高校生のデートを成功に導くカギの在り方を教えてやろう

恋愛

恋の楽しみって何だと思う?

高校生の自分にはそれがイマイチよくわからなかった。

好きになった相手の気持ちが手に取るようにわかればそれに合わせて色んな事が考えられるのに、「好きだー」って気持ちだけが一杯に。

デートの内容なんて相手によっていくらでも変わるだろうに。

まだまだお互いを深く理解しているわけじゃないからデートって言われても相手が何に対して楽しいと感じるのかもわからない。

そんな状態で一方的にデートの場所や内容を決めるのか?

そりゃ危険過ぎるだろ。

お前が決めたデートコースは間違いなく相手が楽しんでくれるのか?

わからないだろ。

ググればいくらでも「高校生らしいデート」内容が書かれたページに辿り着く。

流行り廃りも時と共に変化するのに堂々と「高校生のデートはコレ!」って感じで紹介してる。

どれも間違ってるとは思わないけど、もっとその前にやっておける事があるだろうに。

今回はデートに迷ったお前らに助言をくれてやる。

楽しいデートにする為の下準備だ。

下準備がちゃんと出来れば自然に楽しいデートになる。

無理にデートスポットを考えるなんてナンセンスだ。

無駄な時間を過ごすな。

楽しい時間をたくさん過ごせ。

その為のアドバイス。

ありがたく受け取れ!

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伝える。教わる。

いざ!デート!

と言っても、相手の事を深く理解していなければ、「どこに行くのが楽しいのか」も「何をしたら楽しいのか」もわからない。

それにはちゃんと理由があって、簡単に説明すると、「男女の差」があるから。

子供の頃からほぼ別行動の男女。

その2人がいきなりデートをしたところで「何に対して楽しい」と感じるかは皆無だ。

問題は価値観の差にある。

人としての価値観は近くても、趣味や目標に関しては全く別のものを持ってたりする。

必要なのは「伝える」と「教わる」だ。

デートと言ってもまずはお互いの理解を深める時間を作るべき。

女性だろうが男性だろうが「異性に対してわからない事ばかり」なのが普通だ。

「伝える」ってのはまず自分が好きなものだったり目標としている事。

家族の前では「言わなくてもわかる事」をわざわざ伝える。

実はこれってすごく大事。

相手のどこを好きになろうが普段の生活までは見えないからね。

デートを重ねれば普段の生活を想像出来るようになって、どんな事でも自然に伝えたり自然に感じ取ったり出来るようになる。

そしてその自然体の中で癒しを感じたり楽しさを見出したりする。

居心地の良い相手になる。

恋の終着点は人それぞれかもしれないけど、「長く一緒に居る」は共通点だろう。

だから居心地が良くなければどんなに好きでも「思い通りにならないストレス」を感じたりする。

より早く居心地の良い関係になる為に「伝える」が必要なんだよ。

で、最初は一方的かもしれないけど、伝えれば自然にコミュニケーションが生まれる。

会話のキャッチボールね。

一方的に伝えているつもりが気が付けば会話になってたりする。

知りたいと思ってる事ってのはいざ本人を目の前にすると「わざわざ聞かなくてもいいか?」と思ったりする。

それよりも相手を楽しませる事に一生懸命になったりする。

「楽しんでくれるだろう!」と想定してガンガン自分なりの「おもてなし」をする。

間違ってるとは思わない。

でもね。

それって本当の自分か?

「居心地が良い」ってのはほとんどの場合「飾らない自分で居られる時間」だと私は思っている。

その時間を共有しながらのデートはお互いにとって「居心地が良い」はずなんです。

伝える事で相手に理解してもらいながら、そこから生まれる会話で相手からも教わる。

育った環境が違うんだから普段の生活のギャップに驚く場面もあるだろうけど、「予め知っていれば理解出来る部分」ってのもある。

知らなきゃ理解出来ずにただのショックになったりする。

時間が掛かるかもしれないけど、「デートらしいデート」をするには間違いなくお互いが居心地の良い関係である必要がある。

それを満たすのが「伝える」と「教わる」なんじゃないだろうか。

素敵なデートスポットに行っても居心地が悪けりゃ台無しだ。

「オススメのデートスポット」なんかを調べるよりお互いの理解が先。

居心地の良い関係になれればどこに行っても最高のデートスポットになる。

バランスを取る事を怖がるな。

「伝える」と「教わる」を繰り返していくと、相手の事が好きなんだけど、「どうしても理解出来ない部分」ってのが出てくる。

それを「好きだから」って理由だけで全て相手に合わせたり、自分の考えを言わない人もいる。

先に言っておくが、それは単なる我慢だ。

「相手に嫌われたくないから」

「居心地の良い時間を壊したくないから」

って思うのは優しさなのかもしれないけど、「お互いが居心地の良い関係」ではない。

さっきも言ったけど、育った環境が違うんだから違った価値観を持っていて当たり前なんよ。

でも「どうしても理解出来ない」を放っておけば居心地の良い関係ではなくなる。

だってどちらか片方が我慢してるんだから。

家族だって長い時間を一緒に過ごしながら価値観を共有したり、それをぶつけ合ったりしてかけがえのない関係を築いていく。

うまくバランスを取る。

これからも大好きな人と一緒に居たいと思っているならそのバランスは絶対に必要。

「どうしても理解出来ない」を放置してはいけない。

それは流されるのと一緒。

共に生きていくんでしょ?

