言い訳しない決断力があれば

メンタル

自分が特別な存在だと思っていても、周りの人より優れている部分が無いことを知っている矛盾。

基本的に自分が中心に世界は回っているが、世界から見たらそうではない事はわかっている。

いつも反発して、自分なら出来ると思って、それが無理だった時の言い訳を考える。

 

気が付けば能力が低いことを隠す「その場凌ぎ」がうまくなった。

努力をしない言い訳がうまくなった。

 

他人はそれを、「器用な奴だ」と言う。

自分の中では器用ではなくて、失敗続きだからそれに嫌気が差しただけ。

気が付けば、言い訳が先に思いついて、「ダメだった時」の保険を作っておくようになった。

目標を立てても達成出来ない理由を最初から考えている。

 

それが悪いとは思っていない。

 

むしろどこかで「それでもなんとかやっていけるんじゃないか」と思っている。

言い訳で使う正義感は見事にハマって、気が付けば言い訳がその場の正義になってしまったりする。

そんな毎日を続けている内に本当の気持ちを言えなくなった。

実は正義感なんて無くて

、社会のルールを「言い訳」を作る為に使っている。

 

私には正義感なんてない。

器用でもない。

自分が幸せなら他はどうでもいい。

 

今だって世界は自分を中心に回っている。

あえて言うような事じゃないけど、言わないのが正義感だと思ってそうしている。

もう我慢の限界。

 

私は私の幸せの為に多くを選択していきたい。

 

自分が選んだ人生に言い訳なんてしたくない。

 

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もう言い訳なんてしない。

流されない。

「あの時こうしていれば。」

そう思った時、全て自分の行動が起因になっている。

自分の決断が起因になっている。

それなのに、「あの時こうしていれば。」と考える。

どうしようもない事と過ぎてしまった事をまるで何者かのせいにしたくなる。

 

自分は「絶対にこうする!」と決めて選択したものなら。

思い通りに決断出来て、勇気を持って選んだものに対しても同じような気持ちになるだろうか。

 

誰かに選択を迫られたとしても、流されてはいけない。

「自分はこうする!絶対!」

その強い想いは言い訳を無くす。

 

「自ら強い意志で選んだ決断だから。」

 

強い意志を持っていれば先に言い訳ではなく、先に失敗や後悔になる。

失敗や後悔から学ぶことは大きい。

 

言い訳をしている内は失敗でもなく、後悔もしていない。

誰かのせいにしたいだけ。

 

そんな事を繰り返していたら、今後も誰かの選択に従う術しかわからない。

誰かに守られていないと安心出来ない。

 

言い訳をしないっていうのは決断じゃない。

 

言い訳をしてしまう原因がわからなければ必ずまた言い訳をする。

言い訳して言い訳して、言い訳に対して後悔や失敗を経験しない限り続けてしまう。

 

私が言い訳をしてしまう理由。

 

それは流されてしまうから。

誰かに合わせてしまうから。

自分の意志が弱いから。

だとしたらそれをやめる。

 

「自分で選んだ」と本気で思えるようにする。

 

それが出来れば先に言い訳が来るような事は無くなって、まず後悔や失敗に変わる。

後悔や失敗をして、「今後はどうすればそうならないか」を考えるようになる。

初めてちゃんと反省する。

 

反省して、自分のせいだと思える。

 

だから自分で選ばないといけない。

結局「流された」と思わないくらい自分で納得のいく選択をしていかなくてはいけない。

 

自分のせいにしなきゃ自分の力にならない。

誰かのせいにしている間は自分の力にはならない。

 

言い訳出来ない状況にする。

自分自身が「完全に自分の責任だ。」と思える状況。

それこそが言い訳が出来ない状況だと思っている。

 

ただ、人は常に社会の中にいて、誰かと共に生きていく。

 

だからこそ全てを自分の責任にするのが難しい。

消費税が上がるとなると、誰かのせいにしたくなる。

当然。

自分はただ普通に生活をしているだけなのに、どうして商品を買うだけでいつもより余計にお金を取られるようになるのか。

納得がいくわけがない。

ところが、

「まぁいっか。」

と思う人もいる。

納得している人もいる。

満足している人もいる。

 

