自信が無いならコツコツやっていけば結果は後から付いて来る

メンタル

自分が今後やらなければならないことはまだまだある。

自分が男だからなのか、家族がいるからなのかはわからないけど、どこかでそれなりの責任感を感じている。

一家の大黒柱と言えるような稼ぎがあるわけではない。

でも自分がちゃんと立っていないと家族が総崩れになってしまうような感じがしている。

決して家族に対して「自分がいなきゃダメだな」と思っているわけではない。

それぞれがそれなりに選択しながら生きていくことは出来るのだと思う。

 

それでも責任感を感じている。

 

それは父親だからっていうことではなくて、

きっと自分の性格がそうさせているんだと思う。

 

私は家族から頼られたい。

多くの父親像よりもかっこいい存在でありたい。

なかなか実現出来ないけど、いつもそう思っている。

 

それがどうしてなのかわからないけど、なんだか諦めたくない。

重要な役目を担いたい。

 

父親として、家族の一員として。

自分が胸を張って、「すごいだろ!」って言えるような存在になりたい。

 

そう考えると、

いつもやらなくてはいけないことは山積みだと気付かされる。

まだまだ達成しなくてはいけない目標がたくさんある。

 

それを全て叶えないといけない。

そうじゃないと本当の意味で自分自身が満足出来ない。

 

自分はまだまだ未完成で、もっと出来ると「信じたい」のだと思う。

 

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信じる力と存在感。

目に見えない力。

信じるだけで結果を出せるのなら「誰でも」結果を出せる世の中になる。

でもそんな世の中にはならない。

なんだかそういう世の中にはならない。

それなりに自分の事を信じてはいる。

それでも結果を出せない人だっている。

結果を出せない状態が続くと自分を信じられなくなる。

そうなると自分の内側から発せられるパワーが小さくなる。

 

モチベーションが下がる。

 

モチベーションが低いと自分が持つパワーの全てを発揮できなくなる。

外側から見たら、本来とは違う姿を見た誰かに、「調子が悪いのかな?」と思われたりする。

より実力を発揮出来なくなる。

スポーツみたいに結果が見た目でわかりやすい世界ならまだ良いのかもしれない。

調子が悪い理由も見つけやすかったりする。

ただ、世の中にいるほとんどの人はスポーツ選手ではない。

それでも普段の生活の中で「実力を発揮出来ない場面」が必ずある。

 

理由がわかりづらい。

 

何をすれば本来の実力を発揮出来るのかわからなくなる。

調子が悪いのは自分でもわかる。

 

実力をうまく発揮出来ないでいる。

 

自分を信じる力がもっと強ければ、自分の実力を100%発揮出来るかと言われれば、それ以外の原因や理由もあるのだと思う。

 

ただ、この瞬間は間違いなく目に見えない力がどこかで働いているとしか思えない。

 

「だって、自分はもっと出来るはずだと信じているのだから。」

 

普段は何気なく出来ていたことでも、失敗が続き、自信が無くなる。

自信に満ち溢れている時の方が断然うまくいったことも今では緊張する。

手が震える。

 

自信だけではないけど、

それでも「気持ち」や「向かう姿勢」は少なからず影響する。

 

少なからず影響するのであれば、

せめて自分を信じてやる力は強い方がいいと思う。

 

それで全て解決するわけではないけど、

少しでも自分の実力を発揮出来る方へ。

 

目に見えない力の一つに、

「自分を信じる気持ち」も入っているんじゃないだろうか。

 

私は自分を信じたい。

思いっきり信じたいから、努力しなくてはいけないんだと思っている。

 

結果を出すには鍛錬が必要で、

鍛錬をして、結果を出す度に自分の自信も大きくなっていくのだと思っている。

 

その鍛錬を「努力」と呼ぶのなら、圧倒的な自信は圧倒的な努力によって作られる。

 

自信の根源は「誰にも負けない努力」なんじゃないかと思っている。

 

今、私は絶不調。

 

だからこんなことを考えている。

 

何とかせねば。

 

自分をもう一度信じてやる為に。

今は何をやってもうまくいかない。

それがあまりにも長く続いているものだから「調子を崩している」と周囲にも思われている。

自信も無くなっていく。

今は目の前の小さな目標をクリアするので精一杯。

少し前の自信がある時だったらもっと大きな目標を設定して、それに向かって結果を積み重ねて行けたのかもしれない。

 