自分の「どうしても理解出来ない」って気持ちは伝えないと。

そうじゃないとその答えも教えてもらえないものです。

育った環境が違うんだから「言わなくてもわかる」ハズがない。

だから気持ちだけは伝える。

別にそれを理解してもらって、その後に合わせてもらう必要なんてない。

価値観として理解しておいてもらうだけ。

家族だって一緒だ。

意見を交換したり、価値観をぶつけたりしてお互いを理解していく。

干渉する部分もあれば放置する部分もある。

理解しているからこそのバランスの取り方がある。

「嫌われてしまうから」とか「居心地の良い時間を壊したくない」と思うのは「相手を巻き込んで押さえ込むようなイメージ」があるから。

そうじゃない。

バランスを取る為に「価値観を理解してもらう」だけ。

合わせたり合わせてもらったりする為じゃない。

理解するだけ。

理解しているからこそ上手にバランスが取れるようになる。

それも居心地の良い関係でしょ。

無理をする時。

価値観を共有したりお互いを深く理解していくと、居心地の良い関係になる。

が、それと同時に物足りなさを感じてしまう事もある。

相手にとって到底理解出来ない部分は埋められないから。

無理をして全て合わせる必要はないが、全く無理をしないで全て合わせないのも違う。

一緒に居ると全ては満たせなくなったりする。

それはそれでストレスに。

夫婦になるとそういった部分が浮き彫りになったりする。

夫と妻で別行動。

実はお互いにそれぞれ持ってる価値観を満足させたいだけだったり。

長く一緒に居ればそれも「普通」と感じるが、まだお互いを理解しきれていない状態ではどちらかが「物足りない」って思ったりする。

あくまでバランス重視なんだけど、たまには無理をしてみても良いんじゃないだろうか。

例えば記念日。

誕生日だけは好きな人に目一杯「物足りなさ」を埋めてもらう。

我慢したり我慢させたりするのを続けるとどんどんストレスが溜まる。

で、老ける。

心が満たされない。

全く無理をしないのも居心地が良いかもしれないが、マンネリ化する。

恋愛の中でのマンネリ化ってのは常々みんなが口に出すストレスだ。

トキメキが無くなる。

これからのデートにワクワクしているところで申し訳ないが、ちょっと聞いてほしい。

子供はいずれ家を出るものです。

「大人になったから」とか「そういうものだ」とか「家にいたら好きな事が出来ない」とか、色々な理由があるかもしれないけど、どれもこれも「これまでとは違う環境を求めるから」なんよ。

付き合ってても別れる人はいるし、結婚してても別れる人がいる。

それが良いとか悪いじゃなくて、それを望まないならお互いが居心地が良い中で常に成長出来る刺激を与え合う必要があるって事だと思う。

これまでとは違う環境を求めても、それを成長だと捉えてパートナーも頑張る。

多少無理をしてもやる。

これからも一緒に人生を歩んでいきたいから。

そんな時、ちょっとくらいは無理をしても良いのかもしれない。

相手とずっと一緒に居たいならね。

「恋が全て」ではない。

相手が好きになると、なんでもかんでも与えてしまう人がいる。

与え続ける事で恋の欲求を満たす。

間違っちゃいない。

でも、これからも一緒に居たいなら相手が与え続けてくれる現状に甘えてばかりじゃダメ。

それもまたお互いを理解する事だし、共に成長するって事だと思う。

「与える事に幸せや楽しみを感じるのはわかるけど、それを理解出来ない」って人もいる。

なんなら「私だって与えたい!」と思う人もいる。

「必要ない!」って思う人も。

底無しの欲求だっていずれ底をつく。

どうせ私達は恋をしていようが、どんなに居心地が良かろうが、社会の中で生きていく。

溢れんばかりの幸せを放出して嫌われる事があれば、地の底に沈んでしまうような悲しみを振りまいて好かれる事もある。

恋はこれまでの価値観や人間関係を大きく変えてしまう事があるんです。

でも本人は夢中になってるからそれに気付かない。

「恋愛中毒」って言葉はよく「恋が尽きない人」や「取っ替え引っ替え恋人が変わる人」に向けて使われるけど、「社会の価値観を超えて恋に染まる事」を指すんだと私は思っている。

恋は社会があってこそ生まれる。

だからそれを超えることなんて出来ない。

恋に染まって社会から逸脱した価値観を持てば抜け出せなくなる。

まさに中毒。

どんなに恋をして、相手が大好きで、頭の中が恋する気持ちで一杯になったとしても、私達は社会の中で生きていく。

恋が全てだと勘違いして暴走しちゃダメ。

高校生の恋ってのはその可能性が十分にある。

初めてがたくさんある。

「幸せ」も「悲しみ」も想像以上だったりする。

恋は育むものです。

苗木が明日突然でっかい木にはならない。

ゆっくり社会の中で育てていこう。

「恋愛中毒」なんて言われたところで良い影響なんてないよ。

ネガティブな要素ばっかりだ。

一緒に決めたらいいじゃないか。

で、デートなんだけど、結果的に「伝える」と「教わる」を繰り返しながら一緒に決めるのが一番良いと思っている。

相手の価値観を知って、「サプライズ好き」なら勝手に素敵な場所を決めるのも良いけど、そうじゃないなら価値観を共有しながら一緒に決めていく方が居心地の良い関係がより早く作れたりする。

簡単な話、一緒に居るならそれで「デート」なんだよ。

行く場所を一緒に決めるのもデートだ。

綺麗事じゃなくて、「伝える」「教わる」を繰り返しながらお互いの理解を深めていく事が「デート」なんよ。

本気で恋してるなら場所なんてどこでもいいだろ。

「なんだここ!?全然楽しくないな!」って笑って言い合えるならどこでも楽しいでしょ。

場所なんて関係ないんだよ。

それよりも大切なのがお互いの理解。

価値観の共有。

場所に頼るな。

「どこに行っても楽しめる2人になる」を目標にしろ。

オススメのデートスポットだけが「楽しみを与えてくれる」と思ってるなら大間違いだ。

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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

どうか感想をください。

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