「もうどうでもいい!人生なんて!」と思ったなら読んでほしいブログ

メンタル

世の中のほとんどの人が誰かの人生について考える機会は、ほぼ無い。

理由は簡単。

自分の人生を背負うだけで精一杯だから。

自分の人生がうまくいっていないのに他人の人生について考えるなんてのは、出来ない。

自然に誰かの人生について考える時間なんて作れない。

意図的に誰かの人生に触れようとしないとそんな事考えもしない。

だからこそ、意図的に、無理矢理にでも誰かの人生を知る機会を設けてみてほしいと私は思っている。

今、自分の人生に対して「もうどうでもいい!」って思っているのなら、誰かの人生に触れてみてほしい。

世の中には多くの成功者がいるけど、そんな特殊な奴らを真似たところで自分にもそれが出来るかはわからない。

どん底から這い上がって大成功を収めた偉人の話など入ってこない。

だって、もう、どうでもいいんだもん。

だから私はそんな偉人達の特殊な人生に触れてほしいなんて思わない。

スーパーマンに興味なし。

今回触れてほしい人生は「いい歳こいてブログを更新し続けている夢に破れ続けて大人になった私」です。

もちろん気休めくらにしかならん。

でも、今のあなたに必要なのは「気休め」だと私は思うのです。

気休め程度に読んでほしい。

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夢が叶った事なんて一度も無い。

私はこれまで多くの夢を掲げて生きてきました。

それはそれは大きな夢でした。

青春時代はサッカー選手にミュージシャンを目指した。

大人になってからも営業成績トップに憧れたり、資産家に憧れたり。

そのどれもこれもが今も叶っていない。

諦めたわけじゃないけど、どこかで「もう叶わないだろうな」って思っている。

人によっては「叶わないと思っているから叶わないんだよ!」と熱血指導してくださる方もおられると思います。

熱血が取り柄の芸能人とかに言われそう。

成功者に限って「諦めたらそこで終わりだよ」って言いそう。

スラムダンクみたいな事を言われそう。

私はまだ、夢の叶え方を知らない。

だからいくら夢を抱いても「諦める」って選択しか選んだ事がないのです。

それなのに多くの成功者がそんな私に「諦めるな」と言う。

それが辛い。

たまには「いやいや無理っしょ…」って言いたくなる時だってあるだろ。

だって今まで一度も夢を叶えた事が無いんだよ?

そんな自分が自分に向かって「大丈夫だ!夢は必ず叶うから!」って言い続けられると思うかい?

