夢を叶える為の第一歩目ですでに奇跡は起きてる

小言

今日という一日は二度と繰り返せない。

今日やり残したことはなんだろう。

今日「出来るはずなのにやらなかったこと」はあるだろうか。

 

私はたくさんある。

 

今日出来るはずだったことをやらない。

ちょっと甘えてしまう。

どうしても自分の好きなことに時間を費やしてしまう。

好きな事をしている時間が無駄だとは思っていない。

ただ、

 

「今やった方が良いこと」と「好きなこと」を天秤にかけた時に、

いつも「好きなこと」を選んでいる。

 

これは単に自分の甘え何だと思っている。

「今やった方が良いこと」を常に選択出来る人こそ、成功しているのだと思う。

自分はまだ、なにも成し遂げていない。

 

明らかに差があるのが時間の使い方だと思っている。

 

この部分を何とかしなくてはいけない。

そう思ってからすでに何年も経っている。

自然に「好きなこと」へ流されてしまう自分が本当に情けない。

 

夢を叶える人は多くの時間を「今やった方が良いこと」に費やしているかもしれない。

 

ただ、凡人の私にはその選択がどうしても出来ない。

「たまには息抜きしないとね!」っていうのが毎日ある。

「たまに」ではなく、毎日。

 

毎日の息抜きに使っているその30分や1時間を、「今やった方が良いこと」に使いたい。

それが毎日続けば一年で多くの時間を「今やった方が良いこと」に費やせる。

 

わかってはいる。

きっと習慣にしてしまえばいいのだと思う。

一日、たったの30分から1時間。

わかってはいるのに出来ない。

 

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夢を叶える為に今の自分に出来ること。

奇跡は待たない。

恐らく、奇跡というのはきっかけが無ければ起きない。

宝くじを当てるにしても買わなきゃ当たらない。

自分が動かなければ奇跡なんて起きない。

 

今日の自分は夢に向けてなにを頑張ったのだろうか。

 

本気で叶えたい夢に向けてどんな事をやっただろうか。

余力を残していないか。

ちゃんと行動しただろうか。

 

私はしていない。

 

断言出来る。

余力を残している。

「今日はいいや。」を毎日のように繰り返している。

一日頑張ってはみるものの次の日にはまた甘える。

 

そんな自分に奇跡は起こるだろうか。

 

たぶん、起きないような気がする。

奇跡が起きるっていうのは誰かにお願いしているのと同じ。

余力を残して誰かに何かをお願いするなんていうのはちょっとおかしい。

自分の力を最大限使い切って、初めて誰かに何かをお願いするのならまだわかる。

 

奇跡を期待する前に、やらなくてはいけないことはまだまだある。

 

そう思いながら甘える日々が続いている。

 

そりゃ奇跡なんて起きない。

 

頑張る方向。

例えば、野球選手になる夢を持っているのに、友達の家でゲームをして遊ぶ。

それが野球ゲームだとしても、私は「素振り」や「キャッチボール」をした方が夢に近づける気がする。

野球ゲームの大会で優勝するという夢を持っているのなら、友達の家でその腕を磨くのはわかる。

 

友達の家でゲームをしながら「野球選手になる!」と言う。

今「野球ゲーム」を頑張っている。

 

ゲームと野球選手はあまりにも極端でわかりやすいが、

頑張る方向が違う。

 

自分の夢に向けて、貴重な今日一日の中で何を頑張るのか。

たとえ他の「やらなくてはいけないこと」に時間を割かれたとしても、

それ以外の時間をどれだけ有効に夢に向けて頑張れるか。

そしてそれを毎日毎日、続けられるか。

頑張る方向が間違っていると夢にはなかなか近づけない。

 

「あれ?今この時間は自分の夢に向けて頑張れてる?」

 

私は頑張れていない。

きっと頑張る方向がブレずに、一日一日を大切にして、夢に向けて最大の努力を繰り返せる人が夢を叶えるのだと思う。

 

このままの毎日を続けていれば、私の夢は叶わない。

 

それは自分が一番良くわかっている。

もう一度頑張る方向を定めないといけない。

今の生活の中で、頑張る方向を見誤っていないか。

夢への最短の「頑張り」とはなにか。

 

世の中には誘惑が多くて、私は言い訳をしながら楽しい方へ流される。

そして夢への頑張りが弱くなる。

弱くなっても楽しいから「頑張る」を苦痛と感じる。

苦痛と感じると「楽しい」と思う事ばかりを選択するようになる。

 

