「熱中する時間」が人間関係のストレスから私を守ってくれたよ。

人間関係

人間関係に関わるストレスは深い。そしてうざい。そして役に立つ。

人間ネットワークというのは基本的に支えたり支えられたりしている。

それはわかった上で言いたい。

ストレスが溜まる時がある。

とんでもなくストレスになる時があるのだ。

ジャイアン的な奴に誘われると断れない。

断った方がそのネットワークが乱れてしまう気がする。

そのネットワークが乱れた方がストレスを明らかに多く受け取らなくてはいけない。

拒否したい。

それがストレスとわかっていて付き合わなくてはいけない人間関係。

めっちゃしんどい。

どうすりゃいいのか考えたい。

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人間関係で受けたストレスをどう処理すりゃいい。

そもそもそのストレスを受けないようにとも考えたけどそれは断ったり突っぱねたりしないといけないから逆にストレスになる気がする。

だから「もうこのストレスは受けるもの」と諦めて受け取る事にする。

受け取ったはいいが、それをどこに捨てたらいいのかわからない。

私の心はストレスでいっぱいでございます。

そのストレスを他の人に受け取ってもらうことも考えたけど。

化学兵器よりも威力がありそうでなんかこわい。

むしろストレスとわかっていて受け取ってくれる良い奴は自分くらいなものだと思う。

困った。

このストレスを捨てるところはないものか。

ゴミ箱だ。

ゴミ箱に捨てよう。

それしかない。

ストレス専用のごみ箱を用意せよ。

ストレス専用のごみ箱は店員に聞いても出てきません。

各々で探すしかない。

各々で探すというのはネットで調べたり街に繰り出したり、とにかく色々なものを見て回る。

自分専用のストレス捨てます用ごみ箱。

見つけようと思ってもなかなか見つからないかもしれない。

でも家電量販店に行ったら見つかるかもしれない。

別に買い物をするわけではない。

ただ展示されていたピアノを弾いてみたのだ。

そしたら音が出た。

普通。

でもなんかピンときたわけ。

これだって思ったわけ。

ピアノを弾けるようになりたい。

この行動。

この好奇心。

これや。

好奇心。

一瞬ストレスが無くなった。

むしろちょっとワクワクした。

ストレス専用のごみ箱は好奇心だ。

興味があるものを発見するとなぜか手に取りたくなる。

どうしてか触れてみたくなるわけ。

この興味。

その瞬間なんかストレスが捨てられる音がした。

ピアノから。

だからポイって捨ててみた。

そしたらなんかピアノが弾けるようになりたいと思って短めのキーボードを購入してみた。

家で音を出したらさすがに迷惑だと思ったけどイヤホンとかヘッドホンとかも好きじゃないから結局小さめの音で弾いてみる。

弾けない。

逆にストレスが溜まる。

なんかすごくストレスが溜まる。

テレビで弾いている人がマジックをしているように見える。

ありゃ嘘だ。

口パクみたいなものだとも思う。

人間関係のストレスをピアノが弾けないストレスが追い抜く音がした。

すんごい速さで追い抜いた。

ピアノが弾けない。

でも弾けるようになりたい。

だからすごく熱中した。

いや。熱中してた。

口が渇くくらいに教本を見た。ちんぷんかんぷんだ。

訳がわからない単語も登場する。

深い。

ピアノ深すぎる。

楽譜が読めない。

解読不能。

右手と左手は別々に動かない。

ストレスがマックスを迎える。

だから寝ることにした。

今日はもうだめ。

これ以上はパニックになる。

ピアノめ。

負けない。

そして次の日も人間関係のストレスからスタート。

相変わらずめんどくさいな。

ストレスが溜まる奴だ。

でも帰ってもう少しピアノを練習したい。

意味がわからないこの感情。

なぜかピアノが弾きたいのだ。

それはキーボードを買ってしまったから。

金を出して買ったんだからこればかりは簡単に引く事が出来ない。

これは自分との闘い。

でも「やる」方を選んだ。

結果的に弾けた方がなんかかっこいい気がしたから。

正直楽しくて弾きたいというよりも納得するまで使いたい。

が正解。

楽譜の謎を解き明かす。

右手と左手で分かれて書かれていること。

解読。

だが右手と左手はやっぱり別々に動かない。

鍵盤の場所と楽譜を両方見ながら進めると目が疲れる。

