他人から見たらどうでもいいことでも悩もうよ

メンタル

考え過ぎてもいいと思うけどなぁ。

他人には「考え過ぎだ」と言われても自分にとっては一大事なわけで。

それを気にしいないってなると何度も同じような事で悩みそうな気がするのです。

そうなるとまた他人からは「考え過ぎだ」と言われる。

これを繰り返すくらいなら一度とことん悩んだ方が乗り越えるのは早いんじゃないかと。

いつも「考えすぎだ」と自分を騙していくよりも納得するまで悩んで一時的でもそれなりの答えを見つけた方がいい。

と思う。

だからもし今友人や家族から「気にし過ぎだよ!」と言われていることでもとことん考えてみてはどうだろうか。

むしろ悩み過ぎてみてはいかがでしょう。

なんか今までスルーしてきた部分がしこりのように心のどこかに残っている方がちょっとやな感じがする。

それにとことん悩むって別に悪いことではなくてポジティブだと思う。

結果的に自分の為になるって結局ポジティブってこと。

解決しないまま、「他人ならこう思うからそうする。」と漠然と流す。

その悩みって解決されてないような気がする。

だからやっぱ悩もう!

めちゃんこ悩もうよ!って話。

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悩んだら悩んだ分だけ良くなる部分って結構あるのだよ。

個人差はあるけどマイナスな点って時間を使うことくらいかも。

と思うのです。

その間は前には進めないけど後々立ち止まる時間は短く出来る。

それ以外にも結構ある。

自信を持って進める。

そんだけ悩めば自ずと「どうするべきなのか」という自分の中の答えが出る。

さすがに3日も超一生懸命悩んで「どうするべきか」という答えがある程度出ないわけがない。

それなりの答えは必ず出るのだ。

悩んでいることをどうやって解決するのか。

そのもやもやの先をイメージして、「こうしたらどうか」と悩む。

悩んでイメージして、改善出来るかどうかを考える。

それを繰り返していく内になんとなく答えが出始める。

それが合っているかはまだわからないかもしれない。

でもそれだけ悩んだことを実行するのだ。

何も考えない状態や楽観的に考えている状態とはわけが違う。

ある程度の自信は間違いなく持っているはずなのだ。

実行に移す前にどれだけ悩んで、イメージして、を繰り返しているかどうかは重要。

 

「悩み過ぎは良くないよ。」

 

そんな誰の物差しで測ったのかわからない「悩む時間」を信用することはない。

こんなもの個人差があって当然なのだ。

だから、

悩んで、悩んで、悩んで、イメージして、悩んでを繰り返してもいいと思う。

誰かの「悩み過ぎ」は自分にとってはまだ悩みを打破する前の段階なのかもしれない。

だから自分が納得出来るだけの答えを出せるまで悩んだ方がいい。

自分なりの答えを導き出せればその先は自信を持って進める。

誰かの「悩み過ぎ」という感覚に惑わされる必要はない。

自分なりの答えが出るまで、悩もう。

他人の悩みを解決出来る。

もし自分が一生懸命悩んで、悩んで、やっと辿り着いた納得のいく答えがあったとする。

とことん悩んで出した答え。

自信を持って進むことが出来る答えがあったとする。

その経験を持っている状態で誰かに悩みを相談されたとする。

その時に自分は相談者に

 

「悩み過ぎだよー。」

 

と言えるだろうか。

むしろ協力をするのではないだろうか。

相談者がそれなりの答えを見つけられるように協力する。

自分で答えを出すべきだとアドバイスする。

 

「悩んでいいと思う。協力もする。自分の中で納得出来る答えを出すべきだ。そうじゃないと自信を持って前に進めない。」

 

経験上たっくさん悩んで出した答えで自信を持って挑んだことがあれば、「悩む」がどれだけ自分にとって有益な時間であったか理解しているはず。

それを簡単に「悩み過ぎだ」とアドバイスをすれば相談者はなにも解決しないまま悩みを抱え続けてしまうかもしれない。

後々自然に悩みが解決されている可能性もある。

それでも悩んで、

 

