美味しいものを探し求めていると最終的に素材の良し悪しに辿り着くらしい

生活

この世には多くの料理があって、それを出す有名なお店は素材にこだわる。

「こちらは○○産の玉ねぎでございます。」

玉ねぎ一つでも○○産と伝えられるとなんだか特別な玉ねぎを使っているような感じに聞こえたりする。

それをわざわざ伝えるくらいだからよっぽどの自信があるのかもしれない。

その料理を作ったシェフはこれまで食べたどの玉ねぎよりも美味しいと感じたのかもしれない。

近所のスーパーで買った玉ねぎであればそれを伝えないのかもしれないけど、今はどのスーパーでも基本的に産地は書いてあったりする。

近所のスーパーにイタリア産の玉ねぎが売っていたら、それを買って料理をした時に一応家族には伝えてみたい。

「なんと、今日の料理に使われている玉ねぎはイタリア産でございます。」

そしたら家族は「いつもより美味しいわけだ。」って言ってくれるだろうか。

それとも「○○産の方が美味しいよ。」ってアドバイスをくれるだろうか。

どっちだったとしても、料理に使われている素材の産地にこだわればこだわる程その人は「美味しいものを知っている」感じがする。

その玉ねぎはいつもよりも甘く、濃厚な味に感じられたりする。

騙すわけではないだろうけど、演出としても素材の産地を伝える事で「美味しい」を誘発してくれる。

私は料理人でもないし、美味しいものは知っているけどそのほとんどが誰もが知っている料理でめずらしいものではない。

「これ以上美味しくするためにはどうするか?」を考えた時に辿り着くのは結局「素材」だったりする。

私は料理通でも味見しただけで入っている調味料の全てがわかる舌も持ってない。

ただ、カレーを食べるにしても、お肉が良い物だったらいつもより美味しく感じる。

野菜が良い物だったらいつもより美味しく感じる。

スパイスが良い物だったら美味しく感じる。

かもしれない。

もし私が誰もが唸る程最高に美味しいカレーを作ろうと思った時。

たぶん素材にこだわるんだと思う。

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「美味しい」にこだわる人の行きつく先は

雰囲気

料理っていうのは雰囲気一つで味も変わる。

店構えでも「なんかこの店は美味しそうだなー」って思う瞬間がある。

老舗っぽい感じが「美味しさ」を引き出すパターンと新しさが「美味しさ」を引き出すパターンと、感じ方は人それぞれだけど料理によって雰囲気すら美味しく感じられる場合がある。

ハンバーガーだったら「アメリカン」な雰囲気の方が本格的で美味しそうな感じがする。

「美味しい」っていうのは料理をする前からすでに始まっているのかもしれない。

火加減

どの料理を作る時もレシピには中火とか強火とか書かれている。

たぶん火加減は料理の完成度を高くする為に絶対に必要なんだと思う。

私のようにそんなに詳しくない人が作ると焦がしてしまったり、何を作っても結局煮込み料理みたいになる。

だけど素材のひとつひとつがうまくバランスを取りながらも触感を失ったりしないように配慮して作るにはきっと火加減は超重要。

もうこのあたりは修行と知識の量なんだろうけど、「夏野菜カレー」と言われたら全部鍋にぶち込んでグツグツやるわけではなくて、野菜は別に調理して後で乗せたりする。

その野菜を焼くのか煮るのか揚げるのかはシェフ次第だけど、その時の火加減を上手にコントロール出来ないと、きっと美味しい夏野菜カレーは作れないんだと思う。

味付け

レシピに書かれている「塩少々」とか、「みりん おおさじ2」とか。

そんなに料理が得意ではない私にとってあのガイドは最高に役立つ。

むしろあれがないと道に迷うことになる。

「しょっぱ!」とか「あっま!」とか「すっぱ!」とか。

誰が一番初めに作ったのかまでは気にしたことはないけど、調味料の量を正確に書いて伝えられる人は間違いなく「美味しいもの」を知っている人だと思う。

誰でも作れるように「音楽で言う楽譜」のように紙面に表すのだから「音楽」そのものを理解している人でなければ書けない。

もし私がカレーのレシピを作るのなら、全ての調味料が「○○適量」になってしまいそうな気がする。

隠し味はソースとケチャップだけど。

センス

私のように全てを「○○適量」で作ったとしても、「美味しいもの」に仕上げられる人がいる。

それは感覚のようなもので、その料理を作る時にレシピを見なくても、味見をしながらレシピ通りかそれ以上の味に仕上げる。

楽譜が無くてもピアノ弾けちゃうみたいな感じだろうか。

料理のセンス。

そして味のセンスの持ち主。

こういう人はそもそも料理をするのが得意なのか、美味しいものを作りたい気持ちが強いのかわからないが、実際に目の当たりにするとやっぱりすごいと感じる。

母ちゃんの味。

これを伝えただけで想像通りの料理を作ってしまうような人はセンスに溢れているんじゃないかと思う。

「っぽいねー。」

って言わせてくれる料理を作れる人って本当にすごい。

そして素材

もし、自分が、料理に対して、「雰囲気」も「火加減」も「味付け」も「センス」も持ち合わせているとしたら、基本的になんでも美味しく作れるのだと思う。

そういう人だとして、「さらに美味しいものを作りたい!」って思った時、どうするだろう。

たぶん、「素材」にこだわる。

その他の全てが完璧なんだからもう「素材」にこだわるしか残されていないような気がする。

あの有名店で言われた、
「こちらは○○産の玉ねぎを使った○○です。」

きっとそこに辿り着くまでに苦労したんだろうな。
「美味しい」を求めて辿り着いたんだよな。
それかまだ道の途中だけどそこで見つけた素材なのかもしれない。

だって料理の全てを知っていて、腕も良くて、何を作らせてもとにかく美味しいものになるんだから、もっと美味しいものを作ろうとした時に「素材」や「質感」にこだわるでしょ。

高級車と呼ばれる車があるのと同じようなものなんじゃないだろうか。

乗れるだけで十分便利なんだけどそこに「良い素材」をふんだんに使って「良い質感」を出す。

お高くはなるけどこだわると最後は「素材」に辿り着く。

それで誰かを幸せに出来るならこだわる。
自分のプライドの為にもこだわる。
自分の喜びの為にもこだわる。

自分が納得するものを追い求める。

どんな仕事をしていても、「その人が素晴らしい人間かどうか」が重要だったりする。

それも素材かも。

この世の素材に人間は含まれている。

もしこの世の在り方にこだわったら、そこで選ばれるような人間になりたいものです。