親の運転免許返納を真剣に考える

生活

アクセルとブレーキを踏み間違えてお店に突っ込んだ。

高速道路を逆走して事故を起こした。

誰かに怪我をさせてしまったり、命を奪ってしまうような最悪の事故を起こす可能性。

最近高齢者が車を運転するリスクについて考える機会が多くなった。

それだけ重大な事故が続けて起きている。

私もそれなりの歳になった。

親は70歳を超えた。

実家に帰る度に「夜は見えなくなった」とか「駐車場で軽くぶつけてしまった」とか、明らかに車の運転能力が落ちていると感じる発言が出ると不安になる。

「たまたま大きな事故になっていない」だけであって正直、怖い。

たった一度の事故で全てを台無しにしてしまう可能性だってある。

年齢よる運転能力の低下によってその可能性が高くなるのは間違いない。

親の運転免許返納。

他人事とは思えない年齢になってきた。

もっと真剣に考えなきゃいけない。

それが簡単に進まない事もある。

親が運転免許返納に協力的じゃない時にどうするべきか。

親に対する運転免許返納の想いをまとめたい。

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まだ運転出来るって言ってるだろが!

運転能力の低下に自分で気が付いているならいいけど、多くの高齢者人が「まだまだ出来る」「まだまだいける」って思ってる。

運動能力の低下が急激に進むわけがない。

年齢と共に、徐々に進むからこそ自分じゃ気が付かない。

本人は「あの日から変わってない」と思ってる。

だから少しぶつけても「たまたま」だし、少し怖い思いをしても「たまたま」だ。

だから「まだまだ大丈夫」になる。

運転免許の返納は本人の意思がなきゃ出来ない。

住んでいる地域や家族構成によっても車の使用頻度は変わる。

車が無くちゃ不便で仕方がない地域に住んでいる人もいる。

運転免許の返納は「運転能力の低下だけ」ではなかなか実行出来ない人がいるんです。

そういった状況を無視してシンプルに「危ないから」って理由じゃ納得出来ない状況がある。

でもこれだけ高齢者の運転による事故が増えれば意識せざるを得ないのが現状。

どのタイミングで、どんな伝え方をして、どうやって納得してもらうか。

それが凄く難しい。

親が運転免許返納のタイミングを迎える年齢になる私達にとって、「適当ではいられない」問題。

「まだ運転出来るって言ってるだろが!」と考えてる親と「それでも返納だ!」と考えてる子。

自らの意思で返納を選べるようにうまく誘導するには、「車が支えている生活と年齢と地域の関係」を私達が理解するところから始めなければいけないのかもしれない。

親から何かを奪わなくてはいけない苦しみ。

もし、自分の親が、車の運転を生き甲斐にしているなら。

そう考えた時、運転免許返納を考えるのは、生き甲斐や趣味を奪うって事になる。

自分の親から生き甲斐や趣味を奪うのって凄く心苦しい。

余生を考えれば楽しみを奪うべきでは無いと思うかもしれない。

家族だからこそ心苦しいんです。

他人であれば「他に趣味でも見つけたら?」と簡単に言えるかもしれない。

一緒に生活してきたからこそ「運転が好きな気持ち」がわかってしまうし、「それを奪われる気持ち」もわかってしまう。

その気持ちと事故や誰かを傷つける可能性を比べちゃいけないのはわかってるけど、他人じゃないからこそ難しい選択になる。

心を鬼にして生き甲斐を奪うべきか。

他に本人が納得する答えを見つけるか。

運転に対する気持ちや住んでいる地域によって運転免許返納への道のりは険しくなる。

ただ一つ言えるのは「何かあってからでは遅い」って事。

それだけは常に意識しておかなくちゃいけないし、すでに車をぶつけていたり、事故を起こした過去があるなら急がなくちゃいけない。

焦りから鬼になる選択をするかもしれない。

状況によっては徐々に本人に理解してもらう選択もある。

家族だからこそ届く言葉や気持ちがあると私は思っている。

心苦しい選択をしても、家族だからこそきっと理解し合えると信じている。

簡単じゃない覚悟を。

正直、本人の口から「そろそろ免許の返納も考えないとな」って言葉が出なければこちらからは切り出し辛い。

