家族の元気はお金じゃ買えない

生活

母の元気は家族の元気になる。

我が家では旦那の元気が無くても家族はあまり心配しない。

家族の士気が下がることもない。

だけど嫁の元気が無くなると家族全体の士気が下がる。

 

単純に我が家がそうなのかもしれない。

 

でも他の家族の事なんてほとんどわからない。

むしろ「あえて」悪く伝えたり、「あえて」良く伝えたりしてくる。

だからわからない。

 

知ろうとしても本当の事を包み隠さずに伝える人の方が少ない。

 

どうしてそうなるのかわからないけど、

私もそういうタイプ。

 

本当の事はなかなか言わない。

言う時に限って盛ったりする。

 

見栄を張っているのか恥ずかしいのかはわからないけど、

本音っていうのは隠される。

 

とにかく我が家は嫁の元気が無いと家族の元気が無くなる。

 

そういう家族が他にいるのかどうかもわからないけど、

単純に考えると、

嫁の幸せは家族の幸せっていうことで良いんだと思っている。

 

我が家をどんな家族よりも幸せにしたいのなら、

嫁に真っ先に幸せを感じてもらわなければならない。

 

それはプレゼントを与えるわけでもなく、

お金が溢れるような稼ぎを持つことだけではない。

 

嫁が感じる「充実」だと思う。

 

共働きだろうが、そうではなかろうが、

子供がいようがいまいが、

充実しているかどうかはすごく大切。

 

縛られていれば元気もなくなる。

全く自由に過ごせる時間がなければ元気も無くなる。

 

様々な家族があって、

その家族各々に価値観はあると思うけど、

「家族の充実感」はとても大切なんじゃないだろうか。

 

家族が一番の幸せを感じる瞬間。

我が家は嫁の充実感からスタートすると感じている。

 

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母の元気は家族の元気。

全てを譲るわけじゃない。

これまで一生懸命それなりに自分の人生を歩んできた二人が結婚したのだから、

特別なんの知識もないわけじゃない。

だから夫婦とは言え、お互いに「やりたい事」もある。

 

夫婦であればお互いがやりたい事もある中で、バランスを取りながら、各々が充実感を得られるような生活をしていくのが理想。

 

でもそれは簡単なことではない。

 

一緒にいることで「充実」が永遠に叶わないものだと感じちゃ夫婦でいることに意味を感じない。

基本的に人は自由でありたいと思う生き物だと考えている。

 

家族の誰かが「これをやりたい!」と願っていることを頭ごなしに食い止めたところでストレスが溜まるだけ。

もちろん夫の私にだってやりたいと思っていることはある。

 

だから全てを譲ったりはしない。

 

夫婦として、どこに着地させるかどうかはそれぞれだと思うけど、

これまで一緒に生きてきた感覚だったり、家族の考え方を踏まえた上で決めていかなくてはいけないんだと思う。

 

自由を奪うんじゃなくて、お互いがどうやったら少しでも充実した生活を送れるか。

充実させる為の我慢は少なからずある。

 

世の中の価値観も日々変わるのだから私達家族も流動的にならざるを得ない。

常に話し合ったり価値観を共有していないと、どこで食い違ったのかもわからない。

 

全部は譲らない。

でもサポートはする。

 

微妙で絶妙なポイントを探す。

お互いに家族としての充実感を味わえるのはどこなのか。

 

本音で話さないと何もわからないまま時間だけが過ぎていく。

 

家族にはいつも本音でありたい。

これは我が家の理想に近い。

子供の頃は家族にも言いづらいことがあった。

だから我慢している部分もあった。

そういう想いをしたからか、

若くして、家を出たいと思っていた時期が続いたりした。

 

でも親になって、

家族を持ってみると思う。

 

隠し事はしないで欲しい。

出来れば全て理解してあげたい。

把握しておきたいと思ってしまう。

 

自分が子供の頃に言わなかったことも、

言えるような環境にしたいと思っている。

 

それは逆に自分が言えなかったことが多かったからかもしれない。

「なんでも言い合える家族だったらもっと素敵だったな」とどこかで思っている。

 

結局子供は将来的に新たに家族を作るかもしれない。

 

だけどそれまでは本音で話せるような環境であってほしい。

それが私の充実感に繋がったりしている。

 

お金を稼ぐのは当然。

嫁の充実をサポートするのも当然。

更に本音が言える環境を作る。

 

