勇気が欲しいならくれてやる

メンタル

「もう少し自分に勇気があれば…」

そう考えている人に向けてまとめておきたい。

あと少しの勇気が欲しい時に必要なもの。

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失敗からしか学べないことがある。

世の中には失敗からしか学べないことがたくさんある。

失敗しないと反省もしない。

反省しないと成長しない。

失敗を恐れているっていうのは成長を止めているのと同じ。

恥をかかない方法を探すのは恥をかいたことがあるから。

成功したいって思うのは失敗をたくさんしたから。

勇気が欲しいのは「自分に勇気が無い」って知っているから。

失敗したこともない人に失敗しない方法が身につくわけがない。

勇気が欲しいのに勇気を出したことが無いなんて意味がわからない。

勇気を出さなきゃ勇気の出し方すら学べない。

「もう少し勇気があれば…」これは間違いなく後悔。

後悔したくないなら今勇気を出さなきゃいけない。

今こそドキドキの向こう側に行こうとするべきだ。

ドキドキの向こうに行かなきゃ勇気なんて手に入らない。

勇気を手に入れるには勇気を出すしかない。

勇気を出して失敗したことは必ず自分の成長に繋がる。

失敗からしか学べないことが本当にたくさんある。

その切っ掛けが「勇気」なんだと思う。

失敗したことも無いなんて「勇気が無い」のと同じだ。

失敗する勇気もないなら挑戦も出来ない。

ダサい奴め。

勇気を出したきゃ「勇気を出さなきゃ」なにも始まらない。

何も始まってないのに勇気もくそもない。

勇気が欲しいなら勇気を出せ。

とのかく勇気を持て。

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人類は宇宙に行ったぞ。

宇宙ってどうなってるんだろう。

人が宇宙に行ったらどうなるんだろう。

そんな興味から何年も何年もロケットとか宇宙船とか色んな開発をずっと続けてきて、誰もが「宇宙になんて行けないよ」を覆した人がいる。

みんなが言ってたんだよ。

「宇宙には行けない」って。

でも勇気を持って「行ける!」って言って、宇宙に行くことに情熱を注ぎ、何年も何年も反対を押し切り、人類は宇宙に行けるようになった。

みんなが「行けないよ」って言っているのに「行けるさ!」って逆の事を胸を張って言えるって…。

ありゃ勇気なんじゃないだろうか。

あの時の勇気のおかげで、今、人類は宇宙に行けるようになったんだよ。

勇気ってすっげー力を持っているんだよ。

その力を出す権利って、誰にでもあるんじゃないだろうか。

勇気を出す。

誰でも出来るのにどうしてやらないんだろう。

もったいない。

使わない勇気なんて捨てちまえ。

使わないなら捨てちまえ。

その分誰かが使ってくれるよ。

誰もが行けないって言ってた宇宙にでも行ける力があるのに。

使わないならくださいよ。

だって使わないんでしょ?

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なんにもしない方がダサい。

「あと少しの勇気があれば…」って今は思っていても、いつかどこかで勇気を振り絞って、まだ見ぬ世界へ一歩進むんならカッコいい。

一番ダサいのはいつまでも「あと少しの勇気があれば…」って言いながら一向に勇気を出さないこと。

結局勇気を振り絞る瞬間があるならそれでいいんだと思う。

でもずっと「あと少しの勇気があれば…」ってのを繰り返しているんなら、きっと何も変わらない。

何も得られない。

何も成長しない。

自分の勇気は自分で仕掛けなければ発動しない。

自分の人生の中で必要なのは自分の勇気。

まだなにもしないの?

自分の勇気くらい自分で出せるようにしなきゃ。

誰かが自分の勇気を出してくれるわけじゃない。

いつだって最後に勇気を振り絞るのは自分。

何を言われても、何を見ても、結局自分の勇気を出すのは自分でしかない。

それはいつ?

