世の中にはズルい奴がゴロゴロいる。
その中でも一番ズルいと思うのは気持ちを丸ごと持っていく奴。
少し具体的に説明したい。
例えば、今居酒屋にいるとする。
大学のサークルの飲み会。
酔っているのもあって、訳のわからない質問をしてくる奴がいる。
「なぁなぁなぁ。冒険に行く時のリュックの中身って何を入れる?」
「え?それはあれだろ、食べ物とかテントとか、携帯とか。生きる為に必要なものだな。」
「いや。」と異議を唱えられる。
「夢だけで十分だ。生きる為に必要なものなら。」
自分で質問してきて、答えてやったら、その場の気持ち丸ごと持っていこうとする奴。
私はこういう奴が嫌いである。
だってズルいじゃないか。
予め100点の答えを用意している状態で質問する奴。
そういうズルい奴がすごく嫌いである。
ズルい奴との闘いの記録。
こっちから仕掛ける。
相手はあらかじめ100点の回答を用意して質問してくる。
それならこちらから仕掛けよう。
次の飲み会の席。
私はズルい奴の隣に座った。
今日は全部で15人。
それだけの人の前で、以前の借りを返す時。
お酒も入り、まもなく勝負の時。
仕掛ける。
「どうしてこんなにお酒の席は楽しいのでしょうか?」
こちらから仕掛けて100点はさすがに出せないだろう。
食らえ。
前回の仕返しだ。
「いいねぇ。じゃあこういうのはどうだろうか。みんなで答えを出して、誰が一番良かったか決めましょう!盛り上がるし!」
とズルい奴が言った。
そしたらみんなが「いいねぇ!」と乗ってきた。
こうなるともう誰が恥ずかしいとかではなくなる。
むしろ用意された答えを出す事で逆に恥ずかしい結果になる可能性も出てくる。
「じゃあ問題を出した人から順番に時計回りで言っていこう!」
まずい。
自分で問題を出しておきながら全員が順番に答えていくのに、最初の回答者が私。
もし今、予め用意しておいた100点の答えを出せば逆に恥ずかしい感じになる。
ズルい奴にされてしまう。
「み、みんながいるから!」
取りあえず10点の答えを出した。
誰もが私の答えを「普通!」と言った。
なんだかすごく意味がわからない展開になった。
そしてあいつはやっぱりズルかった。
私の隣に座っているのだから順番が回って来るのは最後。
オオトリの位置。
回って来るまで考える時間が与えられている。
みんなの答えをまとめて、それ以上の答えを出せる位置。
最高のポジショニングであった。
絶好のチャンスポジションにいた。
そして見事に私の10点の答えを超える。
と言うかみんなの意見をまとめた感じで多くの賛同を得た。
奴の答えは「つまらないお酒の席があるから」だった。
「つまらない」が無ければ「楽しい」を感じられない。
なるほどね。
こいつはやっぱり、ズルい。
そして嫌いだ。
食って掛かる。
さすがにズルいまま野放しにしておくわけにはいかない。
プライドを守る為
にもギャフンと言わせたくなる。
そういう性格なのだから仕方がない。
次のチャンスが訪れた時にはキレてみようと思う。
そして華金。
街は週末へ向け賑やかになっていく。
今回の飲み会も15人程度。
今日こそは。
向かいに座ることにした。
その方が正面で言いたい事を言えるし、もし殴りかかってきたとしても誰かが止めに来てくれるだろうと信じて。
お酒も良い具合に進み。
戦闘モードになる。
「前から言いたいことがあったんだけどいいか?」
「どうした?」
いきなり戦闘モードになったのにも関わらず、焦ることもなく、悪びれる様子もなく、普通に「?」が頭の上に浮かんでいるような表情でこちらを見ている。
「前から思ってたんだけどお前ズルいよな。いつも良いところばかりを持っていくというか、こっちが恥ずかしい想いをするばかりだ。そういうところ直した方が良いと思うぞ!」
「…。それは本当に申し訳ない。」
謝った。普通に。そして続ける。
「無意識でやってしまっている事だったのかもしれないが、不快な思いをさせてしまっていたなら本気で謝りたい。実際に言われないと直せないし、はっきり言ってくれた事が本当にありがたい。それとすごく反省している。だから教えてほしい。今までどんなことでそう思わせてしまっていたのか。出来るならすぐに直したい。」
