックスは他の魅力で超えていくしかない。

嫌いなところを無理に好きになる方が辛い。

無理だ。

無理なものは無理。

コンプレックスと呼ばれるものの中には改善出来るものもある。

医療で改善。

努力で改善。

時間をかけて改善。

あなたが抱えているコンプレックスはどうだろうか。

改善出来るものだろうか。

もし改善出来るのであればそれを改善する為に必要なものは何だろう。

時間、お金、人付き合い。

ほとんどの場合、今すぐに改善するのは無理なのだ。

無理なものは無理。

違う部分で魅力を引き出し。

その結果次第で今後改善するかどうかを決めていけばいい。

そして改善したところでまた新しいコンプレックスが顔を出すだろう。

人間に完璧などない。

そして本来欲深いもの。

もし何か策を考えてそれを簡単に改善出来てしまうようであれば、更なるコンプレックスが現れる。

一生懸命努力して、磨き続けた他の魅力程効果のあるものはない。

簡単に改善出来るという甘い誘いに乗って努力を怠るようならコンプレックスはさらに大きなものになってのしかかるだろう。

誰もがコンプレックスを持っている。

いかに自分が抱えているコンプレックスと向き合い、前に進んでいくのか。

どうやってそれを補い、更なる魅力にしていくのか。

全ての人が抱える問題でもある。

今すぐに答えが見つかる事ではない。

でも悩まなければ見つからない。

苦悩しなければ探せない。

自分をとことん嫌いになったのなら、また探し始めてみてほしい。

コンプレックスを超える自分の魅力を。

例え「これ!」といったものが見つからなかったとしても、その努力や目標は今後あなたにとって様々な魅力になる。

今はまだそれを想像出来ないかもしれない。

でも全ての人がコンプレックスを持ち、苦悩し、傷つき、ショックを受け、それを塗り替えるほどの魅力を手に入れようと一生懸命生きている。

コンプレックスを無くすことを優先する前にそれを追い越すくらいの魅力を身に着ける事を考えてみてほしい。

誰もが持っている劣等感の中で輝く時を目指し、自分を磨き続けている。

コンプレックスを無くすことなど出来ないのだ。

もし無くすことが出来れば必ずまた新しいコンプレックスが現れる。

更に大きな衝撃になって押し寄せてくる。

それをも凌駕する魅力を身に着けるべきなのだ。

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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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