会社の奴隷になったのか自分で選んだのか

仕事

今の私なら、「会社の奴隷になるくらいなら足が折れてでも逃げる」選択をするのに。

…。

ついこの間、勤めている会社にまるで奴隷のように使われている友人から電話がかかってきた。

「もう辞めたい…」

人間関係の疲れ、想像以上の残業、周りからのプレッシャー。

全部が全部ネガティブに感じるようになってしまったらしい。

だけど辞めてしまえば生活にも困るし、その後、満足出来る仕事に就けるかどうかもわからないから不安を感じている。

気が付けば八方塞がりになっていた。

重い。

なんと重い相談内容だろう。

何を言っても響くかどうかはわからないけど、とりあえず私なりの考えを伝えてみました。

アルバイトの何がいけないの?

仕事をするのは生活の維持をする為だと私は考えます。

生活の維持に必要な物はなんだろう。

お金。

だけだろうか。

気持ちも必要じゃないですかね。

お金があっても死ぬほど忙しければ充実感は得られない。

絶対に。

プライベートも充実していないと人は頑張り続けられないと思うんです。

だから、仕事は生活を維持する為の複数の要素のひとつなんです。

自分を作るたくさんの要素の中のひとつ。

活き活きと仕事をしている人だっている。

それでお金を貰えるんだから幸せだと思う。

でも、仕事が辛くてしょうがなかったら…。

お金を得る代わりに気持ちを消費しているなら…。

それはトントンです。

そういう人って多いと思う。

私の周りにも結構いる。

最近では景気後退も意識され始めている。

そんな中で、勤めている会社や仕事の内容にものすごくプライドを持っている人がいる。

そういう人は「あんなのやりたくない」とか思っている仕事がたくさんあったりする。

気持ちはわかる。

だって自分が最も満足する企業に入る為に頑張って、努力してきたんだろうから。

今の地位を手に入れる為に他の人より多くの犠牲を払ってきたんだから。

プライドを持って良い部分だと思う。

ただ、「仕事をしてお金を稼ぐ」ってのはどんな仕事でも共通だと思うんです。

私はどんな気持ちでお金を稼いでいるの方が重要だと思っている。

奴隷のように会社に使われて、ボロボロになってもまだ求められる環境。

「ただお金を稼ぐだけ」なら別に心にダメージを負わなくても良いんじゃないだろうか。

「仕事が無い」って言うのは「自分がやりたい仕事が無い」ってだけで、探せばいくらでも見つかる。

この世にはアルバイトから始めて、社員になって、独立して、別の会社を立ち上げて、大金持ちになった人がいます。

アルバイトをバカにしたり、「アルバイトだから…」とか思ったりする人がいるのはわかるけど、アルバイトが無ければ世の中はこんなに便利になってない。

アルバイトがいなきゃ成長出来ない企業だってある。

アルバイトに支えられている企業はたくさんある。

「人を大切に出来ない企業」なんかに勤めるくらいならアルバイトの方がよっぽど素晴らしい。

と私は思う。

もっと自分を大切にしないと。

私の友人は良い人です。

たぶん優しいんです。

だけどプライドも高い。

そうやって生きてきたんだと思う。

技術を磨くよりも人柄を磨いてきたタイプの人。

そういう人って自分の身を削って仕事をするような気がする。

自分の意志よりも他人の意志を優先してしまう。

良い奴なんです。

だから周りに合わせてしまう。

周りと比べてしまう。

周りの目を気にしてしまう。

全部わかるし全部間違いじゃない。

でも、私は思うんです。

もっと「自分を大切にしてほしい」って。

今まで「自分の人柄」として築き上げてきた関係をぶち壊してでも自分を大切にしてほしい。

だって、仕事なんていくらでもあるから。

「自分がやりたい仕事」にこだわらなければ仕事はある。

それに、人柄推しで頑張ってきたんだからどんな仕事でもきっとうまくやっていけると思う。

うまくいかなければ、また辞めればいいじゃん。

仕事なんていくらでもある。

選ばなければ必ず見つけられる。

誰かに合わせる力やこれまで作ってきた「自分の人柄」っていう実績は必ずどこかで役に立つ。

だからもっと自分を大切にしてほしい。

自信を持って欲しい。

「大切にする」って「守る」こと。

自分を守るってこと。

今、自分を守るのに最も有効な手段はなに?

