人の本質と真の成長は「追い込まれないと」現れない

仕事

仕事で追い込まれると、つい、部下に怒鳴ってしまったりする。

「使えねぇな!」とか「こんなことも出来ないのか!」とか言ってしまう。

そんな事を口走ってしまう時、私は結構追い詰められていたりする。

仕事の量がこなせなくて、一人ではどうしても片付けられなかったり…。

そんな時に限って部下がめんどくさい仕事を持ってきたり…。

重大なミスをしたり…。

到底一人では片付けられない仕事量になった時、本当の自分が顔を出す。

「普段は言わないような事を言ってしまう。」

「普段は取らない態度を取ってしまう。」

でも私は思う。

これが私の本質なのかもしれない。

心の中ではいつも思っていることなのに、それが口に出せなかったりすると「自分が究極に追い込まれた時」に限ってそれが出て来る。

一度口に出したノリで次から次にネガティブなのかポジティブなのかわからない事を吐き出す。

ただ、どれもこれも「自分の中では正しいこと」だったりするんです。

つまり本質なんです。

本当に思っていることなんです。

追い込まれて、初めて本当の自分が顔を出す。

そんな経験ありませんか?

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ある会社では新人育成の為に一人では絶対にこなせない仕事の量を与えるらしい。

聞いた話なんですけどね。

今の私はそれが「ありえる」と感じるんです。

人の本質って結局追い込まれないと表に出てこないんです。

正直、私は追い込まれて、爆発して、「隠す事が無くなった」んです。

もう隠す事が無いってことは結構スッキリした状態で仕事が出来たりします。

初めから自分が一番言いたいことを口に出来るというか、本当の事を伝えられるようになりました。

それが正しいのかどうかはわからないですけど、仕事をしていく上で「本心を伝える」ってのは必要だと思うんです。

新人にはまだまだ余裕があったりします。

「自分なら出来るぜ!」みたいな自信があったりします。

それを圧倒的な仕事量を与えてぶち壊す。

「で、できない…。」って思わせる。

そこからがスタート。

素直に「出来ない」と上司に伝えるのか。

「こんな事出来るか!」と投げ出すのか。

「どうすれば出来ますか?」とアドバイスを求めるか。

とにかく「自分にはこれ以上は出来ない…」って思わせること。

それが「新人育成」の一歩目らしいのです。

聞いた話なので、私がそれを自分の部下にしたことがあるわけじゃないですけどね。

やったことはないけど、「ありえるな」って感じで思っているわけです。

まだ入ったばかりの社員なんですから、「本質」を見極めたい。

そんな時に、とんでもない量の仕事を与えたりするんでしょうね。

絶対にこなせない仕事量を与える。

私なら「こんなの出来ねーよ!」ってぶち切れるでしょうけど。

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これまで見てきたマンガにいつも描かれてた「追い込まれてからの」限界越え。

ドラゴンボールとかワンピースとか、少年漫画にいつも描かれておりました。

それは圧倒的な力を持つ敵に立ち向かう主人公の姿。

一度はボコボコにされる。

それでも「負けちゃだめなんだー!」って新たな力を覚醒させる。

そしていつも逆転勝利。

大体このパターンで描かれている。

違うマンガもあるし「それだけ」ってことはないけど、「追い込まれてから」が本当の勝負っていう意味だとすれば、漫画じゃなくて社会の中でも同じような場面は結構あるのかなって思う。