もう一度自信を取り戻したい。

 

「自分なら出来る。」と思いたい。

その為になにをしよう。

 

まず、目の前の小さな目標をクリアしていく。

 

自信に満ち溢れていた頃の自分は小さな目標にはあまり関心がなかった。

もっと大きな獲物を追う勢いがあった。

でも今はない。

 

たぶん調子に乗っていたのだ。

 

結果を出せないビッグマウス。

そんな感じ。

 

それじゃあ誰も信用してくれるわけがない。

どんなに大きな事を自分の口から発しても、それを「叶えうる可能性」を見せつけなければならない。

周囲の人に信頼されるには「ビッグマウス」だけではだめ。

それに伴った結果を残さないといけない。

 

良く考えたら、

誰かに信用されたり、期待されたりすると、

少し自信が出る。

 

誰かの信用や期待は小さな結果の積み重ねで得られたりする。

 

大きな獲物を追い過ぎて、それに失敗した時の反動が大きかった。

大きな獲物を捕らえる為には誰かの助けが必要になるかもしれない。

 

その時に必要なのは、

「大きな目標を達成した時のワクワク感を想像させる」だけじゃなくて、「小さな目標も確実にこなしている実績」だったりする。

 

自信が無くなり過ぎて、大逆転を狙う意味でも、さらに大きな獲物をターゲットにしていた。

 

もちろんそれを達成出来れば大きな自信と信頼を手に入れられるのかもしれない。

モチベーションを高く保ち、失敗にめげずに自信を貫ければ…。

 

自分はそんなタイプではない。

 

今はまさに絶不調。

モチベーションの維持もままならない。

だからこそコツコツ小さな結果を積み重ねていかなくちゃいけない。

 

結果的に大きな目標を達成する為に。

自信を取り戻す為に。

自分を誰よりも信じてやる為に。

 

自信と存在感の関係。

人は良い結果を積み重ねていくことで、自信を得ていく。

多くの良い結果によって作り上げられた「自信」は同時に「存在感」を醸し出す。

 

自信だけが先走った状態になると、おのずと実力に見合った結果に戻って来たりする。

大きな結果を出したのに自信が無かったとしても、後々自信がついてくる。

 

そういうものだと思っている。

ただ、先に自信だけが先行している状態はあまり好きじゃない。

結果を出していないのに自信満々な人がいると、「なんだこいつは。」って思う。

今はすごくそう思う。

自分が絶不調だから。

なんの実績もないのに自信があるっていうのは良く考えたらアンバランスで他人から見たら不自然。

だから「なにこいつ!」ってなる。

 

少し前の自分がそうだった。

 

大した結果も出したことが無いのに、「自分は器用だからなんでも出来るっす。」と自信を持って様々な事をこなそうとしていた。

もちろん結果を出していないから周りの人から見たら「なんでこいつはこんなに自信があるんだ?」と思われていたのだろう。

 

そして、結果を出せないから自信が萎んでいった。

 

自分は器用でもないし「何でも出来る」わけでもない。

自信過剰だったとしか思いようがない恥ずかしい経験をすることになる。

 

だけど大した反省もせず、

「単に調子が悪いだけだ!」と思って、「絶対に見返してやる!」とさらに意気込んだ。

 

その後も見事に失敗を重ね、結果が出ない日々を過ごしていると、みるみる自信を失っていく。

自分の無力さに落胆する。

 

そうなって初めて思う。

 

結果に見合った自信になっただけ。

そもそもそのくらいの力しか持ち合わせていなかった。

だからその通りになっただけ。

 

やっと普通の状態になれた。

 

むしろ自信だけが先行してバランスを崩していた。

これからちゃんと自分と向き合って、小さな目標をコツコツと達成していこうと思った。

 

謙虚になったわけではない。

誰かにペコペコしたいわけでもない。

自信が全くなくなったわけでもない。

 

それが今の自分がいる現状なだけ。

 

それを変えたいからこそコツコツ目標を達成していく。

今存在感が薄いからと言って、圧倒的な存在感を醸し出したいわけではない。

持ち合わせた実力が今の状況を作っているのだと思っている。

 

私はこれからも、

見栄を張るし、ビッグマウスで自信をアピールする。

 

でも必ずそれ以上の結果を出す。

 

そういう人にならなくちゃいけないと思っている。