本を読まない人は何故かバカにされる風潮に言ってやりたい事がある

小言

「え?本読まないの?」

このセリフ。

不思議とカチンとくるんだが。

何故でしょう。

「漫画は本じゃないでしょ〜。」

このセリフ。

不思議とカチンとくるんだが。

何故でしょう。

感じ方次第なのはわかるよ。

その感じ方を正当化してる感が嫌なんだな。

「日本人として」みたいな考え方が嫌なんだな。

「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」「勉強すべき」「本を読むべき」。

「え?本読まないの?」

「漫画は本じゃないでしょ〜。」

なんか、カチンと来る。

知らない間に誰かに作られた価値観をぶつけてきやがって。

その価値観は受け売りじゃないのか?

ちゃんと自分の経験か?

「自分の方が優れてる」って見せつけたいからじゃないか?

違うか?

別に本は「読みたい時に、読みたい本がある時に」読めばいい。

誰かに勧められて読むもんか?

は?

自分で選ぶもんだろ。

本を読まない人が何故かバカにされる風潮に言いたい事がクソほどあるんだが。

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本当に本を読むだけで解決する問題か?

私が本を読む時、本を探す時は、「ヒントが欲しいと思った時」です。

個人差があるのでそれが全てじゃないのはわかってる。

ただ、迷ってたり、知りたい事がある時に、本屋に行ったりKindle Storeで検索したりすると、「お、気になる」ってタイトルの本と出会えたりする。

なんとなく本屋に行ってタイトルや表紙を見て「そういえばあんなことやこんな事を知りたかったな」って思い出したりする。

手に取って開いてみて、ドンピシャで「ヒント発見!」と思えば買って読むし、そうじゃないなら買わない。

自分が抱えている問題を解決してくれそうかどうかがすごく重要なわけです。

「なんでもいいから本を読め!」って言われて頭に入ってくるわけがない。

それを圧倒的に理解出来たのがブログを始めてからだった。

ブログを開設するのって色々やる事があるじゃん。

それを全く知らないズブの素人が知識欲しさに本屋に行ったら何探す?

ブログの開設方法でしょ。

それ以外に興味はない。

だって知りたいことはもう決まってるわけだし。

だもんで、ブログの知識本を手に取るわけよ。

これがネットの世界だと、無数に散らばってる。

ググればよろし。

数々の「ブログ開設についての情報」が出てくる。

このブログはワードプレスなんだけど、他にも沢山のブログサービスがあるわけさ。

サーバーやドメインの準備をしなくても自分で選んだ広告が出せるサービスだってある。

結構沢山の方法があるわけよ。

素人がそれを選べるか?

ブログを始めたいと思った人がググって速攻で使いたいツールやサービスを選べるだろうか。

無理だね。

問題はそこなんよ。

入口が広過ぎてわけわかめになる。

いきなりワードプレスでのブログ開設本に辿り着けば良い方でしょ。

アメブロだったらどうする?

自由に広告出せないんだよ?

ブログの楽しみ方によるけど、広告を自由に出せないのは嫌だな。

本を求める時ってある程度「自分で調べてやってみた経験を持ってしても打ち破れない壁」がある時。

だから「ヒント探し」の目線になるのかもしれない。

私の場合はね。

本を買ったからってなんでも手に入るわけじゃない。

英会話の本を買ったら英語が話せるわけじゃないのと一緒。

だから頭ごなしに「本読まないの?」と言われると腹が立ってしょうがねぇ。

本の種類はめちゃくちゃあるぞ。

世の中には本の種類が沢山あります。

図鑑とか辞書とかを入れるともう、無数に。

その中で「本読まないの?」ってのは何を指してんだろうか。

多分「自分が読んで感銘を受けた本」か「それが身になって何かを成し遂げる力に変わった本」なんじゃないかと思ってる。

言ってしまえば漫画でも絵本でも良いって事だ。

それなのに「漫画は本じゃないでしょ〜。」と言う奴。

何アピールなん?

「俺は漫画読まないゼェ」って事?

活字オタクなん?

本ってのはすげー量の情報を残せるツールの事なんよ。

最近じゃブログだったり専門的なホームページも沢山ある。

電子書籍もね。

スマホを見つめてるだけに見えてもやってる事はそれぞれ違う世の中になった。

ゲームしてる奴がいれば動画を見てる奴もいて、ブログを書いてる奴がいればそれを見てる奴もいる。

本が情報を載せるツールだとすればネットの世界もスマホの中身も「本」と同レベルの情報を残せたり閲覧出来たりする。

漫画なんて作画と活字の合体だよ?