首もなんか生まれて初めて凝り固まってきた。

今日はもう無理だ。

首が無理。

横になる事にする。

今日のベッドは何か充実した日の寝心地ではないか。

次の日も人間関係のストレスは継続している。

相変わらずストレスを感じる。

あいつの脳みそはどうなってるんだ。

めんどくさい。

今日は帰ったらまずは右手の練習からしてみることにしよう。

頭ではピアニストなんだが実際にやってみると

利き手じゃない方でボールを投げるあのヘンテコな感じになる。

これがもどかしい。

でもまたキーボード代を回収するほどやってない。

続けるしか選択肢はなし。だ。

ここに来て正直他のストレスを少し軽く感じている。

なぜならピアノが上手に弾けないストレスの方が断然大きいから。

ピアノが弾けないストレスがやばい。

もう自分を包みこんでいる。

でも買ってしまった手前うまくなりたいんだ。

ピアノが弾けるようになりたい。

人間関係のストレスなんてどうせ受け続けるわけ。

それも人間関係を使って解消しないといけない。

それに解消するには自分一人の力だけで何とかなる問題でもなさそうなんだわ。

だとしたら今目の前にあるピアノのストレスは自分一人で解決出来る。

でもピアノはもどかしい。

実にもどかしい。

正直に言ってなんでこんなに難しいのか意味がわからない。

でも難しくないと自慢も出来ない。

誰でも弾けたらつまらない。

なにがいいって、もつれた人間関係を忘れる事が出来る。

そのもどかしさのおかげだな。

ピアノが弾ける度に人間関係のストレスが勝手に捨てられていく。

今のところ自分の一生懸命さも含めて「ピアノ最高!」と言える。

別に誰かに勧めるつもりもない。

自分だけが弾けないと意味がない。

誰かを巻き込むときっと余計な人間関係も巻き込むかもしれない。

でも…披露したくなるんだろうなぁ。

次の日の人間関係のストレスは少ないものだった。

今はピアノに集中していることもあって、次の日の人間関係なんて「どうでもいいや」って思えるようになってた。

別に無視をしているわけではなくて、なんか「どうでもいい」のだ。

それにピアノとは言っているけど買ったのは短めのキーボード。

グランドピアノに憧れてるわけでもない。

まだまだ始めたばかりだから弾きたい欲みたいなのが強い。

だから今は人間関係が少し「どうでもいい」のだ。

良く考えたらどうでもいいというわけじゃなくて違う事で頭がいっぱいになっているだけかもしれない。

「どうでもいい」というよりも「あまり気にならない」といった感じだろうか。

今日はどこまで自分が上手に弾けるようになるかが勝負。

そして弾けないストレス。

その繰り返しの中で少し人間関係のストレスを忘れてしまっている感じがするのだ。

自分の事で頭がいっぱいだ。

人間関係のストレスについて考えている時間が極端に少なくなった。

我関せず。的な感じになっている。

そして今の距離感は自分にとってすごく都合のいいものだ。

そう考えるとこのままピアノという名の短めのキーボードを続けた方が自分の為になっているのかもしれない。

結果的に今日は、人間関係のストレスが少なく感じた。

次の日も人間関係のストレスは少ないものだった。

やはりあまり気にしなくなっているからかもしれない。

気が付けば短いキーボードの虜になっているのだ。

人間関係のストレスがなぜか軽減されたことには自分でも驚いている。

そしてこれから先こうやってストレスを発散するというか、

上塗りすることも出来るのだと感じた。

人間関係はストレスが溜まるよ。

間違いなくストレスを受ける。

お受け取りになる。

それをずっと持っているとやっぱり気になって仕方がない。

だから捨てるというかうまくいなさないといけないのかもしれない。

それがたまたま短いキーボードだった。

そして買ってしまったものだから無理をしてでも上手くなりたいという新たなストレスを受け。

それを消化していく毎日。

正直指が痛い。

でも人間関係のストレスと比べたら痛くないに等しい。

物理的に痛いだけ。

心の鈍い痛みよりは断然マシ。

結局帰って練習することしか考えていない。

ハマるってなんか、楽しい。

結局今日もあまり人間関係のストレスを感じずに済んだ。

自分だけのプライベート空間を作る。

自分の家の中にさらに自分だけの空間を作る。

メインはもちろんあれだ。