私には、絶対に、無理。

どんな夢を抱いたとしても、毎日「大丈夫?」と心配になりながら進めていくと思う。

現に今も夢を叶えた事が無いんだから当然そう思ってる。

でもね。

これだけ夢が叶えられないままおっさんになって気が付いた事もあるのです。

それは「夢は一瞬では絶対に叶わない」って事。

継続しなくちゃ絶対に叶わないって事。

当たり前。

みんなわかってる。

わかってるのに出来ないまま諦めてきた多くの夢。

おっさんになってわかった。

「夢を叶えようとする力」よりも「継続する力」を鍛えた方がいい。

あの頃、サッカー選手よりも友達とゲームをしている時間の方が好きだった。

あの頃ミュージシャンになるよりも恋をしている時間の方がときめいた。

超単純。

人生の全てを「夢を叶える事」に費やせなかったのです。

今、私はブログを書き続けている。

素直に「これなら続けられるかもしれない」って思っている。

私はパソコンでカタカタと文字を書くのが思ったよりも好きなのです。

思っている事や考えている事をその都度パソコンでカタカタと文字にする。

ブログと出会ってから、何とかそれを継続出来ている。

お金とは無縁です。

お金はありません。

お金を稼ぐ手段にはなっておりません。

が、今後も続けていきたいと思っている。

書き続けてれば夢もリアルに想像出来るようになるのかもしれない。

いくつもの夢に破れて、「もうどうでもいいわ!」ってなったら、何でもいいから続けられそうな事を探してみるもの良いかもしれない。

もちろんそれが何の役に立つのかわからない。

私は別に何の成功者でもない。

いつも金に困ってる。

夢も無い。

金も無い。

でも、生きてる。

それでも何とかやっている。

ギリギリだけど、何とかやってるよ。

どれもこれも失敗ばかり。

私はこれまで何度かチャレンジをした。

学生の頃は勉強に恋にスポーツ。

大人になってからは仕事仕事仕事。

その都度、それなりのチャレンジをしてきた。

結果、多くの失敗をしている。

勉強も恋もスポーツも仕事も、失敗記録を更新し続けている。

唯一チャレンジしてよかったと思うのは恋。

結婚して、子供が出来た。

金は無いが。

いくつものチャレンジをしてきて、失敗ばかりしてきたけど、恋だけはまぁ、唯一成功した例のひとつだと思っている。

が、それ以外で成功した記憶はない。

私以外の誰かが、どこかで、どんなチャレンジして、どんな成功を掴んでいるのか想像も出来ない。

だからこれは圧倒的な自己満でしかない。

これまで多くのチャレンジをして、「成功かな?」と思えるのがたった一つなもんだから、誰かに胸を張って「チャレンジしろよ!」なんてのも言えない。

しかも恋に関しては「チャレンジしよう!」と思ってやったわけじゃなくて、ほぼ感情だけで動いた結果、そうなっただけ。

恋を抜いてしまえば、自らの意思で「チャレンジしよう!」と思って成功した事は一度もないかもしれない。

思い出そうとしても思い出せないのだからたぶん無いんだと思う。

「これにチャレンジしよう!」って気持ちを持っても、いつも失敗してきた。

何がいけないんだかわからない。

どうして失敗ばかりなのかわからない。

「なんでこんなに失敗しなきゃならないの?」って思う。

「失敗なんかしたくない!」ってマジで思う。

でもチャレンジしてしまう。

で、また失敗する。

それをずっと繰り返している。

たぶんこれからも繰り返していくんだと思う。

最近一つだけ誓いを立てました。

「家族は絶対に守る」

これはチャレンジではない。

なぜなら失敗が許されないから。

家族は絶対に守るのだ。

守りたいのだ。

命を懸けて守りたい。

これはチャレンジじゃない。

絶対に失敗が許されない。

だからチャレンジじゃない。

って考えると、「チャレンジ」ってのは絶対に失敗が付いてくるんだろうと思うのです。

失敗を数え出すとキリが無い。

そして怯える。

「もう失敗したくねーなぁ」と思う。

だったら「チャレンジする」って意識なんか捨てちまえばいい。

おっさんになるまでに数えきれない失敗を重ねてるんだから、今さら数える気にもならん。

「もうどうでもいい」って思ったら、チャレンジすら無心でやってるような気がする。

チャレンジも失敗もどうでもいい。

ただ自分が幸せになる為に毎日を過ごすだけ。

毎日を生きていくだけ。

立派なチャレンジじゃないか。

「幸せになる」

小物の私にはでっかいチャレンジが一つだけあれば十分だ。

その期間は一生。

だとしたら私は毎日チャレンジしている。

一応「幸せになりたい」って漠然としたチャレンジがいつもあるんだから。

