ダイエットに失敗する人が考える愚かな言い訳。

生活

ダイエットに失敗してしまう理由は限られている。

ほとんど一つしかない。

そう。結局食べ過ぎてしまうからだ。

どうせ食べ過ぎてしまうなら食べ過ぎてしまう理由を考えた方がいいのではないだろうか。

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食べ過ぎてしまう理由は一つしかない。

食べ過ぎてしまうのを何とかしないといけないと考えても食べ過ぎてしまう理由なんて一つしかない。

食べ物がおいしいからだ。

それ以外に理由が見つからない。

美味しくなければ食べない。

でももう美味しいものを知っている。

知っている事のに我慢する。

それが出来るのならすでにやっている。

自分を騙す事も出来ない。

だって食べ物がおいしいから。

米もパンもパスタもから揚げもカレーも大好き。

それがおいしいのは事実。

ダイエットをするからと言っても美味しいのは事実なのだ。

その事実を自分の中で捻じ曲げておいしくないものにするなんていうのは無理だ。

美味し過ぎて適量がわからなくなる。

むしろ「お腹いっぱい」と感じられて初めて食事が完了するのだ。

腹八分で完了するわけがない。

足りてないのだ。

足りてない状態で完了とは思えない。

完了していないから腹八分なのだ。

大好きなカレーを目の前にして腹八分で完了するわけがない。

それを我慢する事で余計にストレスが溜まって食べ過ぎてしまう。

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食べる事が好き過ぎて辛い。

子供の頃からの肥満は痩せにくいと言われる。

女性よりも男性の方が筋肉が付きやすいからダイエットも成功しやすいと言われる。

糖質制限をすれば良いと言われる。

朝バナナを食べると良いと言われる。

オオバコという胃で膨らむ魔法の粉。

飲むだけで痩せるサプリメント。

おやつにあえてナッツにする。

ヨーグルトが効く。

18時以降食べないようにする。

一度目の食事をとってから8時間の中で一日の食事を全て済ませる。

食べないと痩せない。

ダイエットに失敗する度に知識王に近づく。

どんな方法を試しても失敗する。

一時的に痩せたとしてもリバウンド。

自分でも良くやるよと思う。

どれもこれも「情報の仕掛人」がいるのであろう。

ダイエットの商品は売れる。

その時の流行りはすごく売れる。

テレビで新しいダイエット方法を紹介すればもっと売れる。

該当商品売り切れ続出。

そういった商品を目にした時に思う。

「美味しくなさそうだ。」

ダイエット中は食べる事で頭がいっぱいになる。

ダイエット中だけではない。

お腹が空く度に思う。そして気が付く。

食べる事が好き過ぎて辛い。

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ダイエット中だと余計に腹が減る。

ダイエットをしている時はいつもよりも余計に腹が減る。

食べ物への愛情が増す。

そして一度でも食べてしまうようなら歯止めが利かなくなる。

我慢して食べられなかった分を一瞬にして埋める。

気持ちも胃袋も満足させる。

リバウンドだ。

3日頑張った分は一日で取り戻す事が出来る。

食欲に飲み込まれる。

そして気が付けば「ダイエットをしよう」と決断した体重を超える。

まるでダイエットをしたから太ってしまったようだ。

でも本当は自分が甘いというのもわかっている。

我慢が出来ないのだ。

食欲に勝ち続ける事が出来ない。

どうしても自分を満足させようとしてしまう。

食欲が勝つのか、気力が勝つのか。

ダイエット中は毎日その戦いになる。

そうなると毎日壮絶な食欲が押し寄せてくる。

いつもはそこまでお腹が空かない時間も。

常に腹が減っているような状態になる。

ダイエット中はいつもより余計に腹が減るのだ。

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ダイエットに成功した人の言葉が染みる。

ダイエットに成功した人の話を聞くとやけに染みる。

じわじわと「そうなのかぁ。」と思ったりする。

気が付けばインスタやブログを追いかける。

気が付けば神化されている。

ダイエットに成功した人は自分の中で信じるに値する人になる。

なぜならこんなに辛い事を耐え抜くだけの力を持っていると感じるから。

自分が散々失敗した事をやり遂げた人というのは尊敬に値するのだ。

その尊敬の気持ちがある状態だとその人の言動の全てが染みるようになる。

ダイエットをしたことが無い人にはわかるまい。この気持ちが。

その人が紹介することが全て正しいと思い込む。

