「クソみたいな毎日」から教わったこと

生活

仕事をしているとたまに追い込まれたりすることがある。

その「追い込まれる」には仕事以外の事も含まれている。

プライベートでの人間関係やその他の事。

家族の事。

恋愛も。

仕事はやらなくちゃいけないとわかってはいるけど、そういったネガティブ要素が重なると、すごく追い込まれる。

どれも手につかなくなる。

「なんで私ばっかりがこんな目に…。」

なんて思う。

正直に言います。

「それはあなただけではない。」

「むしろ私の方が不幸だ!」

そんな人がたくさんいる。

でもこんな人もいる。

「私は幸せだ!」

「どんな事があっても乗り越えてやるぜ!」

全く同じネガティブが目の前にあっても、捉え方一つで考え方が180度違う人がいる。

私はいつでもネガティブです。

でもそれを本心からポジティブに変換出来る人が羨ましい。

逆境を力にして乗り越えていける人。

ピンチの先にチャンスを見出せる人。

私はいつもそういう人になりたいけどなれない。

同じような想いを持っている人に伝えたい。

「クソみたいな毎日だ」って思って今を生きている人に。

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困難に出会った事がすでにポジティブ。

例えば憧れの人がいて、その人を目指してやっているけど、全然近づいているような気がしない。

むしろ離されているような気がする。

憧れの人との距離が離れていけばいく程、ネガティブな思考回路になる。

「思い通りにいかない」

そう思うようになる。

…。

はっきり言いたい。

それは違う。

ネガティブになる必要もない。

「憧れの人になれない」ってのはネガティブでもなんでもない。

そもそも自分自身は「憧れの人」ではない。

「ものまね王座決定戦」で優勝したとしても「憧れの人」にはなれない。

本人には絶対になれない。

でも、「あの人みたいになりたい!」って思って努力することは決して無駄ではない。

だって、

ものまね王座決定戦で優勝出来たんだから。

むしろ努力の結果。

憧れの人にはなれないけど、「あの人みたいになりたい!」って想いが努力の根源。

それを続けていく中で自分だけの価値を見つける。

そしてそれが多くの人の関心に触れて、結果的に自分が新たな憧れの人になったりする。

「理想はいつだって切っ掛けに過ぎない」と私は思っている。

それを目指して頑張ることこそ大きな結果をもたらしてくれる根源だと考えている。

その理想に向けて頑張る方法だって人それぞれで、失敗したり挫折したり、諦めかけたり、時には諦めたりする。

それでもまた理想を掲げて努力してみる。

頑張ってみる。

今目の前にある大きな壁みたいなものが、叩いてもダメで、登ってもダメで、「追い込まれた」って思って、何も手につかなくなる時がある。

そんな時だって、悩んで、何とか超えようとして、ダメで、違う道を探したりする。

困難を乗り越えることだけが全てじゃない。

なんなら回り道をして迂回して超えたって良い。

引き返したって構わない。

選択肢は無限。

自分なりにやってみるしかない。

全く同じ困難が全ての人の目の前に来るわけじゃない。

困難に出会った事実。

これがいつも自分を成長させるきっかけ。

だからポジティブ。

諦めたってどうせまたどこかで壁が立ちふさがる。

そこで何かを考える。

実行する。

そして成長する。

私が言いたいのは、実は「困難に出会った時点でポジティブ」なんだってこと。

そこで色んな事を考えてチャレンジしてみる。

時には諦めてみたり、別の道を探したり。

全部が成長だと思う。

本当は困難に出会えたらラッキーなのかもしれない。

クソみたいな毎日を過ごしているとそうは思えないかもしれないけど、もう少し読んでほしい。

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この世は夢を捨てたって生きていけるようになっている。

今、私の周りには、様々な夢を諦めてきた人がたくさんいる。

サッカー選手。

パイロット。

医者。

弁護士。

歌手。

まだまだたくさんある。

私の周りにはそういった夢を放り投げて、今を一生懸命生きている人がたくさんいる。

子供の頃からの夢。

