大学を中退してわかったこと

小言

私は大学を中退し、今は30代後半になります。

20歳で大学を中退してからは音楽にハマり、28歳までバンド活動をしていました。

大学には1年くらいしか通学していない。

「大学を辞めたい!すいません!」と親に頭を下げたのを今でも覚えています。

申し訳ない事をした。

まるでお金を捨てるようなものだと思っていたから。

でも「あの時」私は生まれて初めて自分の意志を貫く決心をしたのだと思う。

「大学くらいは出ておきなさい」と言われ続けていたけど、それが出来なかった。

出来なかったと言うか、自分の中で、大学に通うメリットを見出せなかった。

今は結婚して、子供がいて、それなりに生活は出来ている。

とびっきりの親孝行は出来ていないけど、孫の顔を見せられたことは「良かったかな」って思っている。

仕事に困ったことは多々ある。

後でもう少し詳しく伝えたいと思っているけど、自分がやりたいと思えるような仕事をするには条件がある。

でもそれは高卒だろうが中卒だろうがどこの国出身だろうが、大卒だろうが、「関係ない」って今なら言える。

それは自分自身が高卒で、今はそれなりに生活が出来ているから。

今回は今大学中退を考えている人に伝えたい。

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1年間の大学生活で学んだこと。

私が大学進学を決めた理由。

「大半の人が大学に行くから。」

正直それだけだった。

高校では、多くの学生が大学進学を希望する。

だから自然と「進学」っていうのが当たり前の空気感になる。

専門学校に行く友人もいた。

でもそれは「やりたいこと」が決まっているから。

学びたいことが決まっているからだと思っている。

高校3年間はほとんど好きなことばかりしていた私にとって、学校全体が醸し出す「進学」の空気感に従うのが当たり前だと思っていた。

友人が予備校に行く。

だから私も行く。

友人が大学の入試問題やセンター試験の話をする。

だから私も似たような話をする。

それなりに予備校に行って、それなりの成績を出して、身の丈に合った大学へ進学した。

大学に入って、サークルに入って、大学生活を送る。

結局、私は自分が「何をしたいのか」さっぱりわからなかった。

口に出しても良いのなら、高校からやっていた「音楽」がやりたかった。

でも音楽の専門学校に行くことで自分のやりたいことが満たせるかどうかわからなかった。

それは音楽の知識が欲しいわけじゃなくて、バンド活動をしたかったから。

アーティストに憧れていた。

だから音楽の専門学校に行くことで得られる知識とはまた違うと思っていた。

そして、バンド活動に精通する情報の集め方がわからなかった。

高校にも大学にも、「アーティストになる方法」はなかった。

それもわかっていたのに大学に行った。

私はアーティストになりたかった。

夢を見ていたかった。

でもそれを親にも隠して、かっこつけて「趣味で音楽やってます」みたいな空気感を常に出していた。

だからきっと親にも「本気で音楽活動をしたい」って気持ちは伝わらなかったのかもしれない。

そんなもやもやした気持ちのまま大学に行って、何を学べばいいかわからなかった。

サークルに入って、興味もない価値観を共有して、「一体何をしているのか」さっぱりわからなかった。

気が付けばバイトばかりの生活になり、大学に行く回数が減った。

バイトをしてお金を稼いでいる内に、「お金が大切であること」と「お金を稼ぐのは大変であること」を十分に知った。

大学生の私が必死に頑張ってバイトをしても、月20万には到達しなかった。

お金を稼ぐのは大変。

大学に行くのにはお金がかかる。

それなのに私は学ぶ意欲無し。

親に「大学を辞めたい」と伝える。

「何を学ぶべきなのかわからない」と「大切なお金が無駄になる」。

その理由を素直に伝えたら親は中退を認めてくれた。

バイトをしなければ世間知らずの私は、「大学に行くにはお金がかかるけど気にしない」っていうのが子供として当たり前だと思い続けていたかもしれない。

私が大学を中退するまでに学んだこと。

それは、「お金を稼ぐのは大変だ」って事と「学びたいことが無いのに大学に行くべきではない」って事。

学びたいことを見つけたいのなら大学に行くのではなく、「フリーター」で十分だと思った。

迷いの中のバンド活動。

大学を中退した後、しばらくして、アルバイトをしながらバンド活動を始めた。

高校生だった頃から「バンド活動」に憧れていたからだと思う。

「これがやりたい!」って自分で初めて思ったのがバンドだった。

