「ガラケーからスマホに強制的に変えなくてはいけなくなった」と嘆く親に子がしてやれる事

小言

先日実家に帰った時、親が「ガラケーからスマホに変えなくてはいけない」と言っていた。

何の事かと思ったら、契約している携帯会社からハガキが届いたようで、その中身は「3G通信の終了」を知らせるものだった。

親がこよなく愛し続けている携帯はガラケー。

ハガキに書かれていた内容は、3Gの終了とスマホへの変更が無料で出来る案内だった。

そのハガキを眺めながら息子の私に親が言う。

「スマホなんて使えるだろうか…」

個人的な意見かもしれないけど、正直に言うと、スマホの方が圧倒的に使いやすい。

「タッチする」って使い方は直感的で、我が家の4歳の娘ですら扱える。

電話をしたいなら「電話のマーク」をタップすりゃいいだけ。

メールをしたきゃ「メールのマーク」をタップすりゃいいだけ。

ガラケーよりも遥かに多くの機能を使えるスマホだけど、そういった機能を無理して使わなくてもいいだろ。

ガラケーのように使えばいいだけの話なのに、大騒ぎしている。

めちゃくちゃ心配している。

とうとうガラケーが無くなろうとしている現代で、超ガラケー世代の親に、子である私がしてやれる事をここにまとめておきたい。

親のスマホへのイメージを変えてやるだけで解決するとは思うけど…。

不安を取り除いてあげる事から始めよう。

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3Gサービスが終了するんだからスマホにするしかないじゃないか。

私の親は頭が固い。

頑固である。

これまで息子達が「孫の顔を見てほしいから気軽に写真が送れたり、ビデオ通話が出来るスマホにしてくれ」と伝えても、「ガラケーでも写真は送れるぞ?」とか言って全然聞かず、たまにメールで送られてくるガラケーで撮った写真の解像度の低さに私はいつも驚いていた。