どうだ!凄いだろ。

誰でも出来る事をやる毎日で何が悪い。

良いか悪いかは私が決めるのです。

もう失敗を数えるのもめんどくさいのだ。

世の中優しい人ばかりではない。

私はこれまで多くの人に支えてもらっていました。

きっとこれからも多くの人に支えてもらうんだと思います。

今は、家族に支えられている。

自分でも支えているつもりなんだけど、たぶん支えられている割合の方が大きい。

自分の家族だから「支えるのは当たり前だ」と思うかもしれないけど、数十年も生きていると、世の中は優しい人だけじゃない事に気が付く。

騙されたり、傷つけられたりして気が付く。

「こいつ…本当に同じ人間なのか?」

と言いたくなるような奴もいる。

たぶんあいつらは鬼なんだと思う。

全集中で日輪刀を握って首を狙いたい。

元々人間だったんだけど、色んな事があって鬼になってしまった奴なのかもしれないが、正直、そんな奴を目の前にすると「しねぇー!ボケゴラァ!」と言いたくなる。

そんな奴らが平然と社会の中にいる。

社会の在り方は、たとえそいつが鬼だとしても、人間の姿をしているなら「協力しようぜ!」ってのが基本のスタイルだ。

鬼だとわかっていても、仲間外れにしようとすれば、それは反社会的な行いになったりする。

そんなめんどくさい社会の中にいながらも、人間関係を築きながら、人と人は繋がり合って生きている。

だからこそ優しさが目立つのです。

自分の家族のありがたみに気付くのです。

社会に解き放たれた鬼共と自分の家族を比べるとよくわかる。

鬼共は私の事など何も考えていない。

鬼っていうのは私の元上司だったり、悪い先輩です。

もはや反社会勢力なんじゃないかと疑いたくなるわ。

そんな鬼共と接する機会があると、自分の家族は「なんて優しいんだろう」と思ってしまう。

思いやりがある人達が近くにいるから、社会の鬼共の存在に気が付く。

私の周りには数匹の鬼がおりました。

このブログでも紹介した事がある上司もその一匹です。

これまで数々の鬼に襲われた経験があります。

そんな鬼共がいるからこそ、大切にしたい人がいる。

絶対に守りたい人がいる。

「この世の全ての人が優しくなればいいのに」って思う事もある。

報道される悲惨なニュースを見て「なんでこんな事するんだろう…」って思う事もある。

だけど私は鬼を倒す武器を持ってない。

誰かを傷つけてしまう事はあるけど、「傷つけよう!」と思って傷つける事が出来ない。

人道を外れた暴力的な事に対しては拒絶し続けている。

恐怖からは逃げたいだろ。

だけどそれを平気な顔してやってる鬼がいる。

同じ社会の中にいる。

それでも私達は生きていかなくちゃならない。

そう思った時、絶望を感じる。

更なる恐怖を感じる。

今日もどこかで、誰かが心無い言葉で傷ついたり、一方的に傷つけられていると思うと胸が痛む。

世の中優しい人だけじゃないんだよ。

どこに行っても鬼がいる。

ムカつくよね。

怖いし、悲しいし、腹立たしい。

そう言えば、友人に貸した5万円がまだ返ってきていない。

あいつは鬼だ。

借りたお金を返さない鬼。

この世は鬼だらけだ。

これまで経験した多くの嫌な思い出。

そういった経験をする度に鬼を見つけるのがうまくなる。

「こいつ鬼かも…」

そう思うとササっと避けるようになった。

今日も鬼を見つけたらすぐに避ける。

私の人生は鬼避けゲームになった。

好きになれない鬼と一緒に居るのは苦痛でしかない。

今日も何とか生きている。

私には特技が無い。

これまで極めようと思った何もかもが中途半端。

何か一つでも得意な事がありゃ今頃こんなに窮屈な人生を送らずに済んでいたのかもしれない。

そう思うとすごく切ないから、いつも「これから、これから!」と無理矢理自分を励ましたりする。

で、そんな自分への励ましをブログとしてここに残しているのです。

偉そうにブログを書き殴ったり、弱気にブログを書き殴ったり。

その都度気分や気持ちも違って、大波小波に向かいながら書いている。

最近書く文字のボリュームが上がり過ぎて、「一日一つはブログを更新する」って目標も「なんかちょっと違う」と感じている。

いや、言い訳っす。

出来ないだけ。

良く考えてみると、私には出来ない事だらけ。

「一体お前は何が出来るんだ?」

って言われると、誰かを納得させられるような特技は一つも見当たらないのです。

朝起きて、渋々仕事をする。

「ブログを仕事にしたい」と考えてはいるけど、世の中そんなに甘くはない。

結果もなかなかついてこない。

そんな毎日を送りながら焦りとそこから抜け出せないジレンマに飽き飽きしている。