ただ、ずっとそれが出来ずにいた。

自信を持って「バンドがやりたい!」って恥ずかしいことだと思っていた。

だから大学を中退して、アルバイトをしながら、自分で稼いだお金で思い切って自分がやりたい事をしようと考えた。

気が付けばバンドメンバーも集まり、バンド活動を通して様々な仲間が出来る。

その集まりはあの頃のサークルの価値観の共有とは違って、「自分の興味があるもの」ばかりだった。

「自分がやりたいこと」を中心に様々な人間関係を築いていった。

ライブハウスでの活動。

CDを出したり、ホームページを作ったり、ワンマンライブをしたり、企画をやったり、ツアーに行ったり。

全国で同じ志を持った人達と共に様々なチャレンジをしていった。

気が付いたらアルバイトも減り、音楽活動中心の生活になっていた。

収入なんてほとんど無かった。

いつもお金に困っていた。

「このままで本当に良いのだろうか」ってどこかで考え出した。

たぶんあれは26歳を迎えた時だったと思う。

将来が不安になった。

それでも音楽活動しか知らないから一生懸命やった。

成果はお客さんの数。

伸び悩む。

気が付いたら「自分でやりたいと思った音楽活動」が不安要素になっていった。

転機は突然やってくる。

27歳を迎える頃、同じようにバンド活動をしている仲間が音楽の道を諦め、違う道へ進む姿を頻繁に見るようになる。

解散、活動休止。

理由は様々だけど、シンプルに進む方向が変わる。

それを耳にしたり、見たりするようになると、自分達も解散や活動休止を考えるようになる。

多くのバンドマンが将来に不安を抱える年齢に差し掛かる頃、突然のように転機はやって来る。

私は親の健康と恋だった。

私が28歳になる頃、親も健康とは言えなくなった。

それに、これは音楽をやっていた恩恵なのか、付き合っている人もいた。

音楽で生活する事を夢見ながらも、恋だけはちゃっかりしていた。

その時点で音楽だけで生活出来ないって言っているようなものかもしれないけど、私にとっての転機はそこで訪れた。

親の健康、恋人との生活。

その両方を自分が思う最善にするには、音楽活動だけでは到底無理だと考えた。

そこからは早かった。

気が付けば29歳を迎える前にバンド活動は終わった。

電光石火にように過ぎ去った約10年。

財布の中はすっからかんだけど、人生で二度目の決断だった。

理解してくれたのはバンド仲間だった。

申し訳ないと思いつつ、感謝の気持ちも。

それと同時に、ほとんどの音楽仲間と連絡を取らなくなった。

あの日のサークルの仲間と同じような感覚を感じた。

仲間っていうのは「同じ価値観や目標」を持つ中で生まれるもので、方向が変わると目指す道も変わるから、心境を共有出来なくなるのかもしれない。

ただ、いつでも連絡は取れる。

だけど「今は必要ない」って感じだと思う。

29歳を迎える頃。

私は生まれて初めて本気で就職活動を始める。

誰もが想像する通りの苦労が待っている。

就職活動をすると言っても、私の最終学歴は高卒。

20歳の頃に逆戻りしたような感覚になる。

でも、30歳。

随分歳を取った高卒になっていた。

バンド活動も自分で終止符を打ったようなものだから、誰かに頼るような選択肢は選ばなかった。

…。

選べなかった。

カッコつけたかったんだと思う。

「自分になら出来る」って頑固になってたのかもしれない。

もちろん自分が憧れるような仕事にはありつけなかった。

転職時代とは言われているけど、私の職歴なんてほとんどが役に立たない音楽活動。

とりあえずの肉体労働が待っていた。

毎日足が棒になる。

腕がプルプル震える。

ちょっと前に夢見てた輝かしいステージなんか本気で夢のまた夢で、毎日汗臭い重労働が始まった。

でも、頑張った。

「わがままで大学を中退したり、好き勝手に音楽活動をやってきた自分にはこのくらい耐える力が必要だ」ってどこかで勝手に思っていた。

それに、そういった場面でも支えてくれる恋人や「とりあえず頑張れ」って言ってくれる親の存在もあったから。

「やってやる。」

って毎日のように思いながら我武者羅に頑張ってみた。

本気で頑張った。

気が付いたら31歳を迎えていた。

と同時に少し偉くなった。

少し偉くなったら肉体労働から解放された。

次は休みが無くなった。

約1年。

一日も休まず働いたのを覚えている。

32歳になる頃、また一つ偉くなった。

気が付けば一週間に1日くらいは休めるようになった。

給料も良くなった。

親にも「頑張れ」って言われなくなった。

ビシっとスーツを着て、結婚の許しを貰いに行けるようになった。