その写真をゲームで例えるなら、PS4の時代にPS1の画面を見ているかのような粗さで、カクカクしたポリゴンを目の前に「凄いだろ!」と言われているような感覚。

圧倒的な時代遅れ感があっても本人が満足しているのなら止めようがあるまい。

PS4があってもそれを手に取らず、今でもPS1で満足している世代の人達なのだ。

「時代に付いて行く」なんて考え方は持っていない。

「不自由が無いならいらん」って感じ。

頑固だから息子である私達が「スマホの方が気軽に写真を送れる」と言ったところで無視だ。

どう便利なのかを伝えても明らかに「必要なさそうな態度」で迎え撃ってくる。

そんな中、実家に届いた「3G終了のお知らせ」は「あなたが持っているガラケーは使えなくなります」って内容。

息子の私達がそれを伝えても一向にスマホに変えなかった頑固な親が大騒ぎ。

でもね、残念だが、変えるしかないのだ。

やっと諦めてくれた。

これでアップにすると必ずボヤけるガラケーのカメラで撮られた使えない写真を送られずに済む。

我々は一安心。

当の本人達は「どうしよう…」とかまだ言っている。

「使えるかな?」とか言っている。

私はそんな頑固なガラケーに囚われている親に言いたい。

「もうスマホを使うしかないから!」

サービスが終了するわけだから、持っているのは自由だけど、計算機の機能くらいしか使えなくなる。

私達の親世代でまだガラケーを使っている人達は、息子達の言う事などほぼ聞かない。

そのくらい頑固な世代なのだ。

ずっと「スマホにしてくれ」と言っていた私達の言葉には耳も貸さず、とうとう「使えなくなる」って通知が来た途端に不安になって考え始める。

ガラケーが無い生活。

諦めろ。

ガラケーは無くなる。

使えなくなる。

スマホへの変更はもはや「消費税」と同じくらいに強制されるのだ。

諦めるしかあるまい。

「ガラケーが使えなくなるー!どうしよう!」と騒いでもしょうがない。

もう、変えるしかないのだ。

私はあたふたしている頑固な親に伝えた。

「変える以外の選択肢は無い」と。

誰も「スマホを使いこなせ」とは言っていない。

ガラケーがスマホに変わるだけ。

強制的に。

焦り過ぎだ。

スマホをこれまでと同じように使えばいいだけなのに。

わからない部分があればメモにまとめて後で教えてもらえばいいじゃないか。

恐らく、急にガラケーからスマホに変えれば、電話やメールをするだけでも戸惑うだろう。

だから私はそんな親に、とにかくわからない部分や、ガラケーでは普通に使えていたがスマホに変えてからわからなくなってしまった部分をメモに取ってもらうようにした。

それを後日確認して該当の操作を教える流れ。

スマホに対して苦手意識を持った世代はどれをタッチするにも不安を感じている。

「この操作をしたら元に戻らなくなってしまうかもしれない」

「この操作をしたら何か良からぬ事が起きるかもしれない」

そう思うと、たとえ何も起こらない操作だとしても、躊躇してしまう。

実際に手にしなくては無くならない苦手意識なのにビビり過ぎだ。

スマホなんてガラケーよりもよっぽど直感的に端末を操作出来る。

ガラケーが携帯の基本になっている側からすれば革命級の変化なのだろう。

何しろ、ボタンがほぼ、無い。

常にボタンで操作してきた世代にとって、これは圧倒的な違和感だ。

私が学生の頃、ガラケーしか無くて、高校生の時にやっとカラーの携帯が出現した。

その後にスマホに変えた理由は、様々なアプリがあるからではなく、「パソコンと同じwebサイトを開く事が出来たから」で、現代程便利で楽しいアプリはそんなに無かった。

が、その後、進化の速度を早め、あっという間に誰もが簡単に写真や動画を送れたり、通信速度が圧倒的に早い4Gになった事でアプリのボリュームも増した。

で、今、5G。

更に早い。

瞬時に大量のデータを転送出来る。

3G通信しか使えないガラケーが無くなるのは必然。

アラフォーの私が高校生の時に使っていた携帯のままなんだから。

当時使っていた機能なんてのは電話かメールくらいだ。

その感覚のまま現代のスマホに急に変更となれば戸惑うに決まっている。

が、どうせ親が使う機能なんざ、最初はガラケーと一緒。

変えた途端に生まれてくる疑問は操作方法くらいなものだ。

だから最初はとにかく「いつもガラケーで使っていた機能のみ」を優先的に覚える。

それが出来ないと感じたならメモで残してもらう。

それだけでガラケーと同じように使う事はすぐに出来るようになるだろう。

そのくらいの操作なら専門家などいらない。

息子である私が十分に教えられる。

両親に言いたい。

「心配すんな。黙ってスマホに変えればいい。」

電話やメールをするまでの操作の数はスマホの方が少ないぞ?

携帯会社が私の代わりに両親からガラケーを取り上げてくれるならありがたい。

電話とメールを使いこなせるようになれば、必ず「他の事もやってみたいな」と思わせるのがスマホだ。

私も最初は「パソコンで開けるwebサイトを見れればいい」と思っていたけど、結果的に今、様々なアプリをインストールしている。

恐らく私の両親も電話としての機能が使えるようになれば、他にも覚えたくなる。

電話の機能以外にスマホでやる操作となれば、最初に思いつくのはネット検索かアプリのインストールくらいのものだ。

私は以前両親にタブレットをプレゼントした。

「LINE」をインストールした状態で渡したのにも関わらず、気が付けば孫たちのおもちゃになっていた。

孫たちが好き勝手にアプリをインストールして使うおもちゃ。

私はたまにおもちゃにされている端末にLINEから子供達の動画や写真を送っている。

が、「既読」にはならない。

後日実家に行った時に私が自ら開いて見せる。

これじゃあ意味が無い。

でもその状態のまま、なんと、3年経っている。

そう、タブレットをプレゼントしたのは3年前なのだ。

今でも操作を覚えずに写真や動画を送っても見ない。

なんなら普段は電源を切っているらしい。

ある日、孫たちの顔を見たいと電話で言ってきたからLINEのビデオ通話をした。

もちろん出ない。

だからガラケーに電話をかけて、タブレットの使い方を教えながらビデオ通話を試みる。

20分くらいかかってやっと出られたと思ったら自分達の顔は映らず、延々と実家の天井を見せられ、我が家の子供達もその操作の不慣れさから待たされる事に飽き、結局ちゃんと会話が出来たのは5分足らず。

準備に30分。

会話5分。

しかも一度や二度ではない。

ビデオ通話をしようとする度に操作を忘れているのだ。

「孫の顔が見たい!」

と言うわりに、LINEの操作は覚えない。

3年も。

そんな両親のガラケーを携帯会社が私の代わりに取り上げてくれるのだ。

強制的にスマホにしてくれる。

なんてありがたい事か。

これで強制的に操作を覚えなきゃならなくなる。

3年も覚えようとしなかった操作を覚えなきゃならない時が来る。

それなら覚えるしかあるまい。

私からすれば単に「ありがとう!」だ。

そろそろ息子を尊敬してみませんか?

