「悟り」じゃなくて「ひらめき」を

小言

私は一度ハマるとずっと同じ物を食べ続ける習性がある。

さすがに超高級食材は財布の事情もあって食べ続けられない。

かつ丼だったり蕎麦だったりラーメンだったりカレーだったり。

辛い物だったり。

私は一度ハマるとそればかりを食べたいと思ってしまう。

 

実際にそれがどうしてなのかわからない。

 

でもなんだか食べたいと思ってしまう。

さすがに1週間も同じ物を食べ続ける事はないけど、

3日は同じものを食べ続けることが結構ある。

 

単純にその食べ物が好きなのはもちろん。

それ以外にもそれなりの理由があるんじゃないかと思っている。

 

体がその食べ物に含まれている栄養素を必要としているとか、

または別の何かが働いているんじゃないかと。

 

妻はさすがに「同じものばかりを食べ続けるのは良くない」と言う。

でも食べたいのだから止めようがない。

 

わざわざそうしたいわけじゃないし、それに代わる何かがあれば別にそれでも構わない。

 

でもなぜだか同じ物が食べたい。

 

辛い物ばかりを食べると体を壊してしまいそうな気もするけど、

食べたい物は食べたい。

 

「どうして同じものが食べたくなるのか。」

 

妻に相談したら、「性格」だと言われて終了した。

 

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性格が持つ力。

めっちゃ強い。

性格っていうのはなかなか変えられない。

もし変えた人がいるのならその方法を教えてほしい。

私は性格の変え方がわからない。

だから今でもハマると同じ物を食べ続けてしまう。

 

飽きないと変わらない。

 

飽きるまで食べ続けたい。

そういう性格。

でも家族に心配をかけてしまうようなら、

「同じものを食べ続ける」っていう性格を変えたい。

 

変えたいっていうのは「同じものを食べ続けたい」っていう衝動と同じくらい「別の物が食べたい」って思えば問題ないと思っている。

 

そういう風に考えられれば自分の性格が「変わった」っていうことだと認識している。

 

問題は食べ物にあるわけじゃなくて、絶対に自分の性格がそうしているんだって部分。

飽きるまで続けたい。

納得が出来るまで続けたい。

満足するまで食べ続けたい。

 

そんなところだと思っている。

 

でも、この性格を変える手段がわからない。

自分が「OK」としている選択肢以上のものを探さないといけない。

それに対して、今以上の満足感を得なければならない。

 

そもそもそんなことが出来るのかどうかもわからない。

 

もし、私がこれを変えるのなら、

毎日、「今日食べた物以上に美味しい物」を準備し続けなければならない。

 

それは無理。

 

さすがに限界がある。

食べ物に関しては。

だから違うものを例として考えてみる…。

 

結構どれも飽きるまで続ける。

 

たぶん性格っていうのは生活の中の随所に現れて、

めちゃくちゃ強い衝動なんだと思った。

 

それを越えてくるインパクトが無いとなかなか変えられない気がする。

 

インパクトのある経験が必要かもしれない。

 

経験が性格を作っている。

同じ物を食べ続けてしまうのは、「自分がそうすることで満足感を得られる」からだと思っている。

例えば、それを我慢して、「違う物」を食べたとしても満足感はさほど得られない。

だから結局また同じものを食べ続けてしまう。

それは自分を満足させたいから。

 

我慢すればするほど性格が求めてくる。

 

そして行動に移す。

だからどこかで満足させてあげないといけない。

自分を我慢させるんじゃなくて、満足させてあげる。

 

それで少し落ち着いたりする瞬間もある。

 

それと、経験。

 

例えば、大好きな人がいて、すごく片想い中。

大好きだから何とか自分の物にしたいと考える。

 

じゃないと自分が満足しない。

 

ところが、

近づこうとすると、

「あなたの鼻の形が大嫌い!」

と言われたとする。

 

それから鼻の形が気になって仕方がなくなる。

 

大好きな人が自分に振り向いてくれるようになるには…

 

鼻の形を変えるか、それをカバー出来るだけの他の何かが必要。

 

性格上、自分が満足するまで頑張りたい。

片想いを実らせたい。

 

