本当に必要なのは理想じゃなくて人生の商売道具だと思います

生活

少し他人とは違う方向へ進みたくなる時がある。

「みんなが使っているから。」

それだけの理由で珍しさや真新しさを求める。

被るのがカッコ悪いという意識。

カッコ悪いというか、なんか面白くないというか。

そういう時があるのです。

その分差し出すリスクもある。

珍しさを追うがあまり、機能性を捨てる。

みたいな。

世の中には自分が、

 

「最高だ!全てを兼ね備えている!」

 

と思えるようなものは意外に少ないかもしれない。

自分で作ればいいんだけどね。

でも全てをオーダーメイドにするって。

時間もお金もかかるじゃない。

そんなのは無理。

現実的ではない。

 

例えば財布を選ぶとする。

 

カード入れはいくつで、

小銭入れはこんな感じで、

折り畳み式で、

予算はこのくらい。

 

みたいな感じになるわけです。

予算なんてたかが知れてるわけです。

一般ピーポー以下の我が家なのですから。

でも理想的な財布を手に入れたい。

尚且つ被っていない方が面白い。

だからこそ迷うのです。

理想を追うがあまり、意味がわからなくなる。

理想は理想でしかないしキリがない。

現実的に考えるといつも理想が生まれる。

 

現実的にはこれ!

 

ってなってもその現実を見るといつも理想を思い描いてしまうのです。

そうなんですよ。

理想に上限は無い。

まさに理想の財布を追い求めればそもそも既製品から選んでいう時点で時間がかかるわけです。

だってどれかを選べばどれかを捨てる形になる。

それが気に入らなくてまた違うブランドで探してみるけどやっぱり戻ったり、

 

繰り返す。

 

理想を求めると繰り返す。

 

「これいいんじゃない!?」

 

って思ってもさらに良いものを探す。

そして見つけた財布は予算オーバー。

理想には上限はない。

上限があるのは自分の予算と立場と現実とその他もろもろ。

ああ。

そうなんだ。

 

自分は理想としている生活を送ったことが一度も無いかもしれない。

 

いつもなにかが足りない。

どこか妥協してしまっている。

現実的に、立場的に、予算的に。

大人になると状況はほとんど変わらないのに理想だけが上に行きたがる。

今でも、上に上に。

追い付けんのかしら。

結局どこかでケリをつける時が来る。

理想が現実とかけ離れていることに対しては別に文句はない。

むしろどこかで、

 

「行け行けー!」

 

って自分の事を応援していたりもする。

完全に悪ノリ。

あんまり理想ばかりを追っているとつい背伸びをして無理をした買い物をしてしまう時がある。

その時に少し思うのです。

 

「自分も大人になったなー。」

 

と。

その感覚を特別な状態ではなく、当たり前のように続けているとキャッシングラッシュに突入する。

ほぼ無限ループ。

お金は無い。

でも欲しいものは欲しい。

現実なのか理想なのかわからなくなる。

むしろ現実なのに理想を追い求めてしまっているような。

そんな地獄のキャッシングラッシュだ。

財布なんてオーダーメイド。

当たり前。

車だって一番欲しいのを買っちゃう。

家電だって。

家具だって。

とにかく理想的なものを手に入れる。

そして理想と引き換えに「借金」という現実が返ってくる。

 

返せばいいじゃん。

 

そうなんです。

返せばいい。

むしろそのリスクをあえて背負って大成功した人もいる。

いるでしょう。

私の周りにも一人います。

今では借金を通り越してめちゃくちゃ稼いじゃっている人。

そういう人もいます。

もちろん理想ですけどね。

理想ですけど、どこかでケリをつけないといけない。

理想を追うのも良し。

現実的に足元を固めるも良し。

自分がどのタイプかどうかなんてやってみないとわからない。

わからないけど理想と現実の間で、

 

どっかで「ここ!」っていうケリをつける。

 

じゃないとずっと終わらない。

ずっと進まない。

ずっと決まらない。

財布…。

まだ決まってないです…。

その時間。

どうだろう。

無駄なのか?

無駄じゃないのか?

