なんとなく、高校を卒業して、なんとなく大学に行って、なんとなく就職して、なんとなく仕事をしてきた私。
アルバイトをやってみたり、音楽をやってみたり、好きな事をやりながらなんとなく生活をしてきた。
今考えるとその時に得られたものっていうのは思ったより少ないような気がするんです。
一生懸命になる時があればそうでない時もあって、結局のらりくらりと暮らしてきました。
結婚して、子供が生まれて、「それなりに幸せ」っていつもどこかで自分の今を肯定してきました。
本当に幸せか?
自分で自分に聞いてみます。
もっと幸せになれるんじゃないか?
それで満足か?
たぶん、なんとなく生きてきた私はどこかで「何とかなる」って思っている節がある。
そりゃこれだけ支え合う社会なんだからそれなりにやっていけるんだと思う。
ただ、本当にピンチになった時。
「一生懸命になったことがある」って思いました。
結婚する前だけど、なんとなく過ごしていた私は就職先が見つかりませんでした。
それを見かねて友達が誘ってくれたんです。
仕事を与えてくれたんです。
その時、本当に救われました。
そして思い出したんです。
「なんとなく生きてきたつもり」だったけど、「一生懸命になったことがあるな」って。
それは「友達を大事にすること」でした。
人付き合いにすごく気を使いながら生きていました。
多くの友人に気を使いながらも一緒に楽しみながら生活をしていたんだと思う。
それが大人になって、本当にピンチになって、力を発揮したんだと思います。
あの時、一生懸命人付き合いをしたからこそ助けてくれたんだと思います。
一生懸命何かを続けた経験は、自分がピンチになった時、その結果をもたらしてくれることがある。
一生懸命続けてきた「何か」はピンチになった時、結果として自分に返ってくる。
人生に迷っても、目標を失っても、必ず何かが見えてくる。
それが一生懸命「何か」を続ける価値だと思っています。
私は実際に友人に救われました。
一生懸命頑張った人付き合いに救われたんです。
どれもこれもなんとなくやってきたけど、人付き合いだけは精いっぱいやってきたんだと思う。
未来のピンチを救うのは「今」の一生懸命なんじゃないだろうか。
誰にでもある一生懸命。
私はいつも「なんとなく生きてるなぁ」って思っていました。
自分の事を「一生懸命になったことがない」って思ってたんです。
でも友人に救われた時に思い出しました。
一生懸命になって続けていたこと。
ピンチになって、それを救われて、気が付いたんです。
だからきっと、私以外にも「一生懸命になったことがないな」って感じている人はいるんだと思う。
ピンチになった時に気が付きます。
背水の陣になれば気が付きます。
その時になにも気が付かなければ、きっと全てが「なんとなく」だったって思うかもしれない。
それはそれで気が付くんです。
「一生懸命になったことが無い」って。
追い込まれて、初めて自分の無力さに気が付いて、一生懸命になる人だっている。
私はそうじゃなかったけど、きっと一生懸命になるきっかけってピンチだと思うんです。
だとしたら、誰にでも一生懸命はあって、それに気が付いていないだけ。
「自分はダメだ」とか「自分は一生懸命になれるものがない」とか「夢が無い」とか「目標がない」とか言っている人がいるかもしれない。
でも安心してほしい。
絶対にある。
ピンチになって初めて気が付いた「一生懸命にならなくちゃいけないこと」がその答えだと思う。
それが仕事でも、趣味でも、人付き合いでも、音楽でも、なんでも。
「一生懸命にならなくちゃ!」って自分で思った時。
ピンチになって気が付いた「それ」が自分を一生懸命にさせるんです。
だからきっと「一生懸命になれるもの」ってのは誰にでもあるんだと私は信じています。
一生懸命を育てよう。
もし、ピンチになって、「一生懸命にならなくてはいけないもの」に気が付いたなら、それを育てていきましょう。
毎日毎日、大切に育てていく。
一生懸命は育てていくことで大きな結果となって返ってくる。
私はそう信じています。
たまたま、あの時、ピンチになって、友人に救われただけかもしれない。
でもそれが「一生懸命になることの意味」のように感じています。
人付き合いとなれば人脈と呼ばれるものを築くまでには時間がかかります。
だから結局一生懸命を続けなければ大きな効果を得ることは出来ないんです。
子供の頃から一緒に遊んだり、苦楽を共にしたからこそ深い繋がりになるのと同じように、一生懸命も継続させていかなくちゃその効果は大きくならないものだと思っています。
だから、もし、「一生懸命にならなくちゃ!」って感じたなら、それを続けていきましょう。
それを育てていきましょう。
その一生懸命を繰り返していくことでもたらされる恩恵は無限だと思うんです。
一生懸命に加減はありません。
最大の力を注いで一生懸命を育てて、それを継続していけばきっと大きな結果となって返ってくると思うんです。
だから私はこれからも一生懸命を育てていきたい。
自分の一生懸命を大事にしたい。
入り口はなんとなくでも構わない。
私が一生懸命に気が付いたのは人付き合いでした。
人付き合いに一生懸命になった入り口を思い出すとすごく「なんとなく」です。
「ちょっと一緒に遊んでみた」って感じだったと思います。
入り口なんて「なんとなく」で、「喧嘩してみたり」「一緒になって遊んでみたり」「協力したり」「同じ夢を抱いてみたり」していく内に一生懸命になっていったんだと思います。
その結果はピンチにならなくちゃわからなかったけど、ピンチになった時に救われる程一生懸命だったかって言われると、「確かにな」って思ったんです。
「ああ。あの時一生懸命だったな。」って。
たぶんどんなことを一生懸命続けたとしても、最初は「なんとなく」なんじゃないかなって思うんです。
ラーメン屋をやるにも「ダシってどうやって取るの?」って思うはずなんです。
なんにもわからないところからだって「一生懸命」を育てていけばきっと大きな結果をもたらす。
諦めるとか諦めないとかじゃなくて、育てる。
一生懸命になった気持ちを大切にする。
その時の想いを大切にする。
入り口は…なんとなくで構わないと思うんです。
一生懸命を続ける価値。
一生懸命になって、それを継続していくと、多くの経験を得る。
その経験は「なんとなく」では得られない。
自分の未来に良い影響を及ぼすと信じています。
一生懸命を続けるって大変なんです。
「なんとなく」やっているよりも失敗のショックも大きい。
挫折を繰り返す可能性だってある。
それでも真面目に、一生懸命になって続ければ必ず何かが見えてくる。
一生懸命続けることで見えてきた数々の可能性が、必ず自分の未来を支えてくれる。
たったひとつでもいいんです。
なんでもかんでも一生懸命になるなんて出来ない。
でもひとつだけでもいいんです。
ひとつだけでも一生懸命続けていくことで、想像以上の経験が得られたりする。
その力は「乗り越える力」です。
突破する力です。
自分の人生の壁を突破していく力。
それを「一生懸命に続けた何かの結果」がもたらしてくれるはずなんです。
一生懸命続けたからこそ見えた未来がある。
その経験がどんなものよりも強い力になります。
自分を信じて突き進む力にもなります。
それが価値。
「自分にだって出来る!」って心から信じ切れるようになる。
その価値は自分の未来を切り開いていく中で絶対に必要な力だと私は思っています。
どうか感想をください。