「家庭円満」は自然に作られるものじゃない

生活

最近知り合いのご家族からこんな話を聞きました。

「旦那が家にいる時に、何を話せばいいかわからないからソワソワする。だったら出かけていてくれた方が良い。仕事に行ってくれていた方が良い。」

これって、なんかすごく寂しくないですか。

「家族なのに…」って思ってしまった。

でもそういった意見が出てくるってことはその家族だけではないんだと思う。

でも正直、寂しい。

我が家では休みの日は家族揃って何かをするのが日課。

出かけたり、ゆっくりしたり、昼寝したり、お茶したり。

今では互いに満足出来るような時間を作れるようになった。

ただ、それが定着するまでにはそれなりの時間を費やした。

それなりにバトルを繰り返した。もちろん口論で。

夫婦だから一緒に住んでいるのは当然かもしれないけど、居心地が悪いのはちょっと残念。

夫である私の価値観なんて基本インドア。

子供がどんなに騒ごうが近くの公園が精いっぱい。

妻はスタバに行きたがるけど私は缶コーヒーで十分。

でも全てを突っぱねるわけではない。

たまにはリクエストに応えたい。

じゃないと嫌われるし。

自分の意見を主張する時もあるけど、家族の意見も取り入れる。

上手くバランスを取ろうとする。

でもそれは話の流れの中で生まれるやり取りであって、いきなり価値観の深い話合いにはならない。

だから時間がかかるし努力も必要。

私は思った。

家族円満は自然に作られるものではない。

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家族とは小さな国家を築くようなもの。

国家なんて言い方をすると重苦しいかもしれないけど、そのくらいの覚悟は必要なんじゃないかと思う。

仕事ではそこまでの人間関係は必要ないかもしれないけど、家族はこれからもずっと、それぞれが生活しやすい環境を作っていきたい。

妻から「夫がいるとソワソワする」なんて言われたら単純に「生活しづらい」って事だと思うのです。

なんか悲しい気持ちになるし。

でも言ってほしい。

きっかけとして。

改善しなくちゃいけない。

国家だって、法律だって、常に改善しながら進化してきたはず。

だから私達家族も国家を築いていくような心持でいなくちゃ。

それには何が必要か。

「本心を赤裸々に伝える事」だと私は考えている。

家族とは言え、元々他人。

育った環境が違うどころか、家族を国家と例えるなら、「別の国の人」なわけです。

そのくらい違う文化で育った二人が新しい国家を作るにはどうするか。

価値観を融合させていくしかない。

それは「他の家族は○○している」とか「普通は○○だ」っていう主張じゃなくて、「私達家族が楽しく生活するには」っていう主張が必要なんだと思う。

家族全員が本音を赤裸々に主張して、それを考える。

ご近所や職場で「普通は○○じゃない?」って同意を求めるような意見交換もあるかもしれないけど、それに無理矢理合わせて家族全員がバラバラになってしまうようなら即却下。

