平成が終わりを迎えても今を生きるって誓います。

小言

私は昭和生まれなんですが、育ちは平成って感じの年代でございます。

昭和から平成になった時のことはほとんど覚えておりません。

生まれてからすぐに平成になったようなものです。

その平成も終わりを迎えます。

令和。

令和は長くなりそうです。

ってなると令和生まれの子達は私の事を平成で言う大正生まれみたいな目線で見るのでしょうかね。

結構「昔の人」ってイメージでしょうか。

振り返ってみればほとんど平成で育ってるんですけどね。

それでも生まれが昭和だから古い人って思われるのだろうか。

なんか嫌だな。

まもなく平成が終わる。

「令和」が発表された時のメディアの盛り上がり方。

まもなく平成が終わるってなった時のメディアの盛り上がり方。

それを見ている私。

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平成を振り返る特番。

別に文句を言いたいわけではありません。

テレビも視聴率を考えて作られていますし、今ホットな話題だし、それはそれで取り上げられないと逆におかしい雰囲気になっちゃうし。

テレビを見ると「もうすぐ平成が終わる」っていうのがキーワードのように流れている。

多くの人がそこに興味を示しているからこそ取り上げられるんだと思います。

少し前のことなのに特番を見ると「あったあったそんなこと!」みたいなリアクションをする。

「平成元年」もあったんです。

その時に何があったのかテレビでまとめて放送してくれる。

それを見ながら家族で「あったねー。」なんつって見るわけです。

その時の子供の顔ね。

「つまんねーーーー」

みたいな顔をしているわけです。

気が付けばiPadでyoutubeを見ている。

「そりゃ興味ないわな」って思います。

だってああいう番組って我々の為に作られているようなものじゃないですか。

「懐かしいな」とか「そんなことあったな」って思わせたいわけじゃないですか。

でもね。

我が子にはそんな感情はないわけです。

まだ生まれてない。

それに過去に興味が無いみたい。

子供って今を生きるじゃないですか。

今の瞬間を自分が一番楽しめるように選択するじゃないですか。

だから本当は違うことで遊びたくても親は「平成を振り返る」みたいなテレビを見てるし、違う楽しみを見つけようとするわけです。

どっちが正しいとか大人とか子供とかじゃなくて、「私はどうなんだろう」ってちょっと思ったわけです。

昭和だろうが、平成だろうが、令和だろうが、今を精いっぱい生きているかい。

どんな時代でも今を精いっぱい生きている人の方が輝いているように見えてしまいます。

私の目には今、例の特番の映像。

子供の目には自分がワクワクする何か。

歴史ってのは今を精いっぱい生きて、それが未来で「凄い事だな!」って再評価される瞬間だってある気がする。

繰り返してはいけない過ちもあるけど。

「もうすぐ令和も終わりを迎えます。」

そうなった時に何を残せるだろうか。

懐かしんでる場合じゃないかもしれん。

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時代は一気に変わらない。

たぶん私が今こうしてブログを書いている時間に、賢い人は新しい発明や開発をしているんだと思う。

賢いというか、先を見ながら今を頑張っているというか。

いつの間にか手に持って当たり前に使っているスマートフォンも、平成の始まりに新しい技術や部品や液晶やバッテリーなどを一生懸命開発している人がいたからこそ今私達の手元にあるんだと思う。

一気に変わったかのように見えて、実はそういった開発が徐々に進んだからこそ世の中に出てきたんじゃないかと考えています。

ってことは、令和の時代にも「新しい何か」が世の中に出て来るわけです。

私達がそれを知るには世の中に出て、尚且つ話題性があって、さらに流行の波に乗った時。

開発や研究段階では話題性を呼ぶには不十分なんです。

それぞれの部品が進化する過程を見ても面白くないから。

いくつもの部品が一つになって、商品になって、話題性を兼ね備えて、やっと私がテレビやラジオやネットで知る。

時代を変える何かが今もどこかで作られているかもしれない。

世の中に出てきたら爆発的に普及する何かを一生懸命作っている人がいる。

そんな中、私はこうしてブログを書いている。

書き続けたらなんか変わるだろうか。

これから先も更新し続けたら何かを見つけられるだろうか。

そういう不安って…。

いつの時代もあるような気がする。

それぞれの部品を進化させながら開発している人の気持ちはわからないけど、不安ってのはこの先もずっとあるんだと思う。

それでも開発を続けるのか、違う事をするのか。

開発を続ける人がいるからスマートフォンが出来たんだと思う。

そして今私はそのスマートフォンを毎日手にしている。

外に行く時は充電の残りを気にしている。

開発年数がどのくらいかかったのかわからないけど、普及するスピードはそれを遥かに上回っていると思うんです。

時代を変えてしまうほどの事がそんなにあっという間に出来るわけがない。

普及が早過ぎて時代が一気に変わったように錯覚しているだけかもしれない。

とりあえず続けてみます。

ブログ。

どうなるかわからないけど、どこかで急に加速する可能性だってあると信じて。

もちろん良い方向に。

何かが変わるように。

祈ってみる。

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平成が終わりを迎えても今を生きるって誓います。

結局令和になろうが、平成が終わろうが、今を生きるっていうのは変わりません。

それが出来なきゃいつの時代も変えられません。

自分が変わろうとする時、「気持ち次第で急に変えられる」と思ったことがあるけど、急に方向転換させた気持ちは徐々に戻るものなんです。

ダイエットも筋トレも同じような感じがする。

勉強も。

毎日毎日を少しずつ積み上げていく方が身についたりする。

一夜漬けのダイエットも筋トレも勉強も、その効果は想像がつくんです。

ついちゃうんですよこれが。

「自分にも出来るな!」ってどこかで思ってしまう。

「一日だけなら!」って耐えられてしまいそうなのです。

結果は大体想像出来ますけどね。

一夜漬けでは、

憧れの体型にはなれない。

憧れの体つきにはなれない。

学年で成績一番にはなれない。

でも憧れている。

その憧れはいつも「毎日コツコツ続けてきた結果」だったりする。

憧れの体型も憧れの筋肉も憧れの成績も、毎日コツコツ続けてきた人が持っている。

それを一日で手に入れることが出来ない。

だから続かないのかもしれない。

でも憧れの人を見れば、

「頑張ったなー!」って一発でわかる。

「続けてきたなー!」って一発でわかる。

一夜漬けを毎日続けるのは辛いです。

だから毎日コツコツ続けるんです。

いつになったら誰かの憧れになれるのかわからないけど、毎日何かをコツコツ続けることで得られる憧れがあるなら、それを目指して頑張らないといけない。

それって今を生きることなんじゃないだろうか。

だとしたら私は平成が終わりを迎えても、今を生きるって誓います。