今日という日が自分にとって「何の為に」あるのか

メンタル

これまで多くの事を諦めてきた。

今回こそは。

そう思って挑む挑戦にもあえなく撃沈を余儀なくされる日々。

いよいよ後が無い。

もうこれ以上諦め続けたら、なにも達成出来ないまま私の人生が終わりを迎えてしまうかもしれない。

 

そんなのは絶対に嫌だ。

 

今何かを頑張っていて、諦めそうになっているのなら。

考えてみてほしい。

これまでいくつの挑戦を諦めてきたか。

 

今まさにチャンスの中で、最大のピンチを迎えているのなら。

考えてみてほしい。

このチャンスを手にした時の自分。

 

いつだって夢は逃げない。

逃げるのは自分。

受け売り。

 

今回は。

今回こそは。

そう言いながら諦めてきた自分に喝を入れる。

 

そういう意味で書きたい。

 

数々の目標に自らの手で終止符を打ってきたバカ野郎な自分に。

最大級の突っ込みを入れる時。

 

「いつ本気出すの?」

 

自分さえも見たことが無い程の本気を見せつける時。

誰に見せつけるのか。

自分に。

 

自分の本気を自分自身に見せつけないといけない。

過去の自分と決別の意味も込めて。

 

「こんなに出来るんだぞ!どうだ!」

 

誰かの前では複雑な人間関係に亀裂が入る恐れがあるから言えないけど。

自分に対してなら好きに言い放題。

 

今日こそ、

私は私自身を倒す。

 

これは自分への宣戦布告。

 

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最大のライバルはいつも自分。

いつも甘えてしまう。

掲げる目標はいつもあった。

子供の頃からずっとあった。

○○になりたい。

 

「大人になったら○○になるんだ!」

 

目標に到達した自分を想像していた。

夢にときめいていた。

子供だったから具体的な方法なんてわからない。

なりたいものになる方法がわからなかったから努力の方向も定まらなかった。

情報量も乏しくて、いつもわかりやすい「スポーツ選手」にターゲットを絞っていた。

 

「毎日激しく練習すればいい。」

 

私の単純な脳みそはそれでも目標に向かおうとそれなりの努力をしていた。

時が経って、大人になってみたらどうだろう。

 

まだまだ脳みそは単純。

未だにそれなりの努力はしている。

大人になればそこそこ社会の在り方もわかってくる。

 

「そこそこの努力では成し遂げられないことばかり。」

 

それを知っても、まだ、子供の頃の「なんとなく頑張ってみる」生活を続けている。

結局甘えているのかもしれない。

 

本当に精いっぱいやっているのか?

 

これは自分に言いたい。

やってない。

絶対に甘えている。

時間が余ればほぼ、娯楽に走る。

単純な脳みそだから娯楽を心地良いと感じるのかと言うとそうではない。

 

たぶんどんな脳みそでも娯楽は心地が良いもので、

それはずいぶん昔からわかっていた。

 

娯楽業界で頑張っている人だっている。

それを生業としている人だっている。

 

それなのに自分はどうだろう。

 

まだ甘えている。

まだ、「何とかなるっしょ」と思っている。

 

ストッパーをかけるのはいつも自分。

これからも自分。

まずはこの甘えを何とかしなくてはいけない。

 

きっとまだ出来る。

私は自分の限界をまだ見たことが無い。

どこまで出来るのか知らない。

今まで「成し遂げた」と実感したものが一つもない。

 

たぶんまだ「出来る」のだと思っている。

 

毎日毎日、今すぐにそれが出来るのにやらない時間がある。

目標や夢に向けて出来ること。

それを横目で見ながら気が付かないフリをしている。

自分の目標や夢の全貌は自分にしか理解出来ない。

だから本当はどのくらいの努力が必要なのかわかっている。

それなのに娯楽に走る。

 

努力は一日で成果が出るものではないから後回しにしたりする。

 

結局目標や夢は毎日の積み重ねでしか叶わない。

それなのに、「果てしない努力が必要になるから」ゆっくり進めようとする。

結果が見えないから手を緩める。

「今日はいいか。」と諦めたりする。

 

まだ出来るくせにやらない。

 

やれば出来る。

は、

やらなきゃ出来ない。

 

やらなきゃ意味が無い。

まだ出来るなら、出来るところまでやろう。

もちろん自分自身に言っている。

それが出来なきゃずっとこのまま。

か、

目標や夢が叶うのがどんどん遅くなっていく。

 