一つ言わせてもらえるなら、心にダメージを負いながら仕事をしてても、自分は守れないと思う。

ここまで頑張れたんだから、やり直してもまた頑張れると思う。

自分の道を歩こう。

私の父親は団塊世代。

世代のせいにしてはいけないけど、努めている会社に定年まで勤め続けるのが普通とされていたらしい。

普通って…。

普通の正確な定義はわからないけど、「今勤めている会社に定年まで勤め続ける」ってのは普通でも異常でもないような気がするんです。

正直、勤め続けようが、途中で辞めようが、どっちでも構わない。

本人が決めた「幸せになる選択」であれば、「普通」とか「異常」とか「正解」とか「間違い」とか極端に考えて「良い」「悪い」を決めても、それはただの価値観です。

他人から見れば本気でどうでもいい事。

それなのに誰かに「自分は正しいでしょ?」って共感を得たがる。

否定したいわけじゃないんです。

会社に勤め続けることが「自分の幸せ」に繋がると感じているなら、今はそれで良いと思う。

でも人の価値観や考え方は日々変わります。

だからその想いが一生続くとは限らない。

そうなった時。

もし、「定年まで同じ会社に勤めることが普通」って考えていたとしたら…。

自分が幸せになる為の選択がブレます。

だって「自分が異常」だと感じてしまうから。

異常な選択が「自分の幸せ」に直結するはずがないって思っちゃう。

周りの人達が歩むレールが常に正しいって感じてしまう。

…。それって辛いでしょ。

せっかくの自分の人生なんだから、普通とか異常とかじゃなくて、「どっちが幸せ?」って判断にしませんか。

多くのお金を稼ぐのが自分にとっての本当の幸せなら、そうすれば良い。

家族との時間を最優先で考えるのが本当の幸せなら、そうすれば良い。

誰かの幸せが自分の幸せと感じるなら、そうすれば良い。

自分の人生は自分の為に使いましょうよ。

自分で選択しましょうよ。

「その先の人生で失敗しようが、後悔しようが、恨まれようが、全部自分の選択したことだから問題ない。」

そう思えたら、「自分の道」を歩いている証拠だと思うんです。

私は誰かが作った道だとしても、誰かの真似だと言われても、自分の道を歩いていきたい。

私は奴隷じゃない。

私は誰の言う事も聞かないけど、誰かの言う事を聞く。

どれに従うかは自分で決めたいんです。

今抱えている想いを大切にしたいんです。

だからと言って誰かに迷惑をかけたいわけじゃない。

誰にも迷惑をかけたくないし、自分の人生は自分で責任を持ちたい。

自分の選択で、もし誰かに迷惑をかけてしまったなら心から謝罪する。

ちゃんと自分の口で説明する。

わかってもらえるまで話す。

わかってもらえなくてもお互いが納得する答えを提示したい。

自分の気持ちを大切にして、これからの選択をしていくと、その選択に責任を感じるようになる。

仕事になると、一人で完結する場合もあるけど、基本的にはチームで考え、チームで行動する。

私はそう思っている。

仕事の中で自分の選択を優先させたいなら、それなりの説明が必要、納得してもらえるだけの理由も必要。

納得してもらえないなら納得してもらえるだけの結果を提示したりする。

就業時間が過ぎても別のところで頑張ったりする。

それを残業と呼ぶのはちょっと違う。

自分で選択してやっている事だから。

自分から「やりたい!」って本気で願って得た仕事なら休日だって出勤する。

だってそれが自分の幸せの為だから。

だからこそチームに説明する。

「私が○○をしたいから残業をする!気にしないで先に帰っていいからね!」って。

「私が○○をしたいから休日出勤してる!自分で望んでやっているから大丈夫だよ!」って。

私は会社の奴隷じゃない。

自分で選んで、自分の幸せの為にそうしているだけ。

そうじゃないなら、違う選択肢を探す。

会社や仕事は自分を幸せにするツールに過ぎない。

私は友人に「今の仕事は辞めるべき」と伝えました。

でも選択するのは本人です。

どうか感想をください。

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