本としての価値は活字だけじゃないでしょ。

元はまっさらな紙なんだから。

そこに何を描くかどうかの差だ。

じゃあお前は漫画を目にしたことがないんか?

立派な文化だし作品でしょうが。

私は漫画から得た素晴らしい価値観を活かして今を生きてる。

活字の本と何か違うか?

一緒だろ。

それが図鑑でも、ドリルでも、本人の身になり、力になればそれで良いじゃないか。

だから「漫画は本じゃないでしょ〜。」と言われるとムカつくよね。

選ぶのは私である。

活字だろうがそうでなかろうが、読む本や知りたい情報を選ぶのは私自身です。

誰かに言われたからってその「興味」に賛同するかどうかも本人次第だ。

それをあたかも「本を読んでる人は賢い」と言わんばかりに責め立てられても納得がいくわけがない。

ブログをやっているとそれがすごくわかる。

ググる単語によって出てくる検索結果は違うから、「知りたい!」って思ってるブログはじっくり読むんだよ。

たとえそれが「誰かにとって必要の無い情報でも」ね。

知りたい人にとっては価値のある情報でも、知りたくない人にとっては価値のない情報になるわけ。

ブログを開設してると大体どのくらい該当のページが開かれているかデータ化される。

閲覧されている時間もわかる。

私のブログで言えば、どのページも「読みたい」と思ってくれた人は数分のデータが残るし、そうじゃないなら0秒で離脱だ。

そのくらいハッキリしてる。

読むか読まないかを決めるのは本人の意志。

のみ。

本人の興味。

のみ。

本も一緒。

本屋に行って、手に取った本を開いて、「違う」と思えば速攻で本棚に戻す。

で、次の棚へゴー。

ネットでも同じなんよ。

そこに「活字か漫画か図鑑か」なんてのは関係ない。

読むか読まないかは圧倒的に本人の意志です。

「沢山の本を読んでる方が賢い」ではなく、「自分の興味や疑問に正面からぶつかって解決しようとする」から結果的に賢くなるんじゃないのか?

その解決方法の一つとして本があるんじゃないのか?

本から得る知識の正しさを誇張し過ぎだ。

本を読んで感銘を受けた人が、「この本で語られる全てが正しい」と思い、「この本を書いた作者の言う事は全て正しい」と思う。

不思議っす。

「ホリエモンが言う事は全て正しい」って事になるぞ?

本当にそうか?

全部正しいか?

人間なんだから多少偏った意見もあるだろ。

部分的に納得出来る何かがあるならわかる。

私もそう思う。

でも、だからって全部が全部正しいか?

言い方が悪いかもしれないけど、私からすれば、正しいと決めつけて疑問を持つ事を放棄してるように見える。

全部この人の言う通り。

いやー。

無理だなー。

私にそれは出来ない。

完璧な人間なんているかね?

やることなす事全部が全部正しい人っているかね?

会ったこと無いなぁ。

感銘を受けた本の作者がそれになるの?

本当か?

疑問すら持たないのはただの信者だろ。

それを信者じゃない私に押し付けられても超困る。

なんかムカつく。

賛否両論の中でバランスを取りながら作られてるのが社会だろうに。

正しさを誇張し過ぎて本の信者になってないか?

大きな本屋に行けばわかる。

とりあえず、大きな本屋に行ってぐるりと全部の本を見回してみ?

「沢山の本を読めば賢くなる」って言われても、全部なんて到底無理っすわ。

Kindle Store内の全部の本も一緒。

死ぬまでに全部を読むなんてのは無理なんよ。

ただ、見回しながら歩いていれば「お!?面白そうだな。」ってのは見つかる。

大概、見つかるはず。

それを手に取って読んでみて、違うなら戻す。

でも、自分の「興味がありそうな分野」が少し垣間見えたような気になる。

自分に興味がありそうなものを探すには最高の場所だと思う。

実際にそれを読むかどうかは本人の意志。

誰かが言ってたからとか、誰かに言われたからとか、そんなのはクソだ。

自分の人生に必要な情報くらい自分で選びたいものですな!

「本を読む」を推され過ぎてなんか反発したくなるわ!

小言
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

どうか感想をください。

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