考える。

どこで手を打とうか。

迷っている内が一番楽しかったりする。

新しい財布を探して「あれもこれもいい!」とか言っている時間。

結構楽しい。

理想と現実の間でいつかケリをつけなくてはいけないと思いつつも。

結構楽しいのです。

財布じゃなくても、

 

新しいバッグ。

車。

家電。

洋服。

 

楽しいのです。

理想と現実の間で、

 

いざ「買おう!」って決めたものを選んでいる時はめっちゃ楽しいのです。

熱は今がピーク。

買う前がピークなのです。

でも買ってしまえばそのピークを終え、どんどん熱は冷めてくる。

新しくてとても大切にしていたバッグも、車も、家電も洋服も。

なんか。

斬新さに欠けて見える時が来るのです。

でもあの時の興奮は今でも残っている。

欲しいものに手が届くあの感覚。

ワクワクします。

 

「買う前が一番楽しかった。」

 

そうなる。

どうせそうなるのです。

全てのものは古くなる。

新しいものが作られる。

我々消費者をあざ笑うかのように。

次々に新しいものが開発され、発売され、消費されていく。

これもまた無限ループなのです。

我々は消費についてもう少し真剣に考えなくてはいけない。

だって買う前から古くなってもずっとずっとピーク時の熱を帯びている大切なものがありませんか?

絶対にあるんです。

そしてそれはごく一部だっていうことに気が付かないといけない。

じゃないと、

消費が止まらない状態になってしまう。

これ以上必要じゃないのに、こんなに豪華じゃなくていいのに。

こんなに便利にしなくても十分。

そういうものが身の周りに溢れてしまう。

結構ある。

 

持っているから使っているけど無いなら無いで困らないもの。

 

あるんです。

買った時点で熱が冷めてしまう。

そして冷めきった熱をもう一度蘇らせる為に新しいものを買う。

欲しがる。

間に合ってるのにも関わらず。

それが自分にとってなんなのかはわかりません。

でもたぶん今の自分には、

 

2台もパソコンはいらない。

車が無くても駅が近い。

冷蔵庫も小さくていい。

洋服は必要最低限でいい。

でもバイクは欲しい。

たまには美味しいものを食べに行きたい。

子供がめいっぱい遊べる場所に住みたい。

 

とか色々と出ては来る。

出ては来るけどそこからちゃんと絶対に必要なもの、あった方が便利なもの、と分けておかなくてはいけない。

 

今欲しい!どうしても欲しい!

 

っていう理想はあっても構わない。

むしろあった方が良い。

でも消費する方へ気が行き過ぎてしまって本当に必要なものを見失ってはいけない。

人生の商売道具だけあればいい。

自分の人生の商売道具があればいいのだ。

 

一生大切にしなければ自分の人生を歩めないもの。

 

それが人生の商売道具。

それだけあれば本当は十分。

本当は十分なんです。

でも理想を追ってしまう。

理想だけ上限が無い。

上限が無いものだから一度手に入れてしまえば上へ上へどんどんエスカレートしていく。

消費していく。

消費しても消費しても新しいものが出てくるからそれも消費したくなる。

益々その気持ちは大きくなる。

欲しいよ。

 

たまには贅沢もしたいよ!

 

スポーツカーにも乗りたいし、なんなら別荘も欲しい!

 

めっちゃ欲しいさ!

 

でも本当に必要なものが見えているのと見えていないのでは大違いだっていうことが言いたい。

ロックオンしている嗜好品や贅沢がいつからか

 

「必要なもの」

 

に変わっているのなら危ない。

警笛を鳴らさないと。

ピピピピ!

っと。

それ本当に人生の商売道具でしょうか。

っと。

 

「いいえ。違います。でも手に入れます!」

 

頑張ったご褒美に。

努力して手にしたご褒美に。

我慢して我慢して達成したご褒美に。

そういう消費にしたい。

そもそもそういう消費であって欲しい。

この間。

大きなテレビを買った。

別に小さいままでもよかった。

でも次は新しい洗濯機が欲しい。

壊れてないのに。

壊れてるのは私の「欲しい!」っていう衝動的な頭の中。

誰か止めてくれ。