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世の中には2択しかない。

世の中には「やる」か「やらない」かしかない。

1秒先の選択肢を常に自分で選んでる。

「勇気が欲しい!」って思ってる割にはずいぶん「やらない」を選んでるんだね。

これから先、平然と勇気を出せるようになる可能性があるのに、今後自分を大きく変えてくれるきっかけかもしれないのに…。

世の中には2択しかない。

選ぶのはいつも自分。

少し先の未来を考えた時、「やる」と「やらない」のどっちを選ぶのがカッコいい?

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自転車の補助輪を取った時のあの気持ち。

「自転車の補助輪を取るんだ!」って思ったあの頃の事。

覚えていますか?

あの時の勇気を覚えていますか?

「転んだって構わない!」

あの時の勇気。

自転車に乗れるようになりたかっただけじゃないはず。

自分と戦っていたはず。

転んで、痛くても、「このままで終わらせていいのか?」「乗れないままでいいのか?」ってずっと自分と戦っていたはずなんです。

勇気ってのは自分との戦い。

その戦いに勝つ。

これまでの自分の常識と戦って倒す。

そうじゃないと、ずっとこのまま勇気が出せないかもしれない。

自転車に乗れるようになったなら知っているはず。

勇気がもたらしてくれた効果も知っているはず。

「転んでケガをするかもしれない。だけどこのままはもっとヤダ!もっとダサい!」

って素直に感じていたはず。

「私もっと勇気があれば…。」

それは今すぐにでもぶち壊せるはず。

だってもう知ってるんだもん。

あの時の勇気を。

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自分の未来にビビり過ぎだ。

少し大人になると変に賢くなるでしょ。

それが悪いってわけじゃないんだけど、「自分が○○してしまえば、○○になる可能性がある。」っていうのは結局未来を予測して考えていること。

可能性にビビってる場合か。

あくまで可能性。

だったらもっと先の事を想像してみてほしい。

「自分が○○してしまえば、○○になる可能性がある。しかしそれ以上に頑張って自分は○○になる!」

みたいな感じ。

「もしかしたら」の未来にビビり過ぎて勇気が出ないならさらに先を想像して、それを覆している自分まで想像しろ。

「何が起きてもなんとかしてみせる!」って思ってほしい。

てか、それが出来るって信じてほしい。

自分の事をもっと信じてほしい。

時間がかかったっていいじゃない。

「勇気を出して失敗したこと」じゃない。

「勇気を出せたからこそ失敗出来たこと」にしなきゃ。

勇気を出せなきゃ失敗も出来ない。

失敗出来なきゃ成功は掴めない。

勇気を出すことは「成功への第一歩」だと思っていいはずだ。

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自分の人生にだけはビビるな。

勇気は誰もが持っている。

でもそれを使えずにいるだけ。

持ってるくせに使わないだけ。

何もかも第一歩は「初めて」なんです。

踏み出す勇気が無ければ「初めて」が始まらない。

初めてを始めなきゃ先に進めない。

別に真新しいことに勇気が出せないわけじゃないはずなんです。

「自分にそれが出来るかどうか」ってだけだと思うんです。

そんなのやってみなきゃわからない。

むしろやらなくてもわかるみたいなのは興味が無いだけ。

「私にもう少し勇気があったなら…」って思うのは興味があるから。

興味があるのにやらなくてもわかるなんて「ただのビビり」だ。

ビビりのままでいいなら別に勇気なんていらない。

使わなくてもいいって思う。

ビビるてなに?

怖い人にビビるならわかる。

めちゃくちゃ怖いバンジージャンプにビビるならわかる。

お化けに対してビビるならわかる。

でもね。

自分の人生にはビビらないでほしい。

自分の人生は自分でしか切り開けない。

自分の人生に勇気を持って挑める人にならなくてはいけない。

今勇気を持って臨まなくてはいけないのは何?

それは自分の人生じゃないですか?

だったら勇気を振り絞ろう。

素晴らしい人生にしよう。

自分の人生にだけはビビんな。