今日も会社へ行く

仕事

生まれてきた意味なんて必要ないと思っている。

私は世の中を動かす程の力を持っていない。

だからきっと今めちゃくちゃ大声で叫んだところで、「大きな声を出している変な人」になる。

例えそれが地球にとってどんなに良い事でも、人々にとってどんなに必要なことでも、

大きな声を出したところで響かない。

 

ヤバい奴がいる。

 

その程度。

世の中には大きな声で叫ばなくても声が通る立場の人がいる。

若い頃にどれだけ頑張ったのかどうかはわからない。

もしかしたら初めから用意されていた道かもしれない。

それを確かめる術もない。

同じような立場になるには様々な困難を乗り越えていかなければならない。

もしかしたらこれから凄い影響力を持つ人になれるかもしれない。

可能性はゼロじゃない。

ゼロじゃないけど興味もない。

だからそこに向かって頑張ることはない。

 

世の中には色々な物があって、あり過ぎて、良く考えてみると、

結局自分が何をしたいのかうまく定まらない。

 

時代の波に乗って、

その時の流行りを追いかけて、

それを手に入れて、

喜んで、

飽きて、

また新しい波に乗ろうと必死になる。

 

それはそれで楽しいと思うこともあれば、

「これじゃあだめだよな。」

って思うこともある。

 

そんなこんなしている内に、

恋をして、結婚して、

子供が生まれて、

家族が出来た。

 

私は今日も会社に行く。

 

それなりに幸せだと感じる時だってある。

娘がもうすぐ誕生日。

喜んでくれるような仕掛けはないけど、

幸せを感じてくれたら嬉しい。

 

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サラリーマン

自分はたぶんサラリーマン。

朝起きて、コーヒーを飲むのが日課。

どんなに遅く起きても、コーヒーを飲もうとする。

そうじゃないと一日頑張れるような気がしない。

もう儀式みたいなもので、やる気スイッチのような役割になっている。

帰ってきたらお酒を飲む。

これも儀式みたいなものになっていて、「今日もお疲れー」と口には出さないが自分に言って飲み始めたり。

我が家は今の社会にとっては想定内の共働きで、

私は子供たちを保育園に連れていってから出勤する。

これも儀式みたいなものだけど、雨の日はそれなりに苦労する。

 

「今日は雨だねー。」

 

とか言いながら子供に「そだねー。」と返事をもらう。

見ればわかる。

わかるけど子供がいるから口に出してもそれなりに様になったりする。

街で良く見かけるスーツを着て子供を保育園へ送るパパ。

 

今日は妻の帰りが遅くなるらしい。

少し仕事を早く切り上げて保育園に子供を迎えにいく。

 

保育園に着くと、すごく嬉しそうに

「おとーたん!」

と言いながら娘が駆け寄ってくる。

 

「今日はおとーたんなー。」

 

と言って一緒に帰る。

帰り道に何を食べたいか聞く。

「チョコ。クッキー。」

いつものことだけど、

なぜかおかしばかりが口から出てくる。

 

家についてまずはお風呂。

今日は妻がいない分それなりにやることがある。

明日の保育園の準備もして、

一緒にお風呂に入る。

娘が今日あった出来事を話し始める。

 

それを聞きながら、

「へー。すごいねー。そうなんだー。」

と言う。

 

冷蔵庫にある物で取りあえず何かを作る。

「美味しい?」

と聞くと、

「おーしー!」

と言ってくれる。

 

でも残す。

 

妻も帰ってくる。

少し安心する。

 

私の帰りが遅くなった時、妻も同じような「ありがたみ」を感じているのだろうか。

 

一日が終わりを告げる。

充実感が無いわけじゃない。

でも、どこか、

セオリー通りのサラリーマン。

 

意地と維持。

会社でそれなりの結果を出しても、すぐさま給料に反映されるわけじゃない。

それが足かせになることはないけど、それなりに頑張っているつもりなのに…。

渡されるのはいつもと同じ明細書。

 

溜息をつくわけじゃないけど、

どこかで「もっと。」と思ってしまう。

 

都会に勤めていると、昼間から高級車で駆け抜けていくおじさんをたまに見かける。

どうやったらそんなことになるのか直接聞いてみたいけどそれは絶対に出来ない。

いきなり車を止めて「すいませーん!」なんて言ったらちょっとおかしい奴だと思われる。

それは無理。

家族に迷惑をかけてしまう可能性もある。

 

