「考え過ぎ」が生んだ「問題点の切り替え」の重要性

メンタル

大人になると考えなくちゃいけないことが多くなる。

ような気がする。

何か趣味を始めようにもランニングコストとか時間の作り方とか。

大人になると何をするにもちょっと考えるんです。

今私は「ブログを書く」っていうのを考えております。

「何を書こうか」とか、「みんなの興味は何だろうか」とか、「アクセスを増やす為には」とか。

子供の頃なんて「興味」だけで突っ走ってきたような気がする。

先の事とか、ランニングコストとか、時間の作り方とか、そんなの考えもしなかった。

ような気がする。

それが楽しかったかどうかは置いておいて、最近私は「考え過ぎ」なような気がしてならないのです。

思った通りに物事が進むわけではないのになぜか考え過ぎてしまう。

我が家には子供が二人おります。

我が子を見ていて、その「フットワークの軽さ」と「成長速度」について考えさせられました。

結局考えてるんですけどね…。

でもその結果「考え過ぎは良くないかな」と思ったわけです。

むしろ多くの気付きがあったんです。

それは考え過ぎから生まれたわけです。

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子供の切り替えの早さが尋常じゃない。

買い物に行って子供をお菓子コーナーに連れていくと、あれもこれも欲しがる。

「買わないと気が済まない」のかと思うくらいに騒ぐ。

欲しがって大騒ぎする。

さすがに他の人に迷惑をかけてしまうので私は「ひとつだけ」と言う。

そうするとじっくり選ぶと思いきや、「これ!」って言って買い物カゴに入れて違うところに行こうとする。

次は「携帯貸して!」と騒ぎ出す。

youtubeが見たいんだと思う。

また大騒ぎする。

他の人に迷惑をかけてしまいそうになるので仕方なく渡す。

その5分後には「お菓子食べたい!」と言い出す。

でもまだ買っていない。

それを伝えても「今今今!」と騒ぐ。

他の人に迷惑をかけてしまいそうになるのでそのままレジに行って会計を済ませる。

外に出てお菓子を取り出そうとしたら近くにあった花壇を眺めながら「ピンクの花だね!」と言う。

もうお菓子はいらないらしい。

そのまま花壇の縁を歩いたり、アリを追いかけたりする。

結局お菓子は食べずに買い物も中途半端なまま、帰る。

この切り替えの早さは何なんだ。

大人になるとさすがに我が子のようにとはいかない。

ある程度考えなくてはいけないことがある。

いや、結構ある。

買い物中だとしても、「誰かに迷惑をかけない」とか「お財布の事情」とか「お菓子をあんまり食べさせたくない」とか「携帯をすぐに渡してしまうのは教育的にどうなのか」とかとか。