そして諦めるきっかけになる。

進んでいないのは自分。

 

まだ、出来る。

やれる。

時間を無駄にしてはいけない。

大きな目標を掲げたなら一心不乱に自ら打って出なければならない。

 

今日を無駄にしてはいけない。

一日5分でも一年で×365になる。

 

誰かの事を気にしない。

世の中には若くして目標や夢を叶える人がいる。

 

自分と同じ、もしくは似たような目標や夢を叶えている人を見た時に、

「すげー。いいなぁ。」

と言う。

 

自分はそれになりたくないのだろうか。

悔しがらなくてはいけない。

若くしてそれを叶えているのなら、その人の何倍も何十倍も努力しなければならない。

いつも、いつでも目標や夢について考えていなくてはいけない。

 

それを叶えるのは誰かではない。

結局は自分。

誰かの成果に見とれている場合ではない。

憧れを抱いている場合ではない。

 

まずは自分。

自分の甘さをシャットアウト出来なければ追いつくことさえ出来ない。

同じ努力をしていても追いつかない。

今後の壮絶な努力にたじろいでいる時間はない。

その間に一歩でも前に進め。

 

誰かの事を気にするのはもうやめよう。

自分の中で、「誰よりも努力をしている」という自負を手に入れなければならない。

そうじゃないと目標や夢に到達出来るわけがない。

 

まずは自分。

自分が「誰よりも努力をしているんだ!」って誰かに言えるような存在にならなければいけない。

 

その為の一日はもう始まっている。

 

スタンダードを上げる。

昨日の結果は今日越える。

越えてみせる。

それを毎日積み重ねていけば、それが当たり前になる。

どんなに努力をしていても昨日の結果が超えられない日もあると思う。

でもそれでいい。

 

昨日の結果を超えようと頑張ったのならそれが今日の結果。

 

毎日、昨日の記録を超えようと挑戦をしているのならきっと追い越す日が来る。

そうすればそれが次の目標になる。

 

毎日毎日昨日を追い越すつもりでやる。

越える度にスタンダードが上がる。

限界を決めちゃいけない。

きっと限界なんてない。

 

限界があったら100メートル走の記録はこれ以上伸びないってことになる。

そんなの面白くない。

むしろこれまで人類は10秒の壁を超えられないと言われていたのに誰かが超えた。

そしたら次々に超える人が現れた。

始めて10秒の壁を越えた人。

この人は誰もが言っていた限界線を「超えられる」と考えていたんだと思う。

そう思いながら練習に励んだのだと思う。

だからこそ超えられた。

それを皮切りに「人類でも超えられる」と知った人が大勢記録を打ち立てた。

きっとまだまだ早くなるんだと思う。

記録があるからこそ超えられる。

 

私は昨日の記録を今日超えられるだろうか。

 

きっと超えられる。

 

それを無理だと決めてしまえば、

まず、

努力が面白くない。

 

自分を信じる。

これまで諦めてしまった理由は一つ。

「自分を信じ抜けなかったから。」

そして自分の事を信じられるくらいの鍛錬を積めなかったから。

チャンスなんて一瞬。

その時に最大の力を発揮出来るような状態でいなければならない。

 

一瞬のチャンスをものに出来るのは、普段からそのチャンスに向けて準備をしているから。

 

毎日自分自身を甘やかしていては、いざチャンスが来た時にその力を発揮することは出来ない。

スタンダードを上げていく努力をして、いつ来るかわからないチャンスに備えていないといけない。

 

勝負強さを手に入れないといけない。

 

いつも自分自身と会話しなくてはいけない。

物理的には無理だけど。

自分自身と一番良いコミュニケーションを取らないといけない。

 

これまで多くの事を諦めてしまった理由。

目標を下げてしまった理由。

チャンスを活かせなかった理由。

結果が出せなかった理由。

 

それがわかっているのなら、自分に必要な毎日がどんなものか導き出せるはず。

 

私はまだ、自分がどのくらい出来るのか知らない。

自分自身と良く話し合って、考えて、「どうしてあの時…」と思う瞬間を今後は無くしたい。

いつでも「チャンスが来たら結果を出せる」自信を手に入れたい。

「自分なら絶対に出来る」という自負を持ちたい。

 

その為の今日を過ごしたい。

 

今日一日は、私にとって、「何の為に」あるのか。

 

本当はずっと「わかっていた」のだと思う。