これまで「スマホにした方がいいよ?」と言い続けたのにはちゃんと訳がある。

スマホを使えた方が便利な部分がたくさんあるからだ。

両親も更に歳を重ねれば足腰が弱くなる。

家から出るのも辛くなる日だって訪れる。

ネットが使えるってのは、ネットスーパーも使えるって事になる。

ネットスーパーの最大の利点はお店に行かなくてもスーパーの棚に陳列されているかのような商品を選べて、頼めば家まで届けてくれるサービスだ。

まだ足腰がしっかりしている私達の世代でも多くの人が利用している。

が、実際はまだまだこれからのサービスだ。

その内、スマホが当たり前に使える世代も老人になる。

足腰も弱くなる。

ネットスーパーが当たり前のように使えれば便利に決まっているのだ。

でもそれを「近所のスーパーがあるから」と言ってまだガラケーで満足している。

私の両親はあと数年もすればきっとそう言っていられない年齢になる。

その時に「使えておけばよかった」と言っても、遅い。

すでに使えるからこそありがたいサービスなのだ。

今だにAmazonだって存在しか知らない。

プライム会員なんざチンプンカンプンもいいところだ。

「ネットで買い物をした事が無い世代」なのだ。

そんな世代にとって息子である我々の世代は尊敬される瞬間が来るだろう。

「ゆとりだ」と真面目に扱われなかったり、「好き勝手やってばかりだ」とバカにされて育ってきた私にも、親が持っていない圧倒的な価値を得られるようになる。

それが、「ネットでの買い物」だ。

せいぜいありがたく感じろ。

ちゃんと教えてあげるから。

そして尊敬しろ。

「ダメ息子だと思っていたがすごいんだな」って言え。

スマホが使えるだけでそんな気持ちになってもらえるならいくらでも教えてやろう。

LINEがありゃいつでも孫の顔だって見せてあげられるんだ。

どんなに遠くにいたってビデオ通話が可能になるんだよ。

尊敬出来る息子がいてよかったな。

長生きしなきゃな。

「簡単スマホ」の選択肢。

携帯会社からのハガキには、iPhone6sなどへの変更であれば無料と書かれていた。

余った機種をあてがっている感はあるが、無料ならお得だ。

それでも「そんなの使えるのか?」と不安になるだろう。

そこで、今はどのキャリアでも「楽々スマホ」なる機種が存在する。

ざっくり言って、ガラケーに近い使い方が出来るように工夫されている。

私から見ればスマホの画面を少しばかり大きくして、使いやすくしているだけだが、正直、見やすいと思うのです。

スマホの入門編のような位置づけだとするのなら、選択肢に入れてもいいんじゃないだろうか。

多くの人がスマホを当たり前に使えるようになれば、次は「楽々スマホ」なるものも無くなるだろうが、それでもLINEやネットスーパーは使える。

とにかくスマホに慣れるのが先。

もう3Gは無くなるのだ。

ガラケーも無くなるのだ。

使えるようになるしかない。

どうせ使うしか無くなるんだから諦めろ。

そして使えるようになれ。

この国は優しい。

「楽々スマホ」なんて、ある意味ガラケーみたいな扱いだ。

携帯会社が優しい内に使ってみるのも良いかもしれない。

が、今の時代、年老いても最新のiPhoneをガッツリ使っている姿もカッコいいと思うぞ。

周囲の友人達に「凄いな~」と言われるのも悪くないだろ?

どうせまだまだ年老いていくのだ。

ボケ防止に指先を使うのは良いとされている。

スマホを使いこなして長生きするのも悪くないんじゃないか?

「人生死ぬまで勉強」と誰かが言っていたけど、正にそれだね。

私の両親にとって、「スマホを使わなければならない状況」は試練だ。

その試練を息子である私が助けてやろう。

心の底から尊敬せい。

だけどこれは家族の問題。

ガラケーが無くなるのは一族の問題だ。

これまでの恩を返せるかもしれない。

「全然親孝行出来てないなぁ」と思っている息子達よ。

今だ。

これまでの恩を返すチャンスだと思って一緒に立ち向かおうじゃないか。

おっさんになっても私はお小遣いに期待している。

小言
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心優しきあなたにお願いがあります。

改めまして、執筆者のdaimaruです。

かれこれ数年このブログを続けて来て、思った事があります。

「ひとりで更新し続けるのって寂しいやん」

って事で読んで頂けた方々の感想やら文句やらもブログとして掲載していきたいと考えております。

この下にコメント欄を作ってありますので是非、何か、頂けたら幸いです。

あと、お手数ですが誤字脱字やらも見つけたら報告ついでに一言もらえると私は全力で直します。

数年更新し続けると読み直すのがさすがにおっくうなのです。

どうか、ご協力ください。お願いします。

あれんじ

どうか感想をください。