大人になってから思い描いた未来。

叶わないまま。

でもそんな夢が叶わなくたって、今を精いっぱい生きている。

生活の維持の為だろうが、家族の為だろうが、それでもなんとかやっている。

私もその一人。

子供の頃からの夢は叶わなかったし、大人になってから思い描いた未来も手に入らず。

それでも今、なんとかやっている。

多くの人を励ましたり、元気づけたりするような事は出来ないけど、「なんだ、あいつもなんとかやっていけてるのか」って思ってもらえているんじゃないだろうか。

特に同級生には。

どこかで自分は特別な存在だと思っていて、今でもそう思う瞬間はある。

逆に「何も出来ないな」って凹んでみたり、力が及ばず歯がゆい想いもする。

でも何とかやっていけている。

誰かの憧れになれるような事は出来ないけど、自分を何とか維持することに成功している。

あの時、あの日、「夢が叶わなければ私の人生に意味など無い」と思っていたけど、今こうして夢を捨てて生きている。

野望はあるけど。

それに今の生活が不幸だとは思っていない。

これまでの自分の努力とか、頑張りとか、そういったものと引き換えに手に入った現状だとするなら、どこか、納得出来てしまう自分もいる。

だとしたら、これからもっともっと努力しなくちゃいけない部分があったりもするんだろう。

夢を捨て、また拾ってみたり。

不自由な想いを抱きながらも、結構自由なのかもしれない。

何度も夢を捨てては拾い、それを繰り返して来てわかったことがある。

この世は夢を捨てたって生きていけるようになっている。

また、夢を抱けるようになっている。

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クソみたいな毎日でも。

「なんで自分だけ…」

毎日の仕事やプライベートで抱えた問題が一度にのしかかる瞬間。

仕事の問題、家庭の問題、友達との問題、恋人との問題。

やらなくてはいけない事でやりたい事が出来ない状況。

一気に片付けるのか、一つずつクリアしていくのか、全部投げ出すのか。

それを選ぶのは自分。

結局自分。

結局どれを選んでもこの世は生きていけるようになっている。

それは間違いない。

どんなに辛い選択でも、どんなに賢い選択でも、それを選ぶのは自分。

選びたい選択がたくさんあると頭がパンクしそうになる。

「なんで自分だけ…」って思った時。

実は選びたい選択肢があったりする。

でもそれが選べない状況。

思い切って「全部捨てる」を選択したとする。

その後、自分にはどんな事が待っているのか。

それを経験して学ぶ。

「全部捨ててよかった?」

「全部捨てなきゃよかった?」

「部分的に捨てればよかった?」

経験しなくちゃいけない。

経験して学んでいかなくちゃいけない。

全部捨てたって、どうせ新しい何かがスタートする。

また新しく作っていく。

何度も何度も全部捨ててみたって、何度も何度も新しく作っていく。

卒業したって新しい生活がスタートする。

卒業しなくたってまた同じ生活がスタートする。

日が沈めば日が昇る。

失敗しても、うまくいっても、楽をしても、辛くても、それが過ぎればまた新しいスタートが待っている。

うまくいかない毎日。

「なんで自分だけ…」って思う毎日。

百歩譲ってもクソみたいな毎日。

投げ出したくても投げ出せない毎日。

私は悔しい。

そんな毎日が続いていることがすごく悔しい。

悔し過ぎて、

仕事を辞めた。

そして今がある。

なんとかやっていけている。

家族の協力があって、力になってくれる友人がいて。

支えられて、なんとかやっていけている。

「クソみたいな毎日」の中で得られたものはなかったけど、

「クソみたいな毎日」があったおかげで得られたものがある。

そしたら「クソみたいな毎日」が、我慢して、努力して、続けてみて、頑張った毎日になった。

求めた結果じゃなくても、違った結果が後から付いてくることもあるんだと思った。

自分が大好きな人達を心から大切にしたいと思った。

私は弱い人間だから全てを自分一人で背負うことが出来ない。

だから潰れそうになった。

なんなら潰れた。

そしたら心から大切にしてきた人が救ってくれた。

心から大切な人を大切に想い続けることの価値。

それを「クソみたいな毎日」から教わった。