本人は全く返納について考えていない可能性があるから。

寝耳に水のように切り出せば反射的に「バカにするな!」と思うかもしれない。

自ら口に出していても生活に車が必要であれば返納したくても出来ない現状もある。

クリアしなければならない条件は多い。

「車が運転出来ない」=「誰かの助けが必要」という現実があるなら、無理をしてでも運転を続ける高齢者もいるだろう。

私達だって家族とは言え、普段の生活もあるから全てを助けられるわけではない。

場合によっては介護施設を「お手伝いとして」利用する選択もある。

これまで自分でやっていた事が出来なくなる現実はなかなか認められないものだし、「足手まといになりたくない」と感じるのは人として当たり前なのかもしれない。

そういったぶつかり合いが続けば返納までの道のりは更に長引く。

でも解決しなければ常に大きなリスクと隣り合わせ。

時間をかけて進めていく覚悟をしなければいけない。

私達が「そろそろ返納しないか?」と言ったところで簡単に納得出来ない状況であれば必ず時間がかかる。

でもそこで諦めて大きな事故を起こしたり、怪我をしたり、怪我をさせてしまえば後悔しか残らない。

「いつかは必ず車を運転出来なくなる」んだから、運転免許返納の問題をスマートに解決する方法は常に考えておく必要があるんです。

家族とは言え各々の生活があるから全てのサポートは出来ないけど、部分的にサポートしてくれる施設やサービスを都合良く使えるように情報として持っておく必要もある。

そしてその方法を本人も理解してくれる事。

やっぱり簡単じゃないよね。

家族だからこそ。

これからは高齢化社会と言われている。

随分前からね。

だからこそ運転免許返納は大きな課題になりつつある。

全国の返納率を調べてみると、「圧倒的に都心部の返納率が高い」のが現状です。

単純に車が無くても生活出来るからだ。

電車やバスやタクシーを使えば十分に生活出来る地域の返納率は高い。

問題になっているのは都心部じゃない地域に住む人達の返納。

もうしばらくすれば国策としても取り上げられるような問題になるかもしれないが、それまでは高いリスクを伴いながら家族や本人の判断で返納を考えなくてはならない。

「まずは私が…」と高齢の芸能人も自ら返納したりしている。

たとえ国策になったからと言ってすんなり理解を示す人が大多数になるとは限らない。

私が思うに、これは「家族の問題」です。

家族だからこそ協力出来る部分がある。

事故や怪我の可能性を考えれば「家族を守る」って意味で返納する選択だってある。

親が運転免許返納を考えなくてはならない年齢になる私達は、家族として向き合って、家族として返納を選択していかなくてはならない。

家族だからこそ出来る一歩踏み込んだアドバイスと考え方が必要。

その一歩で家族みんなが安心して暮らせるようになるかもしれないんだから。

正解なんて求めない。

家族としての価値観や生活環境、親の考え方一つで「運転免許返納」までの道のりは変わる。

だから簡単に「今すぐ返納すべきだ」とは言い切れない。

最近テレビで様々な返納への考え方を討論してたりするけど、誰もが「自らの経験を元に」独自の方法を伝えている。

どこかで誰かが「こんな説明をしてたから」って理由だけで実行しても上手くいくわけじゃない。

中には「そんな方法じゃ親は納得してくれないよ」と思う人だっている。

正解がテレビの向こう側から発信される「誰かの成功例」とは限らない。

「そんなの簡単」な家庭があれば、「とても困難」な家庭もある。

その中の平均的な意見が正解のはずがない。

「無理矢理車を奪った」って経験談もあれば「条件をクリア出来なかったら」という3アウト制を実行した経験談もある。

正解は各々の家族が見つけるべきなんだろうけど、「命が関わる重要な事」って意識は絶対に忘れてはいけない。

運転能力の低下は罪の意識がなくても車を凶器にしてしまう可能性があるんだから。

生活
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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