グルメ検索には必ず食べログを経由するようになりつつある

生活

食べログに誘われて行ってみたものの「本当にこの点数?」って思う事があります。

別に美味しくないわけではないんです。

美味しい。

でも「その点数よりも低いところで自分の口に合うお店の方が良いな」と思ってしまった。

全てのお店がそういうわけではないんですけどね。

今回かなりそう思ったのです。

お店の名前はもちろん伏せます。

一生懸命作ってらしたし、それなりに長く営業しているお店でしょうし。

ちなみにラーメン屋ね。

そのお店の味を実際に食べて思ったのです。

自分ならどんな評価で食べログに点数を付けるか。

ああ。

って考えるとなかなか面白くなってきますな。

男性と女性でも違うだろうし。

体調によっても味の感じ方が変わるだろうし。

結局自分の好みかどうかで点数付けるでしょ。

誰かが付けた点数の平均点が食べログだとすると今回行ったラーメン屋は自分の中では2,8ってとこかな。

食べログだとほとんど4だったけどね。

でも自分の好みではない。

本当に大勢の舌を唸らせたのかどうかもわからない。

だって好みじゃないんだもん。

しょうがないじゃん。

ラーメンにうるさいわけじゃないんですよ。

 

このラーメンが好き!

 

っていうこだわりがあるわけでもない。

それでも自分が点数を付けるならって考えるとね。

その時の体調や舌の状態。

前の食事で上の前歯の裏側を火傷してたし。

っていう状況も重なって「なんか違うなー。」と思ったのです。

結局自分の好みね。

それでも気になる食べログの点数。

それでも気になってしまう。

自分で点数をつけるとは言っておきながら。

やっぱり気になってしまう。

むしろ「自分は大好きな味」でも点数が低いと、

 

「なんでー!」

 

と思うこともある。

そうなると自分の舌を疑う。

 

「あれ?自分、味音痴なのかな?」

 

と。

人々が美味しいと感じるのに。

自分は感じない?

あれ?

こりゃもしかして。

お店の点数って味だけでつけてないかもしれん。

たまに点数をつけている人のログを確認したりするわけです。

そうすると結構好みにばらつきがあったりする。

 

「表現が独特だね~。」

 

とか妻と話したりする。

スープに使っているダシの種類を特定して、

 

「このダシだと○○店のラーメンですでに経験しているし完成度が低い。他のラーメンにすればよかったなぁ。だから3点以上は付けられない。2点。」

 

とか。

そもそもログ残すなよ。

次回食べたいもの食べた時にログを残してやればいいのに。

店潰したいんかな。

てか、完成度って。

代わりに完成させてやればいいに。

 

「ここのもつ煮。絶品。週に一度は必ず食べたくなる。店構え。ボロボロ。味キラキラ。4点」

 

ラーメン屋でもつ煮を絶品だと言って4点をつける。

週に一度。毎週4点を付けてあげる気だ。

もつ煮で。

ラーメン屋なのに。

ラーメンの点は。

店構えボロボロは減点の対象ではないのですね。

むしろ落ち着くっていう意味で加点。

独特。

食べログが思考を支配する。

明らかに宣伝チックな文言が並ぶとさすがに「これはお店の人か意図的に宣伝をしているのでは?」と思ってしまう場面もある。

もちろんそれをやってしまってはそもそも食べログの信頼度にも影響が出るわけで。

独特な見ていて面白い表現をしているログはマジで楽しんでます。

そういう書き方をされると説得力もあるし、お店にとって何を持ち味にしているかすごくわかりやすかったりする。

ラーメンとなると、

 

「あっさり」か「こってり」かってすごく大事じゃないですか。

 

「みそ」か「しょうゆ」か。

 