そしてそれを実践する。

また失敗する。

それでも他のダイエットを成功させた人の言葉を探す。

そして実践する。

また失敗する。

それを繰り返す。

時代と共にダイエットの方法も変わる。

なぜか変わる。

そこに疑問を頂く事もない。

それだけの力がダイエットを成功させた人にはあるのだ。

もしかしたら新しい商品や情報を意図的に発信しているのかも知れない。

それすらもダイエット中は身体に染みる。心に染みる。胃袋に染みるのだ。

成功したことが無いからこそ染みる。

ダイエットを成功させた人はどんな方法であっても神なのだ。

それをインスタやブログで紹介したところで本当かどうかの真意はわからない。

それでも染みてしまうのだから不思議だ。

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それでもまだダイエットを成功させたい。

どんなにダイエットに失敗してもまだ自分の理想の姿に憧れている。

まだ成功させたい、痩せたいと思っている。

失敗してもすぐに痩せたいと思ってしまう。

その時に思うのはいつも「次こそは!」だ。

その気合いは相当なものでまるで失敗が無かったかのようにポジティブ。

そして様々な知識が入り過ぎているのでダイエットへ対するプライドも成功したことが無いのに高い。

太っているのにダイエットの話に詳しいのは絶対に不自然に見えるかもしれないが、こればかりは本当に詳しい。

そのプライドも、その知識も正しく発動させられていないだけで間違いなく「これで痩せられる!」という自信だけは持っている。

どんなに失敗を繰り返しても、諦めがつかない。

まるでダイエット中の食べ物への執着のように痩せることへの執着もある。

気が付けばダイエットを成功させる憧れが強くなっている。

むしろダイエットに成功すれば全ての問題が解決されるとまで思っていることもある。

「全ては太っているせいで。」

と考える時がある。

そこまで考えてしまうとどんなに失敗しても考えてしまうのだ。

それでもダイエットを成功させたい。

成功させなければならない。

そう考えてしまう。

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常に楽に痩せられる方法を探してしまう。

辛いダイエット法よりも楽なダイエット法を選んでしまう。

食べないダイエットよりも食べていいダイエットをしたい。

運動も筋トレも出来ればしたくない。

それでも痩せたいと考えている。

ダイエット情報の為にアンテナを立てているわけではないが、ダイエットらしき情報にはすぐに反応してしまう。

1キロ減ると人に話をするが1キロ増えると人には言わない。

そうこうしている内に一キロも減らないまま1か月が経っている。

楽に痩せられる方法を探すがあまりそれ以外のダイエット法を認めない。

本当は頑張らなくては痩せられないのはわかっているのにどうしても楽な方に流されてしまう。

そして食欲に負け、多くの食事を摂っても「明日明日!」と言いながら楽な方向へ。

毎日「明日から!」と心の中で思っている。

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本気を出せばダイエットが成功する事はわかっている。

単純に食事の量を減らし続ければ痩せていくことはわかっている。

わかっているのに出来ないのは自分の決意が足りないこともわかっている。

本当は毎日ダイエット中である。

ダイエットというのは目標体重まで頑張りきらなければいけない事もわかってはいるが、少しでも体重が減ると「今日は食べるか」と甘い誘惑に襲われる。

それをシャットダウンすることが出来れば間違いなくダイエットは成功すると考えてはいるが行動が追い付かない。

「今日は食べるか」と思ってしまうのを我慢すればいいだけの話。

本気を出せば出来る。

本気を出せば出来るけどいつからそれをやるかなかなか決められない。

本気を出せば!とわかっているが本気になると後に引けない恐怖。

周囲の人に「今日から!」と誓いを立てれば変わるかもしれないと考えてもそれも恐怖。

食べられない恐怖で本気になれない。

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「駅前」で食欲が刺激される。

駅前には様々な食べ物屋が並ぶ。

多くのそれらが食欲を刺激するのだ。

ラーメン、牛丼、そば、カレー、らーめん、家系。

一人暮らしであれば間違いなく食べて帰るでしょう。

家でサラダチキンよりも帰り際のラーメンの方が美味しいのを知っている。

駅前を通る度に、毎日毎日食欲が刺激されるのだ。

「ダイエットが成功したらあれを食べよう!」と思いながらすでに「のれん」に手をかけているのだ。