家の中で本音が言えなければ、外で言ってしまうかもしれない。

それはショック。

出来れば一番最初に家族に言ってほしい。

外でも言えないかもしれない。

それもショック。

ストレスばかりを積み重ねてしまう。

 

どんなにぶつかっても、どんなにけなされても、

どんなにバカにされても、どんなに嫌なことがあっても、

家に帰ってきたら本音で話せるような環境にしたい。

 

毎日良い事ばかりが起きるわけじゃない。

理不尽な言葉や行動で必ずなにかしらの影響を受ける。

 

結局本人達で決断をしていくんだろうけど、

その決断を上手にサポートする為にも、

家族の中では常に本音をぶつけて欲しい。

 

まずは私自身が本音で向き合えるようにならないといけない。

どんなにダサい父親でも、

 

ひとつくらいは良い所があると誰かに言ってもらえるようになりたい。

 

サポート役。

家族の幸せを考えて、家族それぞれの充実感を大切にしようとする。

その充実感は叶うにつれて変わったり、

社会に触れることで変わったりする。

 

毎日何かしらの理由で充実感を得られる瞬間や条件が変わる。

 

だけど充実感を得られない生活をするとストレスも溜まるし本音を言えるような雰囲気でもなくなる。

毎日のように変わる「充実する内容」を捉えながら家族として生活を送る。

 

考えるだけで大変だと思う。

 

だから話をする。

毎日のようにそれぞれが一度社会に出て、影響を受けて帰ってくる。

だからこそ自然に本音が出せるような家族でありたい。

 

変化する充実感を少しでも察知できるような環境を作っていきたい。

 

考えるだけで大変になるからそういった環境づくりだけを意識しようと思う。

それによって外で溜め込んできたネガティブを発散出来るようにしてやりたい。

 

それを友人に相談したことがある。

 

友人は私に、

「そんな事をしなくても子供は自分の意志で決断していくものだ。」

と言う。

その通りだと思う。

私に出来るのはその決断に対するサポートだけ。

所詮そんなもの。

 

日々変わっていく充実感や満足感に全てを合わせるわけではなくて、

決めたことに対してのサポートをする。

 

決断するまではその内容を話したくないかもしれない。

 

そんな時に無理をして話をする必要は無いと思う。

だけどそれすら言えるような環境でありたい。

 

甘やかすわけではなくて、

サポートしたいから。

 

知っているからこそサポート出来ることだってあると私は思っている。

 

過保護だと思われるかもしれないけど、

妻にも子供にも充実感を得て欲しいし、

それが家族の幸せだと思っている。

 

自分のやりたいことを蔑ろにすることもないけど、

サポートくらいだったら出来るんじゃないだろうか。

 

むしろ私にはサポートくらいしか出来ないのかもしれない。

 

母の元気は家族の元気。

我が家では母親のテンションが最も家族のテンションを左右する。

過剰に気を使う必要はないにしろ、

やっぱり元気でいて欲しい。

誰よりも幸せを感じていて欲しい。

その為に私に出来ることは何だろう。

 

お金を稼ぐ。

話し合う時間を作る。

今後の事を考える。

 

生きていればテンションの上げ下げは絶対にある。

下がった時にどんなサポートが出来るのかわからないけど、

その都度原因を一緒に探したり、檄を飛ばしたり、

一緒になって解決していかなくちゃいけないんだと思っている。

 

無理矢理テンションを上げさせるだけではダメで、

根本的な原因を見つける。

それに向かってまた一緒に頑張っていく。

 

別に結婚してなくても一緒にいられるような関係でなくてはいけない。

 

結婚っていう縛りが無くても、お互いにサポートしながら、

良い関係を作っていかなくてはいけない。

 

「結婚してるんだから」

なんていうのは言い訳にしかならない。

 

自分達なら、

たとえ結婚していなくても家族の大切や絆を証明出来ると信じている。

 

母の元気は家族の元気。

家族の元気は母の元気。

 

私の元気も母の元気。

 

めんどくさい時もある。

うっとおしい時もある。

タイミングが最悪な時もある。

一人になりたい時もある。

 

でも、すごく幸せな時もある。

すごく安心する時もある。

 

それは幸せに向けて努力しているから。

 

家族っていうのは作るもの。

与えられるものじゃない。

 

明日の家族の幸せの為に、

今日何が出来るだろう。

 

なんも出来ない。

思いつかない。

 

それなら妻の元気を支える。

家族の元気はお金じゃ買えない。