誰かのイライラ解消法より自分のイライラ注意報に従うべき

メンタル

イライラしている時は自分を保つのが本当に難しい。

誰もがイライラするポイントではないのかもしれない。

でも自分はイライラする。

プライド的なものがそうさせるのか。

出来る限りそのイライラを周りに気が付かれないように消化しようとするけど、結局イライラは収まらず、溢れ出す。

 

「イライラしたくない。」

「イヤな気持ちになりたくない。」

 

と、

いつも思っているが、実際にその感情を抱いた時にはどうしようもなくなる。

「なるようになれ!」と投げやりになる。

そのほとんどが自分のペースを乱された瞬間がトリガーになる。

だから私は誰かがイライラしているのを見ても知らんぷりしたりする。

自分のイライラをなんとも来ないのに、誰かのイライラを何とかするなんて無理。

巻き込まれそうな私は誰かがイライラしている素振りをしていると気が付かないフリをする。

手を差し伸べたところで正しい「イライラの解消方法」がわからない。

 

結局イライラが無くなることはない。

 

人と人は常に繋がっているものであって、その繋がりによってイライラが発生する。

今日も何かしらの問題がトリガーとなり、イライラモードが発動するかもしれない。

 

叶うものなら、イライラしたくない。

 

いつも冷静な判断が出来るような状態でいたい。

どうすればそういう状態でいられるのか。

冷静な今だからこそ考えておきたい。

 

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イライラ無しには生きられない。

常に付きまとう。

「イライラしないようにしたい。」

と思うと、

自然に「イライラする可能性」を考えていることに気が付く。

 

ところが「イライラ」のことを全く考えないと何かが原因でトリガーが発動した時にめちゃくちゃイライラする。

 

常に付きまとう。

 

どんな考え方を持ってしても、イライラする瞬間が訪れる。

たぶん、イライラは無視できない存在なんだと思っている。

 

無視するといきなり驚異的な力を発揮して襲い掛かってくる。

 

だから意識的に「イライラする」っていうのはいつでもどこでも突然起こり得ると自覚しておかなければならない。

 

自分の身のまわりで、何度か全く同じことが起こったとしても、

「うおー!今イライラしたー!」と思っている時もあれば、

「全然。全く動じない。」と思っている時もある。

 

自分がその時考えている事や、感じている事、想いを寄せているもの、大切にしているもの。

それによってイライラの作用は変わる。

だから自分は今「何が起きたらイライラするのか」を想像することも出来ない。

 

何をしていてもイライラの原因は後を追って来る。

 

突き放そうとしてもついてくる。

追いつかれればイライラする。

 

常に付きまとう。

 

追いつかれるとイライラが発動する。

私は考えた。

 

イライラを意識しながら追いつかれないように距離を上手に保つ。

今のところそのくらいの対策しか考えられない。

 

イライラは一生継続するわけじゃない。

私は今、イライラしていない。

だからイライラしている時のことを冷静に考えることが出来る。

実際にイライラしていたら冷静ではいられない。

今なら受け止めてやれる。

冷静でいる時でないと「イライラ」の事を考える事が出来ない。

 

実際に自分がイライラしている時は、その原因と解決について考えるというよりは、

とにかくネガティブをまき散らすカオス状態。

 

誰かのせいにしたり物に当たってみたり。

とにかく手あたり次第に当たり散らす。

迷惑ゴリラ状態。

 

そうしている内にだんだん落ち着いては来るものの、割と時間がかかる。

時間はかかるけど結局のところ、どこかで冷静になる。

平常運転に切り替わる。

 

当たり散らそうが、誰かのせいにしようが、

イライラはいつか、自分の中から消滅する。

 

人は一生イライラ状態ではいられない。

 

時間がそうさせるのか、自分の行動がそうさせるのかはわからないが、イライラはまた良い距離感を保ちながら付きまとう存在に戻る。

 

イライラが近くにいなくなると不思議なことにすごく冷静になれる。

 

そうなって初めてあの時のイライラは何だったのかと考えられるようになる。

でも原因はいつも突発的で、その場ですぐに対策出来るようなことではなかったりする。

 

ただ、ずっと続くようなものでもないのは確か。

 

疲れる。

イライラした時の負の力は想像以上に自分に負担をかけている。

イライラしてしまった日の帰り道。

少し反省しながらも苛立ちをぶり返したり、思い出してワナワナしたりする。

イライラしている時間は好きじゃない。

体よりも圧倒的に心が疲れるような気がする。

 

こんなにイライラするとさすがに「イライラしたくないなぁ。」と思う。

 