親の気持ちも考えも知らずに、やりたいことをただ発信し続ける我が子。

そして私が「思い通りにしてやろう!」と考えて出した答えに賛同しない切り替えの早さ。

「なんだよ…お菓子じゃないのかよ…」

って思っているのはいつも親である私だけです。

きっと好きな事を好きな時に好きなだけ出来るようになるとストレスは溜まらないんじゃないだろうか。

子供にストレスを与えようとは思ってないけど、大人だってそうしたい。

でも出来ない。

考え過ぎちゃうから。

だからストレスが溜まる。

今すぐ子供みたいに好きな事を好きな時に好きなだけ出来るようにはならないかもしれないけど、「考え過ぎ」から発生するストレスには要注意だと思う。

考えた通りに物事が進まないストレスを抱えると切り替えが遅くなる。

「なんだよー。」って気持ちを引きずったりする。

もう少し粘りたくなる。

自分だけね。

ところが子供は切り替えが早い。

むしろもう考えていない。

いや、違うことを考えている。

それを見て、「ああ。なるほど。」と思った。

思い通りにいかないストレスも、「切り替えの早さ」でカバー出来るかもしれない。

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考え過ぎが悪いわけじゃない。

大人と比べれば子供は「考えてない」って思うかもしれない。

子供と比べれば大人は「考え過ぎ」って思うかもしれない。

大人が子供に憧れても、子供が大人に憧れても、すぐに「そうなれる」わけじゃない。

なのに、考え過ぎちゃう。

考え過ぎても結局問題が解決しないパターンもある。

でも、考え過ぎたからこそ見つけられるひらめきやアイデアだってある。

自分に必要なスキルだって、ライバルを蹴散らすヒントだって考え過ぎたら見つかるかもしれない。

だって少し考えてわかることじゃないかもしれないじゃん。

考え過ぎないと解けない問題だってたくさんある。

バランスを上手に取れるようになるのが大事なんだと思う。

「ちょっと考えればわかること」「たくさん考えないとわからないこと」がある中で全部を「ちょっとだけ考えよう!」って決めても「深く考えないと解けない問題」があればそれは放置されてしまうわけです。

考え過ぎる癖を持っているのなら、逆に「少し考える」っていう力加減さえ覚えればいい。

これは「考え過ぎる」ってスキルを持っているからこそ出来る問題の解決方なんです。

もし「考え過ぎてしまうのが癖」でさらにそれでストレスを抱えたり、悩みの種になっているなら、それは「すでに持っているスキル」であって、後は「少しだけ考えるスキルを持つだけで良い」って思ってほしいんです。

考え過ぎを直す必要はないってことです。

今の段階では。

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考え過ぎが生んだ切り替えの重要性。

我が子を見て、「何も考えてないなー」って思って、それを考えて、「切り替えが早い」って気が付いた。

これって、結局考え過ぎから生まれたヒントみたいなものだと私は思っています。

「考え過ぎる」っていう癖を直そうと思ったことはある。

あるけど、すでに「考え過ぎるスキルは持ってる」って思うようになったんです。

だから「少しだけ考える」っていうスキルも手に入れちゃえばいい。

それって切り替えなんです。

問題点の切り替え。

そもそも問題だと思っていた部分が問題じゃなくて、それを補うスキルを更に得られれば良い。

そう思ったわけです。

これはたぶん私が考え過ぎるのが癖だったからこそ辿り着いたひとつの答えだと思っています。

人にはそれぞれ感じ方があって、正解や不正解はわからないけど、「ダメな癖」だと思っていることが実は自分にかかるストレスや負担を減らしている重要な部分だったりするんです。

サボり癖は直した方が良いかもしれないけど、「サボった分だけ人の3倍は頑張る」ってスキルを得るっていう選択肢もあるよ。って話なんです。

それが問題点の切り替え。

気持ちを切り替える時にただ我武者羅にポジティブを装ってもしょうがないんです。

自分の中でちゃんとした理由があって初めてポジティブになれる。

その理由が曖昧のまま「しゃー!やるぞー!」って思ったところで長続きしない。

一瞬で消えてしまう火なんです。

自分の心を燃やすには燃料が必要。

その燃料が「理由」なんです。

その理由を「考え過ぎの癖」が導き出してくれたわけです。

「あ。問題点の切り替えが早ければいいのかも。」って。

目の前のある苦手を補う為に自分が出来ることはなんだろう。

自分が直したいと思っている癖を補うにはどうすればいいか。

直すだけが正解じゃない。

それを補うだけの別の何かでもいい。

別のスキルを得ることに切り替える。

ただ、ダメなところを補うだけだと、やっぱり普通なんです。

やっと普通になれたって感じ。

もちろんそのままでも普通にはやっていける。

でも私は今以上を目指したい。

もっともっとこれから家族と共に成長していきたい。

その時に何をすればいいのか。

それは簡単。

「誰かに言われたダメなところを直せばいい。」

最初からあるのに最後まで残ったこの問題。

今なら直せるような気がする。

もしずっと直したいけど直せなかった「自分のダメなところ」があるなら、それ以外の事を全部クリアしてから考えてもいいんじゃないでしょうか。

「最後の一個」って思えたら案外簡単に直せるかもしれません。