消費税を引き上げようと考えた当人は狙い通り。

 

満足して当然。

自分が下した決断を実行に移して見事に勝ち取ったようなもの。

 

自分は今、国民として、意見を言ってもいいのだろうけど、結局その意見は小さいような気がしている。

だから消費税に対して異議を申し立てるよりも「しょうがない」とモヤモヤを残しながら納得する道を選ぶ。

大きな事を決断する覚悟だったり、それが出来る立場にいる人は小さな決断を何度も繰り返しているんだと思う。

 

偉くなりたいわけではないし、国民の感情を左右させるような決断は私には出来ない。

 

でもそれを選んで、決断して、実行している人が実際にいる。

だからこそ消費税率が変わった。

 

多くの人を動かすのも、最初は誰か一人の決断だったりする。

 

だとしたら、私は今、どんな決断をするのが正しいのだろうか。

言い訳出来ない状況になれば、決断するしかなくなる。

 

でもそうしないと変わらない。

言い訳し続けてしまう。

 

言い訳はしない。

 

これって、

もしかしたら人生で一番最初の大きな変化を生む決断かもしれない。

 

責任感。

自分で決断すると謝罪までの距離が近くなる。

自分で蒔いた種だと自覚しているから。

「悪いのは自分」と実感するまでが早い。

でも誰かの選択によって流されて、それによって失敗が起きると「悪いのは自分ではない」と考える。

「誰が一番悪いのか」と探し始める。

 

「初めに言い出した人が一番悪い。」

 

その初めの人になればいい。

言い訳が出来なくなる。

 

自分で決断して、自分で実行する。

実行に誰かの手が必要になれば、手伝ってもらう。

「自分が言い出したこと」だと自覚していれば、失敗した時に自分で責任を取ろうとする。

または、失敗を想定して実行していく。

より慎重に物事を決断しながら進められる。

 

もし人材に恵まれないのであれば思い通りの人材が揃うまで待つ。

 

本気で「あなたが必要だ!」とその人に対して言えるようになる。

もう言い訳はしない。

責任も持つ。

ダメなら謝罪もする。

 

責任感が生まれる。

 

全て自分の責任で、それに巻き込んだ誰かの事も本気で考えられるようになる。

言い訳出来ない状況を作るには根気がいる。

全てを自分が納得出来るレベルにするには時間もかかる。

 

だけどそれをしないと自分が満足しないのならそうするべき。

 

強い責任感を持っていれば強い絆も生まれる。

その絆が光になることだってある。

その光は多くの人を動かす力に変わったりする。

自分の魅力になる。

 

いつも誰かを魅了する人。

多くの人に慕われる人。

 

強い責任感を持っている人。

 

世界の中心。

結局自分が望む方向へ物事を運びたいだけ。

それ以外に納得が出来ないだけ。

今でも世界は自分を中心に回っていると思っている。

もちろん人にはそれぞれの価値観があって、「言い訳をしない人」も「言い訳をする人」もいる。

偉くなりたい人もそうでない人もいる。

 

支えたい人も支えられたい人もいる。

 

自分を中心に置いて考える。

そう思わないと決断なんて出来ない。

 

傲慢になるわけじゃない。

わがままになるわけじゃない。

 

ただ、言い訳をしたくないだけ。

 

それだけなのに、考えなくてはいけない。

自分を変えるのは大変なこと。

周囲の反発も必ずある。

 

変わろうとする気持ちも決断力。

反発があるのは当たり前。

形が変わろうとするのに反発が生まれないわけがない。

 

でも、

もう言い訳はしない。

 

その決断は絶対に無駄にならない。

多くの新しいチャレンジを生む。

無駄に正義感に溢れた言い訳をするくらいなら、速攻で謝罪出来るような責任感を持っている方がかっこいいと思っている。

 

誰かの人生を背負う必要はないけど、

それも含めて自分の人生だと思えるような人になりたい。

 

だから言い訳をしない。

 

簡単なように思えて、すごく難しい。

やっぱりいつもどこかで言い訳を探してしまう。

 

あの時こうすれば。

あの時こう言っていれば。

 

後悔しか生まない言い訳はいらない。

 

前だけを見て歩きたいのかもしれない。

 

だから私は言い訳をしない決断をする。