一度ボコボコにされないと頑張らないというか。

暴力じゃないです。

「自分の力が及ばないっていう経験」のことです。

そういう意味でのボコボコ。

その時に「悔しい!リベンジしたい!」っていう感情があるのと無いのではこれから先の人生で違いが生まれると思う。

目の前の壁を乗り越えるような感覚。

正に追い込まれてからの限界越え。

人は追い込まれないと限界を超えようとしないのかもしれない。

諦めるのはめちゃくちゃ簡単です。

辞めちゃえばそれで終了。

悔しさをバネにするって感覚。

悔しい真っ最中には感じないかもしれないですけどね。

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苦労しない人生なんてないんじゃないだろうか。

私はたまに考えます。

「楽に生きていくってどうするの?」

これの答えがいつも「苦労した分だけ楽になる」っていうところに辿り着く。

ふわっと着地する。

結局「楽に生きていきたいから苦労をしておく」って考えるようになる。

テストを楽にクリアしたいなら普段から勉強しておく。

サッカーで楽に点を取りたいから普段からシュート練習をする。

野球で楽にヒットを打ちたいから普段からバッティングの練習をする。

お金に困りたくないからお金を稼ぐ。

苦労しない人生なんてないんじゃないだろうか。

苦労した分で掴んだ成功だからこそ笑えるんじゃないだろうか。

たまたま拾った一億円で幸せに笑って暮らせるだろうか。

一時的には笑えるかもしれない。

培ってきたものが全くないのに何を誇れるのだろうか。

みんな頑張って生きてる。

みんな苦を経験して楽を掴み取ろうとする。

それが無くちゃ楽もわからん。

そもそも苦労がなくちゃ本当の幸せなんて無いんじゃないだろうか。

だってずっと楽だったら「何が楽しいのかわからなくなる」ような気がしませんか。

私は、します。

せっかく生まれてきたんだから「楽しくて」「幸せな」人生にしたいですけどね。

それって「苦労したことがある」からこそ気が付くんじゃないだろうか。

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人の本質と真の成長は「追い込まれないと」現れない。

「この仕事を一生懸命やりたい!」とか「この仕事で一旗揚げてやる!」とか思うと、一生懸命、真面目に、立ち向かう姿勢になる。

誰よりも仕事を真面目に捉えるようになる。

今を無駄にしないようになる。

芸人ってテレビでそういう真面目や姿勢をいじったりするじゃないですか。

「空気読めない奴だなー」とか「笑うとこだよー」とか。

でもあの人達って「お笑い」に対してはすごくストイックなはずなんです。

「誰かを笑わせる」「誰かを楽しませる」ってことに一生懸命、真面目に、立ち向かう姿勢でいるんです。

それが「仕事」だからです。

結局いつも誰かを笑わせているだけの「ひょうきんな人」だと思われがちだけど仕事だからね。

仕事に一生懸命で真面目になるって当たり前なんじゃないだろうか。

もし、「誰にも笑われない」「面白くないと言われた」とかはすごく追い込まれるわけです。

仕事だし真面目に向き合っているからこそ追い込まれる。

問題はそこから。

追い込まれて、そこで「悔しい!見返したい!」って思うのか。

追い込まれて、力が及ばなくて「もう才能無いわ。辞めようかな。」って思うのか。

どっちの答えを出したとしても、そこで初めて本質を見極めるんです。

「お笑い」に対しての自分の本質を見つめる瞬間になる。

それが追い込まれた時なんです。

辞めない選択も辞める選択も正しいとか正しくないとかはありません。

その時に本気で立ち向かったからこそ「追い込まれた」んだと私は思います。

そして自分の本質に初めて触れる。

本質に辿り着いた。

その時に「辞める辞めない」とか「これからどうする」とかを一生懸命考えて、真の成長を迎えるんだと思います。

本気で追い込まれないと自分の本質にすら辿り着けないんです。

私は特にそうなんです。

だからもし、追い込まれる前に自分の本質に気が付いている人がいるのだとしたら、そいつが天才と呼ばれるタイプの人間なんだと思ってます。

天才と言うか器用と言うか。

まぁ、凡人が天才を超える瞬間が一番興奮しますけどね。

それもマンガと一緒。

努力の才能だけは誰にでもあるって信じてます。

私は天才じゃなくて良かったです。

天才を努力でぶち抜く凡人の方がカッコいいと思っているから。