でもそれを何度も何度も繰り返している。

イライラしたことが無い人がいるなら一度でいいから会って話がしたい。

疑う質問ばかりになってしまうけど。

 

「どうせイライラしたことあるんでしょ?」っていう気持ちになるに違いない。

 

イライラが更なるイライラを呼んで、大きなイライラになることもある。

イライラしている人を見て、イライラする人。

それを止めようとして巻き込まれてイライラする人。

そもそもイライラしているのにイライラしている人が近くにいるからさらに炎上。

 

今日もイライラの火の粉が何処からともなく飛んでくる。

 

どこかに火をつける。

燃えるものが無くなるまで焼き尽くす。

 

イライラすると、とにかく心が疲れる。

どこまで燃え広がるのかいつもわからない。

鎮火しようにもまた違うところで火の手が上がる。

 

イライラすると、わちゃわちゃして、本当に疲れる。

 

なんとなくわかってくる。

これまで多くのイライラの炎を燃え上がらせてきた。

その炎で誰かを傷つけたり、何かを台無しにしたりした。

自分がやってしまったことや言ってしまったこと。

 

私はどこかのタイミングで必ず反省するのだと思っている。

 

それが明日なのか、その先なのかはわからない。

でも深く反省する時がある。

私はその反省タイムが何度もあった。

誰かとぶつかってイライラした時。

何かがうまくいかなくてイライラした時。

 

時間がたって多くを反省した。

 

反省する度に「もうイライラしたくない」と強く思うようになった。

 

もちろんプライド的に反省したくない部分もある。

強気でいたい時期もある。

それはそれで後々反省することになりそう。

 

そんな中で一つ気が付いたことがある。

それは「イライラしない方法」ではなくて、「自分がイライラしてしまうかもしれない」行動や言動。

 

普通に生きているつもりでもイライラする瞬間は腐る程訪れる。

だからさすがに気が付く。

周囲の人はどうかわからないが、自分にはイライラしてしまう行動や言動があったりする。

 

それがイライラしてしまうきっかけ。

 

そのきっかけに対して、「今回は大丈夫かな?」と思って挑戦してみるが、やっぱりイライラする。

誰かにお願いされたことでも「今回は大丈夫だろう!」と思って挑戦し、やっぱりイライラする。

 

結局自分がイライラするパターンは決まっているような気がする。

 

わかってきた。

 

自分は「イライラしない」ような出来た人間ではない。

だから「なんでもOK!」なんて最強の受け身ではいられない。

「イライラしてしまいそうな可能性」がある物事に対して、もう少し敏感に反応してみようと思った。

 

ちゃんと説明出来るかどうか。

例えば、誰かに誘われたことで、

それが「常識的に考えて良い事」だとする。

 

でも私は、少しでも自分が「イライラしてしまいそうだ。」と感じたなら断るようにした。

 

どんなに相手にとって良い事でも、自分がイライラしてしまう瞬間があるなら申し訳ない。

それに、イライラした時の疲れやネガティブに陥る時間は避けたい。

だからちゃんと説明しなくてはいけない。

 

どんなに「自分の事を考えて誘ってくれた」としても、その先にイライラしてしまいそうな可能性があるなら、

 

「申し訳ないけど、それをすることでイライラしたくないし、誰かを嫌な気持ちにさせたくない。」

 

と説明しなくてはいけない。

 

そうすることでイライラが無くなるわけではないけど、

必要のないイライラを未然に防げたりする。

 

イライラするポイントなんて自分の中でもはっきり決まっているわけではない。

そんな私には自分以外の誰かのイライラポイントがわかるわけがない。

 

なんでも受け入れられるような期用な人間ではない私にとっては、

イライラしそうな事は断る方がメリットが大きいと考えている。

 

イライラしている時間は何も手につかない。

だからその時間を極力減らして、自分が飛躍する為の時間を作り出したい。

 

その時間を使って新しい目標にチャレンジしたり、情報を得たり、時にはゆっくり休んだり。

 

イライラしている時間が大っ嫌いな私はそうすることくらいしか思いつかない。

 

イライラした時にどうするかを考えるよりも、突然発生するイライラ注意報に敏感に反応する。

イライラ確率はどのくらいだろうか。

 

50パーセント。

 

迷わず断ると思う。

だってイライラしたくないのだから。

傘を持っていない時に雨に降られたくないのと同じ。

 

大雨なら傘を差しても靴が濡れる。

それでイライラしそうならそもそも外に出ない選択をする。

 

私に出来るのは消える事の無いイライラを解消する方法じゃない。

 

「イライラと戦わない」を選ぶことだと思っている。