就職先が決まらない事がそんなにやばいのか

仕事

大丈夫だ。そんなにやばくない。

就職が決まらない事がやばいと思うのは大衆的な心理が働いているからかもしれない。

「就職するもの」「就職を決めなければならない」っていう考えがあると決まらない事が間違っていると感じる。

就職が決まらないことで自分の立ち位置が社会的に見てすごく弱いものだと感じてしまう。

そんなことないのに。

周りの空気感がそうさせるのだろうか。

20代で自分の価値をしっかり見出せている方がよっぽど異常だと思うぞ。

異常というか、ちょっと特殊だと思う。

特殊能力って必要かね。

そもそも特殊能力を持っている人が一般人に紛れていることが怖いって思うけど。

特殊能力を持っているなら結果的にそういった力を必要としてる場所に導かれるはず。

例えば一緒にサッカーをしてても子供のころから妙にうまい人。

むしろ超絶うまい。

そういう子って気が付けばサッカーでどこかの代表になっていたり、その内国を代表する選手になったりするでしょ。

その力を必要としてるところに集まる。

サッカーの各国の代表なんて特殊能力を持っている人の集まりなわけですよ。

特殊能力が「サッカー」だったわけですよ。

その特殊能力が「就職先を決める」っていう人だっているわけさ。

努力だけで本当にサッカーで国の代表選手になれると思いますか?

努力だけで。

本気で努力だけで全てが解決されると思いますかね?

思わぬ。

私は断じてそうは思わぬ。

真っ向から否定したい。

才能っていうのはマジで存在するぞ。

そこに努力という力をプラスすることで才能が開花するパターンが鉄板でしょ。

「みんながやっているから。」って理由だけで才能がない部分の努力をするってどう考えても違うだろ。

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「みんながやってるから。」に流されてはならん。

どうしてもみんながやっているから正解のような気がしてしまうのは仕方がない。

でも国を代表するサッカー選手になるという夢を叶えるって「みんながやっているから。」っていう理由でなれるかね。

たぶんなれない。

「みんながやっているから。」っていう理由だけではプロのサッカー選手にだってなれないと思う。

むしろそれで「プロになれなかった。」時のショックが大きくなると思う。

「みんながやっているから。」という理由に流されてしまえばそれが出来ない時の段差で骨折するぞ。

いや。

むしろ凸凹もない平坦な道で転ぶようなもの。

何が欲しいの?

就職先?

どうして。

安心?保障?

なに?なに?

就職出来たら素直におめでとうでしょ。

例えば、友人が先に就職先を決めた。

上場企業だ。

凄いって思うでしょ。

自分は就職先がまだ決まってないのだから余計に凄い。ズルい。ちくしょう。

って思う。

でもね。

普通におめでとうと言ってあげたい。

だって自分が今後就職先が決まったらおめでとうって言ってもらいたくないかい?

大切な友人なら余計にそうしてほしいって思わないかい?

大切な人に「おめでとう」とか「頑張ったね」って言ってもらえるって嬉しいことなんだよ。

それを言ってもらいたくてまるで相手から「おめでとうって言え。」って迫られているような感覚だったらそいつって大切な人かな。

大切な人ってそんなことするかな。

しないと思うんだよね。

大切な人って「あなたが何に向けて頑張っているか知っていて、その結果を自分の事のように感じられる人」のはずなんです。

「みんながやっているから。」っていう理由だけに乗っかっていると心からおめでとうって言える人が少なくなっていく気がするのです。

根本的には素直におめでとうって思えることでもそうではなくなってしまうのはすごく悲しい。

その道のプロになりたいと思いますか?