大事でしょ。

自分がどんなラーメンを食べたいかっていうのはすごく大切なわけです。

それをわざわざ「ドロドロ系」とか書かれると「相当こってりなんだな。」と思うのです。

「こってり」を求めている私はちょっと行きたくなるわけです。

ええ。

そもそもラーメンを食べたいと思っていたわけではないのに気が付きゃ「ドロドロ系のラーメン」を求めている。

しかも良い点数じゃないか。

なんてこった。

操られている。

もう食べログに私の胃袋は支配されているかもしれない。

そういう瞬間がある。

思考ごと持ってかれとる。

そして食べ終わったらそれなりの満足感。

帰り道で「本当はここで食べるつもりだったんだよなー」とか思うお店を通り過ぎる。

食べログすげー。

行こうとしてたお店を後回しにしてきた。

周辺のお店の情報が満載。

あれもこれも行きたくなってしまうログが残っているのは置いておいて、

 

「こんなところに美味しそうなお店があったんだ!」

 

っていう発見も出来るのです。

googleマップになると世界地図みたいなもんじゃないですか。

それがグルメに絞られてる。

詳しいログもある。

ラーメンだけで言えば、「ラーメンマップ」っていうアプリもある。

 

「ここにこんなお店が!?」

 

っていう発見の面白さはグルメならでは。

どうしても入りづらいと感じてしまう初めてのお店でも詳細に書かれたログを見るとなぜか行ってみようと思えるのです。

得体のしれないのれんをくぐる恐怖感から解放してくれてありがとう。

行ってみます!

どうせ食べるなら美味しい食事を楽しみたい派なもので。

そんな私には文句を言いつつ食べログは不滅なんじゃなないかと思ってしまうのです。

食品最強説

なぜならぜってー人は食べるから。

ぜってーに食べる。

流行りとかはあったとしても食べることはやめない。

だから企業的に言っても食品関係は最強の部類に入る。

食事を出すお店に関しては美味しくなきゃ話にならないかもしれない。

でも食品を卸しているところはほぼ最強だ。

農家でもなく食事を出すレストラン関係でもなく。

色々な農家から買い取って、集めて、売る。

食品の卸業。

これが最も最強なポジションにいるような気がするのです。

それに近い。

食べログの位置。

お店を出すわけではない。

リスクはない。

食品だから無くならない。

むしろ新しいお店は常に出される。

食品関係だから。

さらに、勝手に広がる。

誰かが食べて、誰かがログを残してくれる。

その評価を表示しているだけ。

そうなんですわ。

これね。

表示しているだけ。

こんな最強の状態を作ったことに天晴れ。

似たような「食べ物ログ残しましょうサイト」は他にもあるけど圧倒的に食べログの認知度が優秀。

それを追い越すのは容易ではない。

クックパッドもね。

レシピなんて昔からインターネットで散らばってたから。

それをまとめて人々にログを作ってもらうことでどんどん大きくなっていく。

天晴れ。

一人で全部完結出来るような作りでもない。

一応ホームページとかを作ったことがある側からすると仕組みが複雑だから一人で作るようなものじゃないんでしょうね。

きっと。

技術がないだけか。

技術とアイデアの融合か。

天才もいたもんだな。

一般の私にはそのサービスを利用して喜んでいるのがお似合いですわ!

誰もが楽しんで参加する仕組み

見るだけにしても、ログを残すにしても。

両方ともすでに参加している状態。

ログを書かなければ参加してないような感じもするけどそうじゃない。

点数付けられちゃったら見ちゃうもんね。

見ちゃうもんさー。

しかも家の周辺のグルメ情報と来たらさすがに気になるじゃないですかー。

もちろんまだ知らない人だってどこかにいるでしょうけど。

それでもほとんどの人が見た事あるじゃないですか。

 

場所+ランチ。

場所+ディナー。

場所+らーめん。

 

この検索で出てきちゃう。

食べログのページ。

そんなに出てきちゃうものだからすごく大きなプロジェクトだと見て取れる。

そして馴染んでる。

食べログっていうものが馴染んでるっていうよりも、「探すと必ず出て来る仕組み」がすげーのです。

 

グルメは必ず食べログを経由して調べるものになりつつある。

 

それか知り合いのお勧め。