「後々自然に悩みが解決するかもしれない。」

 

というそれなりの答えに辿り着いている方が良い。

つまり、

 

悩んで悩んで、「悩み過ぎだ」と自分で気が付く方が良い。

 

悩んでいる時に「悩み過ぎだ」という誰かのアドバイスに従い、早い段階での答えを導き出してしまえば考える事を放棄しているのと同じ。

自分の悩みを他人が全て理解出来るはずもない。

答えを出すのはいつも自分でなくてはならない。

的確なアドバイスとは相手が納得のいく答えを出せるように協力をすることであり、「悩む時間を短縮させる」ことではない。

努力と一緒。

努力は裏切らない。

どの道を歩んだとしても進行を妨げられれば一度は「通れるようにする努力はする」はずである。

その努力はその道が「通れない」と判断したとしても「どうすれば通れるのか」ということを考える時間。

それが今は解決出来ないことであれば他の方法を考える。

他の道を選ぶことも選択肢の一つ。

でも後々必ず通らなくてはいけないのであれば他の道の途中で「どうすれば通れるのか」を解決出来る可能性がある。

「どうすれば通れるのか」を考えるのが「悩む時間」そのものである。

その道を通れるように「努力する」のはその前の努力すべきことを考える時間も含まれるはず。

努力するべきポイントを悩む時間も努力そのものだと思う。

それも含めて、

 

努力は裏切らない。

 

徹底的に悩んで努力する部分を考える。

「悩む」は努力である。

知識を得る。

例えば車の購入に悩んでいるとする。

予め「こういう車が欲しい」と決めてあるものの、その他の車も調べるはずだ。

似たような車、似たような機能。

悩みながら様々な事を調べるだろう。

決して安い買い物ではない。

そうなれば多くの情報を得ようとする。

理想の条件、理想の機能、理想の価格。

それに見合った情報を集める。

そうして購入する車を決定したとする。

その時に得られるものは「購入した車」だけではない。

似たような車の様々な情報を得ている。

真剣に悩んだのならさらに深くその機能や価格帯について理解していることだろう。

知識である。

悩みを得たことで手に入れることが出来なかった情報や知識が身に付くきっかけになった。

この知識や情報こそが悩みを解決出来た理由そのものと捉えられる。

悩みがあることでそれを解決させようと多くの情報に手を伸ばす。

これは間違いなく未来の自分にとってプラスに働く。

悩みに対峙する機会が無ければそういった知識を得ることすら出来なかった。

ポジティブになる。

悩んだ結果、多くの情報を得て、解決した経験を持つとどのような悩みでも対処の方法を得る。

これは悩みに対する自分の気持ちをポジティブに変えられる。

悩みに対して臆病では無くなるのだ。

誰かの意見で全てを決めるのではなく、自分の意志で出した答えで悩みに対して打ち勝つとその後の悩みに対しても「解決できる」と考えるはず。

そうなればこれからどのような悩みに対峙したとしても、多くの情報を集め、知識として蓄え、自分という人間を大きく成長させていく。

悩みに対してビビらない自分。

自信がつく。

たくましい自分。

悩みバスターの称号。

悩み解決の魔術師。

悩み無用。

むしろ悩みちょうだい状態。

悩みに一歩も引かない自分。

想像してみてほしい。

これからの人生の中で悩みは腐る程出てくる。

本当にどうでもいい悩みからめちゃくちゃ大きな悩みまで。

大小様々な悩みに苛まれる。

これは絶対だ。

悩みの無い人生など、つまらないと言ってもいい。

悩みを解決する術とそれに必要な事を心得ていることは人生そのものを楽しむことに繋がると考えている。

 

「悩み来いやボケー!」

 

と思えるくらい悩みウェルカムな自分になれれば最高だ。

むしろどうでもいい悩みでも真剣に悩みたい。

悩んでいいのです。

悩みましょう。

悩んで多くを得る。

悩みはポジティブです。