もしかしたら私は本気になった事が無いのかもしれない。

最近CMで「見つけーてーあげるよー♪君のーやる気スイッチー♪」って曲が流れる。

予備校か何かのCMだから社会人になってしまった私のやる気スイッチは探してもらえないと諦めた。

どんなに想像しても、華々しい未来が見えてこない。

今日も何とか生きている。

もし、本気になれる何かに出会えて、それを貫き、自分が考える最高の成功を収められたら、そりゃ幸せだ。

でも私はそうじゃない。

そうじゃないけど、何とか今日も生きている。

その内、なんか、納得出来る結果が待っているのかもしれない。

それが「ブログを辞める」って選択をしなきゃならない結果だとしても、きっと何とか生きていくのだと思っている。

自分の思い通りに物事が進む瞬間なんて奇跡のように稀で、毎日をほぼ我慢しながらほぼ、譲りながら生きている。

たまにイライラして、「うおぉぉぉ!」と枕に叫んだりするけど、子供の頃からずっとそうだった。

何度も「俺の人生終わったわ…」と思った。

でも今も何とか生きている。

あれ?

人間って結構強い生き物なんじゃね?

それが最近の私の気付き。

私はいつも全力で逃げる選択肢を持っている。

世知辛い世の中で、自分の人生に立ち向かい、戦い続ける人って、凄く、眩しいです。

その眩しさはこれまで読んできた少年漫画の主人公のようで、キラキラして見える。

私のようなおっさんはそんな人に触れるといつも思うのです。

「ま、眩し過ぎる!」

そうなんです。

キラキラし過ぎて逆に近づけない存在であると認識してしまうのです。

ポジティブ過ぎて胸焼けするのです。

「海賊王に俺はなる!」

とか一方的に言われると、「え?なんで?どうしてそう思ったの?」と聞きたくなってしまう。

動機はなんだ?

それになるとどんな良い事が待ってるんだ?

すげーキラキラしている。

夢に全力投球。

ポジティブ過ぎて胸焼けする。

だって、現実世界はとんでもなく世知辛いんだもん。

どんなに乗り越えようとしても、無理な壁があるんだもん。

だから私にはあまりにもキラキラが過ぎる主人公は胸焼けするのです。

が、もし、私が生きている間にワンピースが完結するのなら、全部読むだろう。

なぜなら、結果が知りたいから。

今の自分がそれとかけ離れ過ぎて胸焼けしてるだけ。

もし、海王類と出くわしたのなら、私は逃げる。

ドフラミンゴのような超絶強い奴が現れるのなら戦う術を考えるのではなく、逃げる術を考える。

そう。

私はいつも全力で逃げる選択肢を持つようにしている。

そりゃ戦う選択をする方が男らしいのかもしれない。

そりゃ逃げない方が眩しい光を放つのかもしれない。

それでも私は逃げます。

強そうな相手と戦いたくない。

ヤバそうなら速攻で逃げる。

全力逃亡だ。

これからもそうする。

逃げて逃げて逃げて逃げて逃げ続ける。

バカにされようが、嫌われようが、逃げる。

私は勇敢ではない。

だからめっちゃ逃げる。

逃げて逃げて逃げてた先に、今こうしてブログを書く毎日がある。

この間、読者の方からコメントを頂きました。

「力をもらいました。ありがとう。」って。

私はこれからも逃げる。

怖くなったら逃げるし、ヤバそうだったら逃げる。

それでもブログを続けようと思った。

どんな姿でも、「一生懸命やってるな」って伝われば、自分が勝手に一生懸命になっているだけなのに、誰かの為になる瞬間があるんだと知った。

それが、私のどうでもいい人生を支えている一言になった。

伝わる人に伝わればそれだけで十分。

結果的に誰かの為になる自分勝手もあるんだと思わされた。

ありがとうはこちらのセリフです。

この世は、「本気のありがとう」が交差する時、人の気持ちが救われる何かが生まれるように出来ているらしい。

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心優しきあなたにお願いがあります。

改めまして、執筆者のdaimaruです。

かれこれ数年このブログを続けて来て、思った事があります。

「ひとりで更新し続けるのって寂しいやん」

って事で読んで頂けた方々の感想やら文句やらもブログとして掲載していきたいと考えております。

この下にコメント欄を作ってありますので是非、何か、頂けたら幸いです。

あと、お手数ですが誤字脱字やらも見つけたら報告ついでに一言もらえると私は全力で直します。

数年更新し続けると読み直すのがさすがにおっくうなのです。

どうか、ご協力ください。お願いします。

あれんじ

どうか感想をください。