自分の尻は自分で叩かなきゃダメになる

メンタル

いつになったら本気を出すのか自分に聞いてみたい。

今日はよくやった。

頑張った。

明日も頑張ろう。

 

そうやって自分が「一時的に頑張ったことに」している。

 

頑張ったかどうかは結果を出さなければわからないのに。

結果が出るまでは自分で自分の評価をしなければならない。

 

だから「今日も頑張った。」なんて言って、目に見えない結果を褒め称えたりしてみる。

 

今気が付いた。

これって、もしかしたら、

頑張ってないかもしれない。

 

たぶん頑張るっていうのは、子供がご飯の途中で寝てしまうような120%の力を出し切った状態。

 

大人になると、調整する。

自分の体力の事、明日の事。

今日やらなければいけないこと。

ご飯を食べた後はちゃんと歯を磨いてから寝床で横になりたい。

 

先の事を予測するからこその抑制。

 

これがあると自分の力を120%出せないような気がする。

力をセーブしてしまう。

 

それが良いのか悪いのかわからないけど、

今の自分にとっては120%の力を出せる方が有利に物事を進められそうな気がする。

 

わかってはいるけど、それがどうしても出来ないのはどうしてだろう。

 

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自分へのスパルタ指導。

甘えている場合ではない。

そもそも大人になってからは120%の力を出せずに生活を送ってきた。

だから常に120%の力を出し切ってきた人と比べるとその成長度合いは歴然。

その差を埋める意味でも150%は出し続けなければいけない。

 

なのに今も普通に生活をしている。

 

例えば学校に行っているという理由だけで、「他の人と一緒だから」と満足する。

もっと頑張っている人ってのは学校に行っているからと言って満足しないのだと思う。

単純に勉強だけを評価するのであれば、

学校で勉強をして、家でも勉強をしている方が勉強に対しては良い結果をもたらすのは当然。

 

効率を考えれば「勉強をしている時間」だけでその結果を測れるわけではないけど、

将来的に良い結果に繋がるのは間違いないと思っている。

 

でも、私はそれが出来ない。

 

学校が終われば自由時間になり、遊ぶ方を余裕で選ぶ。

遊んで疲れて晩御飯を食べながら寝てしまう。

 

大人になるとさすがに晩御飯中に寝てしまう事はないが、先を予測できる分、

もっと効率よく自分が持つ力を使えるはず。

 

子供の頃に120%の力を使えることを知っているのに、その力をセーブして「効率」だけを考えるようになる。

 

「効率」と「120%の力」の両方を知っているのに。

 

単に甘えている。

頭を使った「効率」に甘えている。

これまで培ってきた知識や情報や経験に甘えている。

それを使って、さらに120%の力を出し切れれば、

もっともっと良い結果が生まれると思う。

 

もちろん私はそれが出来ない。

 

だから出来るようになりたい。

そもそも頭が良い方ではないから「効率」もそんなに良くはない。

 

って、

頭の悪さに甘えている場合ではない。

 

尻を叩くべき。

「ありもしない事」や「起こりもしないような事」を「可能性があるから」と「まるで足かせ」のように言い訳する。

 

言い訳にして「今出来ない理由」ばかりを探す。

 

そんな自問自答を繰り返している内にライバルに抜き去られていく。

躊躇している時間が無駄。

「効率」に頼っている時間が無駄。

「効率」を考えている時間が無駄。

年下でも自分より優秀な人がたくさんいる。

年上だけを敬う時代はもう終わった。

 

「120%の力」を出す。

それをキープしながら「効率」を考えればいいだけの話。

「効率が悪いから120%の力が出せない」と言うのはただの言い訳に過ぎない。

 

ライバルに圧倒的な差をつけられて初めて気が付くのは遅過ぎる。

 

初っ端から自分の尻にムチを叩き込め。

痛くて叩かれたくないなら早く走れ。

それをキープしろ。

叩かれないように頑張れ。

自分の力を発揮するのは自分。

それをコントロール出来るのは自分だけ。

誰かが自分の力を引き出してくれるわけじゃない。

そんな特殊能力を持っている人はいない。

 

誰かに何かを言われて、それで火が付いたとしても、

結局やる気を出すのは自分。

それを持続させるのも自分。

 

自分の尻を叩けない奴が偉そうにふんぞり返って誰かに指示を与えている姿は滑稽。

 

愚の極み。

説得力のかけらもない説教を誰かにするのはやめよう。

その時間や力は自分の尻を叩く為に使え。

 

誰よりも早く自分の人生を駆け抜けていかなければいけない。

 