すごく緊張した。

ちょっと偉そうだけど、恋も頑張ったんだなって今になって思う。

ずっと答えを探していたような気がする。

その後、結婚して、子供が生まれて、今はそれなりの生活が続いている。

今後はどうなるかわからないけど、なにがあろうと家族の幸せは絶対に諦めない。

そう思えるようになった。

人生はうねりながら進んでいく、楽な時もあれば苦しい時もある。

「やりたいことが見つからない」とか「就職先が決まらない」とか「高卒」とか「大卒」とか。

それは人生の様々なうねりの一つにしか過ぎない。

その時一番大切にしなくてはいけないものは何か。

うねりの中で、自分で見つけていくんだと思う。

自分が目指した道があって、その途中で出会った誰もがかけがえのない存在。

今は疎遠になっている誰かだって、あの時出会わなければ、今の自分はいない。

でもね。

そんなの前もって想像出来るわけがない。

無理なんです。

人生が全て思い通りに進むわけがない。

だからうねりが生まれる。

それなのに、私はずっと答えを探していたような気がする。

見つかるはずがない未来の答えをずっと探していたような感じ。

迷ってるくせに「迷ってない!」って言い張ってた。

自分の幸せを目指せばそれで良いと思う。

自分が目指すものなんて日々変わる。

夢や目標も変わる。

変わるのに、その都度、「これだ!」って決めて頑張ってきた。

その考えに囚われて、気が付けば「やらなくてはいけないこと」になったりする。

大学に行かなくちゃいけない。

バンドをやるなら売れなくちゃいけない。

仕事をするなら偉くならなくちゃいけない。

その都度大切にする目標が変わっていく。

だけどそれを途中で投げ出してたら、きっとまた迷っていた。

誰かの意見とか誰かのアドバイスとか、大切にしたいって気持ちはすごくわかるけど、なにより大切にしなくちゃいけないのは自分の気持ち。

自分の気持ちが満足するまで突き進んでみてわかることがたくさんあった。

その途中で出会った多くの人とは疎遠になったけど、今でも感謝してる。

やりたい事を後回しにしたって、どうせ後でやりたくなる。

勉強だって、大学だって、仕事だって、「あの時やりたかったけどやれなかった」なら回収したくなるはず。

今、私が最も大切にしたいのは家族です。

家族と過ごす時間が最高に幸せになるように毎日を生きようとしている。

今はたったそれだけ。

大学中退から結婚するまで、人生の内の15年くらいは「やりたかったけどやれなかったこと」を回収しに行ったんだと思う。

これから先、たぶん、また迷う。

たぶん困難もある。

たぶん失敗もする。

たぶん諦めることもある。

でも、「それで良いや」って今は思える。

「なんでもかかって来いよ!」とは思えないけど、自分で選んで、それなりにやってきてわかることがある。

一度も諦めていないことがある。

それは自分が「幸せになりたい」って気持ち。

様々な事を目指して、様々な人に会って、様々な失敗をして、様々な考えを持って。

結局自分が幸せになりたいからだと思う。

どれもこれも自分が幸せになりたいから。

だから「これじゃあ幸せになれない!」って思えば何でも投げ出すし、なんでも諦める。

でも「これなら幸せになれる!」って思えば何でもやる。

今、大学を中退しようか迷っている人に伝えたい。

「どっちでも幸せになれると思う」って。

誰かに従って後悔するくらいなら、自分に従って後悔すればいい。

とか言うけど、どっちも後悔。

誰かに従って成功するなら、自分に従って成功したい。

とか言うけど、どっちも成功。

めんどくさいから自分が「幸せだ!」って思える方向に一生懸命進めば良いんじゃないだろうか。

大学を中退したけど、私は今、幸せです。

たぶん、大学を卒業していたとしても、私は今、幸せを感じていたと思う。

幸せを手にれる為に、戦うし、逃げる。

幸せを手に入れる為に、諦めるし、諦めない。

幸せになる為ならめんどくさい事だってやる。

幸せになる為なら大学も辞めるし、バンドも辞めるし、仕事も辞める。

幸せになる為なら大学も卒業するし、売れるまでバンドをやるし、仕事も続ける。

結局、どれを選んでも幸せに行き着くと思って一生懸命頑張れば良いんじゃないだろうか。

幸せになる為に「自分の人生をサボらない」だけの話だと思っている。

小言
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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