そんな自分の意識の低さにがっかりする。

ちゃんと大盛にする。

ラーメン屋の意識の高さに完敗。

勝った試しがない。

もし本気を出すのであればおそらく会社に泊まり込むのだろう。

最寄の駅から走って帰るのだろう。

ダイエットは日常生活、日々の食事から改善していかなくてはいけない。

それを完全に無視するように駅前はグルメで溢れているのだ。

これは単に店側の意識が高過ぎる。

我慢できない自分が悪いわけではない。

と「言い訳」をするのだ。

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何かのせいにする。

これまでのすべてがそれに当てはまる。

ダイエットに失敗した理由を自分の本気や頑張りではなく、何かのせいにしてしまうのだ。

飲みに誘われたもんで。

ランチに誘われたもんで。

同窓会があったもので。

結婚式があったもので。

どのような状況でも実際にダイエットは出来る。

それが「もったいない」や「人付き合い」という理由で甘える。

「食べた方がよかった」と決着をつけに行く。

もちろん食事を残したり、人付き合いをする上で遠慮をすることは良い事とは言い切れない。

だけどダイエットを遂行するにあたってはそこをいかにうまくこなしていけるかどうか。

食べているのは自分の意志だとわかっているがいい逃げ道だと感じ、食べる。

ここぞとばかりに食べるわけではない。

なんといつも通り食べるのだ。

ダイエットをしているとは思えないくらい自然に食べるのである。

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食べ方の工夫。

ダイエット方法の中で、血糖値が上がりにくいものから食べると太りにくいなどと言われている。

実際に脂肪になりにくい食べ方のようだ。

化学的にも証明されている部分はあるのかもしれない。

もちろん実行した。

糖質極力取らないようにする。

もちろん我先に実行した。

それでもダイエットは成功しなかった。

太りにくいんじゃなかったのか。

緩やかに減っていく約束だった。

それでも体重は微妙に増えた。

野菜の中でも糖質が多いもの、血糖値が上がりにくいものを調べ、本も読んだ。

その通りに実行した。

それでも微妙に体重は増えた。

どうしてか。

食べ過ぎだ。

血糖値うんぬんの前にやらなければならないのは食の生活習慣である。

わかってはいたがお腹いっぱい食べたいのだ。

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やっぱり食べ過ぎしか理由が見つからない。

どんな方法を試しても、そもそも食べ過ぎていれば意味がない。

食べて痩せる方法はあったとしても「食べ過ぎて痩せる方法」とは書いてない。

糖質制限も同じ。

糖質以外のものを食べ過ぎていいわけがない。

駅前を通り過ぎても少な目に食べれば問題ない。

飲み会も結婚式も同じ。

食べ過ぎなければいいのだ。

ダイエットとは規則正しい生活に直す事だと感じる。

痩せない理由をどんなに探しても辿り着くのは食べ過ぎだ。

食べ過ぎるとは「もう食べられない状態になる」ことを指す。

もう食べられない状態にならないと「食べ過ぎ」と気が付かないものだから困る。

「まだ食べたい」と思う気持ちを壊滅させなければ話にならない。

ただ「食べ過ぎ」を実感している時には「もう食べ過ぎたくないな」と感じる。

そのくらい食べると「食べ過ぎ」だなと思う。

それでは遅いのだ。

身体がだるくなって仕事にもならなくなる。

食べられるものに制限をかけたところでそんなに食べたら意味がない。

なによりおいしくない。

美味しくなくなるまで食べた割には次の日もお腹が空く。

しまいには風邪をひき、熱を出しても食欲だけは残る。

寝て起きるだけで腹が減るのだ。

胃が休むことはない。

私の胃になってしまったことを後悔していると思う。

出来るならたまには胃を休ませてあげたい。

毎日のように食べ過ぎていればきっと疲れが溜まることだろう。

これまでどんなに食べ過ぎても文句を言わずについて来てくれたことを感謝しなくてはいけない。

おそらく私の食べ過ぎについてこれなくなった時。

病気になっているだろう。

内臓が働かなくなる。

そして様々な病気を併発する。

そうなっても食べたいと思うのだろうか。

それでも食べ過ぎてしまうのだろうか。

「食べ過ぎ」は病気なのではないか。

ダイエットをしなくてはいけない理由もついでに考えてみた。

「食べ過ぎ」だった。

太るのは食べ過ぎているからだ。

わかっているけどそれが出来ない。

長続きしない。

だからダイエットは失敗する。

たぶん今もダイエット中である。