それが出来なきゃ何も達成出来ないような気がする。

私はこのままで終わりたくない。

ライバルに圧倒的な差をつけて勝利したい。

全てを蹴散らすくらいの「説得力に溢れる説教」を誰かに垂れたい。

 

だからまずは自分の尻を、

誰よりも強く叩いてやらねば。

 

昨日を超えろ。

昨日の自分がどんなに頑張ったとしても、今日はその自分を更に超えていく。

そういう毎日を過ごさなければ大きな結果は出せない。

これまでそれなりの生活をして、何となく過ごしてきた。

「これで良し!」としてきた全てを「まだまだ!」に変えなくてはいけない。

 

毎日毎日記録を更新していく。

 

今の自分に「誰よりも頑張っている自負」がなければきっと変わらない。

今日一日。

明日の一日。

精いっぱい頑張っている自分を作っていかなくてはいけない。

 

ナンバーワンを目指しているわけではなくても、「誰よりも頑張っている自負」が無ければライバルとの差は縮まることもない。

 

私は気が付くのが遅かった。

毎日を全力で生きる習慣が無かった。

だから今になって気が付いた。

今になって気が付いたなら誰よりも努力しなくてはいけない。

 

その差を縮めて、いつか並ぶことが出来たなら、

そこで初めて「誰よりも頑張った自負」を手に入れるんだと思う。

 

結果が出るまで、毎日を本気で、全力で貫き通す。

 

常に昨日を超える気持ちや覚悟が必要なんだと思っている。

寝る間も惜しむ必要はないにしろ、

目指す目標以外の事は何一つしない。

 

そういう時間を積み重ねれば間違いなく結果は出ると思っている。

 

でも、

今の私にはそれがない。

目指す目標以外の事をしてしまう時間がまだまだあるし、

自分の為の癒しの時間がたくさんある。

 

そういうのを削除してでも辿り着きたい目標があるはずなのに。

 

「ちくしょう!」

 

そう思った時から始めなければいけない。

そして続けなければならない。

 

もし続けられたら、どうなるのか。

 

証明しないといけない。

 

その一歩目、

昨日を超える今日を過ごす。

 

今を無駄にしない。

昨日を超える今日にする為に、今与えられている時間を貴重なものとして考えなくちゃいけない。

過ぎて行く時間を取り戻すことは出来ない。

 

例えば、大きな目標があるのに、
今日一日を何もしないで終えたとする。

 

そうすると大きな目標に辿り着く日が一日遅くなったと考える。

本当は少しでも早く目標に辿り着きたい。

でも今休んだ分だけ辿り着く時間は遅くなる。

私は知らない間にそういう日をたくさん作ってきた。

 

目標に向かっているはずなのに「何もしない日」を多く過ごしてきた。

 

それなりの努力で緩やかに目標には向かっているのだろうけど、
真新しい変化は起きない。

 

本当に緩やかに目標に向かっているのだと思う。

 

だから何が変わったのか気が付かなかったりする。

毎日を本気で120%の力で、尚且つ「効率よく」頑張ることが出来たなら、

それが大きな目標へ到達する最高速になる。

 

今を無駄にしてはいけない。

 

今、「やらなきゃ進まない」事を後回しにしてはいけない。

今出来る事を大切にしながらも、効率良く、120%の力を出して進めていきたい。

 

一貫性。

一度や二度、120%の力を発揮することはある。

誰にでも出来ると思う。

今日一日だけ全力で過ごすってのはやろうと思えば出来る。

 

ただ、それを一貫して続けることが出来ない。

 

なぜか120%の力をずっと出し続けることが出来ないでいる。

出来るはずなのに。

多くの人がそうだと思う。

ビジネス本を読んでやる気が湧く。

でも時間が経つと結局以前の自分に戻っている。

誰かが頑張っている姿を見て、「自分もやるぞ!」と火がつく。

でも次の日にはその火が消えている。

 

よくある。

 

良くあり過ぎて、疑問にも思わないくらい自然な事だと思っている。

「今回のやる気だって結局短期的なんだろう。」

と、

自分でも思っている。

 

継続しなくてはいけない。

 

最大限の努力を続けるのが当たり前にならなくちゃいけない。

 

それが一貫性。

 

いつも全力で目標に向かって突き進める力を持っている人になりたい。

 

そうしたいのにいつも誘惑に負ける。

 

世の中はそれだけ楽しいことで溢れている。

 

流される。

 

自分の尻は自分で叩かなきゃダメになる。

私は、お尻が真っ赤になるくらいに叩かなきゃわからないバカ野郎。