だから頑張って変えようとする。

 

一度は傷ついたとしても、それをなんとか克服しようとする。

「○○が嫌い!」って大好きな人に言われたら、そりゃ傷つく。

その時のインパクトが自分の価値観や性格を変えたりする時もあると思っている。

 

トラウマになるような場合もあると思うけど。

 

恋愛には物凄い力がある。

出来なかったことが出来てしまう事もある。

普段よりも頑張れてしまったりする。

そもそも出来たのにやらなかっただけだとは思うけど。

恋愛の力と性格が持つ力が合わさって、

 

とんでもない方向へ自分が進んで行くこともある。

 

使い方を間違えると変な方向へ。

使い方が正しいとすごく良い方向へ。

 

私は変な方向へ行く方が多かったように思う。

そこから修正して、何とか今があるんじゃないだろうか。

 

「変な方向へ行った。」

 

これも立派な経験。

結局、我慢したり、満足したり、バカにされたり、成功したり、失敗したり、怒られたり、笑ったり、恥ずかしかったりの経験で性格は作られているのだと改めて思う。

 

性格が経験を作っている。

我慢するのも性格で、満足するのも性格で、バカにされたと感じるのも性格で、成功と捉えるのも性格で、失敗と感じるのも怒られるのも笑うツボも性格だったりする。

 

そうなると同じ事を経験しても、性格によって捉え方が変わる。

 

捉え方が変わると経験値にも差が出る。

 

怒られたと感じるのか、教えてもらったと感じるのか。

失敗と捉えるのか、チャンスと捉えるのか。

成功と捉えるのか、スタートと捉えるのか。

 

それが性格によって違う。

性格によって得られる経験値には差が生まれる。

 

大きな経験値を小さいものにしていないか。

小さな経験値を大きく出来る術を知っているか。

 

私は物事の捉え方でこれまでの世界が反転するんじゃないかと感じている。

 

同じ物を食べ続ける事でどんな経験値が得られるのだろう。

自分が満足するまで続けてどんな事に気が付くのだろう。

我慢ばかりをして何を得られるのだろう。

我慢して、我慢して、我慢して、体から出られない欲求はどこに向かうのだろう。

 

経験したこと全てがプラスだと言われたことがある。

 

どこかで悔しくても、悲しくても、失敗しても、怒られても、「これも経験だな」と適当に受け流す瞬間がある。

それで本当に良かったのだろうか。

 

もっと疑問に思わなくちゃいけない。

 

どうして我慢しているんだろう。

どうして同じものを食べてしまうんだろう。

どうしてあの人が好きになってしまったんだろう。

どうしてフラれてしまったんだろう。

どうして怒られたんだろう。

どうして、どうして。

なんで、なんで。

 

その理由は全て後付け出来たりする。

感情はすごく便利だったりする。

 

経験をプラスに出来るのは自分だけ。

誰でもない。

自分だけ。

 

今我慢しているのは今後の自分の為。

同じものを食べてしまうのは美味しいものを知っているから。

好きになってしまったのは一緒にいて幸せになれそうだから。

フラれてしまったのは自分にはまだ足りないものがあるから。

怒られたんじゃなくて、教えてもらった。

 

理由なんていくらでもプラス出来る。

付け足せばいい。

 

どんなに不利な事が起こったとしても、

プラスに捉えることが出来るのなら、

 

経験した全てが自分を作る大切な要素になるんじゃないだろうか。

 

それも性格。

バカになるわけじゃない。

圧倒的に反省する時もある。

 

なんでもない事を大きな経験にしてみたり、

大きな事をまるで「なんともないように」振る舞ったり。

 

そういう意味が分からない経験を繰り返していく内に自分の性格が作られていくんだと思っている。

 

時にはバカをやって。

時には自分にしかわからないような事で笑ったり泣いたりして。

悔しい想いも、嬉しい想いも消化して。

栄養にして。

 

バカを活かせるようになる。

真面目を活かせるようになる。

悔し想いを力に出来る。

嬉しい想いを癒しに出来る。

 

なにもかもやる前から悟っている場合じゃない。

経験して、考えて、

ひらめいていこう。