妥協しながらも満場一致で「それならみんな気持ちよく生活出来るね!」ってところに着地しなくちゃいけない。

何も言わずに「感じ取れよ!」って思う夫もいるかもしれない。

でもそれは無理。

ちゃんと伝えないと。

赤裸々に。どんなにダサい主張でも。

ちゃんと議論しないと。

「黙って俺についてこい!」って言えるのはそれだけのリーダーシップと結果を出せる人じゃないと。

信頼が無いのに「俺についてこい!」なんて言う夫は意味不明。

国家には色んな形があるけど、どんな風に築いていくかは本気で悩んだ方が良い。

家族総出で必ず議論の場を作った方が良い。

じゃないと我が家がどんどん居心地の悪い空間になってしまう。

私はいつだって我が家は「帰りたい!」って思えるような環境であってほしいと思っている。

最高に安らげる場所であってほしいと思っている。

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家族全員の価値観を理解する。

大人になると、私を育ててくれた親との価値観も少し違ってくるのを感じている。

同じ家族として生活してきたけど、大人になって、自分で家族を持つようになって、どんどんその価値観は変わっていく。

同じ家族ですら違った価値観を持つことがあるってこと。

結局一人の人間として違う価値観を持っている。

同じ屋根の下にいた家族でも違うんだから私と私の妻ではそもそも全く違う価値観を持っていると思った方が良い。

だから我が家では話し合いをする。

お互いの価値観を主張し合う。

赤裸々に。

それに無理矢理合わせるわけじゃない。

確認する。

そして理解する。

理解した上で自分の価値観も主張する。

それを一度や二度だけじゃなくて、何度も何度も話し合う。

すれ違いそうになったり、時にはぶつかったりするけど、必ず話し合う。

本心を伝える。

どんなにくだらない事でも、お互いの価値観を理解する為に掘り下げて話をする。

譲るわけではなく、知っておく、理解しようとする。

理解しておくことで、相手の気持ちが自然にわかるようになる。

そして自分の価値観を理解してもらっておくことで、分かり合えるようになる。

でもそんな価値観もすぐに変わったりする。

仕事やプライベートやその他の様々な情報によって。

だから時間がある時は常にお互い確認し合う。

そもそも自分と相手の価値観は違うから相手の価値観を忘れてしまうこともある。

そんな時も早めに確認し合う。

確認というか、なんとなく話し合いをする。

あんまり話し合う時間が無いと、口論になったりする。

それでもお互いが納得するまで、理解するまで話し合う。

ぶつかり合うこともやめて、なんとなく過ごしていると、価値観を理解するのをやめてしまう。

「どうせわかってもらない」って感じてしまう。

「話しても意味が無い」って思ってしまう。

そうなれば一緒にいる時間も「楽しくない」と感じるんじゃないだろうか。

親でも子供でも同じ。

せっかく家族なんだから、ちゃんと理解し合いながら「作って」いかなくちゃ。

気に入らないルールがあるならそれを変えられるように主張する。

どうしても協力してほしいことがあるならそうしてもらえるように主張する。

主張し続ける。

ヘタにオブラートに包もうとすると伝わらないから赤裸々に言った方がいい。

そうやってルールは作られるものだと私は思っている。

一度や二度の話し合いで決定するはずがない。

それは国家を築いていく過程でも同じ。

家族っていうのはそのくらい大切な繋がり。

家族全員の価値観を理解しようとしない限り、居心地の悪い環境は良くならないんじゃないだろうか。

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みんなで家族です。

どんなに妻にイライラしても。

どんなに夫にイライラしても。

どんなに子供にイライラしても。

嫌気が差しても、悲しくなっても。

みんなで家族です。

家族であるのが当たり前のように感じてしまう時もある。

当たり前だからこそ気にしなくなる部分もある。

家族だから…諦めてしまう部分もある。

でもみんなで家族です。

誰か一人でも「居心地が悪い」って感じているのならそれは家族みんなの問題。

もしかしたら時間をかけて居心地が悪くなっていったのかもしれない。

そうなれば修復するのにも時間がかかるかもしれない。

それがどうした。

私は家族でいる時間が「最高に幸せだ」と感じてほしい。

ダメな事はダメ。

良い事は良い。

誰か一人だけが「良い」じゃダメ。

誰か一人だけが「ダメ」じゃダメ。

だと思っている。

大人になるにつれて多くのことを背負うようになる。

そうなると家族以外に気を使わなくちゃいけない事がたくさん出てくる。

それでも家族みんなでいる時間を守りたい。

仕事やプライベートでどんなに嫌な事があっても、どんなに精神的なダメージを負ったとしても、家族でいられる時間はそれを回復する時間にしたい。

どんな事があっても、「私の家族ならきっとうまくいく!」って思いたい。

思ってほしい。

どんなに失敗が続いても、家族がいる。

最後の砦として守り続けたいし、成長させたい。

だからこそ家族。

家族は一人じゃ作れない。

だから家族の成長にはみんなの成長が必要。

常に話し合って、価値観を理解し合って、「私の家族は最高だ!」って思っていたい。

誰かと比べる必要はないけど、国家を築き上げるような覚悟で、外で疲れて帰ってきても、どんなにネガティブになって帰ってきても、

「家に帰りたい。家族に会いたい。」

って思ってもらえるようにしたい。

家族をそういう場所にしたい。

そういう家族を築きたい。

「夫は仕事に行ってもらってた方がいいな」とか「家の居心地が悪い」とか。

実は緊急事態だと思う。