あれを思う存分集中して弾き倒す為の空間。

無駄に作った。休みの日を使って無駄に作ったのだ。

はっきり言って無駄だ。

でもそれを作っている時間も妙に集中している。

もちろん人間関係の事なんて気にもせず。

ただ黙々と。

何かに熱中している時間が忘れさせてくれる。

何かに熱中出来る時間が待っていると思うと「はいはい。」と流せる。

どうも自分は「気にしない」というのが苦手みたいだ。

だから他に熱中出来る時間を設けることで人間関係で受け取ったストレスを流せるようになったのだ。

熱中出来る時間というのは自分を保つためにも必要なのかもしれない。

熱中できる時間を奪われたらどうする?

その可能性もある。

奪われるというかピアノを弾く事を諦めるか、飽きた場合。

熱中するほどでも無くなった場合。

そんな時はまた見つけようと思う。

自分だけの人間関係ストレス専用ごみ箱。

世の中には熱中出来るものが本当にたくさんある。

本当にたくさんある。

熱い。

熱中するものが多くて熱い。

その熱さを知らずに、今も人間関係のストレスに悩まされている人がいる。

それを聞くとつい思ってしまう。

いや。伝えてしまう。

こんなに熱中出来るものがたくさんあるのに!?って。

今はね。

今はそう思う。

人間関係のストレスに悩まされている時はそのストレスをどうすればいいのかばかりを考えていた。

そうなると全ておっくうだった。

動けなくなるのだ。

動けないなら熱中出来る事を探す事も出来ない。

人間関係のストレスのせいで他の事が考えられない。

確かに人間関係のストレスを抱えている時はそれを何とかしてからでないと他の事は考えられないかもしれない。

わかる。

わかるけど、どうせ解決しない。

だって考えて考えて考えても、他人が絡み合っている以上想像通りに事は運ばない。

無駄とまでは言わない。

でも難しい。

すごく難しい。

そんな中熱中出来るものが溢れている。

今熱中出来るものはタイムリーなのかもしれない。

来月出会ってもときめかないかもしれない。

人生の中で滅多にないときめきをスルー。

もったいない気がするのだ。

どうせ誰かを誘って探しに行っても決める事なんて出来ない。

一人で探すのだ。

一人旅。

一人激熱熱中旅。

動けない思考回路を無理やり動かす。

無理やり動かさないと自分が納得するまで考えてしまう。

人間関係のストレスってしつこいのだ。

ねっちょりしてる。

まとわりつく。

きっとこれから先も解決したところで新しいねっちょりが現れる。

「それならそれでいい」って思えるくらい熱中出来るものが必要。

今まさに人間関係のストレスに悩まされてるなら自分を無理にでも動かす。

無理にでも動かしてまだ見ぬ熱中を探す。

まだ見ぬ「熱中」が人間関係のストレスから守ってくれる。

熱中している時のストレスは人間関係のそれとは全く違う。

むしろそのストレスを解消する方法も自分で全てコントロール出来る。

それが熱中するということ。

プラモデルを作るなら説明書を見たり、完成図を見て「出来ない」というストレスから解放されようと頑張る。

なぜか頑張る。

未完成のプラモデルでも熱中する時間が人間関係のストレスを受け流してくれる。

むしろ守ってくれる。

熱中する時間は人間関係のストレスから自分を守ってくれる。

なぜかストレスを受けない。

そしてどんなにストレスを受けたとしても一瞬忘れられる。

一瞬忘れると次に思い出した時になぜか受け取ったストレスが弱くなっている。

人間関係のストレスも解消しないといけないかもしれない。

後々解消しないと自分でも辛くなるかもしれない。

でも一時的に守ってくれる時間くらいほしいものだ。

むしろ一時的に守ってくれる時間くらいもらえたところで別に贅沢ではない。

守られてる安心感。

それを熱中する時間で作り出せる。

頭の中も一度スッキリする。

スッキリした頭で考えれば名案が浮かぶかもしれない。

むしろ熱中している間に勝手にもつれた人間関係が無くなっているかもしれない。

熱中し過ぎて新しい人間関係のトラブルに気が付かない。

そのくらい熱中出来るものをこれから探そうと思う。

人間関係
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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