良い企業にいること、大きな企業にいること。

それって人数は違うかもしれないけど、なんかプロのスポーツ選手になるっていうこととあんまり変わらないような気がする。

結果的に起業に必要とされる人になる事がメイン。

起業が求めている人になる事が正解なのかもしれない。

でもそれはプロのスポーツ選手でも同じ。

求められている人材だからこそ必要とされ、そこで力を発揮する。

そもそも就職するのはなぜ?って話。

「みんながそうするから。」っていう理由だとなかなか難しいんじゃないかと思う。

大切なのは自分が行きたい企業や自分を必要としている企業に対して、どれだけ貢献出来るかどうか。

行きたい企業を調べて、自分がやりたい事と合致している部分があって、誰よりも力を発揮出来ると自信を持ち、それを最大限アピール出来るように努力する。

それってもうプロと同じ考え方だと思う。

もちろん類まれなる才能を持っているのならどんな企業でも必要とされる人材になれるかもしれない。

でも初めは絶対にそうではないはず。

いきなりそんなところにワープ出来るわけがない。

そんなのヘッドハンティングと一緒。

プロサッカー選手の移籍と同じ。

自分が本当に必要としていて、尚且つ相手も必要としている状況で初めて就職は成り立つんだと思う。

「なんとなく。」そんな気持ちでいるならどんな仕事でも一緒。

むしろ就職にこだわる必要もない。

まだ何も始まってないかもしれない。

自分はどんな事をしたいのか。

どんな事で生計を立てていきたいのか。

これがすごく大切な気がするのです。

そしてそれが見つかっていない人がほとんどだと思う。

そんなに簡単に見つからないし、見つけたとしてもひと月でその気持ちが変わるかもしれない。

でもそれを繰り返していく内に様々な気付きがある。

その気付きの中で発見していくんだと思う。

結局のところ、大手企業だったり上場企業に入ったとしても辞める人もいるんですよ。

「本当にやりたいこと」っていつだって気が付けるし、何かにチャレンジしないと見つからないかもしれない。

ひらめきのように突然思い立つかもしれない。

就職してから気が付くかもしれない。

プロになってから気が付くかもしれない。

いつその「気付き」が来るのかは誰もわからない。

いまだに「みんながやっているから。」という理由付けで行動しているのならまず気が付かなくてはいけない。

「自分はそれでいいのか?」って。

それでいいならOK。

それじゃダメでもOK。

なわけですよ。

ちゃんと気付いているか。

誰かが出した答えよりも自分が出した答えの方が強いんだ。

これは別に就職だけではないけど誰かに決められてそれを嫌々やっていく内に自分の中で「なにがしたいのか」に気付く。

子供なんて生まれたばかりはなにも出来ない。

出来ないから親が一方的に様々なものを与えるわけ。

その与えられたものをやっていく内に、「あれが嫌!」「これがいい!」と気付く。

それが自我。

誰かに与えられた答えがいけないわけじゃない。

それも気付きのきっかけ。

その答えにちゃんと納得しているのかどうかの方が問題。

自分の気持ちが不透明なまま進めていくのもOK。

いつ、どこで、気が付くのか。

「自分がやりたいこと」や「自分が目指したいもの」はいつでも変わる可能性がある。

でも納得してないとずっと疑問が残るでしょ。

それで別に構わないならそれはそれでいい。

だってそれも自分への気付きなわけですし。

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就職先が決まらなくてもやばくはないでしょ。

問題はその状況でどんな事を考えて、どんな選択をしていくか。

「みんな就職しているから。」っていう理由だけでやばいと決めていいものなのか。

今すぐに就職しないと何がダメなのか、何がやばいのかちゃんと説明出来るのであればいい。

それは間違いなくやばいんだと思う。

でも誰も納得させられない状態で「やばい」とか「ダメだ」とか考えているのならやばくないしダメでもない。

今すぐに就職先を決めないと死ぬっていうのならどんな方法でも「就職」にありつこうと必死になる。

企業なんて関係ない。

今すぐにお金が必要なのであればアルバイトっていう選択肢は常にある。

「就職しないといけないのはなぜ?」に対して相手を納得させるだけの説明が出来るわけがない。

完璧に、しつこく、ねちっこく、具体的に、相手が折れるまで徹底的に主張や説明が出来るのはいつだって、

「自分はこうしたい!」

っていう強い気持ちなはず。