私はこれまで蓄積させた「お前ズルいぞ!」という部分を引っ張り出して全部伝えた。
そして気が付くのです。
自分の小ささに。
やっぱりこいつはズルい。
結局私が「妬み」をぶちまけるような雰囲気になり、隣にいた後輩に、
「まぁ飲みましょうよ先輩!」
とお酒をグラスに注がれる始末。
そういうことではないのだ。
そういうことではないのに、なぜかこんな空気感。
自分がダサくなっていく。
どんどんダサくなっていく。
こういうズルい奴と一緒にいると益々自分が惨めになっていく。
許せない。
やっぱりこういう「間違っていない」事を真っ直ぐに、躊躇なく言える奴。
ズルいだろ。
もっとこう「変なプライドがぶつかり合って揉める」みたいな演出が必要なんだ。
男同士というのはもっと意味のわからないぶつかり合いをしてやっと「本心」に辿り着く。
「バトルして仲良くなる」みたいな文化がある。
それを「初めから」あれもこれも「決して間違っていない方向へ」なんの躊躇も無く、インターバル無しで進めていける奴。
本当に嫌いだ。
と言うか器用過ぎるだろ。
化けの皮を剥いでやる。
奴には彼女がいる。
堂々と宣言している。
彼女のどんなところが好きなのか。
何をするにも「共有」出来るところ。
らしい。
料理も、映画も、一緒に食べて、一緒に観て、価値観をすり合わせながら一緒に成長していける関係だと言っていた。
また100点狙いか。
こんなに面白くない回答があるか。
すごくつまらない奴だ。
今日こそはやってやるぞ。
いよいよ化けの皮を剥がす作戦に出た。
「彼女が駅前で倒れたらしいよ!作戦。」
奴の彼女の親友の名前を出し、いつもの飲み会で「彼女が倒れたらしいぞ!」と伝える。
こいつはきっと薄情な奴だ。
そういう奴が真実の恋に辿り着くわけがない。
どうせ、「いやいやいや。それはうそでしょー。」って言う。
それか「いい加減にしろよ!」って食って掛かってくるだろう。
バトル開始。
本性をさらけ出してこい。
これで「場所は!?行ってくる!」ってなったら、さすがに「出木杉」だ。
あるはずがない。
私があれだけ「お前の事嫌ってるからなオーラ」を出してきたのだ。
さすがにこの挑発には乗ってくるだろうと思っている。
こいつは間違いなく熱くなるはずだ。
「お前マジでいい加減にしろよ!」
とか言わせたい。
怒らせたい。
もう目的も見失っているが、とにかく、出木杉君が我々と同じ民族であることを証明したい。
そしてミッション当日を迎える。
いつものお酒の席。
携帯に仕掛けたアラームが鳴る。
メールを受信したようなリアクション。
「おい!お前の彼女が駅前で倒れたらしいぞ!」
「え!?学園前の!?」
と言って電話をしながらお店を出て行った。
完全に予想外。
5分後。
見事に戻ってくる。
どうやら彼女が電話に出たらしい。
至って普通。
「倒れてなかった。よかった。その連絡は誰かのデマだよ。よかった。」
こいつ。
もしかして。
私は悟ってしまった。
世の中にはいる。
いるのだ。
耳を疑え。
「ヒーローになる素質を持った人間がいる。」
こいつはズルい奴じゃない。
「マジ」なのだ。
マジで毎日を生きている。
私のように、持っているあるったけの友人関係にぶら下がり、スレスレのところで人間を保っているタイプではない。
こういう人が総理大臣とか大統領とかの器を持ったタイプの人間で、人の上に立つべき先導者なんだと思う。
100点の回答を自然に口から発し、理不尽な怒りにも真摯に対応し、嘘をつかれても追及するどころか「嘘でよかった」と安堵しやがった。
私は知っている。
そういう人が本当にいることを。
体験したのだから仕方がない。
認めざるを得ない。
大嫌いだったズルい奴は、大好きなヒーローになった。
総理大臣や大統領やその他の母体が大きな集団のリーダーっていうのはきっとそういう器の持ち主なんじゃないだろうか。
ちっさな器の持ち主である私には、それを測ることも出来ない。
どうか感想をください。