どこかでまだ野心がある。

 

一花咲かせたい気持ちはある。

共働きである現状もそうだけど、

もっと家族と一緒にいる時間を作りたい。

子供が帰ってきて、

お風呂で少し話をして、ご飯を食べて、少し話をしたら寝る時間。

 

またすぐに明日になってしまう。

 

それでも今の生活を続けなくてはいけない。

仕事があって、家族があって、支え合っている。

 

維持をする。

 

維持をするのに意地になっている。

 

自分の野心なんてそっちのけで、

自分の子供がかわいく見えて、

家族が大切だと気が付く。

 

もしかしたらもっともっと幸せを求めているのかもしれない。

 

でも現状では無理矢理「これで良し!」としている。

気が付けば今があって、それなりに幸せを感じることもある。

 

この幸せを一度崩壊させてまで自分の野心に従うってのはどうだろう。

 

余計な問答かもしれないけど、

仕事で失敗したり、イヤなことがあるとつい思ってしまう。

 

仕事を辞めたらどうなるんだろう。

 

維持なのか、意地なんだかよくわからなくなってくる。

 

これでいいんですか?

世の中から見たら、我が家は街中サラリーマンアンケート通りの生活を送っている。

たまに思い切って贅沢をしたり、

「今は貯金だな。」とか言いながら我慢したり。

憧れのマイホームを目指したり、

子供の事で喧嘩したり。

 

そうやっている内に時間の大切さを知って、家族の大切さを知って、

親になって初めて気が付かされることだらけで、

親孝行をしようと思っても時間が無くてなかなか出来なくて。

 

年に一度は家族で集まってはみるものの、それといった驚きはなくて。

 

毎日があっという間に過ぎていく。

 

辛い想いも悔しい想いもしっかり受け止めながら、自分なりの幸せを求めてなんとか仕事をこなしていく。

頑張っている人全てが成功者になれるなんて思わないけど、

自分にも子供の頃にはそれなりに夢があって、

子供がもう少し大きくなったら聞かれるんだと思う。

 

「子供の頃の夢は?」

 

サッカー選手。

いつも自分よりもうまい同級生がいて、

どんなに練習しても追いつけなかった。

 

よく考えたら、まだまだ本当は練習出来たんじゃないかと思っている。

本気でサッカー選手になる為に必要な努力ってなんだったんだろう。

結局サッカー選手にはなれなかったからわからない。

 

そんな自分が子供にどんなことを教えてあげられるだろう。

 

私には一度は夢を抱いて、それなりに頑張って、

結果的にサラリーマンになる方法しかわからない。

 

「こんな親じゃなければ!」

なんて言われるのだろうか。

 

それはショック。

と思いつつも現状を変える為には覚悟と努力が必要。

 

子供の頃の夢を大人になって叶える努力。

それがなんだか私にはわからない。

 

幸い子供はまだ小さい。

夢を抱くにはあと少し時間がある。

 

その間に、「おとーたん」はひとつ夢を叶えてみたい。

たぶん、あと3年くらい。

 

その間にひとつでも夢を叶えてみたい。

 

狙ったものを手にする感覚を知りたい。

そして今日もまた一日が終わる。

「これでいいんですか?」

って誰に聞けばいいのかもわからない。

 

短い野心だこと。

これでいいのだ。

今の生活を誰に評価してもらうのが一番いいのか考えた。

それは自分の家族。

自分の家族が「今」幸せを感じているのならそれを意地になって維持するのも悪くない。

 

もし幸せを感じていなかったら。

 

どうすれば幸せを感じることが出来るのか一緒になって考えればいい。

結局社会の幸せを優先するんじゃなくて、自分たちの幸せを優先するべきなんだと思っている。

 

今は。

 

今後はどうなるかわからない。

どうなるかわからないけど、

家族の幸せを求めて、話し合いながら、時にはぶつかりながら、共働きだろうが、別居していようが、幸せがある方へ行きたい。

 

これでいいのだ。

 

今日も会社へ行く。

自分の選択に自信を持って、幸せが待ってる方角へ。

変わらない毎日はグルグル回っているだけじゃない。

グルグル回りながら幸せの方へ向かっている。

螺旋のような進み方をしているだけ。

大丈夫。

ちゃんと進んでいる。