本当は「夢」が叶うことが一番の幸せなはずなのに。

 

目の前の娯楽に夢中になっている。

 

その時間を「無駄だ!」と言い放ち、速攻で向きを変え、夢に向かってひたすら頑張れる人になりたい。

 

リアルな想像。

大きな夢を叶えたい。

小さな夢を叶えたい。

どちらも最初の一歩は必ずある。

 

どんな夢でも第一歩は経験する。

 

大きな夢を抱くと、リアルに夢を叶えた自分の姿が想像出来ない。

リアルに想像出来ないままでいると、まさに夢になる。

そもそも「それを現実にしたい!」っていう夢を抱いていたはず。

夢を叶えるっていうのはそれを現実にするってことで、夢のままであってはいけない。

だからもっともっとリアルに想像しなければいけない。

 

いつまでも夢のまま置いておいてはいけない。

 

リアルに想像しなければいけない。

目標を実現している自分。

それまでに乗り越えなくてはいけない困難の数々。

そして達成した最高の瞬間。

それを維持していく自分の姿。

 

全部想像して、毎日それに向けて頑張る。

繰り返し繰り返し想像する。

 

多くの選択肢があり過ぎて、どこかで裏道や楽な道を探そうとしてしまう。

 

その道を進んでいけば楽が出来ると想像する。

リアルに楽な道を想像してしまうとそっちの方へ進んで行く。

どんなに楽な道を選んだとしても間違いではないと思う。

想像しなければいけないのは夢を叶えた時の自分。

どんな道を進んだとしても、「こんなはずじゃなかった」なんて思いたくない。

 

最終的に「こんなはずじゃなかった」と思ってしまうような可能性を持っている道を進むべきではない。

何が起きても最終的に「これでよかった!」と思える道を進むべきだと思う。

 

私はこれまでそんな道を進んだことはない。

いつも結果的に「こんなはずじゃなかった」と思ってしまう。

 

それはきっとリアルに想像出来ていないのだと思う。

だから現実にすることが出来ない。

現実にすることが出来ないどころか、全く違う結果が訪れた時に、

 

「こんなはずじゃなかった。」

 

って後悔する。

せめて、「これでよかったんだ!」と胸を張って言えるような選択をしていきたい。

 

夢は叶う。

この世には、夢を叶えている人がたくさんいる。

今日一日の中でも夢を叶えている人がたくさんいる。

きっと知らないだけ。

 

世界にいる全ての人の行動や心情を監視出来ない。

だからその人が「叶えたい!」と考えている夢も、それに向かってどれだけ努力をしているかもわからない。

 

テレビに出て来るような「ノーベル賞」を取った人。

スポーツに小説家にモデルに音楽。

 

私はその人達は夢を叶えた人のほんの一部だと考えている。

世界中の人が考える「夢」のほんの一部。

それがたまたま多くの人が見ているテレビで放映されるものだから夢はごく一部の人にしか叶えられないと思い込む。

「テレビに出るような功績を残すものだけが夢」ではない。

 

大きな夢を叶えるには小さな夢をたくさん叶えなくてはいけない。

 

小さな夢っていうのは、

例えば音楽でプロを目指すのなら、

ギターを弾けるようになること。

歌が上手になること。

ピアノが弾けるようになること。

音楽学校に入学すること。

一流と言われる楽器を手に入れること。

 

まだまだたくさんある。

 

私はその一つ一つが大きな夢に繋がる小さな夢じゃないかと思っている。

小さな夢を回収しながら憧れを抱いている大きな夢へ向かう。

きっとその途中で「リアルに想像」するようになる。

きっとその途中で「頑張る方向」が更にはっきりする。

そして夢が叶う。

「夢が叶う」っていうのはいくつもの選択や経験が重なってやっと辿り着くものであってほしい。

 

それを奇跡だと呼べるようになりたい。

 

私は、

まず、

今日一日を無駄にしないように。

 

少しでも大きな夢に近づけるように頑張ってみようと思っている。

そう考えてから数年…。

 

もし、「今日一日を無駄にしない」が実行出来て、

毎日続けることが習慣になったのなら、

 

それこそ奇跡なんじゃないだろうか。

もしかしたら奇跡は一番最初に自分の中で起きるビックバンのようなものなのかもしれない。